第60話 エリクシル調合
リスナルとオータムリヴァ島を何度も往復しせっせと被災者を連行していた時、ゼノン宰相に請われ高官たちと会議を持つこととなった。
「皇城や内廓だけでなく、外廓の住民にも救出の手を差し伸べたいのです。クッコロ様のご協力を仰ぎたく存じます」
「もちろん協力はかまいませんけど……そういう提案出てくるってことは、弾圧が差し迫ってるってことですか?」
頷くゼノン。
「ガルシアは、オーク族の国家樹立を目指しておると見ております」
「それはつまり、民族浄化ちゅうか種族浄化的なことを推進しかねないってことでしょうか」
「そこまで極端な政策には走りますまい。ただ市民権剥奪による奴隷化はあり得るかと。オーク以外の全種族が標的となるでしょう」
「人間や亜人種だけじゃなく、オーク以外の魔族も?」
「現在共闘しているリカントロープ族含めて、例外はありますまい。いずれ牙を剥くでしょう。元々は敵同士ですからな」
「はて? 敵同士?」
「魔族の定義は魔石核を体内に持つ人型或いは人化可能な種族です。古のゼラール帝国に対抗するため竜骨山脈周辺の諸種族を糾合する必要があり、そこでアルヴァント陛下が魔族という概念を考案なされた」
(そういや前世の頃は魔族なんて種族の呼称はなかったな。竜骨山脈あたりの原住民は蛮族で一括りだったし)
「人間や亜人種は魔石核を有する魔族を魔物の同類と見做して忌み嫌い、魔族もまた人間や亜人種を天地の加護が薄い者として蔑みました」
「人間とかエルフとかドワーフに魔石核があるって話は、あまり聞きませんものね」
「確かに稀有ではありますが、皆無というわけではないようです。魔石核は滞留した魔力の結石で生じますゆえ。魔石核を持つ人間や亜人種は上位種に進化しやすいという学説を耳にいたしました」
(ふむ。じゃあエルダードワーフに進化したっていうラディーグ師匠は、もしかして魔石核あるのかもね)
「ともあれ昔は魔族という括りが存在せず、あまたの種族が入り乱れて相克を繰り広げていたわけです。それを魔皇国の旗の下に纏め上げたのは、ひとえにアルヴァント陛下の手腕でしょうな」
「アルちゃんっていう重しがなくなって、オークの大将がやりたい放題おっぱじめるってわけですね」
「陛下の存命中でさえ、奴隷売買の闇の元締めとして陛下の不興を買っておりましたからな。もはや奴を掣肘する者がおりませぬゆえ、皇都の住民の救出は急務でしょう」
沈思するクッコロ。リスナルには知己となったヘルミナが院長を務める孤児院――前世の古巣でもある救国の家や、西方のセルメストで世話になったクリーガーが営む魔道具屋などもある。
「分かりました。善処します。参考までにリスナルの人口ってどれくらいになります?」
「戸籍を有する者が二十万人ほど。ただし冒険者や諸国の商人、旅行者、流民などが流入し、実際の人口はその数倍に及ぶかと」
「……うーん、全ての受け入れは不可能ですね。現状それだけの移民を食べさせる生産力が、この島にはありません」
「無論全ての臣民が移住を肯ずるとは思いませぬ。当面勝ち馬に乗ってガルシアに付く者もおりましょう。移民は多くても二十万人ほどと見積もっております」
「それでも多いですねぇ」
「文官のなかに農学の専門家がおりまして。無作法とは思いましたが、クッコロ様のご不在中この島の土壌、植物相、水質などを調査させていただきました」
「へぇ。どんな按配でした?」
「クッコロ様にご説明申し上げよ」
ゼノンに促され、ダークエルフの女が進み出た。
「お初に御意を得ます、ノルトヴァール伯爵閣下。リンテリスと申します」
(おお~ダークエルフさんだ。初めて見た)
「島の各所より抽出した標本を魔力波走査で分析しましたところ、簡易調査ではありますが極めて豊沃と考えます」
「そりゃ朗報ですね」
「火山灰土で腐植の含有率が高く、畑作に理想的な団粒構造の形成が見られます。多孔質であるため通気性、通水性、保水性に富み、植物がよく育つでしょう。土壌微生物もたいへん活発で肥沃な表土の形成に寄与しております」
(この世界の学者たち、きっちり微生物の存在に辿り着いてるんだな。確かまだ顕微鏡発明されてないはずだよね。まぁ探知魔法あるからな……)
ルーペや遠眼鏡を使っている人をちょくちょく見かけるので、光学ガラスの製法や研磨技術はあるのだろう。そのうち趣味や好奇心が高じて途方もない技術を開発する人が出てくるかもしれないが、地球より難易度は高いに違いない。なにしろ魔法というあまりにも高い壁が、技術の進歩の前に立ちはだかっている。
「専門用語はちんぷんかんぷんですが、有望ってことですね?」
「はい。これから試験を重ねて最適な作物や栽培法、交配育種を模索していくのが楽しみです」
ウキウキのリンテリス。根っからの研究者肌なのだろう。
「たいへん結構ですけど、それすぐ成果の出るお話じゃないですよね」
「そうですね。十年単位の息の長い研究になるでしょう」
(それじゃあ困るんだけど……まぁ将来のこと考えたら無下にもできないか)
「未来への投資は必要でしょう。クッコロ様の御許可を頂ければ、農業試験場に予算を付けたいと存じます」
ゼノンの口添えもあったので任せることにした。
「しゃあない。とうぶん必要な食糧は外国から買い付けましょう。後でリュートルさんとウェンティちゃんに相談だな」
「退避者のなかに皇都商業ギルド長ロラン殿がおります。諸外国の大商会に人脈をお持ちゆえ、顧問として招聘されるのがよろしいでしょう」
「確かウェンティちゃんのお祖父さんですよね。そちらもお任せしますので、いいように取り計らってください」
(あ~気疲れする。政治なんて柄じゃないよ)
柔軟体操をしながら廊下を歩き、肩や首の凝りをほぐす。屋敷の奥の間を起点に魔力の波動を感じた。次いで赤子たちの泣き声が聞こえてくる。
(赤ちゃんたち目覚ましたか。ギャン泣きしてるな……お腹減ったのかな)
赤子たちの部屋へ向かう途中、ケット・シー族の猫耳メイドたちがクッコロを探しにきた。涙目になっている者もいるので、だいぶ手を焼いている様子だ。
「クッコロ様! よかった、こちらにおいででしたか。皇子殿下と皇女殿下がお目覚めです。お早く」
(さて、試練と向き合うか)
助産経験の豊富なケット・シー族の老女に授乳のレクチャーを受け、知識だけは一通り仕入れた。中にはケット・シー族特有の文化なのか、意味不明な呪術的作法なども混じっていたが。
衝立の陰に入り、胸をはだけて乳房を露出。母乳が分泌されるなら消毒の必要はないらしいが、生憎クッコロは母乳が出ないので、いちおう高酒精の蒸留酒で胸一帯を消毒。転移魔法で完全な無菌状態にすることも可能だが、術の編み方が緻密すぎて面倒臭い上、皮膚常在菌を殲滅する弊害について知識がないのでやめておく。
(まぁアルちゃんの子供たちだし感染症なんて縁がなさそうだけど)
ベビーベッドの上で手足をばたつかせてむずかるアーベルトを抱き上げた。
(人におっぱい吸われるなんて、前世のベルズ陛下以来だな。秋川楓に転生してからは初めてか……光栄に思いなさいよアーベルト君)
乳首から魔力を吸うなどとんだセクハラだと当初はかなり抵抗があったものだが、授乳は赤子の情緒形成に重要な意味があると聞いた気がするので、状況を渋々受け入れる。
「ん……」
一心不乱に乳首を吸う赤子を眺めていると、愛おしさと庇護欲がとめどなく込み上げてきた。まるで自分が本当の母親であるかのような錯覚。この行為自体に、母性を触発する効果があるのだろうか。地球の知識にアクセスするすべがないので、もはや調べようもないが。
「おーよしよし。次はメルヴァントちゃんだから、もうちょい待ってね」
授乳の気配を敏感に察したのか、ベビーベッドに残された双子の妹メルヴァントが、己の存在を誇示するかのようにいっそう泣き喚いていた。
(かなり魔力吸われたけど……)
吸われても吸われても一向に魔力が枯渇する気配がない。むしろ、体の奥底からどんどん魔力が湧き上がってくるようだ。
(あまり魔力溜め込むのも健康に悪そうだな。どこか人のいない僻地か宇宙空間に行って発散したほうよくない、これ)
アーベルトとメルヴァントは満足したのか安らかな寝息を立てている。聞くところによると魔族の赤子は、魔力さえ摂取できれば生命維持に支障はないらしい。母乳はあるに越したことはないらしいが、与えなくても成長は可能なのだそうだ。
(ヴァンパイアの赤ちゃんて離乳食いつ頃から始めたらいいんだろ。ちゅうか将来は血ィ吸うのかな? まだ牙は生えてないみたいだけど)
まさに試行錯誤の育児だ。
(こんな時は物知り博士のライセルトさんに相談するか。霊薬エリクシルの素材も全部揃ったし、調合もお願いしよう)
青の月に転移し、禁書庫のライセルトを訪ねた。
「こんにちは。ライセルトさん」
「やあ。頼まれていた混沌魔晶石の合成、出来てるよ」
「こちらも闇の魔晶石、手に入りました」
「お。じゃあ全ての素材揃ったんじゃない?」
クッコロは空間収納からひときわ巨大な闇魔晶石を取り出して、ライセルトに見せた。ライセルトは闇魔晶石を一目見て色々察したようだった。
「……魔皇の核だね。やはり弱り目を狙われたか。私はかねてから、いつの日か魔皇を観星ギルドに迎え入れたいと考えていたよ。残念ね」
「あれだけ傑出した魔法使いでしたもんね」
「魔皇は五百年ほど前、あなた同様異世界からリュストガルトに召喚されたのよ。その時当直だったヴァレル爺さんやランベルと揉めたらしくてね。勧誘は不調だったの」
「昔そんな経緯があったんですか」
「気位が高いアルヴァントと喧嘩っ早いランベルは相性が悪かったしね。当時のアルヴァントはまだ雛鳥だったから、ヴァレル爺さんとランベルにこっぴどくやられたみたいよ。まぁあと百年も研鑽を積めば、アルヴァントはヴァンパイアロードに進化した可能性が高い。そしたらヴァレル爺さんやランベルとも互角の勝負になったでしょうね。返す返すも惜しい人材を亡くしたわ」
「はは……あたしも初めてここに来た時、お二方に恫喝されましたよ」
「戦ってギャフンと言わせればよかったよ。千年の当直末期で、ヴァレル爺さんもランベルもかなり衰弱してたはずだから。実際そそくさと休眠期に入ったでしょう」
「衰弱しててあれですか……まかり間違って戦ってたら、あたし今頃お空のお星様になってますよ」
「あなたの故郷の言い回し? なかなか詩的な表現ね」
クッコロは故人を偲んで闇魔晶石を撫でた。
「彼女の遺言なんです。自分の魔石核を霊薬の素材として使えって」
アルヴァントの最期を思い出し、不覚にも涙ぐむ。
「あの小柄なアルちゃんから、こんな大きい魔石核採れるなんて不思議です」
「今際の際に魔力を込めて核を成長させたんだろうね。私も随分長く生きてきたけど、これほどの品質の闇魔晶石を見たのは初めてだよ。これは調合失敗できないね」
クッコロは集め終わった全ての霊薬素材――賢者の石、世界樹の葉、龍の逆鱗、十二種の属性魔晶石を取り出してとんがり帽子の幼女に渡した。
「どうかよろしくお願いします」
「一週間ほど時間をもらうよ。私もエリクシル調合は初めてだから、慎重に進めたい。首尾よく完成したら念話で一報入れるよ」
オータムリヴァ島に帰還するとその足でディアーヌを見舞った。昏睡状態の美少女に語りかける。
「アルちゃんのおかげで霊薬の素材揃ったんだ。あと一週間頑張ってね、ディアーヌさん。もうじきマナファース病治せるんだよ。こんな道半ばで死なせないからね。一緒にアルちゃんの遺志を継いでもらう同志なんだから」




