表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

11時59分

作者: 朱雪藍

 ある日を境に、この世界はおかしくなっていった。

 一日に一つだけ、必ず「何か」が消えていく。それは時に体の一部であったり、町の一部であったり、感情の一部だった。しかし誰もそれを気にすることなく、まるで元からそうだったかのように生活している。そういう僕もその一人だが。


 誰もそれが、「終焉の一部」だとは知らなかった。


 誰かがあることを言い出すと、それは恐ろしい速さで伝わっていくものである。

 世界が終わる、と。

 もちろん誰も初めは気にしなかった。しかし日がたつにつれその噂は広がっていき、やがて誰もが口にはせずともその噂を信じるようになった。まあ、その頃には世界から既に音が失われていて、口にしたくてもできなかっただろうけど。会話はテレパシーのようなものに移り変わっていた。

 正確な日時はわからずとも、いずれ世界は終わってしまうのだろう、そんなことを皆ぼんやりと考えていた。しかし人とは不思議なもので、ある程度まで事態が進むと諦めがつくのか、逆に落ち着いてしまうようだ。どうせ町が、自分がおかしくなっていることなんて知っていたし、今更あがいてもみんな迎える結末は一緒なんだから、何も恐れることなんてない。世間の反応は、こんなものだっただろう。


 異変が起き始めてからどれぐらい経っただろうか。数十年のようにも、数秒のようにも感じられる。人は、もう疲れてしまっていた。町の様子は今までの世界とは似ても似つかない。左目がすでに失われている今、いつ見えなくなってしまうかは不明だが。

 そんな世界でも、まだ失われていないものがあった。「愛」である。僕は世界に異変が起きる前から、君のことが好きだった。会話が出来なくても、片方の目でしか君を見ることが出来なくても、関係ない。

 音も色も失われた世界で、君だけが生き生きとして見えた。手をつなぐことが難しい本数に指は減ってしまっていたが、それでも何とか手を繋ぎ、多くの感情が失われた顔を近づけ、世界が変わっても僕たちの愛は変わらないことを示して見せた。 


「貴方は、本当にこのまま世界が終わってしまうと思う?」

 ある日の夜。ベッドの上で君が話しかけてきた。もちろん声は出ない。心にだ。

 僕にはその答えがわからない。終わってしまうのかもしれないし、このまま不安定に続いていくのかもしれない。そんなことを考えていたが、会話ができない今、僕の思うことは君に筒抜けなのを忘れていた。

「こんなこと、信じられないかもしれないけど、」

君が言葉を詰まらせる。何を考えているのか、なぜか僕にはわからない。

「本当はね、世界はもっと早く終わるはずだったの。」

信じがたいことを口にする。しかし、感情を失ったその顔のどこかに、真剣さを感じたような気がした。

「うまく説明できないのだけれど、何かすごいエネルギーの塊みたいなものが、ある日私に話しかけてきたの。「このままだと世界が終わる」って。それが何なのかはわからなかったし、初めは信じがたかったから、私は何もしなかった。でも、日に日に声が大きくなってきて、このままだと、本当に世界が終わるんじゃないか、ってすごく不安になった。私はあなたといる時間がすごく楽しかったから、出来ればもっと長くこの世界にいたかった。それでね、ある日、その声にお願いしたの。「何とかして、期限を延ばしてください」って。その次の日の午前0時、世界から色が消えた。あとは、みんな体験してきたこと。」

頭に君の体験が直接流れ込んでくる。世界がこんなことになっている以上、これはすべて事実なのだろう。

「でも、今は、世界がすぐ終わった方が良かったかもしれないって思ってる。指が消えたり、目が消えたりした気持ち悪い姿、貴方には見せたくなかったから……」

そんなこと、どうでもよかった。僕が君に対して抱いている思いはずっと変わっていないし、君の見た目に対して嫌悪感なんて抱いたことも無い。ずっと君は僕だけの君で、それはこれからも変わらない。

 これも伝わったのだろう、君はほんの少しだけ驚いた表情を見せ、そして笑顔になった。見た目にはわかりにくいが、この世で一番愛している人の気持ち位、理解できる。でもまたすぐに、表情が曇った。

「実は昨日、また声が聞こえたの。なんて言ったのか正確には覚えていないけど、明日、終わりの時が来るって。少しずつ世界を終わりに導いてくれたけど、もう限界みたい。なんだか私も疲れちゃったし……」

実をいうと、僕もそうだった。世界の変化についていくのは後になればなるほど大変で、もう疲れてしまっていた。  


午後11時。世界が消えるまで、あと一時間。

「地球最後の日にしたら、神様に怒られちゃうかな?」

君が無邪気にそういう。もちろん僕にも異論はなかった。


 生命が命を繋いでいくために必要な、とても過酷で、清らかで、愛を伴う行為。いつもの何倍もしっかりと愛を確かめ合った。不完全な肉体でも、愛を交し合うのに不便だとは感じなかった。

 世界で最後の人類になろう。アダムとイブに始まったように。

 そしてまた、新しい「セカイ」の最初の生命に生まれ変われるように。

 失われずに残っている月は今までと変わらず優しい光で僕たちを包んでくれた。

 君と一つになり、終幕を待つ。


 君が消えなくて本当に良かった。愛しているよ。これからも、ずっと……






11時59分、59秒……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 斬新な設定ですね [一言] 今回の話を見て、 記憶が無くなっていくって話も面白そうかなと思いました。 不必要な記憶からなくなり、最後には人として成り立たせる記憶もなくなるとか。 これでも人…
[良い点] 「終焉」っていう感じはこの世界に ある気がします。 愛に溺れていてそれを見送っていていいのでしょうか?・・・ [一言] 僕の小説も感想くださいね。
2019/09/02 02:56 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ