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第86話 ライセルトの裏話


 和解を期待してへたり込むマルトラータに手を差し伸べたところ、胡乱な目を向けられ手を払われた。

(スポ根マンガみたいにはいかないのね……)

「憐憫など無用です。侮辱と受け取りますわよ」

「そんなつもりは更々ないんですが……」

 自力で立ち上がったマルトラータが背筋を伸ばした。心の内を窺い知ることはできないが、様々な感情が鬩ぎあっているのだろう。

「あなたの名誉回復については、生徒会報に広告を掲載するよう手配いたします」

「ご配慮痛み入ります」

「わたくしの出処進退ですが、一両日中に退学届を提出いたしますわ」

 予想外の成り行きに面食らうウェルス。

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそうなるんですか?」

 混沌の天秤の敗者は退学する慣例でもあるのか。

「条件は公平であるべきです。あなたの退学を求めて混沌の天秤に臨んだ以上、敗者のわたくしが学院を去るのが筋ですわ。わたくしにも矜持がございます。保身に汲々として魔法学院の伝統を穢すわけにはまいりません」

 とてもまずい展開だ。ウェルスは思案を巡らした。

(この人確か有力派閥の領袖だったな。退学なんてされたら、あたし絶対彼女のグループから逆恨みされるじゃん)

「えぇ……困るんですけど。それ先輩の信奉者に目の敵にされる流れじゃないですか。僕は平穏な学院生活を送りたいんですが」

「わたくしの関知するところではありませんわ。それほどの実力があるのだもの。あなたの裁量でどうにかなさいな」

「いやいや、先輩の子分たちの話でしょう。しっかり手綱握ってくださいよ」

「子分ってあなた……人を不逞の輩の頭目みたいに仰らないで」

 混沌の天秤など単なる前哨戦であったかの如く睨み合うウェルスとマルトラータ。

「むぅ。かくなる上は不本意ながら勝者の権利を行使しますよ。僕が平穏な学院生活を過ごせるよう、先輩には協力していただきます」

「……このわたくしに臆面もなく物を言うのは、あなたが初めてですわ」

「混沌の天秤は相打ちで引き分けってことにしましょう。僕はモルディナ閥からの敵意を回避できるし、先輩だって面目を保てる。悪い話じゃないでしょう?」

 長い溜息をついたマルトラータが先に目を逸らした。

「いいでしょう。勝者の意向に沿いますわ」



 放課後。マリエッタの元へ向かうと不機嫌そうな一瞥で迎えられた。

「遅い。待ちわびましたわよ」

「すみません。ちょいと野暮用で」

「この国では淑女を待たせる殿方は嫌われるわよ。憶えておきなさいな」

「以後気を付けます」

(ふふふ――さしものマリエッタさんも、ウェルスの中の人が淑女とは思うまい)

 さよう、クッコロは淑女なのである。これを表明すると諸方面から異論が噴出して凹む羽目になりそうなので言わないが。

「馬車を待たせてあります。ついていらして」

 魔法学院の敷地は広大だ。転移魔法持ちのウェルスには無縁だが、構内各所を巡回する路線馬車が運行していて、学生は無料で乗降仕放題だそうな。なお大口寄付者たる貴族家の子弟は、馬車をチャーターする特権があるらしい。

「寮舎に行くんじゃないんですか?」

「シャーリィは北の森の医療棟で療養しているわ」

「ああ、あそこ。あの建物医療施設だったんですね。やたら警備厳重だし白衣の学者ぽい人たち出入りしてるから、秘密の実験施設か何かかと思ってました」

「まぁ冒険者ギルドから持ち込まれる魔物の解剖なんかもやってるらしいわよ。噂ではね」

(ふむ。学外の病院に収容するんじゃなくて、そんなとこで隔離か。シャーリィさん、あんま容態よくないのかな?)


 まずは一人でシャーリィの病室を訪うマリエッタ。廊下で待機するウェルスのもとへ戻って言った。

「断固面会謝絶ですって。誰とも会いたくないそうよ。わたくしとも帷超しの会話だったわ」

(まぁそうなるよね)

 その気持ちは痛いほど分かる。

「やっぱ例のギガントアンタレスの呪詛が厄介なんでしょうか?」

「そのようだわ。大陸最高峰と言われるここの医療技術を以てしても予後不良だなんて……」

(エリクシルは呪詛に効果なかったしな)

 先日、もしやと思い実験がてらランタースに飲ませてみたが、彼女の呪詛が解消することはなかった。尚、新設ギルドのマスターとしてデスクワークに忙殺されていたランタースの肩凝りや腰痛や眼精疲労は解消されたようで、エリクシルを少し分けてくれとせがまれたのは余談だ。

 ウェルスが提案してみる。

「僕の知人に呪詛とか詳しそうな人がいるんですよ。その人にいい治療法ないか訊いてみましょうか」

「学院にも呪術の研究者はいるはずよ。彼等より詳しい専門家がそうそういるとも思えないけど。まぁ第二診断があってもいいかもしれないわね」

 マリエッタほどに開明的な令嬢でさえ、魔法学院を凌駕する学術界の権威は存在しないという先入観に囚われているようだ。ウェルスは窓の外を一瞥。黄昏の空には冴え冴えとした光を放つ青の月(アグネート)が浮かんでいた。

(この世には人知を超えた魔法使いたちが隠れ潜んでいるんですよ、マリエッタさん)

 さしあたり明日ライセルトに相談してみよう。見かけこそ魔女っ娘コスプレの幼女だが、世界(リュストガルト)に彼女以上に該博な者などそうそうおるまい。



 最近のオータムリヴァは、リスナルやエスタリスから流れてきた人々が様々な店舗を構え、繁華街らしきものが複数形成されつつああった。執政官ディアーヌが新規開業の五年間免税を施行した効果だろう。概してリムリア大陸諸国は租税徴収比率が高めであり民草から収奪する傾向が顕著なので、この太っ腹な政策は商人たちから歓迎されたようだ。

(どこかのお店でライセルトさんに差し入れでも買ってくか。珍しいお菓子とか売ってるかな)

 膨大な情報にアクセスできるので退屈することはあるまいが、禁書庫から出られないというライセルト。

(ネット三昧のひきこもりみたいなもんか。精神衛生に悪そうだ。星核とやらの当直みたいに、将来ライセルトさんの後釜であたしにお鉢回ってこなきゃいいけど)


 お茶請けによさそうな焼き菓子を買い込み、青の月(アグネート)の魔法図書館へ転移。その足で禁書庫を訪れると、浮遊する水晶玉に座ったライセルト・リューリンがふわふわと近寄ってきた。

「あらクッコロ。どうしたの?」

「ちわっす。お邪魔でした?」

「別に構わないよ。話し相手はいつでも歓迎だよ。ここは観星ギルド正規メンバーしか立ち入れないから、他人と面会する機会はほとんどないしね」

「あたしだったら孤独で気が狂いそうです」

「慣れれば快適だよ。思索や研究も捗るしね。時々無性に議論する相手が欲しくなるのが玉に瑕だけど。そんな訳で、たまにお茶飲みにおいでよ。私と魔法理論について語り合おうじゃない」

「いや~あたしこう見えてけっこうお馬鹿なんで、ライセルトさんの議論の相手は荷が重いですよ」

魔導司(ワイズマン)の一柱が何を言っているの」

 クッコロは首を傾げた。

「それがそもそも腑に落ちないんですよね。魔法使いって何年も研鑽を積んでようやく上の階層に開闢するものでしょう? ぽっと出のあたしがいきなり魔導司(ワイズマン)なんておかしくありません? 魔導書(アブラメリン)読んだ記憶もないし」

「クッコロは魔法使いとしては変わり種だね。開闢って言葉は新しい世界の始まりという意味があるそうだよ。上の次元の扉を開いて新世界に足を踏み入れるのは大概の魔法使いの希求するところ。狂おしいほどに渇望しても、上位次元の扉に到達できる者はほんの一握りだよ。あなたみたいに無心な子が、案外すんなり因果律の階梯を上って行って魔創神(ヘカテー)に至るのかもね」

「あたしそんな無心でもないですけどね。煩悩まみれですよ。そういうライセルトさんはどうなんですか」

「遠い遠い昔のことになるかな。私は三歳の頃魔道師(メイジ)に開闢したよ。天才だ神童だと褒めそやされたものさ」

「すごいですね。そんな幼い頃に魔道師(メイジ)なんて。普通魔道書(ルーン)を理解するどころか、文字も読めないお年頃でしょうに」

「大きな魔力の代償か、体の成長が三歳で止まってしまったけどね。ただそこからは魔法の探究も伸び悩んだよ。その後魔行匠(アルケミスト)になるのに二百年、魔導司(ワイズマン)になるのに二千年かかったよ。魔導司(ワイズマン)に列してかれこれ一万年になったかな。爾来十次元の因果律の海を彷徨っているけれど、いまだ十一次元の世界の扉は見つからないよ。まぁあと一万年暗中模索すれば、魔創書(ネクロノミコン)を読み解ける日が来るのかもね。――そこ、私の年齢を計算しないように」

 指を折って暗算中のクッコロを見咎めるライセルト。

「点滴石を穿つの生ける見本ですね」

「凡百の魔法使いは魔行匠(アルケミスト)に開闢する以前に寿命が尽きるからね。長命を羨む同業者も多いけれど、私に言わせればこれはある種の呪いだよ。それでもなお因果律の全てを知悉したいと願うんだから、我ながら業が深いよ」

 唐突に来訪目的を思い出して膝を打つ。

「呪い――そだ! ライセルトさんに訊きたいことがあって来たんだった。呪詛の解除法について情報あったら教えてもらえませんか」

「ふむ。お茶でも飲みながら話そうか」

「お口に合うか分かりませんが、お土産にお菓子買ってきたんですよ。お茶請けにどうぞ」


 供された黒い茶を見て目を丸くする。

(え? この香り……コーヒー? この世界にもあったの?)

 前世の記憶にはないので、すくなくとも中原の物産ではあるまい。地球のコーヒーとは似て非なるものであろうが、風味はとても近似していた。

「リュストガルトにもコーヒーあったんですね」

 日本の父恭太郎がコーヒーフリークだったので、クッコロ――楓も小学生の時分は背伸びしてよく飲んだものだ。ミルクと蜂蜜をたっぷり混ぜてはいたが。

「コーヒー? これのことかい? 私たちはラーヴェント茶と呼んでいるよ。原産地は文字通りラーヴェント大陸だけど、下界では飲まれていないはずだよ」

「へえ。こんな美味しいのに知られてないんだ」

「コロンの実の種だけを焙煎して挽き、抽出するお茶なんだよ」

(まんまコーヒーじゃん。コロンの実とやらがコーヒーチェリー的なやつかな?)

「工程の煩雑さもさることながら、コロンの実の果肉は猛毒だからね。種は無毒とはいえ、口にする発想がなかったんだと思うよ」

「リュストガルトで売り出したら一儲けできそうですね。ふむ。帰りにラーヴェント大陸探索してくか」

「自生してるものはえぐみが強くて飲用に適さないよ」

「はて、ローストしてもえぐみ抜けないんですか」

(柿の渋戻りみたいなもんかな? 加熱でタンニン復活するって聞いたけど)

青の月(アグネート)の農園で品種改良したもの栽培してるから、欲しいなら株分けしてもらうといいよ。ローエルに頼みな」

「品種改良したものあるんですね。よかった」

「昔リカルドが熱心に取り組んでたね。ラーヴェント茶の風味が奴の故郷の飲料に似てたらしい。そういやリカルドもコーヒーと呼んでたな。案外あなたたち同郷じゃないの」

「リカルドさんというと、楽聖リカルド・セルウォード氏ですか」

「そうそう。ランベルの研究所に入り浸ってしつこく頼んでたよ。植物の品種改良はランベルの得意分野だからね。ランベルも最初は渋ってたけど、専門分野で興が乗ったのか協力してたね」

 確かにハイエルフと植物の親和性は高いイメージがある。

「同郷……もしそうなら、一度お会いしてみたいですね」

「会わないに越したことはないよ。リカルドは女癖が悪いから気を付けたほうがいい。奴と会う機会があったらトランスリング装着をお勧めするよ」

「うへぇ……そんなにですか」

「クッコロはかわいいから、きっと付きまとわれるよ。そういえば昔、あなたの親友のアルヴァントも奴の毒牙にかかりかけたよ」

「ええええ? あのアルちゃんが?」

「五百年前、観星ギルド加盟を断ったアルヴァントが、ヴァレルの爺さんとランベルに抹殺されかけたんだよ。この話は前に教えたよね」

「ええ。憶えてます」

「その時リカルドのアホが、いたいけな美少女を消すのはけしからんとか世迷言をぬかしてね。アルヴァントの逃走を密かに手助けしたんだよ」

「なんちゅうか自由な人なんですね」

「吟遊詩人てのは皆ああいう気質なのかね。青の月(アグネート)から一時出奔したリカルドは、そのままアルヴァントとパーティを組んで下界で傭兵稼業をやってたみたい。しょうがないから監視役としてメイド長メアリを派遣したんだけど、三人で諸国漫遊を満喫してたらしいよ」

(やっぱ吟遊詩人リチャードと一緒にいた盲目の女剣士ってメアリさんのことか)

 クッコロの記憶の中で断片的に仕舞われていた情報が色々つながった。

(リチャード・シャーウッドとリカルド・セルウォード――どうやら同一人物と見て間違いなさそうだな。おそらくどっちかが偽名なんだろうな)

 ライセルトの嘆息。

「まったくリカルドのアホめ。今頃どこをほっつき歩いているのやら」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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