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第57話 巨星墜つ


 念話が途切れる間際のアルヴァントの切迫した声。オータムリヴァ島の仮設領主館で商人たちと会議中であったが、何やら胸騒ぎを覚えたのですかさず転移。

「何これ……」

 一時間ほど前に滞在していた同じ場所とは到底思えない。絢爛たる宮殿の整然とした姿はそこになく、瓦礫の山と散乱する近衛兵や侍女の死体という地獄絵図がクッコロの視界に飛び込んできた。

「アルちゃん! アルちゃん、どこ?」

 大きな魔力がぶつかり合う気配。まだ戦闘が続いているようだ。急いで駆け付けると、ドリュースが二体の竜頭スケルトンと激闘を繰り広げていた。

「ノルトヴァール伯! 陛下の救出を。お早く!」

 やや離れたところにもう一体の竜頭スケルトン。ベビーベッドにのしかかり、真っ赤な何かを執拗に殴りつけていた。血の気が引く。次いで逆上。膨大な魔力を込めた拳骨で竜頭スケルトンを殴る。衝撃波に飲み込まれ、欠片一つ残さず消滅する竜頭スケルトン。

「よくも、よくも、やってくれたな……あたしの大切な親友をよくも」

 憤怒の形相で残る二体の竜頭スケルトンを睨み付ける。竜牙兵(スパルトイ)に恐れや怒りの感情があるのか定かではないが、クッコロをドリュース以上の脅威と判断したのか矛先を変えてきた。恐るべき殺傷力を秘めた手刀や尻尾で攻撃してくるが、堅牢な結界に覆われたクッコロはびくともしない。

「アルちゃんが本調子なら、あんたたち程度の雑魚なんか瞬殺なんだからな!」

 竜頭スケルトンの攻撃を受け止めるとそのまま引き寄せ、拳骨で粉砕。猛威を振るった二体の竜牙兵(スパルトイ)は、呆気なく消滅した。


 覚束ない足取りでベビーベッドに歩み寄る。変り果てたアルヴァントの姿が目に入った。震える手を伸ばし、血糊がこびりついた頬に触れた。薄く目を開くアルヴァント。

「アルちゃん! よかった……生きてた」

「……クッコロか。忙しいところ呼び付けてすまんの」

「こんな時まで冗談言わなくていいよ」

「諧謔心なき人生は空疎であろ」

「まぁそうだけどさ。遅くなってごめんね」

「そなたはこれ以上ないくらい早かったぞ。妾がへまをやらかしたまでじゃ。――子供たちは無事か?」

 アルヴァントの体の下に、半透明の結界に包まれたアーベルトとメルヴァントの姿が見えた。

「大丈夫。二人とも無事だよ」

「さようか。意識が飛びそうになる中、乏しい魔力をかき集めて結界を張ったのじゃ。間に合ってよかった」

 クッコロが眉を顰めた。

「アルちゃん、かなり重傷だよ。体の再生なかなか始まらないな……ヴァンパイア族だから回復魔法と相性よくないんだっけ? 前みたく強化魔法かけようか?」

「いや……魔石核を損傷した。残存魔力も枯渇しつつある」

 その言葉が意味するところは無情だった。

「そんな……」


 宮殿の騒擾を聞きつけた重臣たちが集まってきた。宰相ゼノンや魔将カルマリウスの姿もある。

「こ、これは一体?」

「乱心めされたかノルトヴァール伯」

「おのれ! よくも陛下を……逆賊クッコロ・メイプルをひっ捕らえよ!」

「静まれ」

 アルヴァントが掠れる声で叱咤。クッコロの介助で上半身を起こす。

「クッコロは襲撃者を撃退し、妾の子供らを救ってくれた英雄ぞ。早合点いたすな。妾に刺客を差し向けた真の逆賊は、オーク族のガルシア」

「なんと……」

「奸物め……本性をあらわしおったな」

「許さぬ……」


 いつしか重臣たちはアルヴァントを囲繞するように跪き、頭を垂れた。皆、アルヴァントの余命が幾許もないことを察したようだった。

「メーベルトはおるか」

「この場にはおりません」

「ふむ。未だガルシアの刺客と交戦中のようじゃな」

 クッコロが立ち上がる。

「あたし、メーベルトさん連れてくるよ」

 結界玉でメーベルトの位置を捕捉し、転移魔法を発動。


 竜牙兵(スパルトイ)の一体を撃破したものの、残る一体に手こずる魔将メーベルト。アルヴァントの弱体化や負傷の影響が、眷属である彼にも及んでいる様子だった。

「メーベルトさん! アルちゃんが」

 竜頭スケルトンと激戦を演じつつ返事するメーベルト。

「ノルトヴァール伯か。状況は把握している」

「魔皇陛下の臨終を看取るのはあなたの役目ですよ、皇配殿下」

 竜牙兵(スパルトイ)が邪魔するなとばかりに咆哮。

「うるさい!」

 怒れるクッコロの回し蹴りで、一瞬にして木っ端微塵となる竜牙兵(スパルトイ)

「さすがだな……」

「転移します」


「遅かったの、メーベルト」

「我が君……」

 横たわるアルヴァントを抱きしめるメーベルト。

「不甲斐なきこの身をお許しください。拙者が盾となるべきであったに」

 メーベルトの髭面を愛おしそうに撫でるアルヴァント。

「そなたと共に歩んだ三百年余、充実した日々であった。国を興し、子も成した。子供らに片親だけでも残してやりたいところではあるが、妾が死ねば眷属のそなたも死出の旅路の道連れとなろう」

「望むところ。どこまでも御供仕ります」

「さようか。冥界とやらが存在するのか知らんが、向こうでまた一旗揚げるのも一興じゃな。向こうにはフェンリルのラジールやサキュバスのシャールランテなどもおる。皆を率いてひとつ冥界を蹂躙してやるか」

「さすがは我が君。気宇壮大ですな」

 アルヴァントがクッコロを見詰めてきた。宰相ゼノンが書記官に目配せ。アルヴァントの遺言を一言一句違わず記録するのだろう。

「クッコロに頼みがある。アーベルトとメルヴァントをそなたの養子にしてやってはくれまいか」

「それは……あたしには荷が重いよ」

「友達の遺言じゃぞ。頼まれてくれ。あの子らを託せるのはそなたしかおらぬ、我が友よ。そなたが引き受けなければ、あの子らは身寄りのない孤児となるまでじゃ」

「……ずるいよ、その言い方」

「ふふふ――狡猾でなければ魔皇など務まらぬ。なに、養育は子供らが成人するまででよい。その後の人生はあの子ら次第じゃ。市井の庶民として平穏に生きるもよし、妾と同じ血塗られた覇道を歩むもよし」

 しばしの沈黙。事が事だけに、日頃は太平楽な言動が目立つクッコロとて逡巡する。

「現実問題として、あの子らへの授乳に耐えられそうな魔力の持ち主が他におらんのじゃ。――してみると妾の晩年においてそなたと友誼を結べたのは、まさしく天の配剤であったのやもしれんな。どうか、あの子らの養母になってやってくれ」

「分かったよ。あたしなりにやってみる」

 アルヴァントの目尻から頬へ伝うものがあった。初めて見る彼女の涙だった。

「ありがとう。持つべきものは友じゃな」

「育児なんてしたことないのに」

「そなたを補佐する者が大勢おるであろ。ミリーナ然りディアーヌ然り――そうそう、ディアーヌの治療に必要な霊薬素材は、闇魔晶石を残すのみだったか?」

「うん」

「妾の核を利用するがよい。おそらくは闇属性の魔晶石に成長しておろう。多少損傷があっても、素材として使えるであろ。あの娘も妾に尽くしてくれたからの、ほんの心ばかりの置き土産じゃ」

 ここでクッコロの涙腺が決壊した。

「後でディアーヌさん号泣しちゃうよ、今の話聞いたら」


 次に宰相ゼノンが呼ばれた。

「そなたとも長年苦楽を共にしたの。随分助けてもらった。感謝しておる」

「勿体なきお言葉。私などメーベルト殿、ラジール殿、シャールランテ殿といった陛下の柱石たちに遠く及びませぬ。ご迷惑をかけてばかりで」

「謙遜いたすな。社稷の事はそなたに後事を託す。せっかく苦労して作った魔族安住の地じゃからな。妾亡き後、すぐに魔皇国が瓦解するのも忍びない」

「浅学非才の身ですが、身命を賭して事に当たります」

「次代の魔皇だが、妾の血統に拘る必要はないぞ。適任者がおれば誰であれ登極させるがいい」

 慟哭する老宰相。つられるように周囲の重臣たちも噎び泣く。

「……眠くなってきた。名残は尽きぬが永訣の時が近いようだ。メーベルト、子供らを抱かせてくれ」

「は」

 アルヴァントは慈愛に満ちた表情で、アーベルトとメルヴァントの額にキスをした。

「二人とも健やかに育つのじゃぞ。クッコロ養母上に親孝行してやれよ。――メーベルトよ、先に逝くぞ。さらばじゃ皆の者」

 言い終えるや全身が急速に色褪せ、蝋人形のようになった。やがて白い人形は脆くも崩れ去り、後には粉末の山と、巨大な漆黒の魔石核が残った。

「拙者もすぐに参ります」

 メーベルトに促され、赤子たちを両手に抱くクッコロ。

「クッコロ殿、後を頼む」

 クッコロが無言で頷いた。

 メーベルトもまたアルヴァントと同じ過程を経て、白い粉末と魔石核へと変貌を遂げた。



 ゼノンが立ち上がって宣言した。

「魔皇陛下は崩御あそばされた。魔皇位はしばし空位となる。悲しみに打ちひしがれている暇はないぞ各々がた。情勢は逼迫しておる」

「すぐに兵を掻き集め、弔い合戦だ! オーク族を根絶やしにして陛下の御無念を晴らすべきだ」

「頭を冷やせ。それこそガルシアの思う壺であろう。今頃周到に我等を排除する計略を巡らせているはずだ。数日後には彼奴が魔皇を僭称することになりかねんぞ」

「私は皇都を放棄すべきと考える。憲兵のオークどもはリスナルの地理に精通しているだろう。この都で彼奴等と市街戦などあまりにも不利だ」

「陛下は血統に拘泥するなと申されたが、やはり旗印は必要だと思う。各地の遺臣を糾合するためにも、皇子殿下もしくは皇女殿下を擁立していくのが最善の策ではないか」

(勝手な事を……アルちゃんの意向だから、子供たちが成人するまで政治には関わらせないよーだ)

「ガルシアもその辺りはわきまえておろう。当然両殿下の捕縛か殺害を企図してくるはずだ」

「両殿下には早々にリスナルから落ち延びていただかねばならんな。すぐに行動しよう」

「待て。私の手の者から報告があった。既にガルシア軍は皇都の全城門を封鎖し、蟻の這い出る隙もないとのことだ」

「ここはゼラール帝国の故事に倣うか。かの大帝はザイルの乱の折、この都の地下水路網を使って脱出したと聞く」

「しかし地下水路網の全貌を把握している者がおらんぞ。知見を集積しているといえばリスナル冒険者ギルドだが、今のギルマスのティゴットとやらはガルシアの飼い犬であろう」

「ではどうする? 皇城のいずれかに籠って、来援を待つか?」

「どこから援軍が来ると申すか」

「南方エスタリスの魔将ルディート、北方の魔将マルヴァース、東方レグリーデ要塞の魔将グルファンあたりが動けるのではないか?」

「マルヴァース殿とグルファン殿は、それぞれ任地で敵国と対峙しておる。すぐに動くのは難しかろう」

「となると、当面頼みの綱はエスタリス総督のルディート老将軍か」


(そりゃあお偉いさん方には責任あるんだろうけどさ……なんかもやっとするな)

 議論百出で紛糾している。クッコロは我関せずで、アルヴァントとメーベルトの遺灰(?)集めに専念していた。魔族と人間では感性や価値観が違うのかもしれないが、主君の遺灰そっちのけで舌戦を展開する重臣たちに釈然としないものを感じる。

(アルちゃん……)

 アルヴァントとメーベルトの魔石核と遺灰を空間収納に仕舞う。ほんの数時間前まで和気藹々と談笑していた友人が、今は世界の何処にも存在しない。なかなか気持ちの整理がつかなかった。

(オータムリヴァ島の見晴らしのいい岬に、メーベルトさんと一緒に埋葬したげるね。アルちゃんあの島に離宮建てたがってたもんね)

 魔皇夫妻の忘れ形見アーベルトとメルヴァントは、温暖なオータムリヴァ島で育てることにしよう――そう考えている。

(それならいつでもお父さんとお母さんのお墓参りできるし。アルちゃんも近くで二人の成長見守りたいでしょ)

 物思いに耽るクッコロの傍らに、いつしか褐色肌の色男ドリュースが控えていた。

「クッコロ様、やつがれめもお連れください。やつがれはアーベルト殿下とメルヴァント殿下の眷属でございますゆえ」

「分かった。二人の護衛よろしくね」

「は」

 クッコロは双子の嬰児を両手に抱いてすっくと立ちあがった。

「ノルトヴァール伯? 如何なされた」

「とりあえずこの子たちの安全確保のために、オータムリヴァ島に転移します。皆さんも来ます?」

 どよめく魔皇国の重臣たち。

「転移……では噂通り、貴殿は伝説の時空魔法の遣い手なのか」

 色々と質問攻めにされたが、一切合切無視して転移した。


(この先アルちゃんいないのは寂しいけど、この子たちはあたしが責任持って未来へ連れてくよ。見守っててね)


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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