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第66話 なんちゃって聖女爆誕


 ディアーヌの病状が目に見えて快方に向かい、最近クッコロの執務室へも顔を出すようになった。アルヴァント崩御の顛末や霊薬エリクシルの件を両親から聞き、数日間悲嘆にくれて部屋に閉じこもったというが、彼女の中で折り合いがついたらしい。決然とクッコロに具申してきた。

「アーベルトとメルヴァントの守役?」

「はい。是非わたくしにお命じ下さい。両殿下が今後どのような人生を歩まれるにせよ、考え得る最高の教育を施して差し上げたいのです。それが亡き陛下へのせめてもの御恩返しかと」

「さすがに気が早くありません? まだ二人とも赤ちゃんですよ」

「早いということはございませんわ。わたくしが昔世話になったドレイク侯爵家の養育係に聴取したところ、むしろ乳幼児教育こそが素養を伸ばすうえで重要なのだそうですわ」

「そういうものですか」

「はい。ところでクッコロ様は何故メイド服をお召しに? またどこぞへ微行なさいますの?」

 可憐に首を傾げるディアーヌ。

「ちょっと部屋の掃除をね。これ着心地いいんですよ。作業もしやすいし」

 竜爪団のランザー号訪問時のメイド服を引っ張り出してきては、時折ケット・シー族のメイドたちに交じって家事に勤しんでいるクッコロ。多少なりとも女子力を上げねばという謎の強迫観念のなせるわざだ。

「まぁ作業着ですわね。と申しますか、貴女様は今や両殿下の母君ですのよ。お立場を弁えてくださいまし」

 煙たがられるのを厭わず直言してくれるディアーヌのような存在は貴重なのだろう。アーベルトとメルヴァントの守役として適任かもしれない。

「いやー庶民育ちなせいか、鷹揚に構えるのが不慣れでして。人様を顎で使うより自分で動いた方が早いですし。どうも時間とお金の無駄遣いに抵抗感があるんですよねぇ」

「無駄遣いという発想は、クッコロ様の慣れ親しんだ文化に根差したものなのでしょうね。そこは慣れてくださいとしか。王侯貴族の浪費は文化と産業を育むので、一概に否定するものでもありませんし」

 廉潔な碩学たちは特権階級の放蕩三昧を蛇蝎のごとく嫌うらしいが、経済を回す効果はそれなりにあるのだろう。

「要は程度の問題です。地位に伴う義務と割り切ってくださいませ」

「ふむー。メイドさんの職分を侵害するのも不本意だし、気を付けます」

「まぁ四六時中ですとクッコロ様も気詰まりでしょうし、時と場所と場合を使い分けていただければよろしいかと」


「そういえばわたくしが臥せっている間、祖父と父の依頼でクッコロ様のお手を煩わせたとか」

「状況が状況だったしね。転移くらいお安い御用ですよ」

「魔将の方々とは全て連絡が付きましたの?」

「うんにゃ。ファンタムさんとクノッチさんて方がまだですね」

 さもありなんと頷くディアーヌ。

「あのお二人なら仕方ありません。ファンタム様は国家の枢密に関わる方で正体が秘匿されておりますし、サリナベル城のクノッチ様は所領のカルネラ半島を離れられない特別な任務があるのだとか」

「あの辺りも魔皇国の領土なんだ」

 亜大陸とも異称されるカルネラ半島は、中央平原にも匹敵する広大な土地だ。

「カルネラ半島を離れられない特別な任務ってなんだろうね」

「噂ではカルネラ半島に存在するエルフ族の転移門の監視と囁かれていますわ。なんでも、エルフ国にアルヴァント陛下のかつての宿敵がいる可能性が高いのだそうです」

(あー……あの人のことかな)

 美貌のハイエルフがクッコロの脳裏に浮かんだ。

「魔将会議は来週でしたかしら?」

「うん。ディアーヌさんのお祖父さんはじめ文官の人たちが、準備で大わらわみたいだよ」

「では残る魔将お二方との折衝も時間との勝負ですわね」

 クッコロが首を振った。

「ファンタム将軍とクノッチ将軍抜きで開催する方向だってさ。ゼノンさんが言ってた」



 魔将クノッチの居城を訪問する予定で日程を組んでいたが変更を余儀なくされたため、リスナル偵察に空き時間を充てることにした。クッコロの場合結界玉を飛ばせば事足りるのだが、今回は即応性を重視して実際に赴くことにする。と言うのは口実で、実は気分転換なのは内緒だ。

 さっそく町娘に扮して皇都外廓へ転移した。


 以前の賑わいが嘘のように閑散とする繁華街。新雪が降り積もった街路にも、靴跡や荷車の轍はすくない。野良犬や野良猫の足跡が却って目立つほどだ。

(思えば因果な都市だよなぁ、ここも)

 幾度も戦火に焼かれ灰燼に帰しては、復興を繰り返してきた都だ。ゼラール帝国からアルヴァント魔皇国へ受け継がれ、今またオーク族の王朝がこの都の新たな主として君臨しつつある。

(そういう運命的な求心力でも働いてるのかね、この土地に。確か古い精霊魔法学で、地球の風水っぽい研究やってたらしいけど)

「娘! そこで何をしている!」

 物思いに耽っていたところ詰問された。

(警邏のオーク兵か)

 市井の娘に扮していても不自然ではない程度には、クッコロの魔力制御の技量も向上している。

「すみません、買い物に来たんですけど、道に迷っちゃって」

 愛想笑いを浮かべて弁明したところ、問答無用で殴られた。魔力隠蔽のため身体強化も体表面被膜結界も切っていたので、けっこうなダメージを食らった。鼻の奥に拡がる鈍痛。滴り落ちる鼻血。顔を押さえて悶絶するクッコロ。

(痛たたた……にゃろう、男女平等パンチかい)

 嗜虐的に笑うオーク兵たち。

「顔はやめとけ。商品価値が下がるだろうが」

「おっとすまねぇ。このガキのこましゃくれた態度が癇に障ってよ、つい手が出ちまった」

(商品価値って。やっぱ噂の奴隷狩りかな、これ)

 先日も感じたことだが、オーク族個々の身体能力や潜在魔力が飛躍的に伸びている。兵卒でさえそれと分かるほど顕著だ。以前は鈍重そうな肥満体のオーク兵が多かったが、今やいずれのオーク兵も筋骨隆々として精強そうだ。

(何が起きたの。イナゴみたいに種族の相変異でも起こったとか? あかん、どいつもこいつも魔力みなぎって凶暴になってるし)

 まだ受け入れ体制に不安は残るが、皇都住民の避難を急いだほうがいいかもしれない。

「このガキ、戒厳令が出ているのを知らんのか」

「近頃とみに下民どもの失踪が相次いでいるという。貴様もそのクチか」

「入念な取り調べが必要だな。おい、この娘をひっ捕らえろ」


 手枷足枷に猿轡までかませられて連行される。いたいけな小娘一人に大袈裟なと思ったが、魔法詠唱対策らしい。ごく稀に野に潜む魔操手(マジシャン)がいたりするそうだ。念じるだけでほとんどの魔法術式を展開できるクッコロには無意味なのだが。

(あれ? この建物見覚えあるな……)

 記憶が確かなら、ここは前世で就役前に通っていたゼラール帝国軍幼年学校の跡地。中央の講堂など往時の姿のままだ。

(今は牢獄として使われてるのか)

 掘割を巡らし塀も堅牢なので合理的な再利用法だろう。


「オラ、入れ」

 臀部をしたたかに蹴とばされ、牢屋へ転がり込むクッコロ。鉄格子の引き戸が閉められ錠前がおろされた。

(べつに期待してないけど、事情聴取もなしか。弁護士を呼べとか言ってみようかな。まぁそもそも、こっちの世界にそんな職業存在しないだろうなぁ)

 冷たい石床に座ると、先程殴られたところを回復魔法でこっそり治癒。

(さてと)

 暗がりの奥にかなりの人影。新参者には慣れっこなのかとうに気力が失せているのか、皆クッコロに無関心な様子。牢屋の先客たちを観察してみた。

(全員女の人かしら。年齢は五歳から三十歳ってとこかね。どう見ても仕分けられてるなこりゃ。――あれ? あの子)

 囚人のなかに見覚えのある顔があった。壁際に凭れかかって座る同年代の少女に近寄り、声をかける。

「やっぱそうだ。確かエリーズさん。捕まったんですか」

 前世で世話になったタルガット・カルロ男爵の子孫で、クッコロ・ネイテール湖畔の古砦にあるベルズ十五世の墓守をしているモーガン・カルロの娘だ。顔を上げたエリーズが驚いている。

「あなたは……前に陵墓にお参りしてた旅の人、だよね」

「クッコロ・メイプルです」

「そうそうクッコロちゃん。救国騎士様と同じ名前だったね」

 身じろぎしたエリーズが呻吟。額に脂汗が浮いている。

「どこか怪我してるんですか?」

 エリーズの全身を目視で検めると、左足が腫れありえない角度に曲がっていた。

「オークの兵隊にしょっ引かれる時、食って掛かったらこのざまだよ」

 エリーズが語った経緯によると、薬草の納品と物資の買い出しで偶々皇都に来ていたところ、この度の政変が勃発して帰るに帰れなくなったらしい。

「ここに捕まってどれくらいになるんですか?」

「もう忘れちゃった。十日は経ってると思うわ。父さん、変な行動起こしてなきゃいいけど……」

(娘が行方不明ちゅうと普通に思い余った行動とりそうだな。モーガンさんてラディーグ師匠とも仲良さそうだったし、師匠に捜索依頼行くかもね。まぁ御先祖のカルロ男爵には随分世話になったし。助けるか)

「エリーズさん、足見せてください。骨折放置すると変な形に癒合しますよ」

「ちゅうても、ここじゃ応急処置もろくに出来ないしね。あいたた」

 説明は省いて回復魔法を施す。

「痛みが消えてく……まさかこれって高位回復魔法? クッコロちゃん、ひょっとして医薬神殿の関係者?」

「回復魔法すこしだけ齧った駆け出し冒険者ですよ」

「すご。もう完治しちゃった。元通りだ」

 屈伸したり跳躍したりと足の感覚を確かめるエリーズ。

(やっぱこっちの人は身体能力高いな。日本のお父さん十日くらい入院した時は、けっこう足腰弱ってたよね)

 庶民といえども魔力持ちが多いので、無意識に微弱な身体強化を使っているのかもしれない。

「あ、あのっ! この子を診てやってはもらえませんか、治癒士様」

 エリーズとの顛末を見ていたらしい女が、意を決した様子で声をかけてきた。胸に幼子を抱いている。薄暗い牢屋内でもそれと分かるほど、二人とも窶れ果てていた。

「あたしただの冒険者です。治癒士でも医者でもありませんが」

 怪我ならば回復魔法の力技で対処可能だが、病気となるとお手上げだ。母親らしき女は何卒と取り縋ってきた。かなり切羽詰まっているのだろう。

「んじゃ診るだけ診てみます」

 入念に魔力波走査してみたが、やはり素人のクッコロにはよく分からない。

(分かりそうな人に訊くか)

 青の月(アグネート)のメイド長メアリに念話で呼びかける。

『お呼びでしょうか、クッコロ様』

『メアリさん医学の心得あったりする?』

『些か』

『ちょっと情報送るので、診察してもらえます?』

『かしこまりました』

 観星ギルドの者たちは話が早くて助かる。

(あの人たちってほんと有能だよね……出来ない事ってあるのかな)

 全知全能の神々が縛りプレイに興じているのではという疑惑すら覚える。


 メアリの診立てによると、子供の方は単なる栄養失調で、むしろ母親が重病に罹患しているらしい。

『子供の方はさしあたり強化魔法を推奨いたします。あとは栄養価の高い食事をとり、休養すれば回復するでしょう』

『ふむふむ。お母さんの方は?』

『所謂癌ですわね』

『回復魔法で治せそう?』

『クッコロ様の転移魔法ならば造作もないかと』

 転移で全身の癌細胞だけを除去し、結界膜で養生。後は治癒魔法と強化魔法を重ね掛けという手順を示された。

『いやいや……簡単に言ってくれますけど、あたし魔力波走査の情報分析こなれてないから、癌細胞と正常細胞の区別つきませんよ? ましてや全身何十兆個の細胞仕分けるなんて気の遠くなる作業は……』

『煩雑な処理はアカシックレコードが担います。クッコロ様は術式に魔力を込めるのみにございます』

 クッコロの意識にどこからともなく流れ込んでくる膨大な情報。クッコロは溜息をついて考察を放棄した。


 母子の治療を見た怪我人や病人が集まってきた。この際なので一人残さず治療してやる。皆空腹そうだったのでついでとばかりに大量の食料も出した。

「奇跡だ……火傷痕がきれいさっぱり消えたわ」

「オークに折られた歯が治ってる!」

「ありがたやありがたや。食い物だ」

「旱天の慈雨とはこのこと」

「貴女様こそ十二柱の神々がお遣わしになった聖女様に違いない」

(あたしが聖女とかありえないな……)


「奴隷共が! 何を騒いでおるか!」

 騒ぎを聞きつけたオークの獄卒がやってきた。震えあがる囚人たち。

「そこの黒髪の小娘。貴様が騒ぎの元凶だな。来い! 独房でたっぷり奴隷教育を施してやる」

「待って! この子は違うよ。あたしがうるさくしたんだ」

 先ほど治療してやった中年女が勇敢にもオーク獄卒の前に出た。青筋を浮かべた獄卒が金砕棒を振りかぶる。クッコロを庇うように抱きすくめ、ぎゅっと目を閉じる中年女。

「おばちゃん、ありがとう。大丈夫ですよ」

 巨大な金砕棒はクッコロの華奢な手で受け止められビクともしない。いきり立つ獄卒。にっこり笑うクッコロ。

「ちょっくらゴミ掃除してきます。ここはあたしの思い出深い場所なので。在校生の頃みたいに整理整頓しないとね」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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