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第45話 マナファース病


 その日はどこぞの外国使節団の引見があり、在京諸侯は正装で謁見の間に居並ぶよう宰相府より通達を受けた。要は賑やかし要員ということだろう。これも俸給に伴う義務のうちかと割り切り、クッコロは隅の方で欠伸をかみ殺していた。

 退屈な儀式から解放され、帰って物資輸送の続きと意気込んだところでアルヴァントの侍女に捕まった。

「陛下が午餐の相伴をせよと仰せです」

 さりげなくディアーヌとミリーナの袖を摘んで道連れにする。宮殿の中を大手を振って闊歩するには、未だ貴族経験値が足りないクッコロであった。


「ノルトヴァール伯爵閣下が参られました」

 洗練された所作でクッコロたちを案内し、お茶の給仕をする侍女たち。メイド修行中のミリーナが、恰好の手本を食い入るように見ている。

「そのほうらは下がれ。ディアーヌとミリーナは残るがよい」

 侍女らを人払いしたところで打ち解けた空気になった。

「この顔ぶれで集まるのはダンジョン探索以来じゃな。気兼ねなく冒険者談義に花を咲かせようぞ」

「それはそうと、まずはアルちゃんおめでとう! びっくりしちゃった」

 頬を掻くアルヴァント。

「妾も驚いたわ。かなり気恥ずかしかったが、事が事だけに公表せぬ訳にもいかなくてな」

「いや~まさかアルちゃんとメーベルトさんがねぇ」

 ニマニマと含み笑い。大国の君主相手に無礼講の度が過ぎると思わないでもないが、私的な席では友人として接して欲しいそうなので、日本の女子高生的なノリでいじってみた。ディアーヌは若干顔を引き攣らせていたが、アルヴァントは頗る嬉しそうなのでこれが正解なのだろう。

「その後体調はいいの?」

「元気印が妾の取り柄じゃからの。病気など無縁だし、大概の怪我も自己治癒が可能で医者いらずじゃ。ところが妊娠出産となると、そうも言っておられぬらしい。急遽、医薬神殿の治癒士や薬師を集めて侍医団を結成したのじゃが……困ったことに、誰もヴァンパイア族の妊娠出産について知見を持ち合わせておらぬ」

「疫学的な統計が全くないってのも、えらく不安だよねぇ。人間の分娩って参考にならないの?」

「さぁどうであろ。侍医団の者どもが、古今東西の文献を漁っておるようじゃが。ま、最悪妾の魔法でどうとでもなるじゃろ」

 楽観的なアルヴァント。少女のように見えても、そこは千年以上の時を生きるエンシェントヴァンパイア。初産の不安に慄く妊婦らしさなど欠片もなかった。

「不躾なこと訊くけど、アルちゃんおめでたなる前って、ええと、月のあれどんな感じだったの?」

 魔族にも生理の話題を忌避する文化が根付いているかもしれないとやや躊躇したが、純然たる興味がまさって質問してみた。

「遠い昔――妾が人間の小娘だった頃、初潮を迎えた記憶は朧げにある。ヴァンパイア族は生殖の機構が退化しておるとみえ、千数百年もの間月経などという生理現象とは無縁じゃった。じゃがその……メーベルトと愛し合うようになった頃から、月のものが復活しおってな」

 それはさぞかし戸惑いも大きかったことだろう。

「魔力波走査した侍医の話によると、ヴァンパイア族特有のいくつかの器官を除けば、解剖学的には人間の体と酷似しておるそうじゃ」

「対人用の医術応用きくなら大丈夫そうだね」

 ディアーヌも祝福を述べた。

「祝着至極に存じます。お世継ぎを得て、魔皇国のいやさかは盤石なものとなりますわ」

 アルヴァントは何事か黙考。

「陛下? どうかなされましたか?」

「妾は千年でも万年でも君臨する心積もりで国造りをしてきた。じゃが、世継ぎの我が子を養育して譲位するというのもひとつの道じゃな」

「帝王学の教育課程に通暁した人物を招かなくてはなりませんわね」

「なるほど。この子が成人した暁には、妾は自由を得ることができるのか。ふむ、そなたらと世界を股にかけて冒険の旅に出るのもよいな」

 あれこれ想像の翼を広げている様子。

「早く生まれてくるがよい」

 愛し気に腹を撫でるアルヴァント。クッコロはからかった。

「アルちゃんお母さんの顔になってるよ」

「冷酷無比と恐れられるこの魔皇にも、ひとしく母性は芽生えるか。生命とは不思議じゃの」

 妊娠週数を訊こうとしてやめた。出産予定日や受精日を算出できるかもという下世話な考えが頭の片隅をよぎったのも確かだが、異世界生命体であるアルヴァントに日本で得た保健体育の知識が当てはまるはずもない。

(友達の恋愛事情に首突っ込むなんて、前世のあたしじゃ考えられないな。いや、ナーヴィンの件があったっけ)

 アルヴァントの居室に安置されたミスリルプレートアーマーをちらりと見やる。数奇な運命を経てアルヴァントの手に渡った戦友ナーヴィンの遺品だ。


「領地のほうは順調か? 資金が必要ならいくらでも融通するぞ」

 茶会が進み、雑談や近況報告を経てオータムリヴァ島開発が俎上に載った。

「ありがたいけど、財政のほう大丈夫なの? 確か今外国と戦争中だよね、うちの国」

「うちの国と言ってくれるか。嬉しいの」

「リアクションそこ?」

「戦時国債を大量に発行した故、国庫は潤沢じゃ。中央政府が浪費し臣民の租税を軽くして金をどんどん回した方が、結局のところ国富が増大し税収も増えるのじゃ」

「そういうもんなんだ。まぁアルちゃんの場合、豊富すぎる統治経験に基づく箴言なんだろうけど」

「質素倹約を美徳として励行する商人も多い。商家ならば一理あるやもしれんが、国家としてそれをやってはいかんと思う。実際に緊縮財政と重税で傾いた国を数多く見てきたからの」

「うるさ型の議会とかないの?」

「そのようなものはない。魔皇国が世襲を重ねていき将来暗愚な君主が生まれれば、議会が開設されることもあろう。だが、妾の目の黒いうちはないであろうな」

「重税といえば……えっと、これアルちゃんのお耳に入れていい情報なのかな?」

「何じゃ? 遠慮せず申してみよ」

「皇都の近郊の村々って、けっこうな重税で困窮してるらしいんだけどご存知? 前に冒険者ギルドでちょっと小耳に挟んでさ」

 アルヴァントの目が鋭くなった。

「実はこの国に来たばかりの頃、奴隷護送中の兵隊とすれ違ったことあったのね。うわー、ここの為政者さん随分とまた圧政布いてるなぁってドン引きしたわけ」

「そなたの目にも留まっておったか。不快なものを見せてすまなんだの」

「リスナルの周辺一帯ってアルちゃんの直轄領なの?」

「さようじゃ。皇都防衛軍総司令官のガルシアという男が妾の代官として治めておる」

「確かオークの魔将さんだよね」

 嘆息するアルヴァント。

「あの者もかつては志の篤い青年将校だったのじゃが。グリードといいセルドといいガルシアといい、どうも妾の人材育成の手腕は絶望的じゃな。何事も完璧とはゆかぬものよ」

「なんかごめんね。人様の領地経営に口出しするのは不本意なんだけど、リスナルの街にけっこう知り合いできてさ。どうしても共感覚えちゃうんだよね」

「ガルシア将軍の専横を把握しつつ放置しておられるということは、陛下には何か深慮がおありですのね」

「そう言う事じゃ。奴には外患誘致の嫌疑がかかっておる」

 質問したディアーヌが周囲を警戒した。

「心配ないぞ。幾重もの結界を張ってある。この部屋で行われる密談を盗聴できる者などおらぬ。唯一できそうなクッコロはここにおるしな」

「アルちゃんはあたしの事過大評価しすぎだよ」

「そなたは己の事を過小評価しすぎじゃ。ま、そなたらが気を揉まずともよい。蛇の道は蛇。この案件は妾や宰相に任せておけ」


「さしせまって問題なりそうなのは何だろ。人口だいぶ増えたみたいだし、やっぱ食糧増産かなぁ」

 頷くディアーヌ。

「今はリスナルやエスタリスで買い付けた食糧をクッコロ様に輸送していただいておりますが、東方の情勢もあり穀物相場が高値で推移しております。食糧自給率の向上は早めに取り組んだ方がよさそうですわね」

「そっか。相場があるなら値段も変動するよね。あたしみたいな経済オンチで務まるのかなぁ、領主」

 中原の商慣行で、一見客の大口取引は足元を見られやすいのだという。常連客になるとコスト平均法的な定額定期取引や先物取引といったリスクヘッジの恩恵を享受できるらしいが、素人のクッコロには複雑な商慣行が奇々怪々である。

「てか、穀物って政府の専売じゃないの?」

 確かゼラール帝国では、穀物をはじめ幾つかの専売品が大きな財源となっていたはずだ。

「魔皇国がまだ竜骨山脈の地方勢力であった頃、塩と酒を専売に指定したことがある」

「生活必需品の塩と嗜好品のお酒か。さすがにツボ押さえてるね」

「じゃが商人どもにえらく反発されての。闇市場が形成されて統制が効かなくなった。結局のところ奴らにはある程度自由裁量で商売させたほうが、こちらの実入りもよくなるようじゃぞ」

「領地開発を進めるにも領民を養っていくにも、先立つものはお金なんだよねぇ。何か産業興さないとな」

「金はいくらでも融通すると申したであろ」

「あたしの転移魔法と一緒で、未来永劫アルちゃんの財布当てにする訳にもいかないしね」

「そう言う事ならば学者たちに綿密な現地調査をさせるとよいぞ。なにか金のなる木を見つけるやもしれん。回り道に見えても、その土地の気候風土や生態系に根差した産業振興が上手くゆくのじゃ」

「香辛料とかお茶に利用できる植物自生してるといいなぁ。珍しい果物とかでもいいや」

 アルヴァントの助言はいろいろと示唆に富む。

(南海の離島だし、漁業とか交易の中継港あたりが有望かねぇ。けど、周辺海域に海賊とか海棲魔獣がけっこういるんだっけ? オータムリヴァ島整地した時なかなか良さげな材木採れたし、林業って線もあるな。あと海といえば塩田もありか)

「ねぇアルちゃん。魔皇国の製塩業ってどんな感じ?」

「塩か。我が国の需要の大半を賄っておるのが、竜骨山脈で採掘される岩塩じゃな。良質で外国でも珍重されると聞く。交易でかなり稼いでおるぞ」

「海塩は作ってないの?」

「リグラト王国で盛んなようじゃが、我が国では作ってはおらん。岩塩坑は言わずもがな重労働じゃが、塩田も負けず劣らず過酷らしいからの。経済的な視点のみで言えば、亜人奴隷を多数抱える西方の優位性が大きいということじゃ」

「あー、西方は亜人差別が根強いんだっけ……」

「リグラト人は鼻持ちならぬ故妾は好かぬ。古い国で選民思想があるからの。一時期ゼラールの大帝に征服されて独立を明け渡したとはいえ、文化の先進地域という矜持があるのじゃろ。新興の我が国のことなど腹の底で見下しておろう」

(リグラト人はともかく、この世界の先進国ならいろいろ産業のネタ転がってそうだな。ちょっと念入りに調べてみるか)

 リュストガルト上空で無為に浮遊中の結界玉一千ほどを、早速リグラト王国方面へと向かわせる。実に費用対効果に優れた魔法だ。


「ディアーヌ様?」 

「ディアーヌ!」

 アルヴァントとミリーナの切迫した声で物思いから引き戻される。

 咄嗟につかまったのか、テーブルクロスを引きずりながら床に倒れるディアーヌ。茶器や盆に盛られた菓子が床に散乱する。

「誰ぞある! 侍医を呼べ!」

 ディアーヌは白目をむき、口から泡をふいていた。

「え? 何、毒?」

 一瞬毒を盛られたかと身構える。言下に否定するアルヴァント。

「違う。これは……マナファース病の発作じゃ」


 ディアーヌが搬送された後、沈痛な面持ちで語るアルヴァント。

「ディアーヌは幼少の砌よりある宿痾を患っておった。それがマナファース病じゃ。おそらくは不治の病」

「そんな……治らないの?」

「次の発作が起これば命の危険があると医者に宣告されていたようじゃ。古文書には霊薬エリクシルで快癒したという記録もあるらしいが、そもそもエリクシルの存在が眉唾物なのじゃ」

「霊薬エリクシル……」


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