第68話 魔将会議
所定の日時となり、魔将たちを招集するため魔皇国各地を転移門で跳び回った。参加予定の五将が勢揃いし、これで御役御免とばかり会議室を出て行こうとしたところ、ゼノン宰相にむんずと肩を掴まれた。
「クッコロ様のお席はこちらでございますぞ」
「いやあたしは……はい」
無垢材の巨大な円卓を囲うかたちで席が設えられていた。これほどの巨木どこで見つけたものやらと感心していたら、オータムリヴァ島の森で採取した材木らしい。
(どう見てもドアや窓から搬入できないよねこれ。ああ、魔法袋があるか)
雑念で所在なさを紛らわせていたところ、隣席のマルヴァースが話しかけてきた。
「島を散策させてもらったよ。気候が温暖で地味も豊穣。水も潤沢だ。おまけにダンジョン資源の産出も将来にわたって期待できる。いい島を押さえたね。開発が進めば、かなりの人口を養えるんじゃないかな」
「今は急激に増えた難民の食糧確保に汲々としてますけどね」
ロランをはじめとした御用商人たちが外国で買い付け、クッコロが空間収納と転移門の合わせ技で輸送している。
「リスナルを奪還するまでこの街が首都になるんだろ。僕にも適当な土地を見繕ってくれよ。屋敷を構えて分体を常駐させたい」
スライム種のマルヴァースは、統一された自我の下分裂して活動することが可能らしい。
「都市開発の業務は、ロランさんのお孫さんのウェンティちゃんが取り仕切ってますので。まぁ彼女に伝えときます」
「頼むよ。領主の君から口添えがあれば一等地を貰えそうだな」
サイクロプスのルディートが円卓を見渡し、述懐した。
「メーベルト殿、クランヴァルトに続いてロゼルも逝ったか。空席が増えたのう」
グルファンが項垂れる。
「俺が不甲斐ないばかりに、ロゼル将軍を死なせてしまった」
「そう悄気るでない、グルファン。勝敗は兵家の常じゃ。お主の得意分野で汚名挽回すればよかろう」
リザードマンのパルダメイラが言う。
「魔将を補充したほうがいいんじゃないか? ガルシアの豚野郎やブレン・ポルト公国、バルシャーク侯国との戦が控えている現状、軍団の司令官が足らんぞ」
ゼノン宰相が難しい顔。
「人員補充に異論はないが、魔将の任命は魔皇陛下の専権事項だからな」
「魔皇陛下がおられぬ今、杓子定規に原則を論じられてもな……。宰相殿と我等魔将の合意があれば、新魔将選出に問題はあるまいに」
「せめて全軍将兵が納得する論功行賞の結果でないと正当性を問われ、指揮命令系統に支障をきたすのではないか? 私はそれを懸念しておるのだ、パルダメイラ将軍」
「うるさ型どもを黙らす赫奕たる武勲が必要ってことか。確かに一理あるな」
マルヴァースが意見を述べる。
「それなら退役した元魔将に現役復帰してもらったら。オーガのロアルトやメデューサのラーヴィスあたりなんか、まだまだ矍鑠としてるんじゃないの」
「あ奴らが隠居してもう三十年以上たつ。とっくの昔に耄碌しとるじゃろ。長命なお主と同列に語るでない」
カルマリウスが発言。
「建国以来二百五十年余り君臨されたアルヴァント陛下がお隠れあそばされ、魔皇国も新たな時代に入るわ。人材の新陳代謝を進めるいい機会ではないかしら」
「さよう。儂やマルヴァースのような創業期の魔将がいつまでも居座っておっては、老害と後ろ指さされようて」
「失礼な……僕はまだまだ若いじゃないか。ジジイは君の方だろう、ルディート」
「言葉の綾じゃよ。要は若い者をどんどん登用したほうがよいということじゃ」
「新魔将か。空席は五つ。誰が適任かねぇ」
ゼノンが提案した。
「試みに、ご列席諸兄の意中の人物を一人挙げてみるというのは如何だろうか」
パルダメイラが挙手。
「そういうことなら、俺はアルトナルを推挙する。宰相閣下におかれては難色を示されるやもしれんが」
次いでグルファンが言う。
「俺はロゼル将軍の弟マルフィード殿かな。ハルピュイア族を束ねる魔将は必要だと思う」
カルマリウスは考え込んでいる。
「身内でもよければ、妹のマルセラスを推すわ」
「俺は別に構わんと思うが……サキュバス族で魔将二席を占めるのは、他種族から異論が噴出しそうだな」
「マルセラスが魔将に就任した場合、私は妹に家督を譲って隠居するわよ」
「却下じゃな。戦上手のお前さんを遊ばせとく余裕などないわ」
「うーん……マルセラスが不可なら、陛下の眷属だった褐色肌の男かな。何て名前だったかしら彼。ドリュースか」
「今はアーベルト皇子殿下とメルヴァント皇女殿下の眷属になってる男だろ。ありゃ腕が立ちそうだな」
「東方戦線で轡を並べて戦ったけど、なかなか出来る男だったわ。亡くなったクランヴァルトの代わりに近衛軍司令を任せてもいいと思う。両殿下の眷属なら裏切る心配もないだろうし」
続いてルディート。
「儂はそうさのぅ、これといった人物は思い当たらんが。腕が立つ若い者といえば、オーガの元魔将ロアルトの末娘リゼットがかなりの手練れだったと記憶しておる」
マルヴァースが同意。
「僕もその子は知ってる。ロアルトが家督を継がせたがっていたけど、出奔して冒険者になったらしいよ。あれだけの腕前だ。生きてりゃかなりの高ランクになってるんじゃないの」
「なんじゃ、あの娘冒険者の道に進んだのか。ではしがらみの多い宮仕えは忌避されそうじゃのぅ」
マルヴァースが意味ありげにクッコロを一瞥。
「僕はここにいるクッコロさんを推挙するよ。皆も聞いていると思うけど、あのメーベルトすら凌駕する強者だ。魔将として申し分ない実力だと思う」
いきなり俎上に載せられ慌てるクッコロ。
「ちょ――ちょっと待ってください。あの御前試合はあたしに花を持たせるために皇配殿下が手加減してくれたんですよ、たぶん……きっと」
「クッコロ殿や、それはメーベルト殿への侮辱というものぞ。一途に剣の境地を極め、【剣聖】と呼ばれるようになった御仁じゃ。立ち合いで手を抜くことなどありえん」
「……すみません。軽率な発言でした」
ルディートの指摘で恥じ入る。この世界に来てから剣を持てない体になってしまったが、かつては自分も嗜んだ道だ。
(あのメーベルトさんも、御先祖のメーベルト大将軍と同じ【剣聖】の二つ名持ってたのか)
未だに両者が同一人物であることに思い至らず、頑なに先祖と子孫と信じて疑わないクッコロだった。
「まぁまぁ。私としては両殿下の養母であらせられるクッコロ様には、魔将などではなく摂政あたりに就任していただきたいと考えております。なんなら魔皇でもかまいませんぞ」
ゼノンがとりなすように言った。さらりととんでもないことを言うものだ。
「ははは……御冗談を」
「冗談ではありませんぞ。次代の魔皇は血統に拘る必要はないとの先皇陛下の御遺言もございます。最も強大な力を持つ魔族が魔皇国を束ねるのに何の憚りがございましょうや」
「あたし普通の人間ですから」
「はははは。御冗談を」
(ディアーヌさんのお祖父ちゃん、さらっとあたしのことディスってない?)
カルマリウスが助け船を出してくれた。
「クッコロは誰か推薦する人いないの? 新魔将候補」
「そうですねぇ……将軍の候補者ってことは、武勇に優れて、作戦指揮に長けた人ってことですよね」
「そうなるわね。あなたの弟さんなんてどうよ。ウェルス・リセール君。彼、強いし」
諸将が関心を示した。
「ほう。クッコロ殿に弟が。強いのか?」
「強いわよ。私の本気の斬撃、掌底で挟んで止められたもの」
「カルマリウスの剣を止めるとか相当な腕だな。十二魔将に迎え入れてもいいかもしれん」
「そうでしょうそうでしょう。私もウェルス君と轡を並べて戦ってみたいわ」
何故かウキウキのカルマリウス将軍。
(何か逃げ口上はないかな。こうなりゃ噓も方便だよね)
「いや~うちの弟、魔法の勉強するってんで、セルメストの魔法学院に留学するみたいなんですよ」
「あらそうなの。残念」
「そうだ、魔将候補ですよね。ケット・シー族評議員のカルムダールさんなんてどうでしょう?」
「カルムダール……ああ、あのスミロドンみたいな猫オヤジ殿か」
(猫オヤジちゅうか虎オヤジちゅうか……)
「実力は未知数だが、クッコロ様の御推挙だ。一考に値するのではないか」
クッコロは心の中で人身御供となったケット・シー族の長老に手を合わせた。
「最後に、宰相閣下は誰を推挙なさる」
しばし沈思黙考するゼノン。
「私は竜爪団首領のリュートル・ネイテールを推挙したい」
「ほう、こりゃまた意外な名前が出たな。その男は外様で人間、しかも札付きの海賊だったと聞いている。ゼノン殿のことだ、何か理由があるのだろうが」
「存念をお聞かせ願えるかしら」
ゼノンは長い顎鬚をしごきつつ頷いた。
「当面魔皇国の最重要拠点は、ここオータムリヴァ島と対岸の港湾都市エスタリスということになる。つまりマーティス海の制海権確保が死活的に重要となる訳だ」
「なるほど」
「しかるに我が軍を見渡しても海戦はおろか、操船術にも通じた者が誰一人おらぬ。御慧眼のクッコロ様はいち早くこのことの危険性に気付かれ、深慮遠謀をもってリュートル・ネイテールを懐柔し、麾下に加えられたのだ」
「おお、そうだったのか」
「やるわねクッコロ」
「いや、完全に買い被りですけど……」
「経済的にも、陸上交易の要衝リスナルを押さえるガルシアに対抗してゆくために、我等は海に活路を見出さざるを得ん。海上交易にも知悉するリュートルは、是が非でも魔将に招聘すべき人材と考える」
「宰相閣下のお考えは分かったわ。一点だけ気になるのだけれど、その男の出自は大丈夫なの? ネイテール家の者なのでしょう?」
「旧ネイテール侯爵家といえば、五十年前に我等が滅ぼしたゼラール帝国の大貴族であったはず。宰相ファルトルや救国騎士クッコロを輩出した名門中の名門だ。時代は変われど、没落の原因である魔皇国には含む所があるのではないか」
「ふむ、諸兄の御懸念は尤もだ。クッコロ様はどうお考えになられますか」
突如話を振られて困惑顔のクッコロ。
「うーん……あたしも短い付き合いなんで何とも言えませんが。リュートルさんは快男児といいますか好漢といいますか、ともかく気風のいい人なので信用しても大丈夫だと思いますよ。根拠なんてありませんけど」
あの手の人物は気脈を通じるまで難儀するが、いったん意気投合してしまえば、背信行為からは最も縁遠い人間となる――そんな確信があった。
「あなたの勘って訳ね。また根拠薄弱な話だこと」
「まぁ裏切られたらその時はその時のこと。相応の報いをくれてやるまでだ」
「さよう。単純明快じゃ」
議長役のゼノンが総括した。
「ではただ今名前の挙がったマルフィード、ドリュース、ウェルス・リセール、カルムダール、リュートル・ネイテールの五名に、魔将就任を打診するという方向でよろしいかな」
方々からツッコミの声が上がる。
「これこれゼノン殿や、アルトナル殿の名前が入っておらんぞ。さらりと御子息の名を抜くでない」
「まったく油断も隙も無い。相変わらず老獪なお人だ」
「あの~すみません、ウェルス・リセールが間違って頭数に入ってますけど……」
「ちょっと、マルセラス・フォルダリアの名前が抜けてるわよ」
「カルマリウス……お主もしれっと妹の名を捻じ込むなよ」
議題は引き続き、今後の戦略策定へと移る。
「理想を言えば、ガルシア軍と東方二国が互いに潰し合ってくれることだが……すんなり漁夫の利とはゆくまいな」
「だな。傍観は命取りになりかねん。我等は先皇陛下の遺児を擁しているとは申せ、リスナルを掌握しつつあるガルシアに靡く諸侯も出てきている。ここで東方二国の侵略を座視すれば、日和見の諸侯は雪崩を打ってガルシアの陣営に馳せ参じるだろう」
ゼノンが手元の資料に目を落とした。
「天眼通よりもたらされた最新情報によると、既に東方国境付近の男爵領五つ、子爵領三つが蹂躙され、領民を含め壊滅的な被害を出しているとのことだ」
「向こうの軍勢、略奪が三度のメシより大好きだからねぇ」
「放置はできんな」
カルマリウスがクッコロを見詰めた。
「ちょっと小耳に挟んだのだけれど、陥落したレグリーデ要塞から敗走中のグルファン軍一万を、転移魔法でこの島に瞬間移動させたらしいわね」
(あちゃー……さすがに目敏いなこの人)
「はい」
「ふむ。魔皇国各所に駐留する味方の軍勢を、指定の日時、指定の場所に転移させることは可能かしら?」
「……たぶん。あまり綿密な指示ですと、多少の齟齬が生じるかもしれませんが」
赤髪の女将軍が獰猛な微笑みを浮かべた。
「結構。東方のお馬鹿さんたちに目に物見せてやろうじゃない」




