第77話 砂漠キャンプ
黄昏時。砂丘のそこかしこで結跏趺坐し瞑想に取り組む一年生たち。しかし魔法阻害リングの解除に成功した者は現れなかった。
(そう簡単にはいかないか)
「日が落ちたら急に寒くなってきましたわね」
「夜はもっと冷えるのかな。この寒暖差はなかなかきついな」
「お腹減ったな……」
この状況に業を煮やした一部生徒が毒づいた。
「この期に及んで暢気に瞑想などやっていられるか! 探索範囲を広げて水と食糧を確保するのが先決だろう」
「悪いが付き合いきれん。俺たちは別行動させてもらう」
貴族子弟らしきグループが離脱していく。腫れ物扱いなのか、彼らの行動を諫めたり引きとめようとする者はいなかった。
「解除の目途立ちそう?」
ウェルスの傍らにやってきたテルミンが訊ねてきた。
「見ての通り難渋してますよ」
「そうか。君なら或いはと思ったんだけど」
「実は、現状打開の腹案がないでもないです」
「ふむ。クラス役員たちに提案してみれば?」
懐疑的なウェルス。
「僕なんかの意見に耳を傾けてくれますかねぇ」
「シャーリィ嬢とマリエッタ嬢は因習にとらわれない度量がある。きっと大丈夫さ」
「貴族令嬢たちの人柄を把握しているとは隅に置けませんな」
そう言って揶揄うと、ばつが悪そうにするテルミン。
「人間観察は得意なんだ。そんな事よりほら、シャーリィ嬢のことろへ行きなよ」
シャーリィとマリエッタは声をひそめて協議していた。
「試練の塔の情報は先輩たちから聞いていたけれど、さすがにこの難易度は予想外でしたわ。そもそも砂漠ステージなんて初耳です」
「水も食料もないままこんな砂漠に放り出されたらね。挫折する生徒が出てきそう。思うんだけど、これ学院側も想定外なんじゃないかな」
「そうでしょうか?」
「選王十二公家の世子がいるのだもの。いくら訓練といったって、安全には相応の配慮をするはずでしょ」
「……」
「だとすると、この状況は周到に仕組まれた可能性がでてくるわ」
「わたくしを狙ったものだと?」
「あまり考えたくはないけどね。例のアレの背後関係もまだ分からないのでしょう?」
ルゼットやリファルガン卿やマティスタ卿が命を落とした、過日のシャーリィ暗殺未遂事件を指しているのだろう。マリエッタの父ウォーレント伯爵は情報機関を束ねる重臣だ。謂わばマリエッタにとって権謀術数はお家芸である。些か陰謀論に思考を毒されるのが玉に瑕であったが。
「ともかくこうなっては全員クリアの課題達成などと悠長なことは言っていられないわ。一週間の全員生存を目指しましょう。一週間たっても帰還者がいなければ、学院でも救助隊を出すでしょうから」
「そうね。離脱した連中も連れ戻さないと。世話の焼ける人たちだこと」
周囲に喧騒が起きた。
「なんだお前。さぼってないで瞑想しろよ」
「いえあの、耳寄りな情報がありまして。シャーリィ様のお耳に入れようかと」
揉み手しつつ引き攣った愛想笑いを浮かべるウェルス。
「あなた平民でしょう。図に乗らないで。シャーリィ様に口を利くなど百年早いですわ」
「平民が。おべんちゃらでサルーク公爵令嬢に取り入ろうという魂胆か。顔を洗って出直してこい」
すかさずシャーリィが助け舟を出す。
「お待ちになって。その方はわたくしの友人ですわ。――ウェルス様、こちらに」
「ウェルス様の方からお声がけくださるとは珍しいですわね」
マリエッタの値踏みするような視線。
「君が噂のウェルス・リセール君か。アルヴァント魔皇国のご出身だとか」
「あら、そうなのですか。お国のほう内戦が始まって大変ですわね」
「ええまぁ」
(そういや願書にそんなこと記入したっけ。あんま深く考えてなかったけど、ちょっと安直だったかな。ちゅうか何故マリエッタ嬢がそれを把握してますか)
この世界の貴族に個人情報保護を期待するだけ無駄か。
(まぁシャーリィ嬢みたいな要人いれば、普通に周辺人物の身元洗い出すか。この子初対面の時も暗殺されかかってたし)
「内戦を逃れて我が国へ遊学にいらしたのね」
「そんな感じです」
我が意を得たりと頷くマリエッタ。
「君の祖国をあまり悪しざまに言いたくはないけど、彼の国は魔族が圧政を布いて人間には住み難いと聞いたわ。かなりの数の人間が奴隷に落とされているんですって?」
「そういう為政者がいたことは事実ですね。けど、アルヴァント陛下はとても寛容な方でしたよ」
「まるで魔皇の人となりを知っているような物言いね。君もひょっとして貴族なの?」
「ははは、まさか。しがない庶民ですって」
「魔皇は傑出した魔法使いだったそうね。一度お会いしてみたかったわ」
「確か政変でご落命されたのでしたわね、魔皇陛下。――それでウェルス様、御用件は?」
「ああそうだ。以前僕の魔法の師匠から、魔力回路を飛躍的に拡張する魔力循環法を聞きかじりまして」
マリエッタが興味を示す。
「効果あるなら福音だけど。試みにどんな方法か伺うわ」
「多人数で円を描くような配置につきます。左右の隣人と手を繋ぎます。円環を形成したところで右から左へと魔力を流します」
「なんか宗教儀式めいた絵面ね……」
「ですが効果は覿面かと。電池の直列つなぎをイメージしていただければ――って意味通じないか」
「デンチ? 錬金術用語かしら?」
シャーリィが言った。
「個人で瞑想するより大きな魔力が流れるであろうことは、容易に想像できますわね」
「他人の魔力体内に流すなんて淑女として抵抗あるけど、このまま座視しても進展しないしね。ウェルス君の提案試してみましょうか」
「ただこの方法には問題点がひとつあります。周波数の異なる他人の魔力に曝露されることで、皆さんの魔石核に悪影響があるかもしれません」
「何を言っているの。人間に魔石核があるはずないでしょう。魔族や魔物じゃあるまいし」
「短命の人間は魔力の結石化が進行しづらいってだけで、微小な魔石核はあるらしいですよ」
首を傾げるシャーリィ。
「そういえば、エルダードワーフやキャスパリーグといった長寿命の亜人種から魔石が摘出されたという話、聞いたことがありますわ」
(摘出って穏やかじゃないな。でも昔の魔法ギルドならやってそうね、人体実験)
マリエッタが忠告してきた。
「ウェルス君。十二柱神殿の関係者がいる時は、その話題避けた方がいいわよ。異端認定されて面倒なことになるわ」
「気を付けます」
(さて、メアリさんなんて言ってたっけ……)
リュストガルトの生物は魔石核に適応し、生命維持に必須の器官となっている。魔力回路拡張は魔石核に何らかの悪影響をもたらす可能性が高く、それ故に下界ではマナファース病が不治の病とされている――観星ギルドのメイド長はそう言っていた。
(最悪全員にエリクシル一滴垂らした水飲ませりゃいいか)
シャーリィやマリエッタの指示で円陣が組まれ、魔力循環の実験が開始された。
(あまり大きな魔力流すと、それこそマナファース病発症する人出かねないしな。加減しないと)
「うわ、思ったよりきついなこれ……魔力酔いしそう」
「わたくし眩暈が」
「俺吐きそう……」
「魔力の流れに身を委ねるよう意識するといいらしいですよ。抗い続けると精神を病むみたいです」
魔力同調に悪戦苦闘する同級生たちに助言するウェルス。もちろんローエル執事長の受け売りだ。
三十分ほど続けたところ魔法阻害リング解除に成功する者がぽつぽつ出始めた。見通しの立たない中藁をも掴む思いで始めた実験だったが、目に見える成果があったことで生徒たちも俄然やる気を出し、真剣な表情で魔力循環に取り組んでいる。
「一旦休息をとりましょう。飲まず食わずで根を詰めるのは、さすがに体に良くありませんわ」
この時、一年生のおよそ半数百人が魔法の解放に成功していた。
「どういう事だ? 僕の魔力がやたら増えてる気がするんだが……」
「私もだわ。どうなってんの」
「この魔力循環法には、個々の潜在魔力を引き出す副次効果でもあるんじゃないか?」
「魔力がすげえ漲ってる。今ならベルベアードと戦っても勝てそうな気がするぜ」
「いいな~僕も早くリング解除したいよ」
謎の魔力増幅現象に興奮し喧々囂々となる生徒たち。
「検証は後になさい。今は食料調達が急務だわ」
急遽狩猟班が編成され、冒険者活動経験のあるシルヴィが班長に任じられた。ウェルスはリング解除が未達のため留守番組である。
(一旦オータムリヴァに戻りたいな。あの子たちに授乳しないとだし)
その辺の物陰――はないので、夜陰に紛れてトランスリングを外し、鬱陶しい魔法阻害リングを解除してしまおうかと考える。
(いちおう隠形外套と封魔頭巾着けとくかね。クッコロに変身するとこ目撃されたら事だし。……つうか魔法使えないと空間収納の物取り出せないじゃん!)
「水魔法と火魔法使える人、こっち集まって」
「料理得意な子はいるかー?」
狩猟班がけっこうな量の獲物を持ち帰った。一見不毛の砂漠にも多くの夜行性動物が潜んでいたらしく、毒々しい大蛇や鋭い牙びっしりの謎獣が山積みされていた。駆け出し冒険者なら狩るのに苦労しそうな危険生物だが、さすがは魔法使いの卵たちと言うべきか。
ウェルスは手薄な料理班に振り分けられていた。貴族子弟たちが馴染みのない食材に触れることを忌避したためである。
(皮の模様毒々しいけど食べれるのコレ? 魔力波走査使えないから鑑定できないな今。皮と内臓取って焼けばいけるかね)
食物連鎖の上位に君臨する捕食者ほど生体濃縮が進むらしいが、果たしてこの砂漠の環境ではどうなのか。
(ま、謎毒に中ってもそん時はそん時か。治癒魔法使える人ちらほらいるみたいだし)
「ウェルス君は料理班か」
マリエッタに声をかけられた。
「僕リング解除がまだでして。魔法使えないものですから、ここくらいしか居場所なくて」
「そう卑下することもないわ。君の提案で状況打開の目途が立ったんだもの。言うなれば最大の功労者でしょうに」
「恐縮です」
肉の焼ける匂いと音が、空腹をいたく刺激した。
(あちこちで買い漁った調味料、全部空間収納に入ってたよ。……思えばこっちの世界来てから魔法に依存しすぎだな、あたし)
マリエッタが笑った。
「どうされました?」
「まさか魔法学院でこんな冒険者の真似事をするとは思わなかったわ」
「実技担当講師があの人ですからねぇ。もしかして本当に冒険者養成する気なんじゃ……昨今の冒険者業界、魔法使いが慢性的に不足してるらしいですし」
「自由な冒険者か。それも悪くないわね」
「マリエッタ様はなかなか開明的なお考えをお持ちのようで」
「冒険者ギルド総本部があるこの国には、昔から名のある冒険者が集うからね。子供の頃は彼らの冒険譚に憧れたものだわ」
血相変えた生徒が駆け込んできた。
「マリエッタ様! 大変です! 至急おいで下さい」
「そんなに慌ててどうしたの」
「魔物の群れに包囲されています!」
「何ですって」
野営地の外周に防塁が築かれていた。土魔法、水魔法、火魔法それぞれの遣い手が協力して造ったらしい。
「急拵えですので強度は推して知るべしですが……僕たちの技量では焼結まで至りませんでした」
「十分よ。よくやってくれたわ。シャーリィは何処?」
「ここですわ、マリエッタ」
狭間胸壁から顔を出し、暗闇に目を凝らす。狩猟班長として臨時司令部に呼ばれていたシルヴィが息をのむ。
「そんな、まさかアンタレス? 終わったかも……」
「知っている魔物なの? シルヴィさん」
「……冒険者ギルドの資料館で標本を見たことがあります。一体を討伐する際の推奨ランクは、霊鉄級三名以上って書いてありました」
夜闇をついてわらわらと姿を現す巨大な節足動物の群れ。
(うわ、キモ……でっかい蠍だ。どう見ても毒ヤバそうな奴じゃん)




