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第79話 回顧


 マリエッタは舌鋒鋭く追及してきたが、のらりくらり言い抜けるウェルス。マリエッタの溜息。

「まぁいいわ。今は不毛な問答に費やす時間が惜しいもの。君の秘密はおいおい丸裸にしてあげる」

「お手柔らかにお願いします……疲れたので休んでも構いませんか」

「そうね。獅子奮迅の活躍だったものね。夜明けまでゆっくり休んでちょうだい」

 生徒たちが思い思いに寝そべっている辺りに行き、仮眠を取ることにした。砂地だが結界を纏っているので問題ない。多くの生徒から感謝の言葉をかけられ、握手を求められた。

(さて、討伐した魔物素材回収しとくか)

 結界玉経由で目視出来れば、遠隔地からでも空間収納へ仕舞うことは可能らしい。ウェルスは転寝しつつ回収作業を進めていった。

(結界玉、転移扉、空間収納のコンボで泥棒し放題だねこれ。自重しなきゃ。まぁ敵には容赦しない訳ですが)


「ウェルス君おはよー」

「昨日は助かったよ。お前すげえな」

「今度魔法教えてくれよ」

 朝起きるや同級生たちから頻りに声をかけられた。昨日まで路傍の石ころでも見るような視線を向けられたものだが。手のひら返しも甚だしい。

「ウェルス。起きたらマリエッタ様のところに顔出してくれ」

「よかったじゃないか。お前の実力を評価して下さったようだぞ」

「さいですか」

 学年有力者の与党ということになれば不愉快な学院生活もいくらか快適になるのだろうか。


「おはようございます、マリエッタ様」

 周囲の者に合わせて敬称を付けてみる。シャーリィさんマリエッタさんと庶民風に呼んでいたところ、貴族出身の生徒たちが不快感を隠そうともしなかった。建前上学院において身分の貴賤は不問らしいが、余計な軋轢を生んでも面倒なのでここは迎合しておく。

「ご機嫌よう。よく眠れたかしら」

「はい。短時間ですが疲れていたのでぐっすりでした」

「この状況でも熟睡できるとは豪胆ね。さすがは現役冒険者といったところかしら」

(当然のようにウェルスが冒険者なことも把握済みか)

「駆け出しの(アルボー)級ですけどね」

「冒険者証はいちばん入手し易い身分証明だものね。なるほどなるほど」

 一人納得顔のマリエッタ。果たしてどんな妄想ストーリーを紡いでいるのやら。

「呼びたてたのは他でもないわ。君の意見が聞きたかったの。今後の行動方針――君がクラス役員ならどうする?」

「僕の意見なんか参考にならないと思いますけど」

「昨夜の君の戦いぶりを見て確信したわ。ここにいる誰よりもウェルス君は場数を踏んでいると思うの」

(まぁ散々修羅場くぐった前世からの累計ならそうかも?)

 ここでマリエッタの不興を買うのも得策ではない。ウェルスは真面目に思案を巡らせた。

「課題達成を目指すにせよ断念するにせよ、シャーリィ様はじめ負傷者が多いので、一刻も早く塔から出たいところですね」

「先遣隊を出して救助要請をするのは……いえ危険ね。魔法陣の位置も不明だし、出没する魔物もわたくしたちの手に負えない。君なら別でしょうけれど」

「買い被りですよ」

 暗に一人で脱出して助けを呼んで来いと言われているのだろうか。魔法が解放された今、人目を避けて転移魔法を使うだけなので、お安い御用と言えばそうなのだが。

(第一階層ゴールの魔法陣、けっこう遠かったな……徒歩だとどれくらいかかるんだろ)

 ひとつ言えることは、馬鹿正直に歩いてクリアを目指すなど愚の骨頂ということだ。試練の塔建立の趣旨にも反するだろう。

(どう見積もっても一週間で辿り着ける距離じゃないよね)

 魔法学院生たるもの魔法の創意工夫で試練を乗り越えろ――これぞ創立者ジルターク氏の意図するところだろう。

(いっその事全員ゴールの近くまで転移させちゃうか)

 幸いなことに砂漠フィールドで似たような風景が広がっている。違和感を覚える者はいるかもしれないが、転移門魔法陣の発光さえ隠蔽すれば誰にも気付かれないのではないだろうか。

 人数に関しても問題ない。ケット・シー族のオータムリヴァ島移住やカリューグ平野会戦における魔皇国軍の移動で、大人数の転移門使用も実績を積んでいる。二百人程度の一年生を転移させるくらい造作もなかった。

(よし、善は急げ。やるか。離脱組の連中も近くに転移させよう。誰にも気取られないようにしなきゃね)

 偶々ゴール魔法陣の近くまで到達していたというふうに装うのが肝だ。



 その日のうち一人の欠員もなく試練の塔から脱出することができたが、多くの負傷者が出たことでちょっとした騒動になった。

 アンタレスやサンドワームが徘徊する砂漠フィールドの出現は、学院当局にとっても寝耳に水だったらしい。すぐさま試練の塔は封鎖され、原因究明と再発防止策を講じるとの発表がなされた。

 ウェルスは頗る胡乱そう。

(再発防止ねぇ……ま、貴族子弟に負傷者出てるし、反省ポーズは必要か)

 魔法研究や魔法使い育成はなかなか物入りらしい。パトロンたる貴族たちの機嫌を損ねる訳にもいかないのだろう。クッコロとて領地経営する身なので、学院運営陣の心情を理解できなくはない。さぞ胃の痛い日々を過ごしていることだろう。



 試練の塔脱出から三日後のこと。ウェルスはマリエッタの茶会に招かれ、学院の談話室にいた。室内を彩るリグラト風の調度品は、やはり中原とは趣が異なって物珍しい。

(ぶっちゃけ面倒くさいけど、マリエッタ嬢のお誘いじゃ無下にもできないしな……)

 有力者の心証を損なうと、今後の学院生活が更に居心地悪いものへとなりかねない。

「本日はわたくしが亭主として接遇させていただくわ」

「お招きありがとうございます。貴族様の作法など弁えない不調法者ですが、よろしくお願いします」

「君にそういうのは期待してないわ。わたくしとウェルス君二人だけの茶会だから、作法など気にせず寛いでちょうだい」

 マリエッタの説明によると、試練の塔での働きを慰労するため設けた席らしい。建前はそうなのだろう。本音はおそらくウェルスの情報収集であろうが。貴族たちにとって茶会が如何なる意味を持つのか、最近少しだけ分かってきた。

 空疎な社交辞令の後、気になっていたことを尋ねた。

「シャーリィ様はその後如何ですか?」

「……命に別条はないわ。ただ、皮膚の糜爛が治せないみたいなの。治療に当たった者たちは、何らかの呪詛を疑っているみたい」

 魔法学院は治癒魔法の分野においても高い水準を誇るという。その彼らにしてさえ手を焼いているのだから、相当質が悪い怪我なのだろう。

「知り合いの冒険者から聞いたことあります。討伐難易度高めの魔物には、そういう厄介なのもいるらしいですね」

 例えば昔アレク大森林で戦ったコカトリスには石化の呪詛があると聞いた。オータムリヴァ冒険者ギルドマスターのランタースは、現役時代ワイトの呪詛を受けて魔法が使えなくなり引退を余儀なくされたという。

(身近にいるもんね。呪詛の事ちょっと調べてみるか。アグネートのアカシックレコードに何か情報あるっしょ)


「わたくしの調べた情報によると、あの子何故か君に御執心みたいなの。公爵家令嬢と魔皇国出身の平民の留学生――接点などどこにもないはずなのに不思議な事ね」

「……おそれながらマリエッタ様の誤解かと」

「昨年末の事だけれど、シャーリィ刺客に襲われてあわや命を落とすところだったの。その時忽然と現れて刺客たちを撃退した謎の書生がいたそうよ」

「フーン、ソウナンデスカ……」

「ウェルス君はひょっとして、ラドリック様の密命でシャーリィの身辺警護をしているの?」

 ウェルスは首を傾げた。

「ラドリック様ってどなたでしょう?」

「ラドリック・サルーク公爵。シャーリィのお父様よ。そう警戒しないで。我が家――ウォーレント伯爵家は、サルーク公の派閥に属しているの」

「そうなんですか? リグラトの政局に疎いもので」

「……まぁそういうことにしておいてあげるわ」

 ソーサーの金縁を指でなぞるマリエッタ。

「青い血故の宿命なのだけれど、シャーリィはあの華奢な双肩にいろいろなものを背負っているの。元々気鬱の傾向があるから心配だわ。今回の怪我で心が毀れなければよいのだけど」

「うら若い女性が顔に傷を負うなんて耐え難い苦痛でしょうね。ましてあれだけ美しい方ですし」

(あたしも前世で片目やった時は随分凹んだな。戦場往来で生傷絶えなかったからそのうち諦めたけど)

 忘れもしない、あの惜別の夜。前世の主君たる少年皇帝は、クッコロの傷ひとつひとつを名誉の勲章だと言ってくれた。

(ここはベルズ陛下の顰に倣ってシャーリィさんを励ますべきかな。いや、さほど親しくないあたしがあんまりお節介焼くと引かれるか)


「実は多少治癒魔法の心得ありまして。よかったら僕がシャーリィ様診てみましょうか?」

 いちおう提案してみる。内心の葛藤はあったが、薄幸の令嬢に無関心を貫くことはできなかった。この辺りお人好し日本人のメンタルが色濃く反映しているのだろうか。

「今のシャーリィは、君に顔を見られるのを忌避するかもね」

 難色を示すマリエッタ。見舞いに行くにせよ彼女の随伴が望ましいのだが。ここは無理せず引き下がっておく。

「そうですか。まぁ手詰まりになったらいつでも声かけてください」



 サルーク公爵夫人が亡くなったのはシャーリィが六歳になったばかりの頃だ。母との死別は少女の心に暗い影を落としかけたが、将来の股肱として派閥から選抜された同年代の側近たちの存在は、シャーリィの健全な成長におおいに寄与した。

「そんな剣の素振りばかりしていると腕が太くなってしまいますわよ、ルゼット」

「私は姫様の護衛騎士志望ですもの。鍛えなければいざという時お役に立てません」

 リグラト王位はひとつの家の世襲ではなく選王十二公の互選によって決まる。このため王室は存在せず、当代国王の子女であっても王子王女の呼称が用いられることはない。ただし選王十二公の家族は実質的に王族と見做され、男子であれば彦様、女子は姫様などと尊称される慣例であった。

「人並み優れた容姿ですのに勿体ないわ。あなたならいずれ社交界の華となれるでしょうに」

「そのお言葉そっくりそのままお返しいたします」

 幼馴染なので気の置けない遣り取りも常のこと。シャーリィにとってルゼットやマリエッタら側近は、かけがえのない友人となっていた。

「気が滅入るわ。成人したら社交に出なきゃいけないなんて」

「姫様は人見知りですからね。側にマリエッタを侍らせておけばいいのですよ。彼女は弁が立つし機転も利く。適材適所です」

「いっそのこと魔法学院を受験しようかしら。学院生は特例で卒業まで宮廷デビューを延期できると聞きますし」

「では私も受験しなければ。姫様の身辺から離れるなど論外です」

 ルゼットは幼い頃の他愛ない約束――いつの日かシャーリィの護衛騎士になるという誓いを一途に奉じていた。



 鍛錬に励んだルゼットが晴れて王国騎士に叙されたのは、彼女が十五歳の成人を迎えて間もなくのことである。異例の若さだった。

「御推挙ありがとうございます、姫様」

「勘違いなさらないで。当家は猟官のための口利きなど一切致しません。あなたの努力の賜物よ」

 真新しい騎士の礼装を纏ってはにかむルゼット。どこか誇らしげだった。

「実家の両親もとても喜んでおりました。これで心置きなく独り立ちできます。あとはサルーク公爵家付きに配属されるといいのですが」

 ルゼットは男爵家三女という微妙な立場だった。爵位の世襲は嫡出子一人のみである。ルゼット一代限りは貴族として遇されるが、彼女の子孫は貴族除籍となり広範な法的権利を喪失する。これを回避する手立ては、爵位持ちと結婚するか新たに叙爵されるかだ。騎士叙爵はまさに渡りに船だったと言える。

「その辺は希望が通りやすいらしいですわよ。マティスタやリファルガンが以前教えてくれました」

「なるほど。さっそく両卿に教えを乞うてきます」

 席を立つルゼットを引きとめるシャーリィ。

「後日になさいな。マリエッタがレイドス広場のレストランを予約してあります。ささやかですが、あなたの騎士叙爵を寿ぐ席を設けました」



 サルーク公ラドリックの不予が長引き、床に臥せることが多くなった。その日は主治医たる神官の送迎がてら、医薬神殿に参拝して父公爵の平癒を祈願しようと思い立ち、護衛騎士たちを伴って馬車を走らせていた。

 突然の爆発。横倒しになる馬車。

「な、何事です?」

 車外では護衛騎士や衛兵たちの怒号や絶叫が飛び交い、斬り結ぶ剣戟音が絶え間なく響いてきた。

「姫様お怪我は? 賊の襲撃です! こちらに、お早く!」

 歪んだ扉をこじ開けて車内に飛び込んできたルゼット。シャーリィの手を引いて外へ連れ出す。

「緊急事態につき無礼の段はご容赦を」

 シャーリィも心得て無駄口は叩かず頷いた。


「姫様!」

 シャーリィに覆い被さるルゼット。幾本もの矢が飛来してルゼットの体に突き立つ。

「ルゼット! ルゼット! いやあああああ――」



 悪夢からの覚醒。シャーリィはベッド上で上半身を起こした。寝汗がひどい。喉がからからだ。

(またあの時の夢……)

 ルゼットが身を挺して庇ってくれなければ、今頃自分の命はなかっただろう。大切な友人の一人を永遠に失ってしまった。

 床頭台にあった吸い飲みに手を伸ばそうとして、ふと気付く。顔全体に巻かれた包帯。部屋の片隅にあった姿見で全身を検めた。

(これが、わたくしの顔……)

 血や膿の滲んだ包帯をはずし、醜く爛れた相貌をじっと見詰めるシャーリィ。

(……これは天罰ですわ。友人を犠牲にして、のうのうと生き永らえているわたくしですもの。甘受せざるを得ませんわ)

「でも――あの方には今のこの顔、見られたくないな……」

 呟くシャーリィの目尻から、涙が一筋零れ落ちた。


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