第53話 光明
「仰る意味がよく分かりません」
ひとまずしらを切って反応を見る。
「……ふむ。儂の勘違いかの。失礼した」
深く追及するつもりはないらしく、あっさり引き下がるクリーガー。
「ところでお前さん、なかなかの目利きじゃな。一山なんぼの中からその籠を買い求めるとは。儂もそれには目を付けておったんじゃが。なに、譲れとか無粋なことは言わんさ。早い者勝ちじゃからの」
見たところ他意はなさそうだ。同好の士に飢えている趣味人といったところか。
「立ち話もなんだしどうだね、そのあたりの茶店にでも入らんか? 蚤の市常連同士、情報交換といこうじゃないか」
(むぅ、常連認定される要素あったっけ? ちゅうかナンパかこれ?)
「ええと、僕男ですよ?」
注意喚起してみる。
「? 見りゃ分かるが」
(……もしかしてそっちの趣味の人?)
恐るべき妄想に怖気をふるうウェルス。いざとなれば転移魔法でとんずらだ。
(まぁ枯れたお爺ちゃん相手に杞憂か)
大帝という事例もあるので油断はできないが。ベルズ十五世は晩年も数百人の美姫を侍らせ、子孫繁栄のため励んだ猛者らしい。リスナルの図書館で想い人に関する書籍を読み漁った際、大帝の後宮事情に焦点を当てた文献を見付け、思わず苦笑いしたものだ。
(あたしは少年の頃の陛下しか知らないからなぁ。お爺ちゃんになったベルズ陛下なんて想像もつかないや。随分お盛んだったみたいですね、陛下。英雄色を好むって言うしね)
今にして思えば、少年時代にその片鱗はあったのだろう。ザイル大将軍の反乱という危地にあってさえ、童貞のまま死にたくないと嘆いていた人だ。
(正史じゃいちおうあたしが正妻ってことになってるらしいから、ここは憤慨するところかね?)
現代日本の庶民感覚で、前時代の帝王の貞操観念を糾弾するのもどうかと思うが。
「何ぼーっとしとる。ほれ行くぞい」
クリーガーの言葉で追憶から引き戻された。
ウェルスが辟易するほど魔道具の蘊蓄を熱く語るクリーガー老人。後半は理解を断念して聞き流した。戦利品を見せてくれとせがまれたので、先程露店で購入したガラクタの籠を見せる。単眼ルーペを装着し、ウェルスそっちのけで観察に没頭。
(帰りたい……)
「なんと見事な積層魔法陣じゃ。お前さん見所あるのぅ。これに目を付けるとは」
「いえ、僕のお目当ては動力源の魔晶石でして」
「なんじゃい。そっちか」
懐中の魔法袋をまさぐるクリーガー。テーブル上に転がる二つの大きな魔石。
「え? もしかして魔晶石ですか……」
「お若いの、物は相談じゃが。儂の魔晶石とお前さんの制御盤パーツ、等価交換してもらうわけにはいかんかのぅ」
「等価交換って……明らかに魔晶石のほうが高価なんじゃ? いやまぁ僕としては願ったり叶ったりですけど」
「魔道具職人の儂にとっては、その制御盤に刻まれた魔法陣こそ何物にも代え難い至宝じゃよ。そこには先人たちの創意工夫が詰まっとるからの」
(現代地球で言う半導体の集積回路設計みたいなもんか)
とまれクリーガーが納得しているならウェルスに否やはない。
「このガラクタ――もとい制御盤パーツとやらに内蔵されてる魔晶石も、僕が頂いて差し支えありませんか?」
「構わんよ。もとよりそのつもりで提案しておる。よしよし、取引成立じゃな」
(やった。一気に三つゲット。早く帰ってライセルトさんに鑑定してもらおっと)
茶を啜るクリーガー。
「ウェルス君は魔法学院の学生さんかの?」
「いえ。いちおう冒険者です。木級の駆け出しですけどね」
「意外じゃのぅ。荒事とは無縁な学究肌に見えるが。――魔法学院への推薦状は必要かね? お前さんにその気があるなら一筆したためるぞい。あそこの学院長とは旧知の間柄でな」
曖昧に笑うウェルス。
「そのうち気が向いたらお願いします」
「冒険者活動で面白い魔道具が手に入ったら、儂の店に持ってくるといい。タダで鑑定してやるし、色を付けて買い取るぞい」
「やたら気にかけてくれますね。初対面なのに」
「儂も商売人の端くれじゃからの。有望株には先行投資しておかんとな。ほっほっほ」
(まぁいいや。この人魔道具に造詣深いみたいだし、誼を結んでおいて損はないか)
「ところでウェルス君も冒険者なら、あの噂を耳にしておるかね?」
「あの噂?」
「マーティス海のなんとか言う離島で新しいダンジョンが発見されたらしい」
「へーそうなんですか」
(リスナルの魔道具屋さんなんなら把握しててもおかしくないか)
「儂もセルメストに出張って来てから耳にしたんじゃが、相当な規模のダンジョンらしい。どんなオタカラが出てくるのか楽しみで仕方ないわい」
(もうリグラト王国まで情報伝播してるんだ……冒険者ギルドが一枚噛んでるだろうし、さもありなんか)
かつてリスナル冒険者ギルドのサブマスでもあったランタースから聞いたところによると、冒険者ギルド総本部には情報収集と分析の専門部署があって、多くの専門家が従事しているらしい。その規模と実力は、列強諸国の情報機関を凌ぐほどだという。
(冒険者ギルド総本部か……油断ならなさそう。感応の指輪みたいな便利アイテムもあるのかもね)
クリーガーと別れて青の月に転移しようとしたところ、アルヴァントから念話が入った。
『このところ音沙汰がない故どうしたのかと思ってな。ディアーヌを欠いて領地開発の差配も大変であろうが、偶には顔を出すがよい』
『ごめんごめん。いくつか報告もあるから、今からお邪魔してもいい?』
『相変わらず機敏な奴じゃ。よかろう。茶席を設えて待っておる』
いつもの東屋に転移し、待ち構えていた侍女の案内でアルヴァントの居室へ。挨拶もそこそこに人払いがなされ、アルヴァントと差し向かいになる。
「久しぶりじゃな。妾のほうも戦後処理の決裁が山積しておっての。そなたとゆるり語らう時間がとれなんだ」
「戦後処理? あ、東方の戦か。決着ついたんだ」
「うむ。我が方の大勝利じゃ。ゴルト・リーアの宿将ゲルネスタを討ち取り、敵の兵站に痛撃を与えて、最も厄介な軍師ドルティーバを敗走せしめたという」
「なかなかの戦果っすね。情勢落ち着くといいね」
「東方の三馬鹿どもがこの程度で悔い改めるような殊勝なタマならば、こちらも苦労はないのじゃが。まぁ戦狂いのアルベレスめも暫くは大人しくなるであろ。カルマリウスはよい仕事をした。あの者は妾の麾下随一の戦巧者じゃ。祖母のシャールランテ・フォルダリアも見事な采配をしておったが。軍事的才幹も遺伝するのかの」
その名には聞き覚えがあった。
(その人、フォルド連邦の姫将軍じゃなかったっけ。確かアルネ元帥の好敵手とか騒がれてたよね)
トルーゼン城を攻め落とし、前世の友人ナーヴィンを戦死させたのもシャールランテ将軍だったはずだ。
(ふぅん、魔将カルマリウスさんてシャールランテ将軍のお孫さんなのか)
「いずれ皇都に帰還した暁には、盛大な凱旋式典を催して労ってやらねばの。クッコロも参列するのじゃぞ」
「賑やかし要員ということならまぁ、はい。――ところでその後、ディアーヌさんの病状はどんな感じ?」
アルヴァントの顔が曇った。
「芳しくはない。が、今のところは小康を保っておる」
クッコロは空間収納から紙片を取り出し、アルヴァントに見せた。訝し気に目を通すと瞠目結舌の様子。
「これは……霊薬エリクシルの調合に必要な素材とな」
「あたしの先輩が、材料さえ揃えばエリクシル作れるみたい。調合の手順は極秘で開示できないみたいなんだけど」
「先輩というと、ミリーナ先輩か?」
「違う違う」
「むむむ、いろいろ問い詰めたいところではあるが、今は何も訊くまい。――どれもこれも稀少素材じゃな」
「なんにせよディアーヌさんのマナファース病治療する希望出てきたわけだから、ここしばらく素材集めに東奔西走してたってわけ」
素材集めの進捗状況をアルヴァントに説明する。
「魔晶石ならば、妾もいくつか所有しておるぞ。皇城の宝物庫に収めておる」
「おお?」
「ディアーヌの為ならば喜んで供出しよう。今持ってこさせる」
蟀谷に指をあて、何処やらへ念話を放つ様子。ややあって褐色肌の精悍な男が音もなく現れ、部屋の隅に控えた。
「お検めを、我が君」
「ご苦労じゃった。下がれ」
「今の人って【首狩り】とかいう暗殺者じゃなかったっけ?」
「憶えておったか。なかなか便利な男での。席の暖まる暇もないほど使い倒しておる。つい先日も連絡員として東方の前線に派遣しておったしの」
「過労死しちゃうよ」
「妾の眷属じゃぞ。不眠不休で働いたとて、死ぬことも疲れることもないわ」
アルヴァントが腹をさすりつつ言った。
「あの者は生まれてくる妾の子に譲渡するつもりじゃ」
苦笑するクッコロ。
「まさに道具扱いだね」
「いずれ妾は産褥でかなり弱体化すると思う。その間、眷属二体を維持する魔力の余裕がなくなるからの。――さて、魔晶石を検めようぞ」
属性がいまいち判別できないクッコロに代わり、アルヴァントが鑑定してくれた。
「妾が持っておるのは、氷、光、空、闇じゃな」
「レアなの持ってるねぇ。闇の魔晶石持ってるんだ」
「空と闇と氷は、昔討伐した魔物から入手した。光は、かつて引見した【氷統】という二つ名の冒険者から献上されたものじゃ」
クッコロがセルメストの蚤の市で手に入れたものは、土と木と水と判明した。
「一つも種類が重複しないとは素晴らしい。そなたの日頃の行いの賜物かの」
アルヴァントが譲ってくれた四種の魔晶石。青の月に在庫があった賢者の石と龍の逆鱗。ザファルトの顎で入手した火。海賊島オークションで入手した風と鉱と雷。
「残すは世界樹の葉と混沌の魔晶石かな」
「厄介なのが残っておるの。まぁ今は茶を楽しむとしようぞ」
まったり茶を喫しつつ、互いに近況報告。
「そういやエリクシル素材集めの途中、こんな面白アイテム手に入れたんだけど」
アルヴァントにトランスリングを見せる。なんだかんだ言いつつ、トランスリングの奇天烈な効果の虜になっているクッコロであった。
「ほう。どのように使うのじゃ」
「装着して魔力を込めると宝玉が光るの。そしたら作動するみたい。やってみせるね」
嬉々として実演してみせたところ、アルヴァントが盛大にお茶を吹いた。
「アルちゃん大丈夫?」
「またとんでもない代物を拾いおって……」
「この姿の時はウェルス・リセールって名乗ることにしたよ。よろしく」
じろじろとウェルスを観察するアルヴァント。
「次はそなたの子種を所望するのもありじゃな」
「恐ろしい事言わないで! 新婚ホヤホヤで浮気したら皇配殿下がお気の毒ですよ」
「しからば妾が男となり、クッコロを身籠らせるというのは如何か。これならばギリギリ不貞の誹りを回避できよう」
「あまり回避できてないような……」
「そもそも妾が愛人を囲ったとて、それを糾弾する者がこの国におるはずもなかろう。妾は魔皇ぞ。ほれ、その指輪を貸してみよ」
慌ててトランスリングを外し、空間収納に仕舞うクッコロ。
「アルちゃんの魔力なら問題なくこの指輪使えそうだけどさ、今はやめといたほういいって」
「固いことをぬかすでない。友達であろう」
「いやほら、妊婦がへたに性転換して胎児に悪影響あったら大変じゃん。こんなしょうもない事で流産なんかしたら、あたしもうアルちゃんに顔向けできないよ」
「む……さようか。さようじゃの。少しばかりふざけ過ぎたようじゃ。許せ」
どうやら諫言が届いたようだ。安堵の吐息。
「まぁアルちゃんがトランスリング使ったら絶世の美少年なりそうで、見てみたい気もするけどさ」
しめしめと微笑む魔皇。
「出産後の楽しみにとっておくかの」




