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第95話 農神祭


 少女の妖気を浴びたマルザーヌとシュバルが闘気を漲らせる。さすがと言うべきか、兵卒たちのように粉末化することはなかった。

「妾の妖気に耐えるか。腐っても大将軍というわけじゃな。よかろう、すこし遊んでやろう」

 指をちょいちょいと動かし、かかってこいと煽る。堪えきれず突きかかるシュバル。

「ざけんじゃないよ、このクソガキャ!」

 分厚い鋼鉄すらも易々と穿つであろう魔槍ゲイ・ボルガの突き。穂先を指で摘まむようにして受け止める少女。

「そちは使えそうもないが、この槍は使えそうじゃな。鹵獲して妾が有効活用してやろう。安心して逝くがよい」

「後ろ!」

 リューネの警告。気配を殺して少女の背後に迫るマルザーヌ。両手のカットラスが閃いた。少女の首と胴を横薙ぎに払うが手応えなし。

「ち。残像か。味な真似を」

「内陸では珍しい得物じゃの。そういえばそのほうの帝国第六軍は海軍であったか」

 カットラスは接舷しての船上白兵戦で取り回しやすいため、船乗りたちが好んで使うらしい。

 マルザーヌに意識が向いた隙を見逃さず、シュバルが多段突きで猛然と仕掛けてきた。

「このアタシと対峙して背中お留守にするとか。アナタちょっと戦いを舐めすぎでしょ」

「べつに舐めてなどおらぬが。雑魚が何匹群れたところで妾の敵にはなり得ぬ。これは厳然たる事実であろ」

 目にも留まらぬ速さでシュバルの懐にはいると、華奢な細腕で咽喉を握りつぶした。

「ぐぎゃあああ……」

 そのまま無造作にシュバルの首を引きちぎり、マルザーヌのほうへ放る。手に付いた血を舐める。

「やはり愚劣な男の血は不味いの」

「そいつ心は乙女を標榜していたぞ。まぁ愚劣なのは同意するが」

「僚友の無惨な死に様を目の当たりにしても動じぬか。なかなか肝が据わっておるな」

「これでも大将軍を拝命しておるのでね。あまり無様な真似もできん。まぁ新兵の頃の私であれば、今頃小便を漏らして貴様に命乞いをしていたかもしれんが」

「降伏するなら助命してやらんでもないぞ」

 好戦的な舌なめずり。

「戦場往来を重ねるうちに宗旨が変わってな。強敵と殺し合うのが三度のメシより好きになってしまったんだよ」

「やれやれ。そのほうもメーベルトと同じか」

 マルザーヌが少女の正体に当たりを付けた様子。

「金髪紅眼の吸血鬼……そうか、貴様が竜骨山脈の蛮族どもの首魁か」

「蛮族のぅ……その無粋な蔑称はそろそろ改めてもらうぞ。我等は魔石核の恩寵に浴す種族――略して魔族じゃ。しかと心得るがいい、魔石核を持たぬ人間よ。尤もあと数秒の命であろうが」

 少女の手刀に魔力が凝集し微光を放ち始める。

「ぬかせ。それはこちらの台詞だ。いざ参る」

 瞬時に距離を詰める両者。交叉して静止。ややあってマルザーヌの首がごろりと地面を転がる。鮮血を噴出させながらマルザーヌの身体が頽れた。


 シュバルとマルザーヌを斃した少女がシャールランテのところへ悠然とやってきた。

「大将軍の首級二つとは望外の成果じゃ。わざわざ出張って来た甲斐があった。一万の兵を采配する将軍はあまたおるが、十万の兵を指揮する戦歴を積んだ大将軍はなかなかおらぬ故。帝国もさぞかし痛手であろう」

「危ういところをお救いいただき感謝に堪えない」

「なんのなんの」

 シャールランテと少女の視線がぶつかった。

(なんて目力)

「運命的な出会いに年甲斐もなく興奮しておるよ。シャールランテ殿」

「私の事をご存知か」

「この大陸に住まう者で、貴殿の雷名を耳にしたことのない者がおろうか。百万の兵を意のままに操る元帥級の人材ともなれば歴史的にも稀有な存在と言える。アルネや貴殿のようにな」

「過大評価かと。私は武運拙く流浪の身となり果てた敗北者」

「勝負は時の運じゃ。それに、敗北を知る者が最も成長するのは歴史の教訓であろ」

 考え込む少女。

「しかし流浪の身とは……もしよろしければ妾の国に参られぬか。といっても建国して日も浅い山奥の小国じゃが。放浪しながらの子育ては難儀であろう。我が国に腰を落ち着ければ、すくなくとも当面の安息を得ることは出来ると思うのじゃが」

 確かにラミルターナが成長するまで隠棲できるのであれば魅力的だ。

「なにも妾に仕えよというのではない。食客として厚く遇するぞえ」

「……分かった。貴国のご厄介になろう。ついては貴殿の御尊名を伺いたい」

「これはうっかりしておった。妾の名はアルヴァント。竜骨山脈のアルヴァント魔皇国の国主じゃ。よしなに」


 アルヴァントの人柄と器量に心酔したシャールランテが臣従を誓い魔将となるのは、この邂逅よりおよそ一年後のことである。後に魔皇国がゼラール帝国を滅ぼして中原を席巻するにあたり、シャールランテがおおきく寄与したことは言うまでもない。



 リムリア大陸の南西からドラゴンの首のように伸びるサリナベル地峡。その先に広がる土地はカルネラ半島、もしくはカルネラ亜大陸と呼ばれている。カルネラ半島北部は魔皇国の版図となっていたが、南部にはいくつかの小国が点在していた。

 都市国家ラムラーザはそんなカルネラ諸国のひとつ。豊穣神の大神殿があることから宗教都市の様相を呈している。

 その日、ラムラーザの市場を観光気分でほっつき歩くクッコロの姿があった。

(初めて来た土地だし、先ずは市場チェックしとかないとね)

 ラムラーザ来訪の趣旨は、魔法学院の同級生シャーリィ・サルークの呪詛に関する情報収集だった。十二柱神殿の解呪技術を参考にしてはどうかとライセルトから助言され、こうして自ら調査にやってきた訳である。なにせ転移魔法を駆使したフットワークの軽さがクッコロの身上だ。


 物珍しそうに地場の食材を吟味するクッコロを恰好のカモと見做したか商魂たくましい露天商たちがさかんに声をかけてくる。

「そこの覆面の嬢ちゃんや。どうだい、旬の物そろってるよ」

「珍しい食材多いですねぇ。試食とかないんですか」

「そういうのはやってねえなぁ。上町の問屋じゃねえんだ。味見したきゃひとつ買ってくんな」

 毒々しい表皮の謎野菜や謎果物が山積みされている。味の想像がつかなかった。

「嬢ちゃん外国のお人かい。まぁそうだろうな」

 色々と察した店主が一人で納得している。水高制服に隠形外套や封魔頭巾といういでたちは、地元民的にもかなり異国情緒あふれる代物らしい。

「そういや外国人ぽい人やたら見かけますね、この街」

 行き交う人々の身にまとう衣装もまた多彩だ。

「そりゃアンタ、明日から農神祭だしな。嬢ちゃんもそれ目当てに来たんと違うんか」

「農神祭?」

 聞けば豊穣神大神殿の例大祭らしい。

「この時期は近隣諸国から腕自慢の料理人が集まってくるからな。熱心に食材吟味してたから、アンタもそのクチかと思ったんだが」

「あたしは大神殿に参詣がてらの観光ですよ」

 なんでも大神殿への奉納料理の味を競う料理競技会なる催事があるとのこと。これが農神祭の中心的なイベントらしい。奉納奴隷を闘わせて賭けに興じるエスタリス武神祭のようなものだろうか。

(料理競技会か。会場は大神殿かな? 結界玉いくつか潜入させとくか。後で生中継見よっと)


 隣の露店の女店主から声がかかる。

「お嬢ちゃんも料理人なのかい。食材に関心があるんだったらうちの店も見てってよ」

「おばちゃんとこは何売ってるの? お、ミルクですか」

 女店主が缶の蓋を開けて中身を見せてくれた。何の乳汁かは判別できないが乳白色の液体が湛えられている。地球の牛っぽい家畜はこちらで見かけないので、よもや牛乳ということはないだろう。

(ミノタウロスならオータムリヴァにも住んでるけど)

「ターバルの乳だよ」

 如何なる生物なのか寡聞にして知らない。

「けっこう売れ残ってますね。常温だけど鮮度は大丈夫?」

「痛いところをついてくるね。このあたりの人はあまりターバルの乳を飲まないのさ。まぁ今朝搾りたてだから新鮮だよ」

(加熱処理とかしてるのかな? 殺菌してない乳は飲むの勇気要るな。まてよ……転移魔法で滅菌いけるんじゃない? 善玉菌も根絶しそうだけど)

「とりあえず一杯ください」

「ありがとね。銅貨五枚だよ」

 値段の高さも相俟って庶民には高嶺の花らしい。富裕層は時折風味付けに料理へ添加するそうだが、食材というよりは滋養強壮に富む生薬的な扱いだという。

 柄杓で木椀に乳汁を注ぐ女店主。日本人感覚で衛生的にどうなのよと思わないではなかったが、郷に入っては郷に従えの精神で飲んでみる。

(お、濃厚で美味しい。脂肪分高いのかな。リオール地方で飲んだ馬乳よりは好みの味だな)


「農神祭前夜は物好きな料理人とか気紛れな外国商人が買ってくれるんだけどねぇ。今年はサッパリだよ」

 諦め顔の女店主。

「んじゃ、あたし買いますよ。残り全部ください」

「え? いいのかい。リムリア金貨七枚になるんだけど」

 確かに高価だが、牛乳の代替食材を以前から探し求めていたのだ。買わない手はない。

「えへへ。気紛れな外国商人です」

「お嬢ちゃん商人なのかい。旅芸人一座の踊り子さんか何かかと思っちまったよ。そんななりしてるしねぇ」

(踊り子って……)

「こう見えても商会主なんですよあたし。ちゃんとギルドにも登録してますし」

「へぇ。若いのにやり手なんだねぇ」

「また買い付けにくるかもです」


「足がはやいから気を付けてね。古くなった生乳飲んで腹こわす人もいるから」

「はーい」

 その辺りもミルクが敬遠される理由のようだ。勤勉な雑菌たちがいて仕事に励んでいるのだろう。

「持てるかい? なんだったら亭主に言って配達させるよ」

 思わぬ上客の出現にホクホクの女店主。あれこれ気を遣ってくる。

「いえ、宿すぐそこですから。容器の缶も貰っていきますね」

「台の番重ごと持ってっていいよ。返しに来なくていいからね」


 ミルク缶満載の番重を抱えて路地裏へ。身体強化で重さは苦にならないが、蹴躓いて折角のミルクを零さないよう注意した。人目につかないところで空間収納に仕舞う。

(おし、ミルクゲット!)



 一旦宿屋へ戻って寛ぐ。

(あと卵と砂糖あれば、プリンとかアイスクリーム作れるな)

 エスタリスの市場でザラメ糖を見かけた記憶がある。ダルシャールの交易船が頻繁に来航するので、ラーヴェント大陸産の砂糖が入ってきているはずだ。

(そういや鶏卵は見かけないなぁ。コカトリスの卵って食べられるのかな? 呪詛で石化したりしないよね。――あ、そだ!)

 思い立ってノルトヴァール諸島のロック島へ転移。ロック鳥の営巣地を覗く。

(でっかい卵いっぱいある。ごめんよ。ひとつ頂いていくね)

 その足でエスタリスに転移し、砂糖を購入。


 食材が揃った。あとは試行錯誤しながら試作あるのみ。

(ここ木賃宿じゃないし、厨房借りづらいな。オータムリヴァの領主館戻るか)

 あちらは設備も整っているし、何より自宅なので気兼ねなく使用できる。

(翔子がお菓子作り得意だったな。懐かしいなぁ。元気でやってるかなあの子)

 ふと、水高の同級生でネトゲ仲間だった高橋翔子のことを思い出した。

(転移魔法極めたら、日本に転移できるような気もするんだけど……早いとこワールゼン先生見つけ出して、いろいろ教えてもらわないとな)


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