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常花のビスク  作者: 須見みつ
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prologue2

 ようやく足を止めた私は、あがった息を整えて辺りを見渡す。見覚えのない通りに出てしまったことに気が付き逡巡していると、腕を雫が伝っていく。上を向くとぱたぱたと雨粒が顔にあたり流れ落ちた。

 変な気を起こさずまっすぐ帰ればよかったと後悔しつつ雨宿りできそうな場所を探す。    

 商店街にはあまり戻りたくなかった。



 コンビニか何かないかと目を走らせていた私は、オープンと書かれたプレートがかけられたドアを見つけた。赤煉瓦と白い塗り壁のツートンカラーが可愛らしい建物は中々趣があり、今まで気が付かなかったのが少し不思議なくらい。

 喫茶店か何かだろうか。

 なんの店かわからなかったが、勢いを増してきた雨に急かされるように一先ず店に向かう。


 店の前でハンカチを取り出すと、慌てていたせいでうっかり地面に落としてしまった。なんとまあ、須藤仁美、あなたハンカチを取り出すことすら出来ないの? と自分に呆れながら、すっかり濡れてしまったハンカチを拾い店を見る。

 扉は中が見えないタイプのもので、なんの店かはやはりわからない。普段なら入らないだろうと思いつつも、半ばやけになりながら扉を開けた。



「いらっしゃいませ! ……あら?」


 はたきを持った店員と目が合う。真っ白なフリル付きのエプロンを纏った少女は、私を見て慌てたように階段を駆けあがっていく。

 程なくして少女が戻ってくると、お待たせしましたと私に手を差しのべた。


「外、雨だったんですね。これをどうぞ」


 シフォンブラウスから覗く手袋をはめた両手には、柔らかそうなタオルが置かれていた。

 一旦は遠慮しようとしたものの、ぽたりと髪から雨粒が滴り、これ以上床を濡らすわけにもいかず丁重に御礼を言って受け取った。ふわふわのタオルのなんと心地好いことか!


「ごめんなさい。タオル、ありがとうございました」

「あらあら、気にしないでくださいな。よかったらゆっくりしていってくださいね」

「あの……でも、私……」


 店内に並ぶ商品を見渡す。様々なものが並ぶ其処はどうやら喫茶店ではなく雑貨店だったようだ。それも、ちょっとその辺では見かけないような繊細な作りのものばかりで、おそらく学生が気軽に買える値段ではないと一目でわかった。

 タオルだけ借りて冷やかすのも悪いし、申し訳ないが雨があがるまで入り口近くのスペースだけ貸してもらおう。そう口にしようとした私は、しかし笑顔の少女に先をこされてしまう。


「見るだけでもかまいませんから。ね?」


 少女は一礼して仕事に戻っていく。そう言われては何も見ないのもかえって失礼かもしれない。濡れてしまったブレザーを脱ぎ手に持つと、ようやく人心地ついた。幸いブラウスまで水は侵入していなかったらしい。



 人気無い店内を見渡すと、どうやら雑貨はどれもアンティークのもののようだった。静かで外の世界と隔絶されているような空気感がする店内は以前美術の授業で習ったアール・ヌーボー様式に似ている気がする。

 入口のマットからそっと出て、足跡がつかないことを確認してから店内をうろつく。スノードームにオルゴール、一輪挿し、インクボトル。古めいたデザインの商品を眺めていると、なんだか昔の映画の世界にでも迷い込んだようで楽しくなってくる。



 店を一巡した私は奥へと続く扉が少し開いているのを見つけた。あちらも店舗だろうか。だとすると、また趣向の異なるアンティークが見られるかも。


 好奇心に背を押され扉を開いた先には、キャビネットやコンソール、ドレッサーなどが置かれている。先程の部屋とは違いこちらではちょっとした家具を販売しているらしい。

 そんな中、一際目を引く存在があった。

 窓のそばのカウチソファに並ぶ二体のアンティークドール。


 一体は目を閉じた少女の人形。フレアラインのワンピースに黄金の髪を飾る大きなリボンが印象的で、もう一体にもたれるように座っている。

 一体は目を開いた少年の人形。ジャボタイ付きのフリルブラウスにハーフパンツ。白銀の髪にのった小さめのシルクハットは可愛らしく、セルリアンブルーの瞳がきらきら輝きを放っている。


 思わず近寄る。隅々まで手入れの行き届いた人形は、子供ほどの大きさも相まって球体関節を隠せば人間と見間違えそうなほど精巧なつくりだった。



「すごく綺麗」

「まあ、ありがとうございます」



 知らず口に出た言葉に返事がかえり、一瞬人形が喋ったのかと馬鹿なことを考えた。振り返ると、いつからいたのか先程の店員がにこにこしながら立っている。

 勝手に奥まで入ってしまったことを怒られるかもと今更ながら慌てるが、少女は全く気にしていないどころか嬉しそうだった。


「あの、ありがとうって?」

「この子たちのこと、褒めてくれて。きっと喜んでいます」


 ね。と人形に話しかける少女は、よく見ると息を呑むほど端正な容姿をしていた。

 漆のように艶やかな黒髪は腰に届くほど長く真っ直ぐでいかにも櫛通りが良さそうだし、同じく黒に見えていた瞳はよく見ると紫黒色のようだ。

 大きすぎる丸眼鏡が持つ少々垢抜けない雰囲気すら、少女の柔らかい表情と相まってとても愛らしい。

 照明のせいだろうか、驚くほど白く見える肌はきめ細かく、並んでいる人形と遜色ないように感じた。


 見つめすぎていたのか、少女がこちらを向いて首を傾げたので慌てて人形に向き直る。


「えっと、喜んでいましたか」

「ええ。ほら、ちょっと嬉しそうでしょ?」


 少年の人形を見るが、人形は当然無表情のまま。猫のようなアーモンドアイは、喜んでいると言うよりはつまらなそうにも見える。

 ただ、少女のきらきらと輝く眼を前にしてそんな事も言えないので、一先ず頷いて話題を変えることにした。


「こっちの人形は目を閉じてるんですね。眠ってるみたい」

「そうですね。折角綺麗な瞳なのに、お寝坊さんで困ります」

「お寝坊さんなんですか」

「そうなんですよ。まったくもう、いつもいつも」


 子供を叱る母親のような態度がやけに板についた少女に思わず笑みがこぼれる。綺麗だという人形の瞳は少女も見た事がないはずだが、なんとなく見られないのが惜しい気がした。


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