第97話 大神殿奥院
ロックバードプリンやコカトリスアイスの開発にかまけ、農神祭のことを失念していた。
(しまったな。料理競技会ちょっと見てみたかったんだけど。どんな料理だったんだろ)
未知の異国料理にはやはり興味をそそられる。ラムラーザの市場で人々の噂に聞き耳を立ててみる。
「お前さん競技会見に行ったんだろ。優勝したのどんなヤツだった?」
「なんか料理人ちゅうより歴戦の冒険者みてえな風貌でよ。なかなかの包丁捌きだったぜ。セルドって名前だったかな。舌の肥えた審査員連中が絶賛してたから、まぁ料理は美味いんだろう」
(セルドってどっかで聞いた名前だな。誰だっけ……)
よく思い出せないということは、クッコロにとってさほど関心を払う必要のない人物ということだろう。
(たぶんありふれた名前なんだろな。それで聞き覚えあるんだよきっと)
気持ちを切り替え、大神殿への潜入方法を考える。
(普通に出家して修道女にでもなる? う~ん、それだと地歩を固めるのに時間かかりすぎるな)
いかに転移魔法があるとはいえ、育児に領主業、魔法学院潜入といった案件も抱えているので困難だろう。
(結界玉でも大神殿の奥には潜り込めなかったしな。ライセルトさんに上手く誘導された気もするけど、まぁ何かあるんだろうな)
大神殿中枢はかなり強固な結界が敷設されている様子だった。
(ま、地道に麓から登頂しますか)
市場から冒険者ギルドに移動した。神殿絡みのクエストが出ているかもしれない。冒険者ギルドにはあれこれの事情通が多いので、有益な情報が得られる可能性もある。
依頼掲示板をチェック。農神祭の期間中だけあって、催事の雑踏警備や食材の調達といった依頼が多いようだ。
(けどあたしのランクじゃ受注できないのばっかだな)
昇格に無頓着だったツケが回ってきたか。
(木級でも受けられるクエストはっと……お、木級限定のやつあるじゃん)
大神殿境内の清掃という内容だ。篤志家の商人が発注したクエストらしく、大神殿への奉仕がてら、金策に苦労している駆け出し冒険者を支援する意図があるようだ。
(これ受けてみるか。神殿にも潜入できるしうってつけじゃない?)
カウンターの受付嬢にクエスト受注の旨を伝えると、指定の日時にギルド講堂へ出頭するよう言われた。
リスナルやセルメストのような大都市の冒険者ギルドには及ぶべくもないが、辺境の地方都市にしてはなかなか広壮な建築だ。
講堂に入ると先客たちの値踏みする視線が注がれる。
同輩に舐められまいと精一杯虚勢を張る少年たちはどこか微笑ましい。おおかた先輩諸兄に、この渡世舐められたらおしまいだとでも吹き込まれているのだろうが。
「なにガン飛ばしてんだテメー! シメるぞゴルァ!」
「あぁ? 上等じゃワレ。吐いた唾飲まんとけよ。表出ろゴルァ!」
「おーやったれやったれ」
面白がって煽り立てる強面オヤジたち。一攫千金を夢見る純朴そうな少年少女だけではなく、いかにも訳ありそうな中年男なども混じっている。
(木級限定のクエストって聞いたけど、ああいうベテランぽいおっちゃんたちもいるんだな)
食い詰めた流民などが、信頼性の高い身分証である冒険者証や食い扶持を求めてこの業界に参入してくるケースは多いらしい。
(やだやだ。絡まれないよう隅っこ行っとこ)
得体の知れない覆面姿が功を奏したのか、クッコロに難癖をつける輩はいなかった。
ギルド職員によるブリーフィングが終わり、大神殿へ移動する運びとなる。集団に追随して歩いていると声をかけられた。
「ねぇ。あんたソロ? よかったらあたしたちとパーティ組まない?」
振り向くと溌剌とした少女。
(ありゃ。パーティ勧誘されちゃった)
秘密てんこ盛りな身の上なので、どうしても単独行動が多くなるクッコロ。椿事に思わず頬が緩んだ。
(ネトゲでもそうだったけど、レベリングとかレイド戦野良パーティ誘われたりするとなんか嬉しいよね)
「低ランクのうちはパーティ組むほうが稼ぎもいいらしいよ。古株のおっちゃんたちが言ってた」
「お誘いはありがたいですけど、あたしはソロのが気楽かな~」
さり気なく少女の連れに視線を向ける。腕白そうな少年に温厚そうな青年、生真面目そうな少女。あとはフードの人物――背格好からして女子だろうか。
(この子なかなかの魔力持ちだな)
クッコロの視線に気付いたのか、フードを目深にかぶり直した。
「危険な目に遭った時、ソロだとたいへんじゃない? パーティだと生存率も上がるみたいだよ」
懇々とパーティ加入のメリットを語る溌剌娘。木級から鉄級に昇格する駆け出しは、大まかに言って五割程度らしい。あとは冒険者に見切りをつけて廃業するか、クエスト中に命を落とすのだという。
(やっぱ労災多い業界だよね。片輪の人も多いみたいだし)
クエスト中の事故で野辺に屍をさらすことになったとしても自己責任。ギルドからの弔慰金はおろか、遺品が遺族の手に戻る幸運も殆どない。装備品は野盗か不心得な同業者に剥ぎ取られて再利用されるか、売り払われるのがいいところ。
それでも生き残りさえすれば冒険者ギルドによる傷病者への救済はあるらしい。即ちギルド職員への優先雇用だ。
「ふーむ……安易に考えてたけど、冒険者稼業ってけっこう過酷ですね」
「そりゃそうだよ。あんた冒険者舐めてたら早死にするよ」
生真面目そうな少女が溌剌娘の袖を引いて耳打ち。
「ちょっとリーザ。無理に勧誘するのはマナー違反だよ。ほら、迷惑そうじゃん」
「この子なんだか危なっかしくてさ。どんな事情か知らないけど、そのイキった覆面もやめといたほういいよ。駆け出しのくせに生意気だとか因縁つけられて先輩冒険者にシメられちゃうよ」
リーザはお節介焼きな性質らしい。根は善良なのだろう。
「皆さんは五人パーティなんですか」
「そう。あたしが集めたんだ。あんたもお試しで入ってみない? 水が合わなけりゃ抜けたらいい」
「まぁそういうことなら」
得たりと微笑むリーザ。
「よろしくね。あたしはリーザ」
話がまとまったところでパーティメンバーが簡潔に名乗った。腕白少年がラウル、温厚青年がアルノー、生真面目少女がテレーニャ、フード娘がセレス。
「あたしはクッコロです」
こちらの世界にやってきてでっちあげたメイプル姓だが、名乗るのは差し控えた。日本人感覚で深く考えずフルネーム(偽名)を名乗っていたが、家名持ちは貴族関係者でございと吹聴するようなもので、忍び歩きではトラブルの種でしかないと最近気付いたのだ。
「皆さんこんなブラック業界にゲソ付けるとか腹据わってますね」
「ぶらっく? げそ?」
業界用語には疎いらしい。
「要するに若いのに度胸あってすごいってことです」
「あんただってあたしらと似たり寄ったりな齢じゃん。ま、冒険者登録は払うもん払えば審査緩いしね」
「家族の人心配するんじゃないですか」
クッコロの指摘に不思議そうに首を傾げるリーザ。
「どうだかなぁ。口減らしできて安堵してるんじゃないの」
十五歳で成人したら親元を巣立つのは当然と割り切っている様子だ。この辺の感覚は文化の違いだろう。
「冒険者を選択できるあたしらは恵まれてるほうだよ。同郷の年上の子たち、飢饉の年に奴隷商へ売り飛ばされてたしね」
(やっぱ化学肥料ない世界だし、飢饉とかけっこうな頻度で起こるんだろうな)
地球でもハーバー・ボッシュ法など窒素固定の手法が発明されて化学肥料の大量生産が可能になるまで凶作が数年ごとに繰り返され、人口増加は抑制されていたと聞いたことがある。
「お国はどちらなんですか」
「カルネラ北部のサリナベルって街の近くだよ。確か魔皇国って国の領土だったかな。しょっちゅう周りの国と揉めてるみたいで、中原のほうから戦災孤児とか難民とかたくさん流れてきてたよ。終いには女王様もなんちゃら将軍の反乱で殺されたって言うし。戦争ばっかで下々はいい迷惑だよ」
「……なんかサーセン」
「なんであんたが謝るの」
(年齢サバ読んで成人前に冒険者登録する子もいるらしいけど。この子何歳だろ)
育った環境や経験故か、日本の同年代の少年少女よりもずいぶん早熟に思える。
ギルド職員に引率された駆け出し冒険者一行が豊穣神の大神殿に到着した。さっそく神官たちの指図で清掃作業に従事。
(雑巾掛けとか久々だな)
日本にいる頃は祖父の剣道場でやったものだ。
(ぬるいクエストでも地道にこなしてれば、まぁ除名されることはないっしょ)
空間収納に死蔵されている数多の魔物素材を納品することも考えたが、匙加減が難しい。あまり討伐難易度高レベルの魔物を納品しても疑念を持たれそうだ。
(さてと。首尾よく潜入出来た訳ですし。探索といきますか)
雑巾掛けに専念するふりをしつつ、せっせと結界玉を生成しては各所に放つ。結界玉と意識をリンクさせ、荘厳な大神殿内部を探索していった。
「あ痛!」
身体のほうがお留守になり時折壁や柱に頭をぶつけるのは御愛嬌。
薄暗い列柱回廊を進み、用途不詳の部屋に到達。
(この辺にも転移門設置しとくか。――あの階段はなんだろ?)
階段を上っていくと大きな扉。しかしこちらは微小な結界玉なので通過は容易だ。扉下部アンダーカットの隙間から奥の間へ進入。
(誰かいる)
高位神官と思われる人物が何やら謎めいた祭祀に没頭している。修道帽から垣間見える絹糸のような金髪と尖り耳。
(この神官さんエルフか。珍しいな)
クッコロの知人でもエルフ族はランタースしかいない。観星ギルドのランベルは上位種ハイエルフだし、魔皇国の文官リンテリスは亜種ダークエルフだ。
(なんでまたエルフが十二柱神殿の神官なんかやってんの? 違和感ありまくりなんですけど)
エルフ族は精霊信仰を昇華させた世界樹信仰という独自の教義を奉じていると聞いたのだが。十二柱教団に入信した変わり者なのだろうか。
(コスプレの可能性が微レ存か。あの耳も付け耳だったり)
真偽を見定めようと結界玉を接近させる。儀式の手を止めこちらを凝視するエルフ神官。
(やばっ……気付かれた? エルフは魔法の素養高いって言うし侮れないな)
結界玉との意識リンクをすぐさま遮断。エルフ神官が魔力波を逆探知できるような練達の魔法使いでないことを切に願う。
雑巾掛け担当現場で呆けているとリーザに背中を叩かれた。
「何さぼってんの」
「べつにさぼってた訳じゃ」
「今日掃除クエ終わってから時間ある? クッコロの歓迎会やりたいんだけど」
「どこでですか?」
「下町のほうの飲み屋。アルノーがラムラーザ地元だからさ、いい店知ってるんだって」
不覚にも興味を惹かれた。市場チェックは済ませたものの、ラムラーザ郷土料理にはまだありついていない。地元民のお薦めならば間違いあるまい。
脈ありと見たのか畳み掛けてきた。
「うちのパーティ基本割り勘だけど、今夜はあんたの歓迎会だし奢るよ」
「……せっかくだから行ってみようかな」
「そうこなくっちゃ」
リーザがにっこりと笑った。




