第76話 出会った三人
学院長室を辞したホーエンは、その足で冒険者ギルド総本部へと向かうことにした。エドガーの秘書が馬車の手配をしようとするが謝絶。
「乗合馬車でのんびり行くからいらんよ。異国の世情を見て歩くのが趣味でな」
魔法学院卒業後、冒険者登録をしたのはセルメストだった。銀級あたりまでこの都市を拠点にし、その後は大陸各地を転々として冒険に明け暮れた。今現在、セルメストのギルドに自分を憶えている者はほとんどいないだろう。
(昔馴染みの連中どうしてるかね。もう皆くたばってるかもな。七十年以上たってるし)
魔法使いか長命種でもない限り、再会は望み薄だろう。
(今はどんな奴らが伸してるのかね。ま、行ってみっか)
三大陸に根を張る巨大組織の本拠だけあって、総本部の殿宇は立派だった。
(相変わらず稼いでやがるみたいだな。食えない新人どもにも少し還元してやれってんだ)
神金級に昇格した際ギルド参事会員なる肩書を貰ったような気がするが、ギルドの運営に口出ししたことはない。神金級は概して偏屈な変わり者が多いらしく、ギルド参事会も形骸化して久しいと聞いた。
エントランスロビーに入ると老若男女数多くの冒険者でごった返している。クエスト掲示板の依頼票をチェックする者。パーティ勧誘に演説をぶつ者。併設の飲食店で祝杯をあげ出来上がっている者。目が合った肩がぶつかったとメンチを切り合い、果ては殴り合う者。
(いいね、この猥雑で荒々しい雰囲気。やっぱ冒険者ギルドはこうでなくっちゃな)
「おう、おっさん見ねえ顔だな」
「おいコラァ! テメー今ガン飛ばしたろ、あぁん?」
「余所者が肩で風切りやがって。いてまうどワレ」
さっそくホーエンの行く手にならず者のような男たちが立ちはだかる。近くで雑談していた者が苦笑している。
「おいおい、あいつらまたやってるよ新顔いびり」
「懲りねえ奴らだな。こないだも姐さんに絡んでシメられたってのに」
「外野うるせえぞ! おめーらもしばいたろか?」
薄笑いを浮かべるホーエン。
「ある意味ゲソ付けた土地に錦を飾った訳だが。まぁ古株でもなきゃ俺のツラなんざ知らねえか」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ。ちっと訓練場までツラ貸せや」
「きっちりセルメストギルドの流儀を叩き込んでやるぜ」
「結構結構。冒険者たるもの喧嘩上等でなきゃな」
魔法学院では友人エドガーの顔を潰さぬよう、彼なりに行儀よく振る舞っていた。しかしそこは気随気儘をこよなく愛する冒険者。少なからず鬱憤が溜まっていたらしい。今はねかえり冒険者たちに絡まれ、揉め事の予感に喜悦を抑えきれずにいる。無意識のうちに全身から漏れ出す闘気。
(……おっと、俺としたことが。年甲斐もなくいきり立っちまった。あのウェルス・リセールとかいうガキに会ったせいかな)
ふと我に返れば、あれだけ混雑していたエントランスロビーに空隙が出来ていた。凶悪そうな面構えの冒険者たちが怯えた様子でホーエンを遠巻きにしている。
「何者だ、あのオヤジ」
「ありゃただ者じゃねえな。不覚にもブルっちまったわ」
「俺も。危うく小便漏らすとこだったぜ……いや、ちょっとだけ漏れたかも」
「便所行けよ……」
「奴、もしかして高ランカーか。誰か情報持ってねえのか」
「魔力寄りの闘気だったな。てことは後衛タイプか」
「いや、あのガタイどう見ても前衛だろ」
「得物は何使うんだろうな。戦うとこ見てえな」
「馬鹿野郎。格下相手の模擬戦なんぞで、そうそう手の内晒さんだろ」
さかんに下馬評を交わす周囲の冒険者たち。ホーエンに絡んだ冒険者たちは尻餅ついて慄いていた。
「ほれシャキッとしろ。訓練場行くぞ。遊んでやる」
「か、勘弁してくれ」
「ナマ言ってサーセンっした!」
「なんだよ、やらねえのか。根性なしめ」
振り上げた拳の持って行き所を求めて周囲を見回す。目を逸らす野次馬たち。そんな中、飲食店で茶を飲みながら様子を窺っていた女が立ち上がる。こちらに近寄ってきた。
「名のある冒険者とお見受けするわ。一手ご教授願えるかしら」
盛り上がる野次馬たち。
「おお、姐さんが行ったぞ」
「こりゃ面白え。どっちが勝つか賭けるか」
「乗った! 姐さんに金貨一枚」
「俺ぁおっさんに金貨二枚だ」
目端の利く者がさっそく胴元に名乗りを上げ、即興の鉄火場開帳と相成る。
「いい度胸してるな、ねえちゃん」
「あんな闘気見せられたら挑まざるを得ないっしょ。こんな絶好の機会逃してたら剣士やってる意味ないわ」
肌がひりつくような闘気を発する隻腕の女剣士。そこらの有象無象とは一味違う。
「ほう……お前さん、できるな。相当腕に覚えありと見た」
「ありがと、おじさん」
ホーエンは鋭い目で女を観察した。
(身のこなしに隙がねえ。若いがかなり修羅場くぐってやがるな。片腕だからって油断できねえぞこりゃ)
世間知らずの若造どもを軽く可愛がって憂さ晴らしする予定だったのだが。たまさかこういう在野の強者に遭遇するから侮れない。これだから冒険者は面白い。
「ねえちゃん名前は?」
「メルダリア。あんたは?」
「こりゃ失礼。ホーエン・ラーヴィルだ」
途端にざわめくエントランスロビーの人々。
「おいおい、ロンバールの【氷統】かよ。道理で」
「えっと、誰? 有名なんか、あのおっさん」
「はぁ? お前モグリか。神金級の一人だろうが。ソロでアークワイバーン討伐する化け物らしいぞ」
口角を吊り上げるメルダリア。
「まさかの【氷統】さんとはね」
「お前さんもどうせ二つ名持ちなんだろ」
「リスナル界隈じゃ【幻影双剣】と呼ばれてたわ。今じゃこのざまで隻剣だけどね」
「【幻影双剣】……どっかで聞いたな。まぁいい。女だろうが片腕だろうが容赦しねえぞ」
「お誂え向きだわ。片輪でこの先業界渡っていけるか心配してたの。あんたにベンチマークになってもらうわよ」
「よし。訓練場行こうぜ」
メルダリアと連れ立って別館訓練場へ向かう。物見高い連中もぞろぞろ付いてきた。冒険者ギルド総本部の訓練場ともなると国立闘技場もかくやという規模だ。
「先客が多いな。いつもこんな賑わってんのか」
「今日は模擬戦多いらしいっすよ、【氷統】のダンナ」
先ほど賭けの胴元を引き受けた男が注進してきた。頼まれもしないのにギルド職員を捉まえ、模擬戦の申請なども代行している。抜け目ない男のようだ。
「血の気が多くて結構なこった。俺らもアリーナ降りるとすっか」
「そうね」
ホーエンとメルダリアがアリーナへの階段を降りようとしたその時、血塗れの男がふっ飛んできて階段に激突。泡を噴いて気を失った。
「おい、あいつ魔銅級のルンガスじゃね?」
「ボロ雑巾みたいになってんな……」
「誰だよ模擬戦の相手」
アリーナ中央に佇立する男にギャラリーの注目が集まった。雲を衝くような巨躯。軍神の彫像のような隆々たる筋肉。白髯白髪の厳めしい相貌。
「なんじゃい他愛ない。大口を叩きおるから期待しとったが、準備運動にもならんわ。総本部もたいしたことないのう。箱は立派じゃが、中身が雑魚ばかりではな」
男を凝視し顔を顰めるホーエン。
「ん~? 多少はマシな気配を纏った奴が現れたかと思えば、ホーエンの小僧ではないか」
「業界広しといえどもこの俺を小僧呼ばわりすんのはテメーくれえだわ、【酔闘神】のクソジジイ。いや、今の渾名は【千手拳】だったか?」
「お主も百歳を超えたはずじゃろ。爺の仲間入りじゃな。ぐはははは――どうだ、再会を祝して久しぶりに立ち会わんか? ここの連中は歯応えがなくての」
「上等じゃボケ。今日こそ引導渡したるわ。ただこのねえちゃんと先約あるから、ちっと待っとけ」
ホーエンの言葉で後ろにいたメルダリアに気付いた様子。
「珍しいところで会うの、【幻影双剣】の嬢ちゃん」
「奇遇ね。【千手拳】さん」
一人で納得するラディーグ。
「お前さんもセルメストに拠点変えか。中原は魔皇国の政変でキナ臭くなっとるからのう」
「あたしは偶々所用で出張ってきただけ。まぁリスナルの噂は聞いてるから、しばらくこっちに腰を据えるかな」
「【水聖】のガキも一緒なのか?」
「あいつとはパーティ解消したわ。あたしの腕こんなんだし、しばらく休業してたしね」
ホーエンが言った。
「お前ら顔見知りかよ。まぁリスナルギルドの高ランク同士知り合いでも不自然じゃねえのか」
メルダリアの右腕を一瞥するラディーグ。
「利き腕やっちまったか。じゃが、以前より闘気が研ぎ澄まされておる。腕を上げたな」
「山籠りして鍛え直したからね。今じゃあんたより強くなったかもよ」
「言うようになったのう、乳臭い小娘が。よかろう、ホーエンの後でいっちょ揉んでやろう」
嘲笑するメルダリア。
「おっぱいでも揉むのかしらねぇ、エロジジイ」
「大人を揶揄うでない。そもそも貴様の乳になぞ用はないわ。儂ぁ救国騎士クッコロ・ネイテール一筋じゃからな」
「人様の恋愛観とやかく言うのは野暮だけどさ、大昔の故人に未だに操を立ててるってどうなのよ。泣く子も黙る【千手拳】もいよいよ焼きが回ったんじゃないの」
ラディーグの額に青筋が浮いた。
「……余計なお世話じゃ。殺すぞ小娘」
「面白いじゃない。殺れるものなら殺ってみなさいよ。老いぼれは後進に道を譲って隠居するべき。あたしが今日あんたの冒険者人生に終止符を打ってあげるわ。勢い余って人生そのものに終止符を打つかもしれないけど、勘弁してね」
舌戦展開中のラディーグとメルダリアを放置し、アリーナに降り立つホーエン。
「時間が勿体ない。さっさとおっ始めようぜ。どっちからやるんだ? なんなら二人まとめてでも俺ぁかまわんぞ、聖銀級の雑魚ども。格の違いを教えてやる」
ラディーグとメルダリアから殺気が漏れ出す。蜘蛛の子を散らすように周囲のギャラリーが逃走。
「あのオヤジ何かクソ生意気なことほざいてるわよ、【千手拳】さん」
「田舎冒険者が粋がりおって……神金級がなんぼのもんじゃ! メルダリア、さっさとあの小僧とっちめてこい!」
「という訳であたしが先にお相手するわ。【氷統】さん」
メルダリアは刃を潰した訓練用の剣を物色し、素振りした。
「あんましっくりくる剣ないわね」
「腰の愛剣使っていいぞ。俺も魔法使わせてもらうしな。武器制限はフェアじゃねえだろ」
「じゃあお言葉に甘えて」
ラディーグが対峙する両者の中間に立った。
「どれ。儂が審判してやろう」
「いいけどよ。興奮して乱入してくんなよ」
「わーっとるわい」
「さっき二人まとめてかかってこいとかイキってなかった?」
メルダリアが揶揄う。
「揚げ足取りやがるなコイツ。話が進まねえからお前ら煽っただけだ」
「そろそろ準備はいいか――始めィ!」
ラディーグの合図とともにメルダリアの姿が残像を残しかき消えた。広大なアリーナの砂地がホーエンを中心として凍りついてゆく。
訓練場に居合わせた上位冒険者たちが、しかつめらしく語り合う。
「以前【殲滅人形】と【狂槍】の立ち合い見たことあるが、それに匹敵するかもな」
「ああ……やっぱ魔銅級と聖銀級の間にゃ高い壁があるよな。人間やめなきゃあの領域には届かねえだろ」
「……つうか、暢気に観戦してて大丈夫なんかコレ」
時折メルダリアが放った斬撃の衝撃波が飛来して石壁や石柱をズタズタに引き裂き、ホーエンの放つ岩塊のような氷弾が天井に大穴を穿つ。
「訓練場崩落すんじゃね?」
「おいおい、結界仕事してんのか? 誰かギルド職員とっ捉まえて問い詰めろ!」




