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いじめか、いじりか 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ふむふむ、またいじめの被害者が出てしまったか。こーらくんはどうだい? いじめとかには遭っていないかい?

 男子のいじりは、人によっていじめに見えることもある。やられる本人がいじめと感じていなければ、いじめではないという意見も聞くが、主観的な感覚ではな。


 先生も昔はいじめられる側だったが、幸いなことに泣き寝入りよりも報復する心が勝ってしまった。

「自分が苦しんだ分、相手を苦しめて知らしめなきゃ、周りから理解を得られない」と、強く思っていたからね。

ちょ〜っと、こーらくんには聞かせたくないくらい、過激な手も使わせてもらった。おかげで、向こうも先生に手を出そうとはしなくなったよ。

 では、第三者側に回った時、どうすればいいのか。見て見ぬふりはいじめの手助けになるのではないか。だが、自分まで巻き込まれる羽目になるのは、ごめんじゃないのか。

 実際、先生が第三者になった時の出来事がある。いささか特殊だから参考にはならないかも知れないが、気楽に聞いてくれ。


 先生がいじめられていたのは、中学校に入ったばかりの時で、それから一年が過ぎてクラス替えが行われた時のこと。

 過剰に報復したためか、いじめ関係者からは距離を取られる存在となっていた先生。一応、平時はごく普通の過ごし方をしていたから、いきさつを知らない子とは問題なく付き合うことができたよ。

 新しいクラスになり、教室にいるいじめ関係者の数は減る。今度はいじめとは縁がない生活を過ごすことができると思ったんだけど、問題はすぐに起こった。


 背中への張り紙。君は経験があるだろうか?

 ターゲットが知らぬ間に、その背中へテキストつきの紙が張り付けられ、周りの人は文面を見て、相応の反応を取る。それを張られた本人が気づくまで、続けていくというものだ。

 この張り紙の存在は、本人が気づくまで教えたりしてはいけない、という暗黙のルールがある。これを破ると、空気の読めない奴として、目をつけられる恐れがあるために、指摘をする人はまず現れない。

 ターゲットに選ばれたのは、今までほとんど顔を合わせたことがない男子だった。どのような人間なのか、先生はまだ把握できていない。

 ――もしかしたら、俺みたいに自力で何とかするかも知れない。

 そんな期待が先生の中であった。だからすぐには手を出さず、少し様子を見ることにしたんだ。


 彼の張り紙は、授業中に背中につけるというポピュラーなパターンから、通学する時に「よっ」と肩に手をかけながら張るパターン。連れションらしく一緒のタイミングでトイレに入り、出てきたら彼の背中に張ってあるパターンなど、種類は豊富。

 文言も様々。「昨日、おねしょしてパンツが汚れています。近寄らないでください」という幼稚な「えんがちょ」もあれば、「明日には検定の試験を控えています。応援してあげてください。こっそりね」とエールを送ることを要求するものもある。

 どうにも方向性が分からない。張り付ける人も日によって違って、大きなグループで動いているのは、間違いなさそうだった。


 一ヶ月が過ぎても、張り紙は続いている。本人に接触してみるか、それとも張り紙をしている連中を問いただすべきか。

 先生がそう考え始めた、曇り空の広がるある日のこと。彼が昼休みに、ふらふらと立ち上がって教室の外へ出ていくのを見た。

 今日の張り紙は「近寄らないでください」というシンプルなもの。訓練を積んだクラスメートたちは、無言で文面の実行を続けていて、彼自身も今日は口数が少ない。

 用を足すのなら、ドアを出てすぐそこにトイレがある。だが、彼はそちらを見向きもせず、廊下を千鳥足で進んでいった。

 先生が後を追うと、彼は階段への角を曲がる。どうやら上階へ向かっているようだったが、両手で手すりを掴み、肩を落としながら一歩を刻んでいく姿は、まるで老人みたいな弱弱しさだ。

 ここは2階。保健室は1階で、体調不良で向かうべき方向としては、間違っている気がする。


 先生の脳裏に、意に沿わない呼び出し。それに伴うリンチや恐喝という線が、浮かび上がる。「近寄らないでください」という張り紙も、怪しまれない環境を整えるための布石だったのだろう。


 ――そうだとしたら、きたねえ。


 一年前に自分が受けた仕打ちを思い出し、先生は自分のことにように腸が煮えくりかえりそうになる。

 もしも彼を食い物にしようとする連中の卑劣な策ならば、正面から加勢し、打ち破るだけ。

 あの時に自分が下した「報復」を思い、手をゴキゴキと鳴らしかけたが自重した。

 彼が自分に追われていることに気がついたら、行くことを止めてしまう恐れがある。そして次は、もっと目立たない方法を取られてしまい、主犯を押さえることが困難になりかねない。

 今は慎重に動く。彼が現場に到着し、主犯たちが姿を現す時が好機。現行犯であれば言い逃れはきかないだろう。

 先生は彼の足取りに合わせて、ゆっくりと、足音を殺しながら階段を上がっていく。


 3階、4階と彼の歩みは緩やかながらも止まることなく、更に上を目指し出した。

 この先は屋上。先生たちの学校では、屋上の扉は封鎖されておらず、自由に出入りができたんだ。


 ――屋上への呼び出しか。こすい奴にはふさわしい。いや、煙と同じでバカだからか?


 先生はぐっと握りこぶしを固めながら、彼との間隔。踊り場をはさんで階段ひとつ分を保ちながら、追跡を続ける。

 やがて屋上に通じる扉が開かれる音が響く。さびついた金属特有の、引きずるかのごとき不協和音だ。先生は少し間を置いて、扉に近づき、そのすき間からのぞきこんでみる。

 

 パッと見たところ、屋上にいるのは追いかけ続けてきた彼一人だが、貯水タンクなど身を隠せる場所は、それなりにある。どこからか人が現れるか、もしくはこの階段を上ってくるかのいずれか。

 先生は聞き耳を立てつつも、扉のすき間から、薄暗い曇り空の下を、屋上の隅へ歩いていく彼の姿を見張る……隅?

 先生はもう少し扉を開けて、様子をのぞき込む。彼はあの千鳥足のままだが、屋上を横切って、一直線に進んでいた。

 

 ――馬鹿か、俺は! なぜ、相手がいることを前提に考えていた!


 搾取の現場に居合わせ、腕を振るうことばかり想像していた先生。だが何も、いじめられっ子から奪い取るのに、必ずしも相手は必要じゃない。

 自分ひとりで奪い取り、清算する手段がある……飛び降りという形で。


 ドアを乱暴に蹴り開け、「やめろ」と叫びながら彼に駆け寄る先生。

 止めなくてはいけない。話を聞かなきゃいけない。力にならなくちゃいけない。色々なことがごちゃまぜにながら、体当たりしてでも止めようとする先生。

 彼との距離はぐんぐん縮まる。もう少しで肩に手がかかるかという時、彼が振り返った。


 それから一瞬先まで、何が起こったのか、とっさには分からなかった。

 足を払われた感覚。腕を取られて投げ飛ばされる感覚。そして屋上の柵の上であおむけに「く」の字で身体を預けている感覚が、ほぼ同じタイミングでやってくる。

 今、先生は彼の方向を逆さまの視界で見ている。そこにはじっと立ち尽くしている彼の姿があった。彼にやられたとしか、考えられない状況だ。

 柵の外はわずかな足場しかない。このまま足の方向から降りて、踏み外したらミイラになったミイラ取りもいいところ。柵をつかみながら、頭の側から降りていこうとするが、視界の中で、彼が踏み出す。

 一歩、また一歩。先生との数メートルの差を詰めんばかりに、じわじわと。


 ――落とそうとしているのか? 俺を?


 理由を追及する間などない。先生は頭から落ちるのも構わず、身体を柵の内側へ引き寄せる。どうにか首を丸め込んで、脳への衝撃を避けたが、痛みがないわけじゃなく、声を漏らしてしまう。

 すでに彼は、先生の目の前に立ちはだかっている。あの早業をされたら、まともに抵抗できないだろう。先生が覚悟を決め始めた時、救いは空からもたらされた。


 雷の音。ゴロゴロと、先ほどよりも黒さを増した雲の中で、遠くより雷鳴がここまで届けられたんだ。

 彼は空を見やると、そのままの姿勢で後ずさりながら、先生から離れ始める。先生が身を起こした時には、屋上の中央に立ち、両腕を空へ向けて「バンザイ」するように広げる。

 その口も、大きく広げている。音楽の時間に、教師から「もっと口を開いて声を出しなさい」と注意されることがあるが、それと同等以上だ。だらしなささえ覚える、開き方。


 また雷の音。先ほどよりも、近づいてきている。ぽつりと、うなじへ一滴、雨粒が降ってきた。ちょうど痛めた箇所に来たこともあり、先生は思わず手を当ててしまう。

 彼は姿勢を崩さない。まさか雨粒を口で受けるつもりかと思うほど。ようやく痛みが引いてきた先生は、今まで階段を上ってきた彼と同じように、柵を両手でつかんで立ち上がった。

 瞬間。パチパチと目の前が何度も点滅した。

 光った、と思ったが、続く彼の姿の方に驚いてしまう。

 ほんのわずかな時間だったが、彼の開いた口の中へ紫色の光球が飛び込んだんだ。それは空の明滅と同じ色のように思えた。

 そして、先の二回で近づいてきたはずの雷鳴が、いつまでたっても鳴らない。空はそれからも何度か輝いたが、すぐに彼の口元へ光が飛び込み、音が続かないんだ。

 やがて、雨が本格的に降ってくる。結局、あれから雷は光りはすれど、音がしなかった。

 あっけに取られる先生に、彼は悠然と近づいてくると、手をそっとさしのべてくる。

「戻ろう」と一言。先生にはその声が、外国人の話すカタコトに聞こえた。

 彼の手を握り、校舎の中へ帰る時、その背中から「近寄らないでください」という紙がはがれ落ち、降り出した雨にさらされているのが見えたよ。


 後で知ったのだが、彼に張り紙をしていた子たちは、すべて彼の前のクラスの同級生。あの張り紙も、彼自身が用意したもので、あらかじめ彼の指示があったものを張り付けていた、との話だったね。



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