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第70話 クッコロ・メイプル湖


 領主館襲撃事件の翌日、再び魔将たちが招集された。

「昨日の襲撃の結果、ノルトヴァール伯爵家の警備兵やメイドら十二名が命を落とした。謹んで哀悼の意を表します、クッコロ様」

「あたしに言われても……」

(ちゅうか、封建社会のここじゃ陪臣は主人の所有物くらいの感覚なんだっけな。礼を尽くされるだけマシか)

 日本人感覚が払拭しきれないので、魔皇国貴族として振る舞うのは未だに戸惑いが大きい。

「無論、魔皇国臨時政府より遺族へ弔慰金を下賜する予定であります」

「はぁ」

 パルダメイラ将軍が発言。

「アサシンギルド構成員の犯行とのことだが、背後関係は割れたのか」

「関与したと思われる間者を捉えてある。尋問したところ洗い浚い唄ってくれたわよ」

「あからさま過ぎる。欺瞞情報つかまされたんじゃないのか」

 カルマリウスが妖艶に微笑む。

「サキュバス族の尋問を舐めてもらっては困るわ。尋問を担当したリューゼルは魅了の名手。どんな秘密も白日の下に晒すわよ」

「おっかねえな。で、今回の件の黒幕は何処のどいつだ」

「もったい付けてないで早く言いなよ」

 カルマリウスに先を促す諸将。

「黒幕はバルシャーク侯国」

「そうか、メルジックのクソ野郎のところか」

「まぁ予想通りじゃな」

 クッコロが囁くように言った。

「バルシャーク侯国。うちの子たちをマトにかけたのはそいつらなんですね……」

「そういうことになりますな」

「クッコロさん、目が据わってるよ。恐い恐い」

(……むかっ腹立ってきた)

「平穏に子育てしたいだけなのに。敢えて中原から遠い離島に引き籠ろうとしてるのに。なんで放っといてくれないかな」

「アーベルト皇子殿下とメルヴァント皇女殿下は魔皇アルヴァント陛下の遺児。我等遺臣を糾合しうる存在ですから。魔皇国の瓦解を目論む連中からすれば、この上なく目障りでしょうな」

 やにわに円卓上の七つのティーカップとソーサーが微振動。出席者がクッコロを注視した。

「クッコロ。威圧を引っ込めなさい。その怒りは戦場で敵に向けて発揮なさいな」

「しかしまぁノルトヴァール伯の気持ちは分かるね。僕もはらわた煮えくりかえってるし。火事場泥棒には懲罰が必要だよ」

「マルヴァースの意見に尽きるな。魔皇国に舐めた真似をしたら如何なる結末を招くのか、きっちり学習してもらわねばならん。それでこそ抑止力が生まれ、今後の手出しを躊躇するようになるというものじゃ」

 カルマリウスが一同を見回した。

「今回の対バルシャーク及び対ブレン・ポルトの作戦、不肖このカルマリウスが総司令官ということでいいかしら? 先任のご老体やマルヴァースを差し置いて恐縮だけれど」

「まぁお前さんが適任じゃろう。この中で一番采配が巧みだしな」

「異議なし」

 異口同音に賛同する魔将たち。カルマリウスが頷いた。

「では作戦計画に従って、各々がたには出陣の準備をしていただくとして――クッコロは軍の輸送をお願いするわ。あなたが作戦の要だからよろしくね」

「あの……あたしも一発だけ魔法かましていいですか。アーベルトとメルヴァントを狙った奴らに一泡吹かせてやりたいんですが」

「おう、かましてやれかましてやれ」

「しょうがないわね。クッコロの先制魔法攻撃を以て、開戦を告げる嚆矢の代わりとしましょうか」

「ありがとうございます」

 中原の地図を凝視していたグルファンが言った。

「天眼通情報だと、敵さんかなり広域に散開してるな」

「三十万もの大兵力を食わせにゃならんから、辺鄙な寒村まで虱潰しに略奪してるんだろ。連中のお家芸だしな」

 思案顔のカルマリウス。

「これ、敵の兵力分散に釣られて奇襲かけると罠に嵌められるわよ。あれよあれよという間に重包囲に陥るわね。シルヴァネス公もメルジック侯も戦慣れしてるだけあって、兵の配置が巧妙だわ」

「分断を狙うとしたら、バルシャークとブレン・ポルトの連携だろうな。どこで仕掛けるのがいいかね」

「転移魔法のお陰で場所も時間もこちらに選択権がある。迷うな」

「普通に奇襲かけまくって攪乱したいんだけど、転移魔法に依存し過ぎるのもねぇ。クッコロも負担だろうし」

「手堅く狭隘地に誘い出して、伏兵で叩くのがいいんじゃねえか」

 カルマリウスは馬鞭で地図の一点を叩いた。

「カリューグ平野に敵を誘い込みましょう。起伏に富む地勢で森林も多い。兵を伏せるのにうってつけだわ」

「誘い込むのはいいが、囮はどうする? 平常心を惑わすほどの寄せ餌でないと、敵さん食らいつかんぞ」

「東方諸国での知名度から勘案すると、カルマリウスとグルファンが適任かのぅ」

「カルマリウス将軍はともかく、俺みたいな雑魚は眼中にないんじゃないかね」

「そうでもないぞ。軍事の専門家であればあるほど、お主の才幹を高く評価するようになる。亡き陛下が常々仰せられておったではないか」


 そんな訳で囮部隊には魔将二人を配し、兵力は五万と決まった。露骨な寡兵では敵を警戒させてしまうらしい。

「それなりの野戦陣地構築しとくかね。バルシャークにゃ打撃力の高い魔法軍団がいるしな」

「工兵の指揮は全てあなたに委ねるわ、グルファン」

「あいよ」

 地図上に置かれたフォルド将棋の駒の配置を見て感心するクッコロ。

(囮部隊、ご丁寧に大河を背にするのか。罠があると予想してても撃滅の誘惑に駆られるだろうなぁこれ)

 統計によると攻撃三倍の法則とか言う経験則もあるらしいし、東方連合軍はかなりの大兵力を投入してくるだろう。

「クッコロ。転移魔法で諸将の軍勢の輸送終わったら、私の本陣に来てちょうだい」

「了解っす」

 マルヴァースが言った。

「一時的な措置とはいえ、サンディール要塞やクッコローゼ城を空にするのは肝が冷えるね。北のロンバール王国やリスナルのガルシア軍に対して無防備になる」

「敵を片付けてとんぼ返りすりゃいい。何も問題はないさ」

 肩を竦めるカルマリウス。

「私もクッコロがいなかったらこんな綱渡りの策は採らないわ。うちの祖母が生前、ゼラールのアルネ元帥の神出鬼没ぶりを理不尽極まりないってぼやいてたらしいんだけど、今その気持ちが痛いほどわかるわ」

「クッコロさんが味方でよかったね。さて、サンディール要塞に帰って戦支度するか」



「カリューグ平野に布陣する魔皇国の軍勢およそ五万を発見」

 一報がもたらされ、バルシャーク侯国魔法軍団長ソルヴィートは眉を顰める。寝耳に水だった。

「如何な敵に地の利があるとはいえ、我が軍の哨戒網を掻い潜って五万もの大軍を移動させたというの?」

 はたと思い出す。

(魔皇国に転移魔法の遣い手がいるという噂、どうやら本当みたいね)

 でないと、魔皇の子供たちはじめ多くの臣民をリスナルからオータムリヴァ島へと瞬間移動せしめた説明がつかない。

(そのような者がいるなら、当然軍事行動にも最大限活用してくるはず。これは由々しきことだわ)

 接収した地元貴族の城館でちょうど会食中だったバルシャーク侯メルジックとブレン・ポルト公シルヴァネスは、その場で対応を協議し、決戦に及んでこれを撃滅する方針を採択したらしい。既に麾下の各軍がカリューグ平野へ向けて進発したという。

「ともあれ敵陣を実地で見たいわ。案内なさい」


 部下の案内で馬を飛ばし、魔皇国軍の陣地が眺望できる小高い丘へやってきたソルヴィート。さっそく遠眼鏡で検分する。

(あの赤髪の女将軍は紛れもなくカルマリウス。となると、横にいるホブゴブリンの将官がグルファンか)

 高台の本陣にこれ見よがしに姿を晒す名高い魔将たち。

(曲者のカルマリウスがああして存在を誇示しているということは、やはり罠の可能性が高いわね。なにしろ彼女は、あの老獪なドルティーバさえ退けている)

「ん? あれは……」

 幕僚たちの中に黒覆面の小柄な人物がいた。一目見ただけで戦慄が走った。冷や汗が止まらない。

(魔皇――生きていたの? いえ、魔力の色が微妙に違う。なんてこと……魔皇以外にもあんな化け物が存在するの)

 馬首を巡らすソルヴィート。

「直ちに本陣へ向かう」

(兄上に撤退を勧告しなくては。ブレン・ポルト軍を犠牲にしてでも、我が軍は一刻も早くカリューグ平野を離脱しなければ)

 さもないと、あの黒覆面の化け物と戦うことになる。

(冗談じゃないわ)


 進言は不調だった。着陣して上機嫌で酒杯を呷っていたメルジックの顔がみるみる歪み、額に青筋が浮く。

「慮外な事を。シルヴァネスの武功を指を咥えて見ておれと申すか」

「ですが侯爵殿下」

 食い下がるソルヴィート。酒杯を地面に叩き付けるメルジック。

「黙れ! 決戦前に不吉なことを申すな。これ以上士気を下げる発言を致さば、我が妹とて容赦せんぞ」

「兄上……」

「魔法軍団長ソルヴィート、そのほうは後方に下がれ。レグリーデ要塞の守備を命ず」

「……主命、承りました」

 常日頃歯に衣着せぬ直言をするソルヴィートを疎ましく感じていたメルジックの側近たち。ソルヴィートが叱責される様子を見て溜飲を下げているようだ。

「策士気取りの妹君にも困ったものだ。黙って舞踏会にでも出て愛想を振りまいておればよいものを。女だてらに戦場に出てくるなど」

「少しばかり魔法の才があるからと増長しておるのであろう」

「あのじゃじゃ馬殿もこれに懲りて大人しくなってくれればよいが」

「シッ。聞こえるぞ」

(フン――兄上に媚び諂い、讒言で他者を蹴落とすことしか能のない愚か者ども。せいぜい痛い目を見るがいい)


 ソルヴィートが配下の魔法軍団を率いてレグリーデ要塞へ向かって程なく、戦端が開かれることとなる。



「総司令官閣下。全軍の配置完了しました」

 天眼通隊長マルフィードが直々に報告に来た。

「ご苦労様」

「三ヶ国四十万人以上の会戦ともなると壮観ですね。上空から俯瞰していても武者震いを禁じ得ませんでした」

「ロゼルの弔い合戦だからって気負わないでね、マルフィード。あなたも魔将に列するのだから冷静にね」

「心得ております」

 カルマリウスが隣に佇むクッコロを促した。

「それじゃあクッコロ。先制の一撃をお願い」

 頷いて瞑目。覚悟は完了している。今後ともアーベルトとメルヴァントを守るために、今この時ばかりは自重と保身と倫理観をかなぐり捨てるのだ。

(たくさん人が死ぬだろうな……でも、アルちゃんと約束したもの)

 悪鬼と後ろ指さされようが災厄の権化と謗られようが、あの子たちを害する者には容赦しないと決めた。


 見渡す限りの敵軍を覆うように出現する、巨大な結界。とどまるところを知らず高まってゆくクッコロの魔力。

「ちょ――クッコロ……あなた何をするつもりなの」

 魔法の構築に全神経を注ぐクッコロに、もはやカルマリウスの声は届いていなかった。

(あの時を思い出すな)

 前世では己が命を触媒として、術が封じ込められた魔晶石を起動することしかできなかった。今の自分ならば自力であの術を行使し完璧に制御できるだろう。伝説の大魔法使い、時空魔法の開祖ワールゼンによって編み出された破壊の術。そのあまりの威力ゆえに禁呪指定を受けた魔導級呪文。

 東方連合軍の上空に幾層もの不気味な魔法陣が浮かびあがる。敵兵たちの動揺がここからでも分かった。彼らにも帰りを待つ家族や恋人、友人がいるのだろうか。

(余計な事考えちゃダメだ。術の制御に集中しないと)

 多くの軍旗が翻る敵本陣辺りに、禍々しい呪紋の描かれた半透明の球体が出現した。触れた者たちが瞬時に蒸発。ざわめきが伝播してゆく。

(敵兵のみなさんごめんよ。先に地獄で待っててね。『時空対消滅』)

 術が完成した。半透明の球体が閃光と熱風を撒き散らしつつ急膨張。敵軍を覆う結界内部で魔力の奔流が荒れ狂い、三十万ちかい敵兵を骨一つ残さず一瞬のうちに焼き尽くした。


 静まり返る魔皇国の軍勢。マルフィードが呆けたように報告した。

「……て、敵軍、消滅」

「……見れば分かるわ」


 後年、カリューグ平野に出現したクレーターに水が溜まり、湖となった。人々はクッコロ・ネイテール湖と対比し、この湖をクッコロ・メイプル湖と呼ぶようになったという。


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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