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第80話 彷徨える騎士


 エスタリスやラミルターナ周辺の領主に動員をかけたところ、五万もの兵が集まった。これまで傍観を決め込んでいた諸侯がこぞって協力的な姿勢に転じたためと思われる。

「カリューグ平野で敵軍を粉砕した効果かしらね」

「ありそうな話じゃな。日和見主義者どもめ」

 会食中のルディート将軍とカルマリウス将軍が所見を述べあう。

「私は一万くらいが指揮しやすくていいわ。率直に言って、指揮系統バラバラの軍が何万人いてもね。兵站の負荷で身動き取りづらそうだし」

「そう申すでない。東征を成し遂げるには今後いくらでも兵が必要になろう。兵糧はグルファンが何とかするじゃろ。大量の物資輸送も例の魔法相がおるしな」

「魔法相、ね。ブレン・ポルトとバルシャークの連合軍三十万を魔法一撃で殲滅とか……あの化け物は危険すぎるわ。仮に反目に回った場合、ご老体はあれを止められる?」

「単独では止められる気がせんな。お前さんやマルヴァースと三人がかりで当たればやりようもあるが。それも近接戦に限っての話じゃ。魔法を使われたら抑えきれん」

「三人がかりか。癪に障るわね」

「やれやれ、お前さんもそっち側か。亡くなったメーベルト殿然りラディーグの爺然り。あの嬢ちゃんとサシでやり合おうという奴の気が知れんわ」


 翌日、レグリーデ要塞跡地から進発するカルマリウスの軍団を諸将が見送った。

「では武運を祈る」

「しばらくはクッコロが築いたリオール回廊の新城に駐留して、部隊再編と調練の日々でしょうけどね」

「さもありなん。寄せ集めの諸侯軍が使い物になるまでどれくらいかかるかのう」

「最低でも三ヶ月は訓練三昧といきたいけど、情勢次第ね。ガルシアの抑えは頼んだわよ」

「ワシとマルヴァースとパルダメイラが三方から牽制しとるからの。小心者の彼奴は皇都に引き籠るじゃろ。当然カリューグ会戦の顛末も耳に入っとるだろうしな」

「クッコロの情報に接したら、さぞかし泡を食って警戒するでしょうね」

「ざまみろじゃな」



 ブレン・ポルト有数の交易都市イーヴァンは今、蜂の巣をつついたような混乱のさなかにあった。側防塔で乱打される半鐘が、街中に非常事態を告げ知らせる。

「急げ急げ! ゴルト・リーア軍がそこまで来とるぞ!」

「家財道具は置いていけ! 足腰の弱い者は見捨てて逃げろ」

 ゴルト・リーア兵の苛烈な略奪ぶりは夙に有名だ。

「敵が攻めてきてるっちゅうに御領主様の軍隊は何してんだ? 日頃は威張りくさってクソ高い人頭税取り立てていきやがるクセしてよ」

「んなもん真っ先にとんずらかましたに決まってんだろ。俺たちもさっさと逃げようぜ。ゴルト・リーア兵にとっ捕まったらお終いだ。奴ら血も涙もねえからな」


 イーヴァンの目抜き通りに血鎖館という如何にもな屋号の奴隷商があった。

「旦那様、早く逃げましょう。奉公人たちは皆逃げ散ってしまいましたよ」

「ええい、主人より先に逃げるとは何事か。恩知らずどもめ。番頭お前、若い者にどういう教育をしてきたんだ――いや、今はいい。それよりも奴隷だ。おい、手伝え。隷属の呪紋を更新する」

「何をなさっているのです。商品は置いていきましょう。足手まといです」

「置いて行けるか! 方々の奴隷市を巡り、大枚をはたいて買い集めた商品だぞ」

「命あっての物種ですよ。生きていれば再起を図ることもできます」

 奴隷商会主は断固として譲らなかった。

「奴隷どもは連れて行く。置いて行っても野良奴隷としてゴルト・リーア軍に接収されるか殺処分されるのがオチだ。連れて行けば肉盾や囮として役立つこともあるだろう。換金も容易だしな」

「やれやれ。これだから奴隷商人はいけ好かねえんだ」

 第三者の声が闖入。紅髪の壮士がいつの間にやらドアの前に立っていた。

「なんだ貴様は。人様の店に無断で立ち入りおって。さては火事場泥棒か。おい、この男を叩き出せ。いや、非常時だ。殺してしまえ」

 用心棒らしき大男をけしかける商会主。侵入者の目が妖しく輝いた。用心棒の瞳が焦点を失い陶然とした表情になる。

「おい、どうした? グズグズす――」

 叱責を言い終えることは叶わなかった。蛮刀を振りかぶった用心棒が、商会主を脳天から真っ二つに両断したのだ。返す刀で番頭の首を刎ねる。

「お前も逝っとけ」

 紅髪の男が無慈悲に命じたところ、用心棒は唯々諾々と己の頸動脈を断って自害した。

 床に拡がる血溜まりを踏みしだき室内を物色。鍵束を手に取ると、商品の奴隷たちが拘束されている牢屋へ向かった。

「攫われた一族の者、返してもらうぞ」


「血鎖館には同族の者八名が捕らえられておりました。全員健康状態は良好です」

「奴隷商にしたら商材の品質が高いに越したこたぁねえからな。健康には注意を払うだろうさ」

 紅髪の男が側近の者に笑いかけた。

「ゴルト・リーアの侵攻は勿怪の幸いだったな、ヴィラン」

「そうですね。これからどうなさるので? モルディス様」

「……にっくきフォルド連邦が滅び去ってかれこれ三百年余。東方もすこしは暮らしやすくなるかと淡い期待を懐いたが、フォルダリア総統家の陪臣どもが建てた国々は相変わらず俺たちを目の敵にし、弾圧の矛先を向けてくる。リムリア大陸にインキュバス安住の地はないのかもしれんな」

「我々と似た境遇にあったケット・シー族は、魔皇国の新興貴族の庇護を受けたと聞きます」

「羨ましいこった。ダメ元で俺たちも魔皇国に接触してみるか。丁度カルマリウスがこっちに出張ってきてるようだし」

 渋面のヴィラン。

「あの者はサキュバスの族長ですよ。我々インキュバス族とは不俱戴天の仇敵です」

「フォルド連邦はもう亡い。祖先の遺恨をいつまでも引きずっていてもな」

「百歩譲ってサキュバス族であることに目を瞑るとしても、フォルダリア家の血統であることは看過できません。あなたを忌み子として闇に葬ろうとした女の孫ですよ」

「族長稼業にゃ何かとしがらみも多いのさ。おふくろにも事情があったんだろ」

 子供の時分は母シャールランテを恨んだものだが、モルディス自身がインキュバスを統率する族長に就いてからは心境にも変化があった。

 幼少時は女として育てられ、性別偽装が露見しそうになるや出奔を余儀なくされた。シャールランテが陰で糸を引いていたらしいが、今なら母の心情が理解できるような気がする。

「サキュバスの姪っ子たちはどんな奴らなのかね。東方じゃ随分悪名を轟かせているようだが」

「カルマリウスに接触を図るのは賛成できかねます。それよりは、同じ魔皇国貴族でもノルトヴァール伯のほうがまだ妥当かと」

「例のケット・シー族を傘下に入れたとかいう新興貴族か」

「はい。変わり者らしいですが、度量の大きい人物と評判です」

「いずれの道を選択するにせよ、まずは情報収集だな」

「そうですね」



 オーク族の謀反により魔皇アルヴァントが命を落として半年がたった。皇都リスナルは一時ガルシア率いる新朝派とアルヴァントの遺児を奉ずる皇統派の角逐の舞台となったが、今はオーク族を中心とする新朝派が全域を掌握し戒厳令を布いている。

 オーク軍はもはや体裁を取り繕う意思がないのか、皇都外廓や近郊の村々であからさまな奴隷狩りを行うようになっていた。昨今、皇都の備蓄物資が忽然と消え失せる盗難事件が多発し、戦費や軍需品が逼迫しつつあるらしい。これが奴隷狩り活発化の遠因と囁かれていた。


 貧民街の孤児や浮浪者は奴隷狩りの恰好の標的だった。なにせ身寄りのない彼らを拉致してもほとんど誰も気にしない。

 市民権のある富裕層だとこうはいかない。親や親類縁者が騒ぎ立ててしつこく食い下がり、非常に面倒だ。

 奴隷狩りの魔手が身近に迫ったことを察知したヘルミナは、孤児たちを引き連れ、大帝と救国騎士の故事に倣って地下水路へ避難することにした。孤児院『救国の家』の近所に保守点検用の換気塔があり、夜陰に乗じて地下水路へ潜り込む。

「暗いよー、恐いよー」

「院長先生ここくさいー」

「おなか減った」

「眠い……おんぶ」

「キャー! ネズミ!」

 カンテラの灯りから逃げ散る巨大な鼠や謎虫の群れ。年少の幼児たちが泣き叫び、年長の少年少女たちは慄きつつも幼児らを励ます。

「院長先生、地下水路を出たらどうするの?」

「リスナルにとどまっていては危険だわ。いつオーク兵に捕まって奴隷として売り飛ばされるか分からないもの。皇都を出て宿場町ラドラスを目指しましょう」

「こんな時ルファート兄ちゃんやシルヴィ姉ちゃんがいたら頼りになるんだけどな……」

「出て行った奴ら当てにしたってどうにもなんねえだろ」

「スーランの言う通りよ。もうすぐ出口だからみんな頑張って」

「ほ~う、聞いちゃった聞いちゃった」

 横手の隧道からぬっと姿を現す豚頭の巨漢たち。鋼鉄の金砕棒が威圧的だ。引率の孤児たちは恐怖のあまり声を発することもできない。


「こんな夜更けに地下水路で何をしている? オークロード・ガルシア様が戒厳令を発布されたのを知らんのか?」

「いえ、あの、私たちはその――そう、冒険者パーティでして」

 ヘルミナの苦し紛れの言い逃れ。

「なんだ冒険者か。探索ご苦労さん。気を付けてな」

「はい……ありがぎゃん!」

 いきなり殴られて石壁に叩き付けられるヘルミナ。手加減はしているのだろうが、か弱い修道女と屈強なオーク兵では膂力の差が歴然。ヘルミナは鼻血を滴らせ、激痛に蹲った。

「ふざけやがってこの女。どこの世界にガキばかりの冒険者パーティがあるってんだ」

「これは念入りな取り調べが必要だな。グヘヘヘヘ」

「おい、ガキどもを逃がすな。一匹残らずひっ捕らえろ。大切な商品だ。怪我させるなよ」

 ヘルミナがオーク兵の足にしがみ付く。

「みんな逃げて! スーラン、みんなの事お願い!」

「果たして逃げ切れるかな? ほれほれ。わはははは」

 オーク兵たちはいずれも嗜虐的な笑みを浮かべている。子供たちをいたぶって遊ぶつもりだろう。

「地下水路警邏は臭いがきつくてかなわんが、たまにこういう役得があるからいいな」

「おい、そっち逃げたぞ――ん? なんだ貴様」

 どこから現れたのか全身甲冑を纏った剣士が立っていた。このような場所にはおよそ似つかわしくない気品ある佇まい。白銀のプレートアーマーは仄かに青白い光を放っている。

(あの甲冑どこかで……)

 以前クッコロという少女冒険者の依頼で、森の古城に巣食うアンデッドたちを調伏したことがある。その際遭遇したアンデッドの親玉のリビングメイルが、あんな感じの甲冑だったような。


「冒険者か? 失せろ。見世物じゃねえぞ」

「……おい、野郎の得物見ろ」

「魔法剣か? すげえ業物だな」

 オーク兵たちの顔が貪欲に歪む。甲冑剣士に難癖をつけて絡みはじめた。

「我々はグレッサー将軍麾下のリスナル警備隊である。そのほう、冒険者証を提示せよ」

「何故黙っている。疚しい事でもあるのか」

「怪しい奴だ。逮捕する」

 緩慢な動作で剣を抜き放つ甲冑剣士。せせら笑うオーク兵たち。

「こやつ手向いする気だぞ」

「何級の冒険者か知らんが、ハイオークに進化した我等と事を構えるとは。馬鹿な奴よ」

「斬り捨ててスライムの餌にしてやれ。その剣と鎧は没収な」

「そりゃいい。死体処理の手間も省ける」

 甲冑剣士の姿が一瞬ぶれてかき消えた。抜剣のゆったりした動作とはうって変わった電光石火。次の瞬間、オーク兵たちは一人残さずバラバラの斬殺死体となって水路に折り重なっていた。


 腰を抜かしてへたり込む孤児たち。ヘルミナは健気にも子供たちを庇って甲冑剣士の前に立った。ぎゅっと目を閉じて、信奉する医薬の神に祈る。想像した斬撃はなかなかやってこない。恐る恐る目を開けた時、そこに甲冑剣士の姿はなかった。


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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