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第96話 ロックバードプリンとコカトリスアイス


 クッコロが厨房に籠って謎作業に没頭していると聞き付け、ミリーナが様子を見にやってきた。

「ずいぶん熱心ですね。錬金術の実験ですか?」

 メイラード反応やカラメル反応など料理は概して科学的なので、錬金術の親戚と言えないこともないが。

「プリンって甘味作ってるんだけどね。レシピうろ覚えだから試行錯誤してるとこ」

「プリン? 初めて聞く料理です」

「まぁあたしの郷里の料理だしね」

 イギリスのプディングが発祥という話を聞いた気がするが、地球は広義で秋川楓の郷里と解釈できるので嘘は言っていない。

「前から訊いてみたかったんですが、クッコロ様の郷里って何処なんですか?」

「んーとね……大陸の東の方にある島国だよ」

(リムリア大陸じゃなくてユーラシア大陸の東の方だけどね)

「やはり海外のお生まれでしたか」

(海外ちゅうか異世界ですが)

 多元宇宙論の信奉者という訳ではないが、地球が存在する宇宙は、魔法という謎物理が顕現するこの宇宙とはおそらく違う宇宙だと思っている。

「以前から、リムリアの人とは微妙に生まれ育った文化圏が違うなと感じてたんですよ。でも大陸公用語すごく流暢に話されますよね」

 大陸公用語は前世の母国語たるゼラール語だから当然だ。

「まぁ学校で習ったし」

(ゼラール帝国軍幼年学校でね)

「へぇ。学校に入られたということは、お国でも高貴なお生まれだったんですか」

「いやいや。普通に平民だったよ」

「平民にも高度な教育を施す学校が存在するってことは、かなり文明水準が高い国なんですね」

 ミリーナはケット・シー族の元調査員だけあって、無駄に洞察力が高い。

「ザガスフィア大洋にそんな島国があるとは知りませんでした。てっきり東の魔大陸までずっと海が広がっているものとばかり」

「ミリーナちゃん魔大陸知ってるんだ」

 不都合な話題は逸らすに限る。このまま郷里の話題に拘泥すれば、そのうち襤褸が出そうだ。

「冒険者界隈じゃ有名ですからね」

「おっと、カラメルいい色なってきた。ちょっとごめんよ」


 カラメルの味見をして頷く。

(すこし苦味強くなっちゃったけど、こんなもんか)

 かき混ぜて結晶化させたり差し水で火傷したりと、一通りやらかして完成したほろ苦いカラメルだ。

(ザラメ糖はプリンの材料としては微妙に扱いづらいな。顆粒大きいからか。でもグラニュー糖エスタリスに売ってなかったしなぁ)

 厨房の収納棚に置かれた香辛料用のミルが目にとまる。

(ひと手間かかるけど今後は粉砕して使ってみるか。グラニュー糖より純度低いんだろうけど、ないものねだりしてもね)

 レシピうろ覚えの弊害で、プリン液の配合や火加減を変えて色々試す必要があった。

(加熱するけど、いちおう転移魔法で卵液の除菌しとくか。リュストガルトにサルモネラ菌はいないと思うけど、どんな黴菌いるか知れたもんじゃないし)


「どうもすが入っちゃうな……」

 タンパク質の熱凝固と水の沸点の温度差ですが入るという話を翔子から聞いたことがある。

(そういやプリン容器の底に布巾かませて湯煎焼きにしてたな。真似してみるか)

 プリン液表面の気泡はどうしたものか。

(翔子はどうやってたっけ……アルコール噴霧したりラップで泡取りやってたような。ラップなんて売ってないし。結界をフィルム状に成形してみるか)

 体表面被膜結界ならいつもやっているので手慣れたものだ。

 すが入ったり十分な熱凝固が得られなかったりと失敗作を重ね、なんとか見栄えがましなものが出来た。


 粗熱がとれたところで冷やす工程にはいる。冷蔵庫などという文明の利器は存在しないので、プリン容器満載のバットごと寒冷な極地に転移させた。

 前に編み出した転移エアコン(仮称)のように、質量の小さい寒冷地の空気を連続的に召喚した方が魔力効率は高いのだが、そこまでは思い至らない。魔力おばけのクッコロならではの欠点と言える。

 現地の結界玉で経過を観察。結界ラップの気密が粗雑だったのか、甘い香りを嗅ぎ付けた魔獣が数体プリンに近寄って来た。

 白銀の毛並みのスミロドン。雪原に適応した保護色なのだろう。中央平原あたりの個体より二回りほど大きい。

(こんな極寒地帯にも魔物生息してるんだな。プリン食べないでよ~)

「ちゅうか、これプリン液そのまま冷凍させるのもありじゃない? 何個か試作してみるか」


 冷えた頃合いを見計らって手元に召喚。

「どれどれ。お味のほうは」

(なかなか美味しい……けど、ちょっと卵臭いな。バニラビーンズとかメープルシロップあれば臭み消しなるんだろうけど、これもないものねだりだしなぁ。そだ、確かブランデーで香り付けしてたな)

 翔子の父秘蔵のブランデーだったらしく、後で叱られたらしい。今となっては懐かしい思い出だ。

「ミリーナちゃん。ちょっくらエスタリス行ってお酒買ってくるよ」

「お酒なら地下の貯蔵庫に常備在庫品があるはずですが。お酒の種類とかご要望はありますでしょうか?」

「えっとね、酒精の強いやつがいいかな」

「それでしたらフィリーム酒があったはずです。ディアーヌ様が嗜まれますので、以前いくつかの銘柄を取り寄せたんです」

 芳醇でアルコール度数の高いフィリーム酒なら香り付け用途にお誂え向きだろう。


 そんなこんなで、記憶にあるプリンを再現できたような気がする。いざ実食。

「おお、いい感じじゃない?」

「すごく美味しいです。これがプリン……」

 ミリーナが感動している。気をよくしたクッコロは、領主館で執務中の面々に差し入れして回った。手料理は人に食べさせたくなるのが人情というものだ。

「食感が面白い料理ですわね。この褐色のソースが味を重層的で奥深いものにしていますわ」

「クッコロ様、レシピを教えてください。これは売れますよ。オータムリヴァの特産にしましょう」

 ディアーヌやウェンティにも好評のようだ。

「特産かぁ」

 レシピの開示は吝かではないが、産業化するとなると素材の自給はしたいところだ。すくなくともクッコロの転移魔法に依存しない基盤を整えないことには、クッコロ不在で早晩破綻する羽目になるだろう。

 ロック鳥の卵は領内産なので問題ない。ロック島での採取はそれなりに苦労しそうだが。

 砂糖は南方ラーヴェント大陸産のものが多いらしい。オータムリヴァの気候からして生産は可能だと思うが、長期保存が可能なので当面輸入で賄うのもいいだろう。

(問題はターバル乳かな。生鮮品の入手は必須だし)

 飼育のノウハウはおろか、ターバルとやらが如何なる家畜かも不明だ。

(あのラムラーザのミルク屋台のおばちゃん、うちの領地に勧誘できないかな)



 青の月(アグネート)の屋敷に転移。あまり留意してなかったが、観星ギルドの屋敷で出される食事にはチーズらしき食材、ヨーグルト風の食材、バター的な食材が普通に用いられていた。二十万人からいるギルド従者たちの食料はこの星で自給自足らしいので、おそらく酪農も営まれているのだろう。参考になる情報が得られるかもしれない。

(ライセルトさんに挨拶しとくか)


 禁書庫に赴いてプリンを差し入れると喜んでくれた。

「今お茶を淹れるよ。クッコロも一服していきなよ」

 例のコーヒーもどきだろう。

「ありがとうございます」

「幸福な気分にさせられる甘味だね。苦いラーヴェント茶のお供に丁度いいよコレ。冷たくて喉越しもいい」

「冷たいのお好みでしたか。実は同じ素材で作る氷菓があるんですけど。そっちは試作上手くいかなかったんですよね」

 舌の上でプリンを吟味する様子のライセルト。

「ロック鳥の卵を使用してるね」

「すごい。分かるんですか。もしかして絶対味覚ですか?」

「残留魔力を解析したんだよ。便利だからクッコロも覚えるといいよ」

 その手法を習得したところで使いこなせるかは疑問が残る。参照するべき知識を欠いては片手落ちというものだ。懸念を伝えると呆れられた。

「星核紋の使い方聞いてないの? それは前任者の手抜かりね」

 前任者というとランベルとヴァレルか。

「その星核紋とやらの存在も最近把握したんですけどね。バールストに現れたレクスベヒーモスから聞いて」

「ああ、昔ミューズの愛玩動物だったやつか。彼まだ生きてたのね」

(愛玩動物って……あの大魔獣を?)

「まったくあの二人ときたら……引き継ぎを疎かにするほど眠かったのね。私が使い方教えるよ。代わりと言ってはなんだけど、プリンのレシピを教えてよ」

「それくらいでしたらお安い御用です」


 星核紋の使い方を懇切丁寧に指導された。アカシックレコードに蓄積された膨大な情報に、何処からでも自由自在にアクセス出来るようになるらしい。

(なるほど、一種の情報端末な訳ね。こりゃ便利だわ)


「ロック鳥の卵は凍結させる調理に向かないよ。火山島に生息している個体から採取したのなら尚更だよ。奴ら火精霊の影響を色濃く受けてるから、氷耐性を具有しているんだよ」

「道理で凍らない訳だ」

「それこそランベルクラスの精霊術師なら、氷耐性とかお構いなしに魔法で凍らせるだろうけどね。寒冷地に放置した程度じゃ凍らないよ」

「じゃあアイスクリームは他の卵見繕わなきゃ作れないってことですね。ん~……代替食材思い当たらないなぁ」

 鳥系の魔物で心当たりといえばコカトリスだが。

「そういやコカトリスの卵って食べれるんですか?」

「食べたことはないけど食べれるんじゃない? 下界じゃ普通に高級食材として高値取引されてたはずだよ」

「食べても石になったり呪われたりしません?」

「そんな事例は聞いたことないよ。食あたりは偶にあるらしいけどね」

 賢者ライセルトが言うなら確かな情報だろう。


 オータムリヴァへの帰還予定を変更し、急遽アレク大森林へ足を伸ばすことにした。

(ラディーグ師匠と初めて会った辺りにコカトリスいっぱいいたよね。どの辺だったっけ? せせらぎ聞こえたから渓流の近くだと思うけど。まぁ結界玉で上空から探してみるか)

 数百の結界玉を生成して探索に投入。森の浅いところは、ヴィルボアールやアルミラージやベルベアードといった比較的ありきたりな魔物が生息している。

(森の奥の方は相変わらずやばそうなのがうようよいるな……うわ、マンティコアいるよ)

「お。いた」

 コカトリスの群れが水場で思い思い寛いでいる。しかし成体や幼体に用はない。

(水場があるなら営巣地も近くにあるんじゃないかな。コカトリスの生態とか知らんけど)

 さらに探索を進めると巣らしきものを発見。が、周囲に著しく損壊したコカトリスの屍骸が散乱している。

(襲われた跡っぽいな。む?)

 岩だと思っていた物が動いた。いくつもの巣に順次首を突っ込んで漁っている。針状の体毛に覆われた巨大な蛇だった。

(前にザファルトの顎でやっつけたアイトヴァラス並みに大きいな……)

 折角なので覚えたての星核紋検索を使ってみる。視覚情報をアカシックレコードに送って検索をかけたところ、脳裏に学んだ憶えのない知識が流れ込んできた。

(ペルーダ――この魔物っぽいなアレ。あちゃ~、卵食い散らかしてるよ)

 すぐさま身体強化を展開し、ペルーダの頭上に転移して蹴とばす。

「卵を食べないで!」

 どの口が言うかという話である。コカトリスにしてみればどちらも卵を付け狙う無慈悲な捕食者であり、生存を脅かす災厄でしかあるまい。

 食事を邪魔されたペルーダは啜るような威嚇音を発し、鞭のようにしならせた巨体でクッコロを打擲。大質量の脅威を弁えているらしい。しかし体表面被膜結界に覆われたクッコロにダメージは通らない。

 魔力を込めた拳骨でペルーダの頭部を粉砕。それで勝負は決した。

(これもいちおう仕舞っとこ。魔物素材納品したら冒険者ギルドに受けよさそうだし。あまり真面目に冒険者活動してないからな~。除名されたらイヤだしね)


 かくしてコカトリスの卵を横取りもとい入手した。

(おし。アイスクリーム素材揃ったぞ。帰って女子っぽくお菓子作りと洒落込みますか)


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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