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第41話 御前試合


 砂地の広大なアリーナにおいて対峙するクッコロとメーベルト。アリーナ外縁には、アルヴァント手づから張り巡らせた強固な結界。

(訳わかんない……何をどう鍛えたら、こんな剣士が出来上がるの)

 さしものクッコロも感嘆を禁じ得ない。極限まで研ぎ澄まされた剣気は凛冽。その佇まいは神々しくすらある。

(さすがは剣聖の子孫なだけあるな)

 記憶にあるゼラール帝国第二軍総司令メーベルト大将軍は、狷介不羈でとっつきにくい人物だった。が、騎士養成所の教官タルガット・カルロ男爵とは剣術談義を通じて昵懇だったらしく、前世のクッコロが騎士見習いだった頃、幾度かメーベルト大将軍に稽古をつけてもらう機会があった。

 血気盛んな見習いたちが束になってかかったものの、てんで歯が立たず、完膚なきまで叩きのめされ矜持をへし折られたものだ。クッコロはわりと食い下がって意地を見せたものの、見所があると気に入られ、居残りでしごかれて血反吐を吐く羽目になったのだ。

(おじさんの御先祖様にはコテンパンにやられたから、ここで意趣返ししたいところなんだけど……)

 先祖から受けた可愛がりのお礼参りを子孫にするのも、いたくお門違いな気がしないではない。

(ちゅうか、御先祖のメーベルト閣下より強くない? この子孫メーベルトさん)

 隙が全くない。間合いも不明。呼吸すら読めない。

(今のあたし、剣持てないし。アルちゃんと逆で魔法戦は不慣れなんだけどなぁ)

 このレベルの剣士相手に、不慣れな戦法が果たしてどこまで通用するのか。


 アルヴァントに審判役を命じられたのは、偶々皇都滞在中だった魔将マルヴァース。少年のような外見をしているが、スライムの希少種らしい。

「怪物同士の模擬戦の審判は、いつもルディートの爺さんか僕にお鉢回ってくるよね」

 メーベルトにぼやくマルヴァース。

「致し方あるまい。余人では戦闘の余波に耐えられんからな」

「僕は忙しいんだ。グルファンが東部戦線に引き抜かれてからこっち、決裁する案件が増えててんてこ舞いだってのに」

「まぁそう申すな。陛下の御指名だぞ」

「北方情勢もきな臭くなってきてるから、早く任地戻りたいんだよ。準備いいなら試合始めるよ」

 そう言ってクッコロを一瞥するマルヴァース。

「負けてやりなよメーベルト。相手は無手の女の子じゃないか。こんな女の子相手に魔剣まで持ち出すなんて大人げない」

「ノルトヴァール伯が只者でないことくらい、おぬしにも分かろう。観客も痺れを切らしている頃だ。疾く始めるがいい」

「そだね。んじゃ試合始め!」


 互いに様子見で、静かな開戦となった。

(まずは彼の間合い把握しない事にゃ、戦術の組み立てようもないよね。よし、いっちょあれやってみるか)

 オータムリヴァ島地下遺跡のオリハルコンゴーレムに着想を得た戦法。名付けて結界玉ホーミングミサイル。

(円錐形に成形したほうが貫通力高そうだけど、べつにメーベルトさん殺傷するのが目的じゃないし、デフォルトの球体のままでいいか。数だけ多めに出しとこ)

 貴賓席にて観戦中のアルヴァントが、クッコロの意図に気付いたようだ。クッコロの周囲に浮遊する無数の結界玉に顔を引き攣らせている。

(これで、メーベルトさんの間合いと呼吸、癖なんかが読めるはず。読めるといいな……攻撃開始っと)


(マジか……もはや人間の動きじゃないんですけど。ちゅうかアルちゃんの家来だし、やっぱ普通の人間じゃないんだろうなぁ)

 音速をも超える弾速で不規則に飛来する結界玉群。それを魔力を纏わせた剣で事も無げに迎撃している。メーベルトの動きを肉眼で追うことは困難で、魔力感知と気配察知が頼りだった。

(剣持てるなら、剣で戦ってみたかったな)

 【千手拳】ラディーグやこのメーベルトなどは、まさしく生ける戦闘教本だ。彼らと一日模擬戦をすれば、数年の修行に匹敵する気付きを得られることだろう。

(なんやかんや言って斜に構えたりするけど、実はあたしもけっこうな脳筋だよね……)

 戦闘の駆け引きは面白いし、強者の戦いを見ると血湧き肉躍るものがある。今メーベルトの凄まじい技量を目の当たりにして、うずうずしているのだ。

(間合いと呼吸、だいたい分かった。小細工抜きで肉弾戦いってみるか。今後の試金石にもなるしね)

 『体表面被膜結界』を展開。『身体強化』を発動。出力を徐々に上げていく。アリーナを包む結界が軋みだす。

 やいのやいのと野次を飛ばしていた観衆たちが、水を打ったように静まり返る。あり得ないほどに巨大な魔力がクッコロを中心に凝集していく様を見て、失神する者、失禁する者、頭を抱えて慄く者が相次いだ。

「あれが人間だと? 何の冗談だ」

「まるで魔神の降臨だな……」

「あの結界、大丈夫なのかしら?」

「破損したら大惨事だぞ」


 貴賓席で試合を見守るアルヴァントもまた冷や汗をかいていた。

(あれがクッコロの本気か……予想の遥か上を行ってくれるな)

 遠い昔、アルヴァントを死の淵に追いやった二人の化け物――ハイエルフのランベルと妖霧ヴァレルを彷彿とさせる膨大な魔力量。

(結界が破れればリスナルが吹き飛ぶの。強度をもう一段上げるか)

 眷属メーベルトについては、さほどの心配はない。仮に肉体を木っ端微塵の肉片にされたとて、魔石核さえ無事であれば蘇生は可能だ。

(もっともクッコロは、転移魔法で魔石核を抜き取る反則技を使いおるからの……頼むぞ友よ。妾のメーベルトを殺さんでくれよ)


 ラディーグを真似て拳骨を強化し、メーベルトの魔剣と打ち合ってみた。虚実織り交ぜた剣技は厄介で、結界ごと斬り裂かれ手傷を増やすクッコロ。回復魔法も駆使しつつ対応してゆく。

(うわー笑ってる……狂人みたいで恐いんですけど、このおじさん)

「楽しいぞ、ノルトヴァール伯。成長がとどまるところを知らぬ。貴殿こそ闘神の申し子と言えよう。しかし、剣技は拙者に一日の長がある。死ねえィ!」

「ちょ――殺しちゃダメなんじゃ?」

(ヤバいな、このおっさん)

 おじさんからおっさんへ格下げ確定。

(しゃあない。もう秘匿とか言ってる余裕ないな。転移魔法使うか……)

 結界玉群を突撃させて牽制。転移魔法で背後を取り、ありったけ魔力を込めた貫手でメーベルトの胸を貫く。

(あぶなっ! 魔石核壊すとこだった。ちゅうか、ちょっと掠った……罅割れてないよね?)

「見事」

 吐血したメーベルトがゆっくり倒れた。



 酒杯を呷るアルヴァント。片膝ついて控えるメーベルトに声をかけた。

「見事にしてやられたの。傷は癒えたのか?」

「はい。陛下の眷属となってよりこのかた、初めて不覚を取りました。我が君の常勝不敗の戦歴に瑕疵をつけたること、慙愧にたえませぬ」

「気にすることはない。妾は常勝でも不敗でもないからの。しょっちゅう負けておるわ」

「不覚は取りましたが、不思議と爽快な気分です。拙者はノルトヴァール伯と闘うため、この四百年技を磨いてきたような気さえします」

「そなたにそこまで言わしむるとはの。なにやら妬けるぞ」

「お戯れを。拙者はそろそろ下がらせていただきます」

「待て。もう少し相手を致せ」

「陛下……酔っておられるのですか」

 アルヴァントはうっすらと頬を染め、悩まし気な吐息をついた。

「そなたらの試合に中てられたのじゃ。未だ気が昂っておる」

 しばしの躊躇。ややあって挑むようにメーベルトを見据えるアルヴァント。

「メーベルト。そなたに夜伽を命ず。妾の血を滾らせた責任を取れ」

「……主命とあらば」


 汗に濡れそぼった裸身を重ねる主従。一心不乱に互いの唇をむさぼり、舌を絡め合う。

「性の快楽を感受する機能など、ヴァンパイアとなったこの身からは失われたものと思っておったが。これは人間であった頃の名残かの」

 不老不死のヴァンパイア族は、性欲が希薄であると言われる。子孫を残そうという欲求への切実さの度合いが、他種族とは異なるのだろう。

「よもや陛下と閨房で一戦交えることになろうとは。如何なる心境の変化ですか」

「あるいは妾の本能が生命の危機を察知して、種を保存せよと囁いておるのやもしれんな」

「不吉なことを申されますな」

 不老不死を謳ってはいるが、ヴァンパイアとて殺害されれば死ぬこともある。不老なので不死の可能性が高いというレトリックに過ぎないのだ。

「房中術は不得手です。剣とは勝手が違う。拙者の拙い房中術で、果たして陛下にご満足いただけたものやら」

「謙遜するでない。妾のあられもない痴態を見たであろう。答など一目瞭然じゃ。殊にそなたの舌の妙技は筆舌に尽くしがたい。妾の秘所を執拗に攻めおってからに……」

 行為を思い出したのか真っ赤になって枕を振り回し、メーベルトの厚い胸板を打擲する。

「この魔皇ともあろう者がぶざまに許しを請い、幾度も昇天させられるとは。ええい、思い出すだに忌々しい」

「陛下、お静まりを……」

「それに、そなたには技量を補って余りある業物があるではないか」

 そっとメーベルトの剣を握る。

「口で愛撫してやりたいが、やめておこう。吸血の衝動を抑え込むのに苦労しそうじゃ。なにしろそこには、芳醇な血潮が滾っておろう」

「確かにそれは御免こうむりたいですな……」

「この剣で、幾人の女体を貫いてまいったのじゃ? 正直に申してみよ」

 さしもの剣聖も、こうなっては形無しであった。

「その、陛下で二人目でございます」

「なんじゃ、意外に少ない戦果じゃのう。そなたならば、千人斬りを成し遂げておっても驚かぬが。しかし、妾が二人目か。さようか……」

「――陛下、ご容赦を。そう強く握られましては痛うございます」

「そういえばそなた、人間時代は妻帯しておったそうじゃな。どんな奥方であった」

「遠縁の淑やかな娘でした。拙者がゼラールのベルズ陛下より大将軍の称号を賜った頃、死別しております」

「後添えは娶らなんだのか? そなたなれば、縁談は引く手あまたであろうに。眼鏡に適う女がいなかったか」

 メーベルトは遠い目をした。

「実を申さば、一人だけ心惹かれる女性がおりました」

 アルヴァントの目が鋭くなった。

「ほう。興味深い」

 当時、ゼラール帝国軍の重鎮の一人であったメーベルトを自陣営に引き入れようと、各派閥の鞘当てが激化したらしい。寡夫となって日も浅かったメーベルトは、当事者の心情などお構いなしの暗闘に辟易したものだ。そんな折、時の帝国宰相ネイテール侯爵から持ち込まれた縁談には、少しだけ心を動かされた。

「クッコロ・ネイテールという令嬢――後世で言うところの救国騎士です。彼女との縁談が俄かに持ち上がりました。もっとも、ほどなく破談と相成りましたが。拙者の親戚どもが、ネイテール嬢の出自が卑賎であること、隻眼であることを問題視いたしましてな」

「かの救国騎士とそのほうの間に、そのような因縁があったのか。確かに人を惹きつける娘であったな」

「おや、我が君におかれては、ネイテール嬢と面識がおありで?」

「面識と言うほどではないが、接点はあったと思う。妾はあの頃、ゼラール宮廷に潜入して色々暗躍しておったからの。大帝やアルネ元帥には尻尾を掴まれておったようじゃが。さる件で、とうとう大帝の逆鱗に触れての。そなたが妾の討伐のため、竜骨山脈へ派遣される遠因となった次第じゃ」

「そのような歴史の裏事情があったのですか」

 アルヴァントはメーベルトの胸に顔をうずめながら、しみじみと言った。

「運命の糸とは実に摩訶不思議よの。どのように交叉し、如何なる模様を綾なすのか、全く先読みできぬ。よもやあの時殺し合った男に、妾の純潔をくれてやることになるとはの」

 メーベルトは驚いて顔を上げた。

「え? 陛下はその、は、初めてでしたので?」

「たわけ! 今頃気付きおって。この唐変木めが。破瓜の出血をしたであろうに」

「あ痛! 陛下、爪が立っております! 血が……」

「意趣返しに告白しよう。妾の人生で、純潔を捧げてもよいと思える男は三人おった。一人目がリチャード・シャーウッド。二人目がゼラールの大帝。三人目がそなたじゃ。三度目の正直で処女を散らすことが叶ったの」

「何と申しますか……恐悦至極にございます」

「やれやれ、この齢にして女の悦楽に目覚めようとはの。忘我の境地でまぐわうのも存外よいものじゃ」

 アルヴァントはそっぽを向き、蚊の鳴くような声で言った。耳が真っ赤であった。

「時折相手を致せ。……その、なんだ、気持ちよかったぞ、メーベルト」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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