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第67話 東からの凶報


 ガルシアの腹心にして、このほどリスナル防衛軍司令官に就任したグレッサーのもとへ面妖な報告がもたらされた。

「奴隷収容所がもぬけの殻だと? どういうことだ」

「定時連絡が途絶えたとかで所管の役人が査閲に訪れたそうです。すると、収容していた奴隷三千人と、獄吏獄卒およそ六百名が忽然と消えていたそうでして」

「集団脱獄か?」

「収容所の各所に大量の血痕があり戦闘が行われた形跡が見られるのですが、死体がどこにも見当たらず……」

 考え込むグレッサー。ハイオークへと進化して以来、智謀の冴えもいや増している。

「襲撃があったと見て間違いあるまい。リスナル全域に厳戒態勢が敷かれている現状、逃走経路は……地下水路網が怪しいな。ふむ、冒険者ギルドのティゴットに使いを出せ」

 渋い表情の副官。

「冒険者どもは信用なりませんぞ。利に敏い連中故、いつ裏切るか知れたものではありません」

「個々の冒険者はさもあろうが、それらを束ねる冒険者ギルドはそうでもない。建前上国家や宗教からの中立を謳ってはいるが、人の運営する組織だ。長い歳月を経て腐敗もする。ティゴットなどは好例であろう」

「なるほど」

「いずれにせよ地下水路は奴らの縄張りだ。変事があれば情報くらいは掴んでいるだろう。探りを入れておくに越したことはない」

 未だリスナルにはオーク族の敵がたくさん隠れ潜んでいる。犯人の隠避もしくは幇助した者を炙り出すことで、見えざる敵の姿も見えてくるだろう。



 旧ゼラール帝国軍幼年学校跡地に設けられた奴隷収容所。救出した収容者は三千人にものぼり、とりあえずオータムリヴァ島に退避させた。転移魔法初体験の人々は目を白黒させ、ついには聖女の奇跡と称して拝みだす老人が現れる始末で、クッコロを辟易させた。

 その後エリーズを連れて湖畔の古砦へと転移。互いに駆け寄ってひしと抱き合うモーガンとエリーズを見守っていると、背中をどやされた。

「こんにちは師匠。やっぱラディーグさんにエリーズさんの捜索依頼行ってましたか」

「儂の出る幕はなかったようじゃがの。救国騎士殿の月命日で偶々墓参に来ておったんじゃ。そしたらモーガンの奴が取り乱しておってな」

「月命日って……毎月お墓参り来てるんですか?」

(当のあたしも憶えてないよ、前世の自分の命日なんて)

「近くに滞在中の時だけな。救国騎士殿の事績も忘れ去られつつある昨今、一人くらい花を手向ける者がおってもよいじゃろ。英霊を弔う者が誰もおらんというのは寂しいからの。これは彼女に命を救われた儂の義務だと思っとる」

「義理堅いんですね」


「悪かったな、ラディーグのとっつぁん。出がけに迷惑かけちまって」

「礼はクッコロ嬢ちゃんに言え。儂ぁなんもしとらんよ」

 モーガンとエリーズがクッコロに深々と頭を下げた。

「娘を助けてくれてありがとよ、お嬢ちゃん。この恩は生涯忘れねえ」

「きっと巡り合わせですよ。うちの御先祖はおたくの御先祖様に世話になったと聞きますし」

 ラディーグが言った。

「まぁなんだ。出立前に解決してよかったわい。懸案を残したまま旅立っては寝覚めが悪いからな」

 クッコロが聞き咎めた。

「クエストでどこか遠出されるんですか?」

「しばらく中原を離れようかと思ってな。お前さんの耳にも入ってないか。ギルマスのアホがろくでもないことを画策しとるのを」

「どういうことでしょう?」

「余所者の高ランクどもを唆して、魔皇国の内乱に首突っ込もうとしてやがる。冒険者ギルドがアサシンギルドの真似事してどうするっちゅうんじゃ」

 冒険者ギルドの源流のひとつに傭兵組合があるので、国家間のいざこざに介入して大いに稼ぐべきという派閥も一定数いるらしい。

「儂は真っ平御免じゃがな。先代ギルマスのギルバートはまともな判断のできる男だったが、当代のティゴット――ありゃダメじゃ。サブマスの【旋風】を順当に昇進させればよかったものを。ギルドのボンクラどもが」

 ラディーグのぼやき節が止まらない。

「【旋風】?」

「エルフのランタースじゃよ」

「ああ、ランタースさん現役の頃二つ名持ちだったんでしたっけ」

「呪詛で魔法が使えなくなり引退したらしいが、いい腕しとったぞ」

 ラディーグが褒めるくらいだから、かなりの強者だったのだろう。

「新設のオータムリヴァ冒険者ギルドでギルマスに納まったらしいな。リスナルギルド視点では左遷なんじゃろうが……魔皇陛下にいい人材を回してもらってよかったな」

 口ぶりからして、クッコロがノルトヴァール諸島の新領主であることは把握している様子だ。さすがは高ランク冒険者の情報網と言うべきか。クッコロは水を向けてみた。

「師匠もよかったらオータムリヴァ島に拠点移しません? あたしの友達のディアーヌさんが師匠に弟子入りしたがってましたよ。なんか格闘術に関心があるみたい」

「あの娘は確かリントヴルム族の姫だったな。物好きな令嬢じゃ。まぁ魔族には実力至上主義の信奉者が多いと聞くし、魔族の貴人にとっては武術も嗜みなのかのう」

「新発見ダンジョン、なかなか実入りがいいって業界で評判みたいですよ。まぁ高ランカーの師匠はお金に困ってなさそうですけど」

「金はともかく、ダンジョンにはそそられるのう。そのうち遊びに行かせてもらおう。が、今回は見合わせじゃな。儂ぁ西方に行くことにした」

「西方――リグラト王国ですか」

 頷くラディーグ。

「王都セルメストにゃ冒険者ギルド総本部があるしの。腕自慢の猛者どもがゴロゴロおると聞く。いっちょ殴り込みをかけてやろうと思ってな。ぐはははは」

「……血気盛んなことで」

「どれ、しばしの別離じゃ。救国騎士殿に挨拶して行くかの」

(折角来たし、あたしもベルズ陛下のお墓参りしてこっと)


 中原は基本的に温暖で降雪量もすくないのだが、今年は寒波到来で例年になく積雪が多い。一面銀世界の眺望は素晴らしかったが、二つの墓標は雪に埋もれていて掘り起こさなければならなかった。

「雪かき手伝わせてすまんな。ここ数日、陵墓の管理が疎かになってたわ」

「エリーズの件があったしやむを得んじゃろう。親としては墓守の仕事も手に付くまい」

「そうですよ」

 額の汗を拭うクッコロ。魔法を使えば除雪など造作もないが、愛しい主君の墓だ。いつになく敬虔な気分になって、魔法を用いることなく墓掃除に臨んだ。雲間から陽光が差し込み、クッコロ・ネイテール湖の湖面を照らしている。吹き渡る冷たい風が火照った体に心地よかった。


 ベルズ十五世の墓標の前でしばし黙祷を捧げる。隣に建つクッコロ・ネイテールの墓標を一瞥。

「救国騎士殿には祈りを捧げんのか?」

 ラディーグに指摘された。

(自分のお墓拝んでもね……そもそもあたし、そこにいないし。ベルズ陛下の亡骸はここに埋葬されてるらしいけど)

「師匠こそ大帝のお墓に参拝しないんですか?」

「大帝は儂の恋敵じゃからな。まぁ勝負以前に儂の惨敗じゃったが」


 ふと、ここに埋葬予定だったナーヴィンの甲冑のことを思い出した。

(そういやアルちゃんにあげたナーヴィンの鎧、あの騒動の後どうなったのかな。確かアルちゃんの部屋に飾ってあったよね)

 あれほどの魔法具が宮殿の火災や崩落程度で毀損するとも思えない。オーク軍によって窃盗もしくは接収されただろうか。

(神剣グラムもあったな。後で回収したほういいかも)



 旅立つラディーグを見送り、カルロ親子に別れを告げたクッコロ。一旦オータムリヴァ島へ転移する。なにやら仮設領主館の人々が慌ただしい。

「クッコロ様! お戻りでしたか」

 ミリーナが駆け寄ってきた。

「何かあったの?」

「情勢の急変があったようです。至急会議室へお越しください。重臣の皆様すでにお集まりです」

「ったく、次から次へと」


 町娘の恰好のままおっとり刀で会議室へ赴くと、挨拶もそこそこに議事が始まる。議長役ゼノン宰相に促され、新設の情報機関『天眼通』の隊長マルフィードが起立して発言。

「東方国境より急報がもたらされました。端的に申し上げます。ブレン・ポルト公国軍およびバルシャーク侯国軍の侵攻により、レグリーデ要塞が陥落いたしました。魔将ロゼル殿は戦死。魔将グルファン殿は残存兵力を取りまとめ、南西へ転進中」

 ロゼル戦死を報じた辺りでマルフィードの声が微かに震えた。

(マルフィード隊長ってロゼル将軍の弟さんだったな)

「難攻不落のレグリーデ要塞を短期間で抜いたか。敵の戦力は如何ほどなのだ?」

「航空偵察の結果、総兵力三十万は下らぬかと見積もっております」

 絶句する重臣たち。

「三十万……」

「東方の禿鷹ども、どうやら本気のようだな」

「さしもの堅城も、兵站が機能しない現状ではもたなかったか」

「しかしレグリーデ要塞には十分な兵糧の備蓄があったはず。グルファン将軍もいて、補給に手抜かりがあったとは思えんが」

「先のゴルト・リーア大公国の侵攻から日も浅い。重ねてガルシアの反逆だ。この秋の収穫でいくらか回復したにせよ、軍需物資の消耗を補完しきれていなかったのだろう」

 何故か上座に着かされたクッコロは黙って聞き耳を立てていたが、これら風雲急を告げる報告に接し、すぐさま結界玉による情報収集を開始していた。

(アルトナルさんと行った時、物資の輸送もっと強く申し出ときゃよかったかな。あたしも大概平和ボケしてるな)

 ルーヤ山脈の険阻な桟道を西進する軍勢を発見。旗幟は泥や煤に塗れてほつれ、兵卒の多くは血の滲んだ包帯をどこかしらに巻きつけ、皆意気消沈。一見して敗軍と分かった。

(ホブゴブリンとハルピュイアの混成軍――レグリーデ要塞守備隊で間違いなさそう。ざっと一万くらいかな。だいぶ損耗したみたいね)

 軍列の中ほどにグルファン将軍がいた。

(グルファン将軍見っけ。報告した方いいのかねこれ。でも結界玉の手の内晒すことになりそうで抵抗あるな。まぁ今更か)

 グルファン軍の後方十公里ほどに別の軍団がいた。兵装を黒一色に統一した所謂黒備えで、数は三万ほど。

(追撃かかってるな。悠長に構えてらんないか)

「発言よろしいですか。グルファン将軍と麾下の軍隊の現在地だいたい把握しましたので、転移魔法でこの島に退避してもらいましょうか?」

 ざわめく会議室内。

「そ、そのようなことが可能なのですか? いや、伯ならば可能なのでしょうな」

「ちなみに敵っぽい軍が追撃してきてます。かなり差し迫った状況ですね」

 ゼノン言った。

「クッコロ様、お願いできますかな。グルファン将軍は得難き将領。彼の特殊な才幹は、まだまだ我が国に必要だ」

「分かりました。アルトナルさんに同行お願いしてもいいですか。あたしの単独行動より、そっちがすんなり物事進むと思いますので」

「アルトナル。クッコロ様にお供せよ」

「はっ」


 会議が小休止となり、その間に任務をやっつけることにした。アルトナルを伴ってグルファン軍の鼻先に転移。いきなり本営に出現すると無用の衝突が生じる恐れがあるためだ。当然ながら殺気立つ前衛の兵士たちに厳しく誰何される。

「何奴!」

「クッコロ様。ここは私めにお任せを」

 アルトナルが人化を解いて巨大なドラゴンの姿となり、兵士たちを威圧した。

「我等は魔皇国臨時政府の使者である。魔将グルファン殿に取次ぎ願いたい」


 アルトナルが適宜立ち回り、すぐにグルファンのもとへ案内された。

「なかなかどうして天眼通ってのは瞠目すべき組織だね。レグリーデ要塞失陥の情報をもう掴んでいるとか。夜を日に継いで早馬を飛ばしても、オータムリヴァ島に一報が届くのは一ヶ月以上先だと思ってたよ」

「グルファン閣下、情勢が切迫しております。オータムリヴァ島へ転移していただきますので、全軍を密集させてください」

「マジか……全軍丸ごと転移可能なの? その魔法軍事利用したら、大陸の覇権握れるんじゃないの? 神出鬼没だったと噂のアルネ元帥の軍団も真っ青だね」

 上空の結界玉で周辺の地形を調べていたクッコロが言った。

「この先に開けた場所があります。そこで陣形再編してから転移魔法使いましょう。ちゅうか敵が近くまで迫ってるな……」

 アルトナルが申し出た。

「十五分程度ならば私が足止めしておきましょう」

「無理しないで下さいよ。貴方になにかあったらディアーヌさん悲しみますからね」

「なに、上空からちょっとブレスを見舞ってやるだけですよ。無理は致しませんとも」



 再開した会議にはグルファンも出席していた。遠い目で呟いている。

「つい先刻までルーヤ山中を彷徨っていた俺が、今こうしてオータムリヴァ島でお茶を飲んでいるとか……」

 ゼノンが声をかける。

「してグルファン将軍。如何なる経緯でレグリーデ要塞が陥落したのだ」

「それな。ブレン・ポルトとバルシャークが不穏な動きを見せていたから、要塞の備蓄を厚くしようと思い立ったんだ。それで近隣の商人を招集してさかんに取引してたんだが、どうやらその際敵方の間者を招き入れてしまったようだ」

「むぅ」

「流言飛語で人心を惑わすのを皮切りに、武器庫を爆破したり兵糧に放火したり井戸に毒を投入したりと、まぁいろいろやらかしてくれたよ。ついには敵兵を招き入れられこのざまさ。出入り商人たちの身元調査が甘かったことが原因だ。全ての責任は俺にある。軍規に照らして存分に処断してくれ」

「ロゼル将軍が戦死されたそうだな」

「手負いとなってから彼女はいつも死に場所を求めていた。魔皇陛下の訃報に接して、殉死の腹を固めたんだと思う。何度も説得したが、翻意は難しかった。すまんな、マルフィード殿」

「謝罪には及びません。姉の性格からして本懐だったでしょう」

「俺たちが要塞を退去する間、ロゼル将軍は敵主力を牽き付けて奮戦していた。見事な最期だった」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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