第36話 地下遺跡のガーディアン
謎壁画に彩られた通路を進む四人娘パーティ。所々に摩訶不思議な文物が展示してある。学者や商人ならば舌なめずりするところであろう。
時々アルゲントゴーレムやアウルゴーレムが現れて襲いかかってきたが、アルヴァントが華麗な剣技で寸断した。
(ボーナスステージだね、ここ)
ホクホク顔でゴーレムの残骸を空間収納へと仕舞うクッコロ。鋳潰せばかなりの金銀インゴットが得られるだろう。オータムリヴァ島開発でなにかと物入りなのだ。
「アルちゃん、剣も達者だねぇ」
「そうか? 魔法戦より不得手なのじゃが。まぁ、嗜みとして何百年か研鑽を積んだゆえ、その成果であろ。メーベルトに請われて、しょっちゅう手合わせもしておるしな」
「そもそもメーベルト様と手合わせできる技量の方が、片手で数えるほどしかおりませんわ。陛下の他にはルディート様、カルマリウス様、マルヴァース様くらいのものでしょう」
「クッコロがそれに加わることになるの。多忙な妾に成り代わってメーベルトと遊んでやってくれ」
(藪蛇だったか)
クッコロは曖昧に微笑んだ。
「それにしても、何百年も研鑽すか……どんな剣の達人も、アルちゃんからしたら駆け出しのひよっこに見えちゃいそうだね」
「そうでもないぞ。天賦の才を持つ者というのはやはり存在する。そ奴らは高々数年の修行で、常人の到達し得ぬ境地に至るのじゃ。妾も何人か出会ったものよ。剣聖メーベルトしかり、ゼラールの救国騎士しかり」
(ん? 救国騎士ってあたしの事だよね……前世でアルちゃんと面識あったっけ?)
「そういえばクッコロよ。【千手拳】に弟子入りする件、よかったのか?」
「うん。ラディーグさん悪い人じゃないし、別にいいんでない?」
「さようか。少し意外だったのじゃ。そなたは束縛を忌避するタイプかと思ったのでな」
「叙爵式の後メーベルトさんと模擬戦しなきゃいけないんでしょう。ラディーグさんの技伝授してもらって、手札増やしとくよ。泥縄ってか付け焼刃だけど、なにもしないよりマシかな~と思ってさ。あんまりアッサリ負けたら興醒めだろうし、アルちゃんの顔潰すしね」
「何事にも恬淡なそなたが、珍しくやる気じゃな。【千手拳】はメーベルトとも好勝負をする実力者じゃからの。ふむ、悪くない選択やもしれん」
アルヴァントが唐突に押し黙り、皆を制した。
「クッコロ、気付いたか?」
「魔力が変な感じだね、この辺り。探知魔法も身体強化も急に切れちゃった」
厳しい顔で頷くアルヴァント。
「魔素の励起が阻害されておるようじゃの。トラップか」
「魔力が働かないんじゃ、もしかして、あたしが一番役立たずのお荷物なんじゃ……」
「ディアーヌは先頭、ミリーナは後方の警戒に当たれ。クッコロは妾の傍を離れるなよ」
警戒しつつ進むと、ドーム状の広間に出た。床は擂鉢状に窪んでおり、円心には黒い石柱。石柱の頂に浅葱色の淡い光が揺らめいている。この石柱を包囲するように、四体の巨像が佇立していた。
「察するに、あの黒い柱がお宝で、周囲の像はガーディアンといったところかの」
「どう見てもレアなゴーレムだよねアレ。希望的観測を言っていい? アルゲントゴーレム三体とアウルゴーレム一体……だったらいいんだけど」
「あの質感にあの魔力――十中八九、ミスリルゴーレム三体とオリハルコンゴーレム一体であろうな」
「討伐できれば、稀少素材採り放題だね。……おうち帰りたくなってきた」
「陛下、魔法の行使を掣肘されては、苦戦を免れませんわ」
アルヴァントは思案した。
「ふむ。桎梏付きではちと厳しいかの。撤退するか」
夜目の利くミリーナが、進んできた通路奥の暗闇を凝視した。切羽詰まった報告。
「後方通路、塞がっています!」
「一方通行ということか」
「あのレアゴーレムたちがアルちゃんの言う通りガーディアンだとすると、お宝に不用意に近付かなけりゃ起動しないんじゃない?」
「ここから眺めていても埒が明かぬからの。広間の壁際に沿って他の通路を探してみるか」
行動を開始しようとしたその時、四人の脳裏に無機質な念話が響いた。
『魂魄認証不適合。現時点ヲ以ッテ侵入者ヲ敵性体ト見做シ、排除スル』
(え? 日本語?)
「今しがた、訳の分からぬ念話が入った。そなたらはどうじゃ?」
「わたくしにもありました。どこの言葉でしょうか? 初めて耳にする言語でしたわ」
「あたしにも聞こえました。意味はわかりませんでしたけど」
「なんか敵認定されたっぽいよ。発信元はあのゴーレムたちかね?」
「ほう。そなた、今の謎言語を解すのか。何と申しておる」
「ええと、意訳すると、怪しい奴め、やっつけてやる――って感じかな」
アルヴァントの目が鋭くなった。
「戦闘は不可避か。ミリーナ、そちがパーティリーダーじゃ。作戦の指示を」
「はっ。あたしたちが四人、敵が四体なので、基本一対一で。ミスリルゴーレムを先に殲滅してから、オリハルコンゴーレムの攻略に取り掛かる戦力配分がいいでしょう」
それなりに場数を踏んだ金級冒険者だけあって、戦闘に臨んで周章狼狽することはなかった。
「ゴーレムども、動き出したな。どういう分担で行くかの」
ミリーナは瞬時に彼我の戦力を見積もり、算盤を弾いたようだ。
「こちらの最大戦力の陛下とクッコロ様、防御力と体力に優れたディアーヌ様がミスリルゴーレムに当たり、回避に特化したあたしがオリハルコンゴーレムでどうでしょうか。ミスリルゴーレムが片付くまで、あたしは逃げの一手で徹底的に近接戦闘を回避しますから」
(所謂マラソン戦法ってやつね。最果て遺跡オンライン思い出すな)
「固い作戦じゃな。それで行こう」
クッコロが困ったように挙手。
「あのう、それ良策だけど、ひとつ穴があるよ。魔法が阻害されてる現状、たぶんあたしがパーティ最弱なんですけど……」
「妾の体感じゃが、魔法出力は通常時の一割弱といったところだ。そなたならば、十分戦えるのではないか?」
「わたくしが守り重視で二体受け持ちますわ。クッコロ様は陛下の後方支援をお願いいたします」
「了解。なるはやで倒すから持ちこたえて。ちゅうかゴーレムたち、準備運動してるね……」
恐るべき戦闘力を秘めているであろう高位ゴーレムたちが、謎の体操をしているさまは、なにやら滑稽というかシュールだった。
「あれかな、空気読んで、あたしたちの作戦会議終わるの待っててくれてるのかな?」
「そんな愛嬌のある敵ではあるまい。奴らが会敵するのは何百年――下手すると何千年ぶりであろうからの。経年劣化で起動に手こずっておると見た」
如何に優れた魔法具であろうとも、適切な保守作業は必要ということなのだろうか。
「動作確認と魔力循環の絶賛真っ最中であろうよ。我等は粛々と配置に就こうぞ」
「そだね。アルちゃん神剣使うかい?」
「先ほどのミュルグレスか? そうじゃな、グラムを持参しておらぬゆえ拝借いたそう」
「陛下。その装束では防御が心許ないかと。なにか防具を御召しください」
「防具などないわ。アイテム袋の中身は、ポーションとマナポーションのみじゃ」
アルヴァントが神剣ミュルグレスを構えて半眼になった。
「グラムも大概じゃったが、この剣もとんでもないの……即席で使いこなせる代物ではないわ。魔力同調に数分かかりそうじゃ」
「なかなか予定通りにはまいりませんわね。わたくしが三体とも牽き付けますわ」
謎体操を終えたミスリルゴーレムが順次襲いかかってきた。ディアーヌが迎え撃つ。
(速い。さすがはミューズ・フォン・サークライ印のミスリルゴーレムというべきなのかな)
冒険者ギルド実技試験で戦った土ゴーレムなどとは雲泥の差どころか、比較も烏滸がましいレベルだ。
(ディアーヌさん……フルボッコなんですけど。大丈夫なのあれ?)
常人が喰らえば原形をとどめぬ肉塊になりそうな一撃を、可憐な顔面で受けて平然としている。
(ぼさっと傍観してる場合じゃないな。サポートしないと)
クッコロは滞留する魔力循環を改善しようと深く瞑想し、なけなしの魔力を搾り出しては、強化魔法や回復魔法を編み上げてディアーヌを支援した。
アルヴァントがおもむろに動いた。神剣との同調が完了したらしい。
「散開せよ」
ディアーヌが距離をとる。目にもとまらぬ速さでゴーレムたちの間を駆け抜け、剣を鞘に納めるアルヴァント。
「恐ろしい斬れ味じゃな。手応えがほとんどなかったぞ」
両断された三体のミスリルゴーレムが頽れた。
「お見事。きっちり魔石核斬ってるね。さすが」
「この剣で仕損じれば、逆に恥辱じゃがの。ミリーナ先輩の方は如何あいなった?」
三人が注意を向けると、いたたまれなさそうにオリハルコンゴーレムの傍に佇むミリーナがいた。
「まだ動きません」
「壊れてるんじゃないの、それ」
「陛下、今のうちに魔石核を破壊しては如何でしょうか」
「そうじゃな。騎士の親善試合ではないからの。馬鹿正直に起動を待つ謂れもなかろう」
アルヴァントが神剣で狙いを定めた刹那、オリハルコンゴーレムの巨体がぶれて消えた。
「ミリーナちゃん!」
ミリーナの眼前に一瞬で移動し、頭上に拳を振り下ろすオリハルコンゴーレム。ディアーヌが間一髪割って入り、拳を受け止めるも、二人まとめて吹っ飛ばされる。壁に激突して気を失うディアーヌとミリーナ。ミスリルゴーレムの攻撃を物ともせずはねのけていたディアーヌであるが、さしも頑強なその四肢も、オリハルコンゴーレムの痛撃の前にぐちゃぐちゃに破壊され、目をそむけたくなるありさまだった。
「クッコロ! 二人の治癒を」
「了解」
オリハルコンゴーレムの両腕が飴細工のように変形し、サーベルのような形状になった。神剣ミュルグレスを構え直し、舌なめずりするアルヴァント。
並みの戦士では目で追う事すら困難な速度で斬り結ぶアルヴァントとオリハルコンゴーレム。
(青の月で何回かオリハルコンゴーレム見せてもらったけど、こんな強くなかったよね。動きがどんどん慣熟してきてるな。まだアルちゃんのほうに分がありそうだけど)
幾重もの誘いと緻密な崩しが功を奏し、オリハルコンゴーレムの首や腕が斬り落とされてゆく。
(勝負あったかな? ――まだか)
寸断されたオリハルコンゴーレムが砕け散り、一千あまりの欠片となった。それらが紡錘形となり、縦横無尽に空中を舞ってアルヴァントに殺到。全ては躱しきれず、体のあちこちを切り裂かれて流血。
血を見て反射的に回復魔法をかけるクッコロ。治癒の光に包まれた裂創から煙が立ち、悲鳴を上げるアルヴァント。
「ちょ、い、痛い痛い! クッコロ、回復魔法はやめてくれ。ヴァンパイアの妾とは相性が良くないと、以前教えたであろう」
「あ……ごめんなさい!」
「普段であればレジスト可能でどうということもないのじゃが、さすがに傷口には沁みる。人間風に言えば、傷口に塩を塗る感じかの」
「うわぁ、そりゃ沁みるよね。ホントごめん」
手慣れて来たのか、神剣でオリハルコンゴーレムの欠片を払う精度が上がりつつある。それでもなお被弾は多かった。
(魔法制限下であれの相手は、さすがのアルちゃんでもやっぱきつそうだな。ディアーヌさん言ってたとおり、何か防具でもあればだいぶ楽になりそうだけど……待てよ、空間収納にナーヴィンの甲冑あったな)
「アルちゃん、甲冑あるけど着る?」
「着たいのはやまやまだが、悠長に装着する暇などないじゃろ。こやつが空気読んで待ってくれればよいのじゃが」
「間合い取れる? 結界で短時間だけど隔離してみる」
会話している間も間断なく、硬質な金属音と火花がそこかしこに散る。
「ほう、ミスリル製か。確かこれは、ゼラールの近衛騎士団制式鎧じゃな。珍しい物を持っておるの」
「知ってるの? ちょっと前に、東方の古城で偶然入手したんだけど」
「その昔、ゼラールの宮廷で働いた事があるからの」
「……アルちゃんの職業遍歴謎すぎるよ」
「妾には大きすぎるな」
「魔法の鎧だから、装着した人に合わせて微調整されると思うけど」
クッコロの指摘通り、アルヴァントが魔力を込めたところ、形状を変化させる甲冑。
「妙な鎧じゃな。まるで生きておるようじゃぞ」
「おお、ぴったりになったね。アルちゃんに着てもらって喜んでるんじゃない?」
ベルズ十五世の墓の傍らに埋葬する予定だったが、有効活用されるならばこの鎧とて本望だろう。
「アルちゃんにあげるよ、その鎧。前の持ち主も、なんとなくそれを望んでるような気がしてさ」




