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第46話 禁書庫


「ひとまず容態が落ち着くまでディアーヌはこちらで預かろう。ドレイク侯爵家には妾から一報を入れておく」

 ドレイク侯爵家というのはディアーヌの実家らしい。

「回復魔法は効き目ないの?」

「これまで幾人もの治癒士や薬師が思いつく限りの治療を施してきた。が、捗々しい効果はなしじゃ」

「マナファース病ってそんな厄介な病気なんだ……唯一薬効ありそうなのが、その霊薬エリクシルとやらなの?」

「そうなるかの」

青の月(アグネート)行って調べてみるか)

 アルヴァントの顔が曇る。

「ディアーヌはよい娘じゃ。なんとか治してやりたいが……」

「いつだったかエスタリスで刺客に襲われたことあったじゃん。あの時アルちゃん暗殺者の血ィ吸って眷属にしたよね」

「ドリュースのことか。そのようなこともあったの。それがどうしたのじゃ」

「安直な思い付きなんだけど、にっちもさっちもいかなくなったらディアーヌさんの血ィ吸ってアルちゃんの眷属にしたらどうかな? 確か不老不死になるんでしょ?」

「そなた天才か……その手があったか。なるほど、ディアーヌが望むならば試してみる価値はあるの。何故今の今まで思い至らなかったのか。灯台下暗しとはこの事じゃな。いや、しかし――」

「おお、成算ありそう?」

 思案するアルヴァント。

「おそらくマナファース病の快癒には繋がらぬ。だが、少なくとも延命措置にはなるな。病苦に延々と苛まれる生涯をディアーヌが望むかは分からぬが」

「むぅ、根本解決にはならないのね」

「もう一つ問題がある。ディアーヌを眷属化できるかは五分五分といったところじゃ」

「相性の問題?」

「単純に妾のキャパシティの問題じゃ。大昔のヴァンパイア研究者の論文によると、眷属化可能な個体数は魔力量に依存するという。妾はエンシェントヴァンパイアに進化した故おそらく眷属三体までいけると思うが、なにぶんリントヴルムのディアーヌは魔力量が大きいからの」

「失敗の可能性もあるんだ……」

「さよう、眷属化は諸刃の剣。安易に試すわけにもゆかぬ。妾と眷属双方の生命維持に支障がでるからの」


「物知りな知り合いいるから、ちょっと霊薬なんちゃらの事調べてみるね」

「霊薬エリクシルな」

「霊薬エリクシル――筆記用具貸して。メモっとく」

 かつて冒険者登録した時にも思ったが、紙やインクの品質は日本の祖父が蒐集していた稀覯本と遜色ない水準と思われる。こうした物品を製造し流通させるだけの産業がこの国には根付いているのだろう。

(おっと、柄にもなく為政者目線になってるな)

 目敏く産業のタネを探している自分に苦笑した。

「マナファース病に霊薬エリクシルっと」

 大陸公用語ですらすらと記述。領主が文盲ではまずかろうとディアーヌに指摘され、読み書きの特訓を受けたのだ。前世のゼラール語の素地があったからか、思ったほど苦労せず習得できた。

「なにか分かったら連絡するよ。アルちゃんも身重だからお大事にね」

「うむ。そなたの伝手ならば有意義な情報が得られるやもしれん。期待しておる」

 ミリーナを伴って転移するクッコロ。


 オータムリヴァ島仮設領主館の執務室に着地。

「あたし情報収集でしばらく留守にするから、ミリーナちゃん適当に過ごしてて。休暇でもいいよ」

「御供しましょうか?」

 青の月(アグネート)に出張なので、ミリーナを同行させたものか判断に迷う。

「うーん、今回は留守番お願い」

「では何か任務を振ってください。貧乏性なのか、そのほうが落ち着きますので」

 勤勉な娘だ。

「んじゃ、ランタースさんとウェンティちゃんの手伝い頼もうかな」

「分かりました。緊急の連絡はどのようにいたしましょう?」

「緊急時の連絡手段か。ん~スマホでもあればいいんだけど。感応の指輪は一つしかないしなぁ」

「スマホ? 魔道具の類いでしょうか」

「そこの机の上に手紙でも置いといて。時々結界玉でチェックするから」

「まさしく千里を見通す眼ですね……」



 青の月(アグネート)の屋敷に転移。思えばここに来るのは随分久々だ。

「お帰りなさいませ」

 クッコロの帰還を察知したメイド長メアリがすぐに転移でやってきた。

(さすがに鼻が利くなこの人。赤外線探知の早期警戒網――ってことはないだろうし、やっぱ魔力探知なんだろうなぁ)

 こうも付け入る隙がないと、なんとか裏をかきたくなるのはゲーマーの性か。

「ちょっと調べものあって魔法図書館使いたいんですが」

「かしこまりました。司書長に通達を出しておきます。御随意に御利用くださいませ」

 この盲目のメイド長も只者ではなさそうだし、試みに問うてみる。

「メアリさん、マナファース病について何かご存知?」

「魔力梗塞の事でしょうか。下界の民がそのように呼称していたと記憶しております。クッコロ様がアグネートにいらした頃、罹っておられた症状のことですわ」

「あー、あれか。命に関わる病気なんですか?」

「いえ、さほどの事は。観星ギルドでは治療法が確立されておりますので」

 記憶を手繰るクッコロ。

「瞑想して全身の魔力循環ひたすら繰り返すんだっけ」

「はい。それで魔力回路が拡張されれば、自ずと完治いたします。ただ、下界の者にはこの手法が難しいかもしれません」

「何故でしょう?」

「滞留した魔力が結石を引き起こし魔石核となるのですが、リュストガルトの生物はこの魔石核に適応し、生命維持に必須の器官となっているからです。魔力回路拡張は魔石核に何らかの悪影響をもたらす可能性が高く、それ故に下界ではマナファース病が不治の病とされているのです」

(それってつまり、リュストガルト特有の病気って事? 魂はともかく今のあたしの身体は異世界起源だし)

「ただ、一応特効薬はあるのです」

「霊薬エリクシルですか?」

「ご存知でしたか。ミューズ・フォン・サークライ様が開発された物です。確かギルドの宝物殿に在庫があったはず。担当の者に確認させましょう」

「おー!」

 渡りに船と喜んだクッコロだが、宝物殿の担当者と念話で遣り取りしたメアリの報告に落胆することとなった。

「残念ながら在庫がありませんでした。管理履歴によると三百年ほど前、ワールゼン様が持ち出されているようです」

「ありゃ……調合のレシピ的なものはないんですか?」

「ミューズ様のことですから詳細な記録が残っていると思うのですが。魔法図書館の司書長に確認させましょう」


 調査に時間がかかるということで、待つ間風呂を使わせてもらう。日本で通っていた水丘高校のプールほどもある浴槽に浸かり命の洗濯。

「あ゛~~極楽極楽」

 銭湯常連のオヤジじみた唸りを発するクッコロ。

(やれやれ、現役JKにあるまじき醜態ね。このところ環境激変で気疲れしたからなぁ……いかん、うとうとしてきた。上がらなきゃ危ないな)

 ホムンクルスのメイドたちが脱衣所に待ち構えていて世話を焼こうとしてくる。まるで王侯貴族のような待遇だ。

(そういや貴族に祭り上げられたんだよね。ちゅうか、ここじゃ神様扱いなんだっけ)

「お構いなく。自分で着替えますので」


 安楽椅子に横臥して風呂上がりのドリンク片手に寛いでいたところ、メアリがやってきた。

「クッコロ様。蔵書目録を精査しましたところ、エリクシルに関する書物を発見いたしました。ただ収蔵場所が禁書庫のようでして」

 言い淀むメアリ。

「むむ。何か問題が?」

「ともあれご案内いたします」


 転移で魔法図書館にやってきたクッコロとメアリ。アカデミックガウンのようなローブをまとった司書長マルケスが二人を出迎える。

 吹き抜けの巨大なホールには所狭しと書架が立ち並び、古めかしい装丁の本がずらりと収められている。

(地震きたら大惨事だねここ。アグネートにプレートテクトニクス適用できるのか知らんけど……ちゅうかこの星ほとんど海洋だから、仮に地震起きたら島嶼部の津波被害すごいことなりそうね)

 もっとも常軌を逸した魔法使いたちの巣窟なので、天変地異すらちょちょいのちょいなのかもしれないが。

 幾つもの扉を抜け、広大な地下空間へと伸びる螺旋階段を下りていくと円形の広間に出た。床には複雑な魔法陣が明滅している。

「これは――転移門?」

「さようでございます。この転移門の先が禁書庫となっております。魔法陣中央へお進みください」

 司書長マルケスに促され魔法陣の中に立つ。

「禁書庫へは観星ギルド正規メンバーしか立ち入ることができません」

「お二人も入れないんですか?」

「私共はおろか執事長ローエル殿も例外ではございません。法規的にではなく物理的にです」

「むぅ。そんなとこにあたし一人で入っても、勝手がわからないんじゃ?」

「中に入って要望を念じれば目当ての情報を閲覧できると、昔ヴァレル様が申されておりました」

(ヴァレルって誰だっけ? ――ああ、前にここで会った白ローブの中のもやもやしたお爺ちゃんか)

 クッコロは意を決した。

「まぁそう言う事なら。物は試しに行ってみます」


 転移門を起動させ禁書庫とやらへ転移。字面から黴や虫食いでぼろぼろになった古文書が堆く積み上げられた部屋をなんとなく想像したが、淡い光に満たされた殺風景な空間だった。水晶玉のような球体がいくつも浮遊している。

(お。人がいる……人だよね?)

 浮遊する球体の一つにとんがり帽子をかぶった幼女が腰かけていた。

「禁書庫に客が来るのは何百年ぶりかしら。ということは、あなたがヴァレルの言ってた新入りさんね」

 悠揚迫らぬ口調にそぐわない外見。しかし、その内包する魔力は全くもって底が知れなかった。

(ここにいるってことは、この子もランベルさんやヴァレルさんの同類なんだろうなぁ)

 即ち謎の秘密結社観星ギルドの正規メンバーであり、神話や伝説に名前が登場するようなぶっとんだ存在。

(確か魔創神(ヘカテー)が四人、魔導司(ワイズマン)があたし含めて八人いるんだっけ。まぁここはしおらしく挨拶しとくか)

 下手に不興を買い、新入りの洗礼を受けてはたまらない。

「初めまして。あたしはクッコロ・メイプルと申します。たぶん十六歳です。あんま自信ないけど……」

「ほうほう若いわねぇ。その若さで魔導書(アブラメリン)の極意に開眼したの。いやはやたいしたものねぇ。私はライセルト・リューリン。禁書庫の番人をしているよ。よろしくね、クッコロ・メイプル」

「よろしくお願いします。ライセルトさんもとても若く見えます」

 どう見ても三歳児くらいにしか見えない。

「そうでしょうそうでしょう。ところがヴァレルの爺さんときたら、私の事を婆さん呼ばわりするのよ。失礼にも程がある。いやぁ見所のある新人さんでよかったわ。仲良くやっていきましょうね」

 珍しげに周囲を見回すクッコロ。

「不思議なところですねここ」

「元々はアカシックレコードの一部なの。大人の事情で門外不出になった領域がここって訳」

「ええと、霊薬エリクシルのレシピを調べるために来たんですが。ここに文献が収蔵されていると聞きまして」

「あれか。稀少素材けっこう使うから、調合面倒らしいわよ。どれ、調べてあげる」

 手近な水晶玉を引き寄せ、なにやら術を施すライセルト。

「ふむふむ……これはまた採取の難儀そうな素材が多いこと。賢者の石、世界樹の葉、龍の逆鱗、全属性の魔晶石――以上ね」

「全属性というと、土、水、火、風の四種ですか?」

魔導司(ワイズマン)の一人ともあろう者が勉強不足ねぇ」

 ばつが悪そうに頭を掻くクッコロ。

「すみません。精霊魔法学はあまり齧ったことがなくて。よかったら御教授ください」

 精霊魔法は太古の古い魔法で、超弦理論を起源とする現在の十一次元魔法体系とは系統が異なる。もっとも十一次元魔法の端々に取り込まれ、細々と命脈を保ってはいたが。

「火と土をかけて派生した鉱属性――金属性と呼ぶ人もいるわ。同様に土と水から派生した木属性――草属性と呼ぶ人もいるわ。水と風から派生した氷属性。風と火から派生した光属性――聖属性と呼ぶ人もいるわ。火と水から派生した空属性――無属性と呼ぶ人もいるわ。風と土から派生した雷属性。これらの属性相関から外れた闇属性――魔属性と呼ぶ人もいるわ。あとはこれらの属性の母胎となった混沌属性。土、水、火(炎)、風、鉱(金)、木(草)、氷、光(聖)、空(無)、雷、闇(魔)、混沌……しめて十二属性よ」

「十二種の魔晶石ですか。大変そう……」

「賢者の石はギルドの宝物殿に在庫あるはず。龍の逆鱗は執事長のローエルに頼めば用意してくれると思う。世界樹の葉はランベルが持っていそうだけど、あの子休眠期に入ったんだっけ。となるとエルフの国に採取に行かなきゃいけないわ。あそこ絶賛鎖国中でランベルの次元結界があるはずだから、たぶんあなたの転移魔法でも侵入にてこずるかも」

「はぁ……気が遠くなりそうです」

「まぁあなたなら、気長に取り組めば集められるわ」

「それが、なるはやでエリクシル必要なんです。友人がマナファース病で重篤な状態でして」

「それは気懸かりだこと。手伝ってあげたいけれど、私も禁書庫を離れられないの。ごめんなさいね」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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