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第52話 ボーイ(仮)・ミーツ・ガール


 リグラトの王都セルメストは前世を通じても訪れたことのない街だった。転移門をセルメストの要所要所に設置しておくと、今後なにかと活動しやすいだろう。下見がてら結界玉を向かわせ、さっそく転移扉を開こうとした。

「待った。せっかくトランスリングを手に入れたんだから使うといいよ」

「男に変装(?)して行けと?」

 頷くライセルト。

「リグラト王国はアルヴァント魔皇国を仮想敵国と見做しているよ。リスナルの宮廷にも間諜は入り込んでいるはず。あなたは魔皇の腹心として注目されている可能性がある」

「むぅ」

「魔皇の腹心がセルメストで暗躍を始めたら、きっと外交問題になるね」

「そんな目敏い人いますかねぇ」

「リグラト王国は魔法界隈の老舗だからね。宮廷魔法士団長とか魔法学院長とか、なかなかの曲者がいるよ。用心に越したことはない」

 ライセルトの言葉に違和感を覚えるクッコロ。

「外交的立場を斟酌してくれるとか、えらく魔皇国に好意的なんですね。観星ギルドは公正中立なのかと思ってました」

「ギルドメンバーのあなたが肩入れしているしね」

 それを言うならば、リグラト側にもギルドメンバー肝煎りの組織が二つあるではないか。ジト目を向けるとあっさり本音を白状した。

「実を言うと、あなたにトランスリングを使わせる口実ね。あんな面白い玩具、死蔵させとくのはもったいない」

「えぇ……」

「そんな顔しないで。一応メリットもあるよ。トランスリングはかなりの魔力を消耗するから、封魔の頭巾と隠形の外套の代用になる」

「魔力欠乏に陥りませんかね」

 ライセルトが首を振る。

「やはり無自覚なのね。あなたは時空魔法の遣い手だから、無数の並行宇宙からいくらでも魔力を汲み取れる。事実上無尽蔵だよ。今のところ魔力回路の細さがボトルネックになってるみたいだけれど。星核への魔力供給だけではとても追いつかないから、どんどん浪費するべき」

 魔力滞留の弊害を理路整然と説かれ、渋々トランスリング使用に同意するクッコロ。

「適当な偽名と架空経歴(カバーストーリー)を用意しておくといいよ」

「そうですね。男物の服も準備しなきゃなぁ」

(ベルズ陛下似のイケメンなのに、水高女子制服着てたら残念すぎるもんね……)


 転移したクッコロを見送り、一人悦に入るとんがり帽子の幼女。

「なかなか面白い子だね。行動が読めないから見てて飽きないよ。案外、次に開闢して五柱目への階梯を上るのは、ワールゼンでもリカルドでもランベルでもなく、あの子かもね」



 皇都リスナルの古着屋で書生風の衣服を買い揃え、いざリグラト王国の都セルメストへ。都市のあちこちに森林があったので、人気のない森の一つを選んで転移扉を開いた。

(いちおうこのキャラ用の身分証作っとくか。官憲に絡まれた時面倒だし)

 という訳でまずは冒険者ギルドへと向かうことにした。



「姫様、傷を負っておりませんか?」

「大丈夫よ。ルゼットが盾になってくれたわ」

 シャーリィを庇って敵の矢を幾本も受け、事切れた女騎士の遺体を一瞥。ルゼットはシャーリィが幼い頃から常に側らに侍り、一番の友人でもあった。嗚咽をこらえる。感傷に浸っている暇はなかった。

「鏃に致死毒が塗られております。ご注意を」

 弓箭による不意打ちで乗馬を失い、護衛騎士もリファルガンとマティスタの二名を残すのみ。

 木々の間から黒装束の刺客たちが姿を現す。十重二十重に包囲されていた。黒装束たちの額の刺青に目を留めるマティスタ。

「蠍の紋章……アサシンギルドか」

「私が血路を開きます。森を抜ければ衛兵詰所は目と鼻の先。マティスタ、姫様を頼んだぞ」

「承知」

 護衛騎士たちはもはや無駄口を叩かず、シャーリィを生存させるべく、行動の最適化に全神経を注いでいる様子だった。シャーリィは涙を拭って言った。

「そなたらの忠義、終生忘れません」


 リファルガンもマティスタも武勇に優れた選りすぐりの戦士だった。その両名が生命力を魔力に還元する禁じ手の身体強化を発動。己の生存など一顧だにせず掉尾の勇を奮う。

 黒装束たちも然る者で、仲間が何人斬殺されようと怯まず、屍を乗り越えて襲いかかってきた。

「行け!」

 リファルガンが叫んだ。囲みを破って離脱するシャーリィとマティスタ。敵の追撃を掣肘するリファルガン。獅子奮迅の戦いを演じていたが、やがて重囲に陥って滅多斬りにされ、斃れた。


 あと少しで森を抜けるという所で、鉄鎖を振り回す黒装束たちが行く手を塞いでいた。マティスタが決死の戦いを挑むも剣を搦め取られ、鉄球に頭を砕かれて絶命。

 震える手で健気に短剣を構えるシャーリィ。

(暗殺者の手にかかるくらいなら、いっそ……)

 シャーリィが自害を決断しかけたその時、緊張感の欠落した声がした。

「なになに、強盗? おまわりさん――じゃない衛兵さん呼んできましょうか?」

 思わず目を剥いて声の主を見た。書生のような身なりの黒髪の男。少年か青年か微妙な年頃だ。

「あなた! 逃げなさい!」

 無駄と知りつつ警告する。柴刈りか茸採りかはたまた散歩の途中か知らないが、運悪くこの惨劇に出くわしてしまった近所の住民だろう。不運な目撃者は、口封じに消されるに違いない。

 果たして舌打ちした黒装束たちが、黒髪の書生に襲いかかる。鉄鎖が四方八方から殺到し、無抵抗の書生を雁字搦めに縛めた。大きな鉄球が書生の頭を砕くかと見えた次の瞬間、頭突きによって逆に粉砕される鉄球。

「なっ?」

 鉄鎖の束縛を無造作に引きちぎり、衣服の埃を払う書生。すかさずシミターを振りかざして数人が斬りかかるも、徒手空拳の書生に悉く撃退され、死体の山を築く。一見軽く殴った感じだが、黒装束たちの死体の損壊ぶりは尋常なものではなかった。

「闖入者は後回しだ。標的を先に始末しろ」

 リーダーらしき男の指示が飛ぶ。書生の排除が一筋縄でいかないと見て、当初の目的を貫徹する方針に立ち返ったらしい。

 シャーリィの前に立ちはだかる黒装束。瞳に映る凶刃。時間がゆっくり流れるような錯覚。

(殺られる)

 己に突き立てられるシミターを想像して固く目を閉じる。が、痛撃はなかなかやってこない。恐る恐る目を開くシャーリィ。

「あの、大丈夫です?」

 黒髪の書生がシャーリィを抱きかかえていた。端正な顔が間近にある。顔が火照るのを感じた。

「あ……だ、大丈夫です。離して」

 か細い声で懇願。

「おっと、すみません」

 空気を読まない毒矢が二人目掛けて多数飛来。が、見えない壁に阻まれ弾かれる。

(すごい……なんて強固な結界なの)

「おのれ……引け!」

 黒装束リーダーの忌々しそうな下命。

「残念ですが、この子の当面の安全確保のため、ここで殉職してくださいな」

 書生がそう呟いた次の瞬間。何をどうしたのか、黒装束たちの首が書生の足元に転がり、首なし死体が森のそこかしこに折り重なった。


(あちゃ~、いきなりやっちまった感半端ないんですが……最近行く先々でトラブルに巻き込まれてるよね。そういう星の下の生まれだっての?)

 恨めし気に天を仰ぐクッコロ。

「あ、あなたはいったい……」

 賊に襲われていた銀髪令嬢が震える声で言った。

「ええと、なんかこのままここにいたら厄介事になりそうなんで、あた――僕消えますね。近隣に潜んでいた敵性体は殲滅したと思いますので、いちおう安全なはずです。後はすみませんが、ご自分でなんとかしてください」

「危ういところを助けていただき感謝致します。わたくしはシャーリィ・サルークと申します」

 銀髪令嬢の優雅なカーテシー。目上の者への礼法らしいが、この場合は恩人への表敬といったところか。

「よろしければ、御尊名を伺いたく存じます」

「いえいえ、名乗るほどの者ではありません」

 謙虚にそう答えてみたものの、内心冷や汗ものであった。

(ヤバ……男の偽名まだ考えてなかったよ)

「そこをなんとか」

 シャーリィが食い下がって来た。

「ええと……ウェルス・リセールといいます」

(咄嗟にベルズ陛下のお名前参考にしちゃったよ。まぁ陛下に似てるし、この偽名でいくか)

「ウェルス・リセール様……外国からいらした留学生の方でしょうか? 失礼ながら、家名持ちということは、しかるべき家柄の御方ですのね」

「そんな大層な者じゃないです」

 これ以上悠長に会話して、馬脚をあらわすこととなっては不味い。

「すみません、僕はこのへんで失礼します。さよなら!」

 恩に報いなければ当家の沽券にかかわると、さかんにウェルス(クッコロ)を引き留めようとするシャーリィだったが、ウェルス(クッコロ)はそそくさとその場を離れ、立木の陰に入ると転移した。



 転移門設置場所を見繕いつつ冒険者ギルド総本部に向かい、ウェルス・リセールでの冒険者登録を行った。この度は所持金も潤沢なので入会金を納付し、実技試験は免除となった。

(おし、身分証ゲット。クッコロさんのとウェルス君のと冒険者証二枚になったから、間違えないようにしないとな……)

 些細な不注意が、またぞろ面倒事の種にならないとも限らない。

(さてと、噂の蚤の市とやら見に行きますか)


 セルメストの街を適当に逍遥しつつ、レイドス広場というところにやってきたウェルス。ここで蚤の市が開催中とのこと。

 レイドスというのは昔の国王の名らしい。王都各所に著名な十二人の王名を冠した広場があって、ランドマーク的な目印となっていた。

 歴代リグラト国王は世襲ではなく、選王十二公と呼ばれる大貴族たちの互選によって即位し、十二年の任期が設定されているという。

(やたら十二が好まれるのは、やっぱ十二柱教団に因んで験担ぎしてるのかね)

 リグラト建国は、中原の巨大帝国ゼラールに対抗するべく、大陸西方の十二の小国を糾合したのが始まりらしい。それぞれの利害関係を調整する妥協の産物として、こうした国家形態が編み出されたのだろう。

(おお、露店がいっぱい。お祭りみたいでテンション上がるな)

 ウェルスは屋台料理を買い食いしつつ、様々な露店を見て回った。


 魔石を専門に扱う露店がいくつかあった。しかし、陳列された商品の中に魔晶石の品質に届くものはない。

(そうそうすんなりとは見つからないか)

 メイド長メアリの言葉を思い返す。

(魔石ってのは魔力の結石的なこと言ってたよね、メアリさん。んで、高濃縮で高純度なやつが魔晶石に成長すると)

 つまり量子力学的には魔素が基底状態にあるわけだ。

(仮に広場のどこかに魔晶石があるとして、魔力波走査あてたら表層が励起状態になったりしないかな? 検知しやすくなりそうだけど)

 ウェルスは悩んだ。試すべきか自重すべきか。

(生兵法は大怪我の基とは言うけれど……えい、いっちょいったれ! 女は度胸だ! ……今は男の子だけど)


 広場中央のレイドス王騎馬像の下までやってきたウェルス。出力を微調整しつつ、全方位に魔力波を放つ。

(お? それっぽい反応あるな。これはひょっとして大成功かな)

 雑踏をかきわけ反応を検出した場所にやってくると、用途不詳のガラクタを十把一絡げで販売している露店があった。茣蓙に座って煙管をくゆらす店主に声をかける。

(当たりだ。あの籠の中、魔晶石で間違いなさそう)

「おじさん、商品見ていい?」

「バラ売りはしねえぞ。買うなら籠一つまとめて買ってくんな」

「この籠はおいくら?」

「銀貨八枚だ。一枚たりともまけねえぞ」

 安いと呟きそうになって慌てて言葉を飲み込んだ。足元を見られて商談が不調となっては事だ。

(ただでさえ心理的な駆け引きは苦手だもんね、あた……僕)

 一人称の適宜使い分け程度できないようでは、今後の活動にも支障をきたすだろう。慣れなければ。

(そのうち僕っ娘なったりして)

 蚤の市では値切り交渉も文化のうちらしいので様式に則ってごねてみたが、予想通り素人ぶりを看破され、鼻先であしらわれた。

(このおじさんの鑑定眼も商人としてどうかと思うけど、まぁ普通の人は魔力波走査とかやらないのか)

 結局、言い値の銀貨八枚で購入。ホクホク顔のウェルス。


 露店を離れたところで肩を叩かれた。振り返るとドワーフの老人が立っていた。

「ええと、どちら様でしょう?」

「突然失礼。儂ぁクリーガーと申す者じゃ。中原のリスナルという街でちっぽけな魔道具屋を営んでおる」

「はぁ。魔道具屋さんが僕に何かご用ですか?」

 クリーガーが興味深そうにウェルスを見詰めてきた。

「……今しがたのでたらめな魔力波走査、ありゃお前さんの仕業かの?」


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