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第98話 【血鎖】


 掃除クエストもつつがなく終わり、冒険者ギルドで報酬を受領。リムリア銀貨五枚とたいした金額ではなかったが、久々のクエスト達成でギルドの心証も幾許か好転したのではないだろうか。

 なにしろギルドは冒険者証目当ての素見し入会を快く思っていない節がある。経歴ロンダリングの温床になっていることは容易に想像でき、各国治安当局への配慮もあるだろう。幽霊会員の名簿管理にけっこうな労力と経費がかかることも問題視されているようだ。


「クッコロはどこに宿取ってるの」

 リーザに問われ言葉に窮する。

(転移でオータムリヴァの自宅に帰ってます……とは言えないしな。適当な安宿取っときゃよかったかな)

「実は最近ラムラーザに来たので宿取ってないんですよね。野営訓練を兼ねて森で野宿してました」

 口から出まかせを言ったらなにやら納得してくれた。

「なるほど。農神祭絡みで仕事にありつけるかもだしね。でも訓練とか見栄張らなくていいよ。(アルボー)級はみんな懐寒いの分かってるって。あたしらだってそうだし」

「皆さんは定宿取ってるんですか」

「地元民のアルノーの伝手でね。安い木賃宿だけどさ。相部屋でよけりゃあんたもおいでよ。雨露しのげるし、野宿よりかは枕高くして寝れると思うよ」

 官憲の目がある街の中は魔物や匪賊が蔓延る郊外より治安がいくらかマシとはいえ、不逞の輩がいないとは言い切れない。女子の駆け出し冒険者など恰好のカモでしかあるまい。


 リーザパーティと連れ立ってアルノーお薦めの飲み屋へ繰り出した。いかがわしい感じの店ではなく、酒も提供する大衆食堂といったていである。農神祭の期間だけあって繁盛しているようだ。

(ま、偶にはこういうのもいいか)

「みんなエールの準備はいいかな」

「僕は果実水だけどね」

 アルノーは下戸らしい。

「んじゃま、クッコロのお試し加入とパーティの前途を祝して乾杯しよっか」

「ちょい待ち」

 腕白少年ラウルが乾杯を制し、クッコロを鋭く見据えた。

「お前メシの時くらい覆面取れよ。――ぶっちゃけ俺、素顔隠すような奴とパーティ組みたくねえわ。安心して背中預けらんねーしな」

「まぁまぁ。誰しも事情の一つや二つあろうってもんだし。そこは立ち入らないのが仁義ってもんだよ」

 とりなしたリーザにも噛みつくラウル。

「リーダーのお前がそんな甘ちゃんだと困るんだよ。いつか寝首掻かれても知らねえぞ」

「ふーん……あたしにタイマンで負けたクセしていっちょ前の口きくじゃん。もういっぺんシメるわよ」

「け。一回まぐれで勝ったからって図に乗ってんじゃねえぞ。次俺が勝ったらリーダー代われよ」

 ラウルを睨み付けるリーザ。

「面白いじゃないこの野郎……表出な」

 若くして冒険者を志しただけあってか双方血の気が多い。溜息ついたクッコロが封魔の頭巾を脱いだ。

「喧嘩はやめましょうよ。ほら、覆面脱ぎましたから。ね? 楽しく飲みましょ」

 リーザの口笛。ラウルに至っては呆けたようにクッコロを見詰め、無言のままそっぽを向いてしまう。

「……なになに、すっげー可愛いじゃん。ごめん、内心どんだけ不細工な子かと思ってたよ。なるほど、ナンパ野郎ども寄ってくるから覆面は正解かもね」

「あたしなんてたいしたことないっすよ」

 実際アルヴァントやシャーリィという超絶な美貌の主を知っているだけに、外見を褒めそやされても社交辞令にしか聞こえない。

(ちゅうか、前にアルちゃんともこんな遣り取りしたっけな……懐かしいな)

 確かエスタリスの街を微行で探索していた時のことだ。あれからいろいろなことがあったと感慨に耽る。

「セレスみたいにフード付きマント買えば? 今着てるやつ下取りに出してさ。それだいぶ草臥れてるみたいだし」

「ん~考えときます」

 隠形の外套は観星ギルドの秘宝だとローエル執事長が言っていた気がする。その辺の古着屋で査定できる代物ではあるまい。

(査定できる可能性あるとすればあの人かな、魔法具屋のクリーガーさん。まぁ出処問い詰められたら面倒だし売らないけどさ)

「あたしよかセレスさん美人ですよね」

 木樽ジョッキをちびちびと傾けるセレスに目を向けた。フードから覗く顔立ちはやたら整っている。

「そりゃね。彼女エルフ族だし」

(なるへそ。フード必須な訳だ。稀少種族のエルフは目立ちそうだしね。付け狙う奴隷商も多いって聞くし)

 話題が自分のことに及んでも我関せずで、淡々と料理を食べるセレス。細身だがなかなかの健啖ぶり。世上の噂通り菜食主義のようで、肉料理には手を付けていない。

「この地方ってエルフ族多いんでしょうか?」

(大神殿の奥の院にもエルフ神官いたな、今日)

「どうだろ? 冒険者ギルドで時々見かけるけど、多いってほどでもないかな」

 以前ランタースが言及していたエルフ国の入口は、この辺にはないのだろうか。カルネラ半島の何処かにあるようなことを言っていたが。


「そういやさ、クッコロって後衛タイプなん? 見たところ武装してないようだけど」

「どっちかっていうと前衛ですかねぇ」

「ふぅん、得物は何使うの?」

 ラディーグに弟子入りしたことだし格闘術と答えたいところだが、未だ何も習っていない。免許皆伝どころか見様見真似の素人格闘術だ。

(今の技量で格闘家名乗ったら師匠の顔に泥塗りそうだしな)

「ええと、石を投げ付けるのが得意です」

「ふむ、投擲か。じゃあ中衛がいいのかな」

 パーティ陣形にあれこれ思いを馳せるリーザ。ラウルは言葉にこそ出さなかったが微妙な表情。

(使えねーヤツとか思われてそうだな……)

「お試し加入だし、後衛で荷物持ちやらせたらどうだ? 素人にいきなり魔物狩りはきついだろ。怪我でもされたら寝覚め悪いぞ」

 ラウルを横目で見てにやつくリーザ。

「クッコロが可愛いって分かった途端優しいじゃん」

「はあ? そんなんじゃねえし! 寝言は寝て言えよ」

 つい今しがた流血沙汰に及びそうだったリーザとラウルは、和気藹々と歓談している。切り替えの早さに感心させられた。

(この二人冒険者適性高そうだな。揉めても遺恨残さず協力できるタイプだ。あたしには無理だな)

「荷物持ちなら経験あります。前に(アウル)級パーティのポーターやったことありまして。こう見えてけっこう力持ちなんですよあたし」

 力こぶを見せてやった。

(我ながら華奢な腕になったもんだ)

 前世では同僚の男性近衛騎士たちに引けを取らないくらい上腕二頭筋が隆起したものだが。尤も身体強化のおかげで膂力は今のほうが遥かに上だろう。巨大な岩塊であろうとリュストガルトの大気圏外まで投げ飛ばせる気がする。


「おうおう、ひよっこどもが綺麗どころ侍らしやがって。こっちにも何人か回してくれよ」

「ガキどもの相手はつまんねえだろねえちゃん。俺たちがいい事教えてやるぜ。ぐへへへへ」

 酔客が絡んできた。リーザが半眼になる。

「お兄さんたち飲みすぎじゃない。祭りだからって羽目を外しすぎちゃダメだよ」

「リーザ。店を変えよう」

 温厚そうな青年アルノーが耳打ち。

「黒髪の嬢ちゃんは置いてけ。――嬢ちゃん、おめえはこっちだ。酌しろや」

「へ? あたしですか」

 キョトンとするクッコロ。自分に矛先が向くことは想定していなかった。抗議するリーザ。

「お兄さん……この子うちのパーティメンバーなの。ちょっかい出さないでくれる」

「何でぇ。てっきり店外デートの商売女かと思っちまったよ」

(冒険者界隈にセクハラなんて概念存在しないだろうなぁ……ちゅうか、水高制服こっちの価値基準じゃかなり煽情的なシロモノなんだっけ)

 以前アルヴァントに指摘されたことを思い出す。

 ラウルが立ち上がってクッコロを背後に庇った。

(案外男気あるなこの子。ちょっと見直したよ)

「いい加減にしろよ、この酔っ払いども」

「何だ小僧。すっこんでろ。死にてえのか」

 リーザがテレーニャに目配せ。テレーニャが合点し、店員と会計の遣り取りを始める。アルノーとセレスがそろりと退路確保の位置取り。

 柄の悪い酔客が挑発するようにラウルの顔を下から覗き込む。

「どうしたボクちゃん。ブルってんぞ」

「う、うるせえ!」

 次の瞬間、顔面をしたたかに殴られたラウルがふっ飛ぶ。巻き添えになるテーブルが多数。皿や酒瓶が割れ、料理が床にぶちまけられた。

 荒くれ冒険者御用達の酒場では、喧嘩沙汰はいい酒の肴だ。拍手喝采で囃し立てる者がいる一方、そそくさと勘定を済ませ退散する者もいる。こうしたことも日常茶飯事なのか、老店主は諦めきった表情でカウンターに座る総髪痩躯の客に給仕を続けていた。

 成り行きを静観していたクッコロだが、料理が散乱したのを見て額に青筋を浮かべた。食べ物を粗末にする輩にはお仕置きが必要だ。

(軽くデコピンかましてやるか。けどなぁ……思いきり手加減しないとお死置きなっちゃうかな――む?)

 クッコロが逡巡していたところ、周辺に強烈な殺気が満ちた。手練れの冒険者たちが固まり、店内は静寂に包まれる。

(あのおじさんかな。何者だろ)

 カウンター席でグラスを傾ける総髪痩躯の男がこちらを振り向きもせず言った。

「騒ぐのは結構ですが、店を壊さないでくれませんか。ここは私のお気に入りの店なんです。喧嘩なら外でやりなさい」

 酔客の一人がいきり立った。

「すかしやがって気障野郎。テメーから先にシメたろか」

「おい馬鹿やめろ」

 蒼白になった仲間が酔客を羽交い絞めにする。

「今の殺気で分からねえのか。ありゃロンバールの【血鎖】だ。二つ名持ちの聖銀(ミスリル)級だぞ」

「二つ名持ちが何だってんだ。余所者にでけえツラされてたまるか!」

 剣を抜く酔客。素面であれば、この男も蛮勇を振るうことはなかったであろう。

「腰の物を抜きましたね。覚悟完了と見做します」

 男の腰に結わえられたアイテム袋から長い分銅鎖が零れ落ちる。涼やかな擦過音。分銅鎖は生き物のように鎌首を擡げ、抜剣した酔客目がけて一直線に襲いかかった。

 突如酔客の前に現れるクッコロ。分銅鎖の突撃を素手で受け止める。

(あ痛たた。確実に酔っ払いのおっちゃん殺しにきてるよ。普通の鋼鉄じゃないなコレ。変な動きしてたし。魔法具かな)


「まあまあ皆さん落ち着いて。折角いい感じのお店なんですから。流血で台無しにすることもないでしょう」

「……私の鎖を素手で受け止めますか。先ほど覆面姿を見てまさかとは思ったのですが。あなたがクッコロ・メイプルですね」

「あたしの名前を知ってるんですか。どこかでお会いしましたっけ?」

「初対面ですよ。鎌をかけてみたのですが……そうですか、やはりご本人ですか。運がいいのか悪いのか」

 総髪痩躯の男がグラスの酒を飲み干し立ち上がる。

「あなたの首には莫大な懸賞金がかけられています。ご存知ないのですか」

「……初耳なんですけど。ちゅうか今日日の高ランク冒険者ってアサシンギルドみたいな仕事も請け負うんですか」

 嫌味を込めて指摘してやる。

「無論、暗殺の仕事など論外です。が、相手が魔物となれば話は別。歴とした魔物討伐クエストになるのですから」

「誰が魔物ですか。失礼な」

「しらばっくれても無駄です。あなたの正体がヴァンパイア族であることは既に割れています」

「ちょ――はぁ? ヴァンパイア? あたしが?」

「この店は私も気に入っています。あなたの仰る通り、血で汚すこともないでしょう。場所を変えませんか」

(これってこの危なそうなおじさんと戦う流れなんじゃ……おうちに帰ろうかな)


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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