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第61話 アルヴァント十二魔将


 リンテリスら学者たちの調査が進むにつれ、オータムリヴァ島を含むノルトヴァール諸島は、かなりの人口を養える豊かな土地だということが分かってきた。しかし離島であるため本土の情報が途絶しがちである。そこで偵察の専門部署を組織することとなり、ハルピュイア族と竜爪団の有志が集められた。

 ハルピュイア族の青年将校マルフィードが隊長に抜擢され、竜爪団幹部のリゼルトが副隊長として補佐する体制が組まれた。快速帆船でリムリア大陸の津々浦々に回航し、航空偵察に繰り出すという運用を期待しての人事らしい。

「物は試しだ。効果的な運用を研究してみてくれ」

 ゼノン宰相がマルフィードを激励した。ゼノンの隣には借りてきた猫のように座るクッコロの姿。ゼノンは何故か重要な決裁をクッコロ同席の下でやりたがる。なにかしらの意図があるのだろうが、政治に疎いクッコロは意味が分からない。

「沿岸部は細密に偵察可能ですが、内陸部はどうしても空隙ができますね」

「穴はこちらで埋めよう。ファンタムに接触を図っておる」

「魔将ファンタム閣下ですか。お会いしたことはありませんが、噂はかねがね聞き及んでおります」

「実は私も会ったことがない」

 初めて聞く魔将の名に興味を惹かれる。宰相も面識のない魔将とはどういう人物か。ゼノンが説明してくれた。

「ファンタムは諜報活動専従の魔将なのです。名前以外の詳細は誰も知りませぬ」

「それだと連絡取りようないんじゃ……」

 アルヴァントとメーベルトだけがその正体を心得ていたというが、二人とも機密情報の数々を墓場に持って行ってしまった。

「いちおう連絡手段はあるのです。早めにこちらの陣営に引き込みたい」

「人となり分からないんじゃ難しくありません? 敵につくかも」

「ファンタムは陛下に心酔していたと聞きます。ガルシアに同心するとは考えづらいですな」

(そうだといいけど)

「五十年前、我が国がリスナルを奪取した頃から東方三国による調略が激化しましてな。陛下がファンタムに勅命を下して、防諜と調略を担う機関を立ち上げたのです」

(FBIとCIAを足して割ったような感じかね)

 全貌は分からないがかなりの間諜たちが草莽に潜み、列強の同業者たちと日夜暗闘を展開しているらしい。

(そのスパイたちを束ねるボスがファンタム氏って訳か)

「王様稼業ってたいへんですね。非対称な戦いにも関心を払わなきゃいけないなんて」

「陛下はああいう御方でしたから、難敵との駆け引きを楽しんでおられましたが。まことに調略の巧者であられた。かつて盤石のゼラール帝国の支配に蟻の一穴を穿ったのも、在りし日の陛下ですからな」

 アルヴァントが斜陽のゼラール帝国にとどめを刺したというのは聞いていたが、わだかまりや遺恨は不思議となかった。既に遠い過去のことだ。

(アルちゃんがゼラールから奪って遷都した皇都リスナル……今度はオークの大将が奪取して新しい王朝を建てようとしてる。どうにも場所が気になって仕方ないんですけど)

 あの都の地下深くには龍神の一体、紫龍リスナールとやらが封印されている――いつだったか、アルヴァントがそんな考察を語っていた。

(禁書庫のライセルトさんも先日気になる事言ってたな。龍神の遺物がリスナルに持ち込まれた気配があるとかなんとか……)

 これらの断片的な情報だけでは判断しがたいが、アルヴァント暗殺やガルシア反乱といった一連の出来事の背後に、何かよからぬ陰謀が蠢いているのではないか。

(……考え過ぎかな)



 専門の訓練が施された後、情報機関『天眼通』が発足した。組織名称はゼノン考案によるものだ。最初クッコロも命名を打診されたが固辞した。

(ぶっちゃけあたしには結界玉があるからな……まぁ結界玉の隠れ蓑にはなるか。四六時中結界玉と意識リンクさせとく訳にもいかないしね)


 偵察活動を開始した天眼通によって早速重要情報がもたらされた。フォルダリア侯爵領の領都ラミルターナ近郊において、サキュバス・サイクロプス連合軍とオーク軍が戦端を開いたという。

 すぐさま対策会議が開かれ、主だった者が招集された。揺り籠で双子をあやしながら和んでいたクッコロも不承不承顔を出す。

「両軍の戦力は如何ほどか。また指揮官の情報はあるか」

「サキュバス・サイクロプス連合軍がおよそ三万。魔将カルマリウス殿と魔将ルディート殿が直接指揮されておるようだ。オーク軍は八万の大軍だという。指揮官は不明」

「オークの動員力は脅威だな」

「奴らの繁殖力は魔族随一だからな。しかし三倍程度ならば、サキュバス・サイクロプス連合軍が勝つのではないか」

 巨人種サイクロプスの軍団は兵数一万そこそこで機動力も鈍重ではあるものの、魔皇国最強の打撃力と防御力を有する。これを率いる魔将ルディートは、かのメーベルトにも並ぶ驍勇で諸国に恐れられていた。またサキュバス軍は転戦を重ねた精鋭であり、知勇兼備の魔将カルマリウスは当代屈指の名将と目されている。

「あの二人が、頭数だけのオーク共にそうそう後れを取るとは思えんしな」

「それが、戦況はかなり拮抗しているらしい」

「何らかの策ではないのか。カルマリウス殿が采配を振るっておるのだろう」

 クッコロはエスタリス上空を浮遊する結界玉を急行させ、戦場を俯瞰した。

(オークの別動隊、背後に回り込んでるな。サキュバス軍とサイクロプス軍、このままだと挟撃されそう)

 首を傾げるクッコロ。

(ちゅうか、オークってあんなんだっけ? あたしが今までやり合ったオークたちと雰囲気別物なんですけど)


 会議出席中の体の意識はお留守にして、しばし戦況の推移を見守る。オーク軍の圧力に抗しかねたサキュバス軍が退却を始めた。勢い込んで突出するオーク軍。

(あのサキュバス軍の後退はたぶん偽装だな。えげつないくらい巧妙だわ。上から見てないと気付けないよ)

 まして最前線で殺し合いに没入している将兵には、尚更気付くのが困難だろう。

(てことは、あの不自然に霧が立ち込めてるあたりに伏兵が……ほらやっぱり。こういうの吉右衛門おじいちゃんの歴史本でも読んだな。なんてったっけ)

 囮の敗走で敵を誘い出し伏兵で包囲殲滅する戦法は、地球の戦史を見渡しても散見されるが、いずれの書物にもかなりの練度を要求されると書いてあった。互いの圧力で鬩ぎ合っているところを安易に引けば、偽装敗走のつもりが本当の潰走につながりかねない危険をともなうらしい。

(その点、サキュバス軍て想像以上に老練だな。美人のお姉さんばかりの軍隊だから、てっきり繊弱だと思って舐めてたよ。アルちゃんが褒めてただけあるな)


 サイクロプス軍がオーク軍の後背を塞ぎ包囲網が完成した。

(勝負あったかな。でもオークもしぶといちゅうか粘るな。人間の軍隊ならとっくに崩れてると思うけど。あいつら恐怖心とかないの? 何か催眠術でもかけられてるか、妙なお薬キメてるのかね)

 前世知識だが、魔法や薬物を用いてバーサーカーを拵える戦闘種族が、魔大陸辺りに存在すると耳にしたことがある。

(巨人種にも怯まないって、なんか従来のオーク兵とイメージ違うんだよね。サイクロプス相手にいい勝負してる個体もいるし)

 クッコロの背丈の四倍もあるようなサイクロプス兵が、巨大な棍棒を振り回してオーク兵たちを粉砕していく。最前線にはひときわ巨大なサイクロプスがいて猛威を振るっていた。無双の怪力に物を言わせ、オーク兵の体をちぎっては投げちぎっては投げの活躍。比喩ではなく文字通りの意味である。彼の周囲にはぐちゃぐちゃに損壊したオーク兵の死体が折り重なり、散乱する臓腑と血溜まりで酸鼻の一言に尽きた。

(あれは確かルディート将軍だっけ。滅茶苦茶強いな……ラディーグ師匠クラスの化け物かも。あんなのと対峙したら泣きそう)



 給仕としてクッコロの後ろに控えていたミリーナに揺さぶられ、意識を会議室に戻す。クッコロに注目が集まっていた。何か意見を求められたらしい。微妙な空気になりかけたところで、ゼノンがフォローしてくれた。

「お疲れの御様子ですな、クッコロ様。無理もありますまい。皇子殿下と皇女殿下の御守は神経を使う仕事ですゆえ」

「すみません、ぼんやりしてました」

「いえいえ。御用繁多のところ、無理を言って御臨席いただいておるわけですから」

 これまでの議事をかいつまんで説明するゼノン。

「……という訳で各地の魔将たちに使者を送り、アーベルト殿下とメルヴァント殿下への忠節を表明するよう働きかける予定です。当然ガルシア側も同様の働きかけをするでしょうからな。彼奴らに先んじることが肝要です」

「ふむふむ。なんでしたら使者の方送迎しましょうか?」

「……なるほど、転移魔法で。それは妙案です。しかし、ご負担ではございませんか」

「魔力の消耗は気になりませんし、たいした手間じゃありませんよ。地図で大まかな場所だけ教えてください」

 その後クッコロの提案が審議され、それならばいっそ魔将たちをオータムリヴァ島に召喚し、会議を開催してはどうかということになった。


 魔皇国の兵権を握る十二名の将軍が魔将と呼ばれている。物故や除名による欠員が出て、現時点では八将軍がその称号を有していた。


 サイクロプスの魔将、ルディート。

 サキュバスの魔将、カルマリウス。

 ハルピュイアの魔将、ロゼル。

 ホブゴブリンの魔将、グルファン。

 スライムの魔将、マルヴァース。

 トレントの魔将、クノッチ。

 リザードマンの魔将、パルダメイラ。

 そして謎の魔将、ファンタム。


 ちなみに、筆頭魔将メーベルトとミノタウロスの魔将クランヴァルトが死亡。リカントロープの魔将セルドとオークの魔将ガルシアが除名である。


 使者にはそれなりの者を立てるべきという意見が出て、ゼノン宰相の嫡男アルトナルが選ばれた。彼は隠れた実力者で、かつて魔将に推挙されたこともあるそうだ。ドレイク侯爵家で文武の要職を占めることを憚り、政治的配慮で魔将就任を辞退した経緯があるのだという。

「そなたも存じておろうが、魔将には曲者が多い。去就の定かでない者もおる故用心せよ」

「心得ました」



 クッコロ・ネイテール湖の北側に広がるシュディール湿原。ここに魔将パルダメイラの居城クッコローゼ城があった。

(なんかヘンテコな名前の城だな。あたしが言うのもなんだけど……)

 クッコローゼ城の城壁を見上げてアルトナルが言った。

「何度体験しても信じ難い。あり得ないほどの便利さですな、転移魔法というのは。この魔法が広まれば、世界の政治経済軍事が根底から覆りそうです」

「時空系魔法に適性ある人は限られるらしいですけどね。その後、ディアーヌさんの容態はどうですか?」

「今のところ小康を保っております」

「もうすぐ霊薬エリクシルが完成しますので。きっとよくなりますよ」

「正直、娘の事は命数と諦めかけていたのです。よもや本復を望める日が来ようとは……なんと御礼を申し上げたらよいか」

「アルちゃんが色々稀少素材を提供してくれたお陰ですよ」

「亡き陛下の恩寵に報いるためにも、我等ドレイク家はアーベルト殿下とメルヴァント殿下への一層の忠勤に励みましょう」


 クッコロは随員のていでアルトナルに付き従い、クッコローゼ城へ入った。リザードマンの兵士の案内で領主館へと向かう。

(ぶっ!)

 領主館前の広場中央に、ワイバーンに騎乗した女騎士の石像が鎮座している。案内のリザードマン兵士が誇らしげに言った。

「あれは我々リザードマン族の守り神、クッコロ・ネイテール様の神像でございます」

 その昔、彼らの居住地はアレク大森林奥地の湖沼地帯だったという。その湖沼地帯にヒュドラが棲みついて毒に汚染されてしまい、移住を余儀なくされたそうだ。

「我々リザードマン族の居住に適した新天地が、ここシュディール湿原でした。我等の祖先はこの地へ移住するにあたり、大魔法で湖を創りたもうたクッコロ・ネイテール様を、我等種族の守り神として崇め奉ることにしたのです」

「ナ、ナルホド……」


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