第38話 ゴーレム鉱山採掘作戦
「やべえ。なんだってこんなに湧いてきやがるんだ」
巨大ヴィルボアール二頭の闘いから離れようと、獣道を逸れる方へと進路を取るルファートとシルヴィ。その進む先々に現れる新手のヴィルボアール。
「群れ同士の抗争かな? ちゅうかヴィルボアールって群れるもんなんだね」
「悠長に分析してる場合か」
「いや冒険者って魔物駆除の専門家じゃん。こういう情報に通じてないといけないんじゃない?」
「この場を切り抜けたら、心を入れ替えて勉強する。今は走れ」
十頭以上のヴィルボアールが執拗に追いかけてくる。彼等の生態は謎に包まれているが、人間は問答無用の攻撃対象らしい。
「あいつら、人間食べるのかな?」
「……食うんじゃないか。魔獣だもの」
「ひぃ、あたしら痩せてて美味しくないよ!」
「言葉なんて通じないだろ、テイマーじゃあるまいし」
「テイマーもいいね。生き残ったらテイマー志そうかな」
「現実逃避してないで急げ!」
世の中には、隷属の呪紋を活用して魔獣を従える者たちもいるという。かつてワイバーンに騎乗したと聞くゼラール近衛騎士団や、グリフォンを使役するゴルト・リーア騎兵団あたりが有名だ。
「泉だ……」
茂みを掻き分け開けた場所に出たと思いきや、そこは滾々たる湧水を湛える泉だった。
「迂回すると捕捉されそうだね。泳いで対岸渡る?」
うろ覚えだが、陸棲の魔獣は入水を忌避する傾向があると冒険者ギルドの新人研修で習った気がする。
「今の季節、あまり濡れたくないな」
孤児院に風呂などという上等なものはないので、近所の川でよく水浴びをしたものだ。ルファートもシルヴィも水泳はお手の物だが、入水を躊躇した。中秋にさしかかり、日中こそ快適な気候だが、森の夜は冷涼だ。感冒が比喩抜きで命取りになりかねないことを肝に銘じて知る二人だった。
「待って、泉の上に何かいる」
「え? 人……か?」
立ち枯れた木々がいくつも水没していたので、紛れて判別できなかったが、目を凝らしてみると人間だった。どんな魔法か知らないが水面に立ち、剣を構えて微動だにしない。靄に霞むシルエットからして、髪の長い女と思われた。
意を決して声をかけるルファート。魔物から逃げる際、逃走経路に人がいた場合、注意喚起するのがマナーだったはず。
「おーい、ヴィルボアールが来るぞ! 早く逃げろ」
水上に佇む謎の人物がこちらを見た。跳躍。唖然とするルファートの前に軽やかに着地。およそ常人になせる業ではなかった。
(今六十ケルディくらい跳んだよな、この人。何なんだ)
「せっかく気分が乗って練気中だったのに。こういう時に限って横槍入るのよね」
隻腕の女剣士がルファートの顔を覗き込んできた。
「坊や、あたしにご用?」
「い、いや、ヴィルボアールの群れ迫ってきてるんで、ここから避難したほういいっすよ」
「ヴィルボアール? 浅い森ウロチョロしてるなんて珍しいわね。まぁ、好都合だわ。サクッと狩って今夜の食材調達するか。坊やたち、情報ありがとね」
けたたましい咆哮。茂みから次々と現れた五体のヴィルボアールが突進してくる。
「よしよし。ござんなれ」
隻腕の女剣士の姿がかき消えた次の瞬間、ヴィルボアールたちは血を噴出させて斃れた。四肢をばたつかせ、しゃくり上げるような死戦期呼吸。どの個体も正確に首の下あたりを刺突されている。
(つええ……動き全く見えなかったぞ)
自分も研鑽を積めば、いつの日かこの女剣士のような高みに立てるのだろうか。
「他のは逃げたか。坊やたち、好きなだけ持ってっていいわよ。ほんの情報料代わり。あ、一匹はあたしの晩メシだから残しといてね」
血振りして剣を納める女。
「ありがたいけど、こんな持てないすよ」
「村の大人たち連れてくりゃいいじゃない。あんたたち、この辺の村の子じゃないの」
「俺たち、冒険者っす」
「なんだ、同業者か」
女剣士は何事か思案した。
「あんたたち、腹減ってない? 晩メシ一緒にどう?」
「うーん、俺の一存じゃあ決めらんないなぁ。あっちで連れと相談していいですか」
「どうぞ」
「何か魂胆があるのかな?」
社会の底辺で辛酸を嘗めてきた孤児たちにとって、無償の好意はとりあえず裏を勘繰るべきものだった。
「あたしらみたいな貧相な子供嵌めて、あの人に何の得があるっての。むしろ、あたしらがひもじそうな顔してるの見かねたんじゃない」
「まぁ確かに腹減ったな……」
シルヴィは女剣士を盗み見た。
「ところであの片腕のおねえさん、どこかで見たことあると思ったら」
「なんだ、有名な冒険者なのか? まぁあんだけ腕が立つならそうなのかもな」
「そうじゃなくて。ちょっと前に、川で溺れかけたスーが通りすがりの冒険者に助けられたの。あの時の冒険者だわ」
「あー、俺が日雇いで居なかった時の話だろ。そういやチビたちから聞いたな」
「貧民街で人助けしようなんて物好きだもの。怖そうに見えるけど、根は善人なのよ……たぶん」
「んじゃまぁ、素直にゴチになっとくか」
とこう相伴にあずかることとなったルファートとシルヴィ。
「正直助かったわ。あたし腕これもんだからさ、火熾しとか獲物の解体とか難儀なのよ」
「こちらこそ勉強なりました」
火床の作り方、焚火の育て方、ヴィルボアールの解体に肉の臭み抜きと、女剣士の作業ひとつひとつが熟練の冒険者知識てんこ盛りで、駆け出しの二人には目から鱗であった。
「申し遅れました。俺はルファートです」
「連れのシルヴィです」
女剣士はメルダリアと名乗った。
「クエストの途中とかですか?」
「冒険者は休業中なの。仕事で下手打って片腕なくしちゃってさ。見切り付けて足抜けしようにも、この稼業にどっぷり浸かっちまってるからねぇ。今更ほかの生き方なんて出来やしない。そんな訳で、今は復帰目指して鍛え直してるとこ」
「メルダリアさんみたいな強い人でも、そういう事あるんですね」
「あたしら冒険者は、読んで字のごとく危険を冒す者だからね。生死はいつも紙一重さ。あんたたちも大怪我する前に、こんな切った張ったの業界からは足洗ったほうがいいよ。親が泣くよ?」
ルファートとシルヴィは微妙な表情。
「俺たち孤児なんですよ」
「あら、そうなの。そりゃ失礼」
「うちの孤児院リスナル外廓にあるんですけど、以前メルダリアさん来てましたよね。ほら、院長先生に魔道具屋の場所聞いてたじゃないですか」
「あーはいはい、あの時の。そっか、孤児から冒険者か。よくあるパターンだねぇ。元孤児ってだけで理不尽に排斥されちまうこのご時世だもの。確かに危ない橋渡らなきゃ、まともな食い扶持にありつけないわね」
「……」
メルダリアが艶やかに笑った。
「んで、あんたたちできてんの? 駆け落ちしてきたんでしょ?」
「な、な、な――」
「ハァ? そんなんじゃねえし!」
「お子ちゃまねぇ。お互い好き合ってるみたいじゃない」
「なんで今しがた知り合ったばっかのあんたに、そんなこと分かんだよ」
「んなもん傍で見てりゃ一目瞭然に決まってるでしょ。大人を舐めんじゃないよ」
真っ赤になって押し黙る少年少女を、面白そうに観察するメルダリア。
「業界の先達として老婆心ながら忠告させてもらうけどね、とっととやる事やっちまいなよ。さもないと、後で後悔することになるわ。この稼業で食べてくなら尚更さ。いつどこで野垂れ死ぬか分かりゃしないんだから」
気まずい沈黙。焚火が爆ぜる。
「なんならあたしが懇切丁寧に指南してあげるわよ? 冒険者たるもの、ムラムラした時ゃおおいに発散しなきゃいい仕事はできないもの」
冗談めかして科を作るメルダリア。咄嗟にルファートを後ろに庇うシルヴィ。
「結構です! 間に合ってます!」
アルヴァントとオリハルコンゴーレムの欠片の戦闘はなお続いている。アルヴァントの剣の冴えも増しているが、オリハルコンゴーレムの欠片どもも洗練の度を増しつつある。一進一退の攻防は膠着していた。体感だが、戦闘開始から既に三日経過している。
「神剣使ってるとはいえ、スパスパよく斬るねぇ。敵だってオリハルコンなのに」
「けど、破壊した欠片もすぐ元に戻っちゃいますね。これじゃあきりがない」
「やっぱ魔石核叩かないとダメだね、あれ」
「クッコロ様が進呈されたミスリル鎧の効果で、戦況が拮抗いたしましたわ」
「一筋縄ではいかないね、あのオリハルコンゴーレム。それにしてもアルちゃんタフだねぇ」
意識を取り戻したディアーヌとミリーナ共々、結界の中でアルヴァントの闘いを観戦するクッコロ。空間収納から絨毯やら椅子やらテーブルやらを取り出し、すっかり寛ぎモード。
「なんだか気が引けますわ。陛下の交戦中に、こうして暢気にお茶会など……」
「大目に見てもらおうよ。不眠不休で何日も闘えるアルちゃんみたいな超人と違って、こちとら一般人なんだから。あたしらは普通に眠くなるし、お腹空くし、喉だって渇くんだから」
これでも二日目あたりまでは不測の事態に対応できるよう気を張っていたのだが、睡魔との戦いに相次いで陥落。交代で睡眠を取ることになった。クッコロがベッドを取り出した際には、激闘中のアルヴァントから白い目で見られたが。
「そなたら。寝るなとは言わぬが……さすがにそれはあんまりじゃないか」
「てへへ、ごめんね」
「欠片どもの動きの法則性もあらかた把握したし、そろそろ仕上げにかかるかの。グズグズしていたら、クッコロが敵前で入浴を始めかねん」
「あたしだってそこまで非常識では……まぁそれは置いといて、魔石核捕捉できた?」
「抜かりはない――と言いたいところじゃが、もうひとつ確信が持てぬ」
クッコロは考え込んだ。
「アルちゃんがこの三日間、際限なく斬りまくってくれたから気付いたんだけど」
「何か考えがあるようじゃな」
「切断されて床に転がった欠片って、暫くたってから再生して戦列復帰するよね。このタイムラグって、一時的に魔石核の制御を離れることで生じてると見たの」
「ふむ、あり得そうじゃな」
飛来する欠片を捌きながら会話するアルヴァント。
「御慧眼ですわ、クッコロ様」
「そこでアルちゃんには引き続き斬りまくってもらって、魔石核との連絡途絶してる隙に、床に落ちたオリハルコンの断片あたしの空間収納に仕舞っちゃおうかと。名付けてゴーレム鉱山採掘作戦」
「なるほど。構成素子が先細れば、いずれ魔石核が露出するという寸法じゃな」
「上手くいけば、オリハルコン素材も入手できて一石二鳥的な感じ」
「よかろう。試してみようぞ」
クッコロ立案のゴーレム鉱山採掘作戦は見事に嵌った。重厚で堅牢だった欠片の陣形も見る間に薄くなり、姿を現した魔石核がアルヴァントによって両断され決着となった。
「やれやれじゃな」
「魔力阻害も解消されましたわ。普通に魔法が使えます」
クッコロがアルヴァントを労った。
「お疲れ様。汗かいたでしょう。お風呂入る?」
「なんじゃ、妾の皮肉を根に持っておるのか」
「いやいや、アルちゃん入浴したいなら用意するよ? マジで」
「ここで湯浴みか? それもまた乙なものかもしれぬが……まぁ宮殿に帰ってからにするよ」
「そっか。さて、オタカラや如何に」
広間中央の黒石柱に注目する。石柱の頂に揺らめいていた浅葱色の淡い光が、いつしか消えていた。
「まずわたくしが調べますわ」
罠を警戒して、ディアーヌが先鞭を買って出た。石柱を一周し、慎重に触れる。
「む」
ディアーヌが石柱に触れた途端、広間全体が鳴動し、床から何かがせり上がってきた。
「やはり追い罠がございましたか。設置者の捻くれた性根が窺い知れますわ」
「心を折りにくるのは、罠としては正当じゃがな」
一行を包囲するように佇む十二体のオリハルコンゴーレム。ミリーナが悲壮な顔で呟いた。
「そんな! 一体でもあんな苦戦したのに……」
「心配には及ばぬぞ、ミリーナ。今は魔法が阻害されておらんのじゃ。敵も詰めが甘いのう。――クッコロ、任せたぞ」
「了解」
オリハルコンゴーレムたちの全身を撫でるクッコロの魔力波走査。次の瞬間、転移魔法によって抜き取られた十二個の魔石核がクッコロの足元に転がった。
「やった! オリハルコン大量入荷」
「まさにゴーレム鉱山ですわね……」
「恐ろしいものじゃな、時空魔法の遣い手は。ん?」
アルヴァントがいつになく真剣な顔で戦闘態勢を取った。端麗な額が裂け、第三の眼が現れる。アルヴァントの魔力が、どんどん膨張してゆく。
「陛下?」
「気を抜くな。何か出てくるぞ」
石柱から煤のようなものが立ち上り、眼球のようなものを形成した。空中で四人娘パーティを睥睨する謎の眼球。
『まさか彼奴等の陥穽を突破する者が、この星におろうとはの。褒めてつかわす』
「……」
『褒美に死を取らす――と言いたいところではあるが、ここで我が力を解放しては、観星ギルドの化け物どもが覚醒してしまう』
「聞き捨てならぬことを申す……観星ギルドじゃと? 貴様、何者じゃ!」
アルヴァントの質問には答えず、転移の光に包まれる謎の眼球。
『命拾いしたな、虫けらども』