第50話 トランスリング
(昔料理動画見といてよかったよ)
日本にいた頃、勉強の合間に気分転換で様々なネット動画を視聴したものだが、この時得た雑学が奏功した。
「俺の好物をよくぞ看破したもんだ。ノルトヴァール伯爵家の情報収集力を舐めてたぜ。おみそれした」
(好物だったのか。まぁ偶然なんだけど、うちの株上がったっぽいし黙っとこ)
会食で共に円卓を囲むランタースとウェンティではなく、給仕メイドとして後ろに控えるクッコロを見据えるリュートル。
「金や武力、或いは権柄ずくで服属を迫って来たら、思いきり臍曲げてやろうと思ってたんだが。まさか胃袋を掴みにくるとはな。気に入ったぜ、ノルトヴァール伯クッコロ・メイプル」
「あたしただのメイドですけど……」
呆れ顔のリュートル。
「試されてると踏んでたんだが、まさか変装しおおせてるつもりだったのか?」
「……バレバレでしたか」
「お宅ほどじゃあねえかもしれんが、うちにだってそれなりの諜報網はある。そもそもお前さん、隠す気なんて端からねえように見えるぞ。以前カモメ亭で一度会ってるだろ。あの時もクッコロ・メイプルって名乗ってたじゃねえか。本名か偽名か知らんが。それに――お前さんの気配は忘れたくても忘れられん」
クッコロは頭を掻いた。
「その節はどうもです」
「ダルシャールあたりの裏社会の大物と踏んでたんだが、まさか魔皇国の貴族様だったとはな」
「裏社会って……あたしがその筋の人間に見えるって仰るんですか?」
水丘高校では品行方正な優等生で通っていたのだが。
「いや、どこぞの組織の総帥だとか仄めかしてたじゃねえか。カモメ亭会談の時、お前さんの側近の金髪娘がよ」
(アルちゃんめ……)
あまり設定を盛ると整合性に難儀するので、ほどほどにして欲しいものだ。
「ま、いろいろ謎が解けてスッキリしたぜ。――で、どうするよ。俺をひっ捕らえて縛り首にでもするか?」
「魔皇国船籍の船沈めたり拿捕したりしました?」
「見くびるなよ。うちは堅気相手にゃ真っ当な商売してるぞ。敵対する同業者にゃ容赦しねえが」
「んじゃ追捕する謂れはありませんね。うちとも真っ当な取引お願いします」
「いいだろう。今更お前さんの敵に回りたかねえしな。あん時ゃ俺の渾身の斬撃、指で軽く摘んで受け止めやがるしよ。自信なくすぜ、ったくよぉ」
「商売のことは、こちらのウェンティちゃんと詰めてください」
「後で担当者同士で話し合おう。ついてはお前さんの城下に、うちの商館と倉庫を構えさせてくれ」
「もちろん。一等地を用意しましょう」
「ほう。気前がいいんだな」
一瞬、懐かしそうな眼差しをするクッコロ。
「あたしの御先祖様が昔、ゼラールの帝国宰相ネイテール侯の世話になったそうです。その恩返しかな。……たぶん、おじさんの御先祖ですよね?」
「おじさん呼ばわりは地味にショックなんだが……うちの先祖でゼラールの宰相っていやアレか。大帝に仕えて、ザイルの乱で落命したファルトルの事だな」
「そう、その人です」
「なるほど。お前さんの名付けは救国騎士にあやかったのか」
「まぁそんなとこです」
リュートルが自嘲気味に言った。
「泉下の御先祖たちは嘆いているだろうな。宰相だの皇后だのを輩出した名門も今じゃ御覧の通り零落し、子孫はこうしてならず者の親玉ときた」
「栄枯盛衰は世の常であると聞きます。おじ――リュートルさんの代でまた成り上がればいいんですよ」
竜爪団の旗艦ランザー号を一旦オータムリヴァ港へ入港させ、開発中の街へと案内した。
「かなり大規模に開発してるんだな。相当な資金を投下してるだろ。魔皇国も本腰入れてるってことか」
「お頭……こりゃあエスタリス引き払って、こっちに拠点移した方がいいのと違いますか」
「分かってる。逃がすにゃ大きすぎる魚だ」
オータムリヴァの街を実際に検分した竜爪団幹部たちは確信した。この街が遠からずマーティス海の中心都市に発展するであろうことを。競合が少ない現状、おそらく儲け話はいくらでも転がっているに違いない。
囁き交すクッコロとランタース。
「海賊たち、だいぶん食指動いた様子でしたね」
「誰だって儲け話は好きなんじゃないですか。交易を生業にしてるなら尚更」
「それにしても、料理であのひねくれ者の心を掴むとは。妙手でしたね」
「まったくの偶然だけどね。ランタースさんいきなりこっちに振ってくるんだもん。焦ったよ」
「申し訳ありません。歓談の端緒になればという程度の軽い気持ちだったのですが。まさかこれほどツボにはまるとは思いませんでした」
ウェンティが二人のところへやってきた。
「リュートル殿が今日の返礼に、クッコロ様を海賊島にお招きして歓待したいと申しておるのですが」
「海賊島?」
「ノルトヴァール諸島最南端の島のようです。彼らのアジトがあるそうですわ」
(うーん……魔晶石集めあるからなぁ)
「領主として一度視察しておくのもよろしいかと。竜爪団のアジトは近海の海賊たちの社交場となっており、オークションやカジノが開帳されると聞いたことがあります」
「それは面白そうだね。んじゃちょっと行ってみるか」
ランザー号の客分となり、急遽海賊島を訪問することとなった。随員はカルムダールとミリーナである。
航海日程は三日ほどらしいが、潮流の複雑な群島水域を迂回して外海を航行するため、かなり波が高かった。旅慣れたミリーナはともかく、カルムダールは船酔いで音を上げていた。体調不良を理由に三人で船室に引き籠ったが、竜爪団側も船内構造や操船技術をなるべく秘匿したいらしく、勿怪の幸いと考えているようだった。
「カルムダールさんきつそうだね」
「面目次第もございません。陸とは勝手が違いますな」
普段は威厳溢れる虎のような猫耳オヤジが、この時ばかりは蒼白な顔で意気消沈。
「オータムリヴァ島帰って寝よ。結界玉ここに残しといて、海賊島着く頃しれっと船室に戻ってくればいいよ」
「正直助かります……」
「いいよ。あたしも傾いたベッドじゃ安眠できそうにないし」
三日後。素知らぬ顔で甲板に出て、海賊島を見物。桟橋には見知らぬ外国の交易船があまた係留されていた。
(どの船も武装してるな。これ全部海賊船か)
リュートルがやってきて言った。
「クッコロ殿が領主だってことは内密に頼む。バレると余所の海賊連中が警戒して、一悶着ありそうだしな」
「いいよ。あたしもお忍びの方が気楽。覆面しときましょうか?」
「可能なら頼む。どうだ、カジノで遊んでみるか? 貴賓待遇で接待させてもらうぞ」
リュートルが水を向けてきた。あわよくばクッコロを堕落させる陥穽だろうか。
「ん~、やめときます。賭博やったことないし。ハマると恐いし」
アルヴァントならばギャンブルも得意そうだが。小市民気質のクッコロとしては、近寄らないのが無難だろう。
「それよりオークションやってるって聞いたんですけど。そっちが見たいかな」
「うちのオークションは海賊稼業の戦利品がメインだ。あまりお貴族様の目に入れたかねえが、まぁ仕方あるまい。海王会がうるせえから奴隷は扱ってねえが、時たま御禁制のブツが出品される。そこは目をつむってくれよ」
「そちも悪よのぅ……すみません、ちょっと言ってみたかっただけです」
満を持して言ってみたものの、すぐに後悔する小市民伯爵。
「……お前さん、あまり貴族っぽくねえな」
「まぁお察しの通り、成り上がりのにわか貴族です」
素見気分で参加したオークションだが、思わぬ収穫があった。良質の魔石がいくつか出品されており、遠目にもかなりの魔力を秘めていることが分かった。
(あれって、もしかして魔晶石じゃない?)
かなり競ったが、財力に物を言わせて三つ落札することができた。
(だいぶ散財しちゃったな。白金貨二千枚ってことは、日本円換算で2億円くらいか)
「さすがは領主殿。羽振りがいいなおい」
直々に接待役を買って出た臨席のリュートルが目を見張っている。
「いいじゃないですか。胴元のあなたにも還元されるんだし」
今のところ資金面の懸念はない。オータムリヴァ島のダンジョン探索で、膨大な量の金銀、ミスリル、オリハルコンを入手したのだ。後日アルヴァントが全量買い取り、パーティメンバーに分配してくれた。
(ライセルトさんに鑑定してもらうの楽しみ。魔晶石だといいな)
司会の男が声を張り上げた。
「さあお立合い! 次なる出品は伝説のヘルトマーレ海底遺跡より出土した、通称ヘルトマーレの指輪。学術的価値も高い逸品だ。開始価格は金貨三枚から」
会場の関心はふるわない。典型的なおとり商品の類いだろう。学術的価値を前面に出している時点でお察しだ。
(でもあの指輪、なんか気になるな。魔道具っぽいけど)
関心の低さを反映してか応札は散発的で、競り上がりも小刻みだった。クッコロが金貨五枚で応札したところオークションハンマーが打ち鳴らされ、あっさり落札できた。
「好事家だな。あんな胡散臭い骨董品求めるたぁ」
「なんか直感が働きまして。案外掘り出し物のオタカラかもしれませんよ」
「まぁお客人が納得してるなら、俺ぁべつに文句ねえけどよ」
オータムリヴァ島帰還後、青の月へ転移して禁書庫のライセルトを訪ねた。落札した三つの魔石を鑑定してもらう。
「三つとも魔晶石で間違いないよ。風と鉱と雷かな。順調に集まってるね」
「よかった。魔石と魔晶石のクオリティの差異、だんだん分かってきました」
「その辺り判別できるようになると、素材集めも捗るよ」
「偶々参加したオークションに出品されてたんです。ラッキーでした」
「それは僥倖。雷は入手難易度高めだから、ほんと運がいいよ」
クッコロは思い立ってヘルトマーレの指輪を取り出し、ライセルトに見せた。彼女なら何か分かるかもしれない。
「同じオークションでこれ落札したんですけど。どういう由来の品か、ライセルトさん分かります? オークショニアはヘルトマーレの指輪って呼んでました」
「どれどれ――また懐かしい物が出てきたね。昔観星ギルドの懇親会で、ミューズが座興に拵えた玩具だよ。確かトランスリングとか銘を付けてたよ」
「トランスリング?」
「かなりの魔力を注入しないと発動しないから、下界の人間にはおそらく使えないよ。クッコロなら問題なく使えるはず」
「ふぅん、どんな効能があるんですか?」
座興で創った玩具と言っても、魔創神謹製の魔道具だ。
「指に嵌めて魔力を込めてごらん」
言われた通りにやってみる。
「うわっ、けっこう魔力もっていかれますね」
「指輪に付いてる宝玉が輝いたら作動するよ」
紫色の宝玉の中には、雄記号と雌記号を重ねたような紋章が浮いていた。
「お、光った――え?」
自分の声色に違和感を覚える。したり顔で解説するライセルト。
「トランスリングの効能は性転換。男の子は女の子に、女の子は男の子になるよ」
「ええええええ――も、元に戻るんですか?」
「指輪を外せば元に戻るよ」
クッコロは胸を触ってみた。なだらかな双丘はそこになく、平坦な胸板があるばかり。次いで、恐る恐る股間を確認。
「うわっ……」
乙女にあってはならないものがそこにある。
「なかなかの美少年だよ」
ライセルトがどこからともなく姿見を出した。そこに映し出された自分を見て呆然とするクッコロ。
(ちょ――ちょっと待って、なんかベルズ陛下に似てない? ……あたしの願望が反映されたりするの?)
「……変な趣味に目覚めそうで恐いです」
「ふふふ。気持ちは分かるよ」
「これって幻術の類いなんですか?」
「あのミューズがそんなチャチな物創る訳ないでしょう。今のあなたは生物学的に男性で間違いないよ。女性を孕ませる事も可能だよ。気になる女の子がいるなら試してみるといい」
「そんなことしません!」
指輪を外して女性に戻り、安堵の溜息。
「ミューズ様はなんだってまたこんな恐ろしい魔道具を」
「たぶん郷愁のなせる業だね。ミューズは生まれ故郷に双子の兄がいたそうだよ。生き別れた兄の面影を見たかったんだろうね」
ともかく、トランスリングは空間収納の最奥に封印確定だ。




