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第39話 魔物島の城


「……何ですの、今のは。不覚ながら、背筋が凍るようでしたわ」

 かいなをかき抱いて慄くディアーヌ。ミリーナに至っては真っ青になってへたり込んでいる。

「ふざけたことをぬかしておったの」

「陛下とクッコロ様はさすがですわ。あのような怪物と対峙して、平然としておられるのですから」

「昔、あれを凌駕する化け物と何度もやり合っておるからの」

「さっきの奴、野に放っちゃあかんやつなんじゃ……」

 ぽつりと吐露するクッコロ。アルヴァントが腕組みして考え込む。

「今の一幕を敷衍してみよう。この地下遺跡を拵えた者と先ほどの目玉は、反目している可能性が高い。そして目玉はこの地下遺跡に封印されていた。封印というのがどうも腑に落ちぬが」

「と申されますと?」

「この高度な魔法施設を造営したほどの者たちが、敢えて目玉を封印したのが解せぬ。何故目玉を滅却しないのじゃ。彼等の手に余るほど、目玉が強大な存在とも思えぬが。或いは封印を選択する合理的な理由が、何かあるのか。もしくは――単なる気紛れかの」

「気紛れ、ですか」

「――古の超越者どもじゃよ。あの手合いは得てして気分屋じゃからの。後世が被る迷惑など忖度してはくれまい」

 釈然としない様子の一同。クッコロは一人物思いに沈んだ。

(これって明らかに観星ギルド絡みの案件だよね。じゃあ余計な手出しはしない方いいかな。あたし新参で、事情よく知らないし。まぁあの目玉が有害な存在なら、ギルド従者さんたちが対処するでしょ……たぶん。それはそうとアルちゃん、なんか観星ギルドの事知ってそうな口振りだったな)

 この時クッコロは、妙な胸騒ぎを覚えていた。観星ギルド絡みの案件に、アルヴァントは関わらせないほうがよいのではないか。強引に話題転換を図るべく、ドーム広間に散乱するオリハルコンゴーレムの残骸に皆の注意を逸らす。

「ねぇ。オリハルコン回収して、いったん皇都に戻らない? みんなも疲れてるだろうし、あたしもお腹空いちゃった」

「そうじゃな。ひとまず切り上げるか」



 エスタリス港倉庫街のとある建物。その日は、非合法奴隷を売買する地下オークションが開催されていた。

「おい、何人落札できた?」

 目利きに集中していたリュートルは、後ろに控える手下に訊いた。

「さっきのガキで十八人目です。今日は競合多かったんで、だいぶ予算オーバーしちまいやしたね」

「この辺にしとくか」

 長丁場で凝った体をほぐし、リュートルは席を立った。


 決済と奴隷契約のため別室に通されたリュートル。地下オークションを主催する海王会の幹部らしき男が耳打ちしてきた。

「うちのボスが、親分にご挨拶したいと申しておりやして。如何でしょう」

「ほーう、天下の海王会会頭が、俺みてえなしけた船乗りに何の用があるってんだ」

 リュートルの嫌味をさらりと流す男。

「カモメ亭に一席設けておりやす」

「顎足付きかい。儲かってる組織は違うねえ。まぁいい、ガラントの景気のいいツラ拝ましてもらうか」

「おい、親分をご案内しろ」


 人払いした個室で向かい合うエスタリス裏社会の両巨頭。酒瓶の封を切り、最初の一杯を呷って毒見してみせたガラント。

「さあ、まず一献いこうか」

「どういう風の吹き回しだ。うちとテメーんとこは馴れ合う関係じゃねえだろ」

 証拠こそ無かったが、差し向かいに座るこの男は、リュートルの親兄弟の暗殺に一枚噛んでいる可能性が高い。

「そう尖がりなさんな。他意などない。地下オークションの肝煎りとして、上客を接待すんのは当然だろう? お前さん、ここんとこ足繁く顔出してるじゃねえか。大口取引毎度あり、だ」

「けっ、稼いでるようで結構なこった」

「過去海王会と竜爪団は派手にやり合ってきたが、今はいがみ合う時じゃねえだろう。アホ面して抗争なんぞにかまけた日にゃ、エスタリスのシマもシノギも余所者にかっ攫われちまう」

「例の黒覆面の女総帥と金髪紅眼の側近か……あいつらは確かに油断ならん」

「かまととぶってたが、ありゃ相当修羅場くぐってるな。奴の眼光――思い出しただけで小便ちびりそうだ。子分どもの手前、虚勢を張っているがね」

「ガラントともあろう者が随分ぶっちゃけたな、おい」

「あの会見の席でお前さんが黒覆面に斬りかかった時ぁ、心底肝を冷やしたぞ。とばっちりで殺されちゃあかなわん」

 手酌で杯を呷るガラント。

「だが、お前さんが気骨を見せたことで、奴らも方針転換したと私は睨んでる。あの後の話し合いの趣意からして、蹂躙から浸透へ舵を切ったんだろう」

「蹂躙にせよ浸透にせよ、行き着く先は一緒な気もするが」

「このまま座視すりゃ、エスタリスの利権は根こそぎ奴らに持っていかれる。余所者にでけえツラされんのは、お前さんも面白くあるまい。どうだ、手を組まねえか。女狐――おっと失敬。ターリスんとこも誘ってよ」

「聞かなかった事にしてやるよ」

「三組織で結託すりゃ、奴らもおいそれと仕掛けてこれんだろう」

 リュートルは気乗り薄な様子で料理をつついた。

「即答はできんな。ま、持ち帰って検討しよう」

「色よい返事を期待しているぞ」

 ガラントの目が鋭くなった。

「それはそうと、昨今奴隷を大量に仕入れてるようだが、新しい事業でも始めるのか? 旨そうな話なら一口乗せろよ」

(この野郎……何か嗅ぎつけてやがるのか)

 リュートルは素知らぬふりで、当たり障りのない返答。

「船を増やそうと思ってな。ドンガラは金を積みゃ買えるが、水夫はそうもいかねえ。結局、奴隷から育成すんのが一番安上がりで手っ取り早いんだ。衣食住の保障さえしてやりゃ、奴ら従順だしな」

「慈悲深いこった。ま、入用の奴隷があったら声かけてくれ。お前さんとこに優先的に回そう」


 微酔いで帰宅すると、竜爪団の手下たちが待っていた。

「なんだなんだ、人相悪りぃのが雁首揃えて」

「お頭、リゼルトの船団が襲われやした」

「……敵はどこのくそったれどもだ?」

 リュートルの底冷えするような声に震えあがる屈強な海賊たち。

「現時点の情報では、ダルシャールの私掠船ぽいです」

「ダルシャール海商同盟だと? ノルトヴァール諸島の海域まで出張ってきやがったのか」

 ダルシャール海商同盟はダルシャール海沿岸に点在する都市国家の連合で、ラーヴェント大陸との南洋交易を掌握する海の一大勢力だった。

 先般の三頭会談の際、情報屋バルシーズが連れてきた黒覆面と金髪紅眼の娘。あの謎の二人組の事が、ふと脳裏をよぎった。

(あいつら、もしかしてダルシャールの手先か……いや、ありゃあどっちも手先で納まるタマじゃねえわな。つうことは、ダルシャールの親玉クラスか?)

 可能性の一つとして心の片隅に記しておく。

「人んちの庭で好き勝手しやがって。リゼルトの安否は掴めたのか?」

「重傷だが生きてるようです。生き残りをまとめ、ノルトヴァール諸島のアジトに退避したと伝書鳩が。うちの被害状況は、沈没一隻、拿捕された船が三隻」

 年嵩の手下が補足した。

「敵船団から短艇強奪してとんずらかましたうちの乗組員が、かなりいるっつう情報でして。ワシの一存ですが、アジトから船を出して捜索と救助に当たらせておりやす」

「いい判断だ。船大工と医者と必要な物資をアジトに送ってやれ。船渠のランザー号はどんな按配だ?」

「艤装もお役所の臨検も済んでおりやす。あとは船荷の積み込みだけでさぁ。なんなら今から港の人足集めやすかい?」

 リュートルは首を振った。

「この時間帯じゃ人足どもは酒場で飲んだくれてるか、色街でしっぽりやってて使い物にならんだろ。無理くり招集しても、雑な仕事されんのがオチだぞ。やめとけやめとけ」

「へい。んじゃ、明朝から段取り付けるとしやす」

「よし。一ヶ月以内にケリつけるぞ。早ええとこ落とし前つけにゃ取引先に舐められて、マーティス海で商売できなくなっちまう」


 翌朝。航海の準備に勤しんでいたリュートルの元に、浮かない顔の腹心がやってきた。

「出がけに針仕事はやめてくださいよ、お頭」

 ほつれたバンダナを手直ししていたリュートルが振り向いた。

「んな迷信いちいち気にしてられっか。なんだったら出がけに爪も切ったるぜ」

 船乗りは勇敢だが、迷信深い者もまた多かった。なにせ板子一枚下は地獄という環境だ。験も担ぎたくなろうというものだ。

「どうしたよ。不景気なツラしやがって」

「それが、アジト経由で妙な報告が上がってきまして。現場海域で捜索活動中の船が、ノルトヴァール諸島の魔物島に、でっかい城を発見したっつうんですよ」

「はぁ? 魔物島ってあれだろ、アルラウネとかベヒモスとか、やたら強力な魔物が徘徊してる無人島だろ? 隣の島に水の補給場あるから、俺も何度かあの辺に停泊したことあるが、城なんてなかったぞ」

「最近築かれたんでしょうかね」 

「どこの命知らずだよ、あんな人外魔境に築城するなんてよ」

 それ以前に、あんな辺鄙な離島に築城するとなれば、建築資材の搬入や人員の移動が必須となる。マーティス海一円を縄張りとする竜爪団の情報網を、掻い潜ることなど不可能なはず。

「尋常な規模じゃねえらしいです。エスタリスの城壁より大きいようで。それも、一日二日でこさえた安普請じゃなくて、堅牢な石垣を備える永久要塞だってんですよ」

「眉唾もんだな。この目で見てみねえことにゃ」

「ダルシャールの船も、あの城を探るためにマーティス海に出張って来たんじゃねえかって、リゼルトの奴が話してたそうです」

「ってことは、ダルシャール海商同盟の城じゃあねえんだな?」

「そうなりますね」

 リュートルは考え込んだ。

「ともかく判断を下すにゃ情報が足りねえ。短艇で魔物島に上陸できねえか? 夜陰に乗じるとか城の物見塔の死角からよ。アジトに指示を出せ」

「伝書鳩を飛ばします」

「城なら所属を示すもんが何かしらあるだろ。紋章入りの旗とかタペストリーとか。偵察にはそういうのに詳しい奴を帯同させろよ」

「細けえ指示は、お頭直筆の命令書に書いてくださいよ」

「分かった分かった。午前中に用意しとく」


 五日ほどたって、新たな情報が入った。

「お頭。例の魔物島の城ですが、所属が割れました。アルヴァント魔皇国の国旗を掲揚しとるようで」

「そういやここは、魔物が統べる国家だったな。なら魔物の島を領土としても不思議はねえのか」

「魔皇国の旗と並んで、もうひとつ見慣れねえ紋章の旗を掲げてるらしいんですが……」

 言い淀む手下。

「見慣れねえ紋章?」

「ええ。こいつぁエスタリスの飲み屋で仕入れた情報なんですが、ノルトヴァール諸島を領地とする新しい魔皇国貴族が封ぜられるそうで」

 気色ばむリュートル。

「おいおい、先にあそこの島の一つを開拓したのは俺たちだぞ。ふざけやがって……新領主だと? こりゃあ丁重に挨拶かまさにゃならんようだな!」


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