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第35話 入門


 ディアーヌに腕相撲を挑んだ腕っ節自慢の男たちは三十人にも及んだが、悉く撃退された。骨折や肉離れで悶絶する同業者たちの醜態を見て、さしも豪胆な冒険者たちも、矜持と生計を天秤にかけ始めた。体が資本の稼業なので、健康体に瑕疵ができては食い扶持を得られなくなる。

「冒険者の方って、思ったより非力ですのね」

 ディアーヌは汗一つかかず、息も乱していない。煽られた冒険者たちはばつが悪そうに視線を逸らしている。

「上等だ。俺とも勝負してくれよ、お嬢さん」

 精悍な若者が、円卓に金貨一枚を置いた。引き締まった体躯は猛々しい豹を思わせる。

「お、霊鉄(ダマスク)級のレオンだ」

「あいつ、身体強化得意だったよな。レオンならあの怪物令嬢に勝てるんじゃね」

「おいレオン! 負けんじゃねえぞ! 先達の意地見したれ」

 野次馬たちが盛り上がる。レオンがアルヴァントに問うた。

「身体強化は使っていいんだろ? 金髪のねえちゃん」

「もちろん。全力で挑まれることをお勧めします」


『あの者はそこそこ持ちそうじゃの。だが、結果は変わらぬ。リントヴルム族と力比べをして勝てる人間など――おっと、妾の傍らに例外がおったな』

『へぇ、そんな人いるんだ。あ、分かった。メーベルトさんか』

 クッコロに流し目をくれるアルヴァント。

『それはさておき、あのレオンとやら。セルドくらいの実力はありそうじゃの。伸び代はセルドの方が上であろうが』

『セルド? あー、リカントロープの狼牙将軍さんだっけ? そんな人もいたね。そういや彼、あたしのとこ来ないね。まぁあたしも方々飛び回ってるわけですが……』

『生きておればそのうちオータムリヴァ島の噂を聞きつけ、訪ねてくるじゃろ』

『そだね。気長に待つとしますか』

『さて、霊鉄(ダマスク)級冒険者の身体強化。どこまでディアーヌに通じるか見物じゃの』

『アルちゃんが関心を寄せるとは。もしかして、ああいうのがタイプなの?』

『男前であることは認めよう。まぁ近衛の一兵卒に加えてもよいと思う程度じゃな』


 審判を買って出た男が勝負開始を告げる。円卓が軋む。レオンの顔が驚愕に染まった。

「マジかよ」

 涼しい顔のディアーヌと、血管が浮き出るほど紅潮したレオン。問答無用の圧力の前に、レオンの腕がゆっくり倒れていく。最後の抵抗も虚しく手の甲が叩き付けられ、無骨な円卓が粉砕された。

「レオンでもダメか」

「ありえねえ……あの細腕であの膂力」

 どよめく見物人たちの背後から、ひときわ巨大な男が覗き込んできた。

「ガキども、何を騒いどるんじゃ?」

「あ。ラディーグの旦那」

「いえね、実は斯々然々な訳でして」

 ラディーグに事の経緯を説明するギャラリーの冒険者。

「ふぅん、あの娘っ子パーティの生殺与奪を巡って勝負のお。元気なこった」

(生殺与奪って……ニュアンス変わってない?)

「ん? そこにおるのはクッコロの嬢ちゃん」

「こんちはです、ラディーグさん」

 考え込むラディーグ。

「ということは、この腕相撲に勝てば、お前さんを弟子にできるということじゃな」

 ラディーグの双眸がギラリと輝いた。

「どれ、儂も一勝負挑ませてもらうかの。どっこらしょ。挑戦料は金貨一枚でいいんじゃな?」

「おお、【千手拳】の爺さんがやるみたいだぞ」

「こりゃ面白え」

 アルヴァントの頬が微かに引き攣る。

「ディアーヌ、全力でいけ。出し惜しみはなしだ」

「かしこまりました」

 周囲の冒険者たちが固唾をのむ中、配置につく両者。審判役が勝負開始を告げると同時に、膨大な闘気がぶつかり合った。薙ぎ倒される人々。闘気圧に耐え兼ね、べこりと陥没する床。ギルドの建物全体が間断なく軋んだ。

 ディアーヌの顔が初めて苦し気に歪み、脂汗が滲み出てきた。対するラディーグは余裕綽々。

「いやはや、儂相手に粘るとはたいしたもんじゃ。ここにも隠れた逸材がおったか。さすがはクッコロ嬢ちゃんの仲間と言うべきか。だが――ふぬ!」

 気合いを注入したところ、ラディーグの隆々たる筋肉が更に増大。ディアーヌの悲鳴を残して勝負は決した。


 場所を個室に移し、対話する四人娘とラディーグ。

「さて、何でも一つ、儂の希望を叶えてくれるんじゃったの」

「まぁ、私たちに出来る範囲で」

 ディアーヌが悄然と項垂れた。

「申し訳ございません、アル・チャン様」

「相手が相手。是非もあるまい。私も軽率だった。許せ」

 ラディーグが頭を掻いた。

「この世の終わりみたいな顔をするでない。儂ぁ常識人じゃからの。そこまで非道な要求はせんよ。お前さん方には、儂の弟子になってもらおうかの。どうしても嫌なら無理強いはせんが」

 おずおずと手を挙げるクッコロ。

「あの~相談なんですけど。あたしは基本暇人だからラディーグさんの弟子になっても構わないんですが、この三人は勘弁してもらえませんかね。三人とも忙しい人なんですよ」

 顎髭をしごくラディーグ。

「儂としては、クッコロ嬢ちゃんが弟子入りしてくれるなら御の字じゃ。ふむ、そうじゃのう」

 ちらりとアルヴァントを一瞥。

「魔皇陛下を弟子にするなどと大それたことは慎んでおくか。この国に居られなくなっても困るしのう」

「なんじゃ。バレておったのか。食えぬ男じゃな」

 呵々大笑するラディーグ。

「認識阻害の術程度では、なかなか陛下の存在感を隠蔽できませんぞ。ぐはははは」


「ではよろしくお願いします、師匠」

 誰かに師事するのは、前世から通算で四人目になる。一人目が前世で剣術と騎竜術を学んだタルガット・カルロ男爵。二人目が日本で剣道を学んだ祖父秋川吉右衛門。三人目が青の月(アグネート)で魔法を学んだ執事長ローエル。そして四人目が、おそらくは格闘術を学ぶことになるだろうラディーグ。

(前世で命を救ったちびっ子ドワーフに弟子入りか……これも何かの縁かもね)

「うむ。免許皆伝目指して励んでくれ。ちゅうても長期間拘束するようなことはせんから気楽にの。月に一度程度、模擬戦で儂の相手をしてくれればよい。お前さんなら、それで儂の奥義を体得できよう」

(技術は目で見て盗めってか。いかにも求道者の発想だねぇ)

 ラディーグが掌を拳骨でぽんと叩いた。

「そうそう、月謝は酒樽ひとつでいいぞい」

(月謝とかあるんだ……)

 アルヴァントがクッコロに釘を刺した。

「ラディーグの深酒には要注意じゃぞ。今でこそ【千手拳】の二つ名で呼ばれておるが、この男のかつての渾名は【酔闘神】じゃ。理由は言わずもがなであろ」

「こりゃまた古い情報を。今現役の連中は、ほとんど知りますまい。失礼ながら陛下、御齢がバレますぞ」

「無粋な奴め。淑女に齢の話は禁句であろうが」

「儂ぁ市井の野人ですからな。さて、これ以上逆鱗に触れる前に退散しますかの。クッコロ、またな」

 辞去するラディーグを、熱のこもった目で見送るディアーヌ。そっと呟いた。

「……わたくしも弟子入りしようかしら」



 食糧や薬品、野営道具を皇都の市場で取り揃えた四人娘パーティ。準備万端調ったところで、オータムリヴァ島の新発見ダンジョン前へと転移した。

「腕が鳴るの。どういう布陣でゆく?」

「献策お許しください。わたくしとミリーナ殿で前衛を務めたいと存じます。陛下とクッコロ様は後衛で、魔法支援などお願い致したく」

 アルヴァントは肩を竦めた。

「過剰な配慮のような気もするが、まぁよかろう。パーティリーダーはミリーナが適任じゃな。そちが指揮を執れ」

「は? あ、あたしがですか?」

「そちは(アウル)級の熟練者であろう。他の三名は(アルボー)級の駆け出しじゃ。議論の余地もない」

「異議なーし」

「そうですわね」

「えぇ……」


 松明に火を点そうとするミリーナをとどめた。

「松明はやめといた方がいいかも」

 酸欠の恐ろしさをどう説明したものか言い淀むクッコロ。しかし、換気のよろしくない洞窟や坑道の危険性は、業界で経験的に周知されていたようだ。

「おっとそうでした。ダンジョン探索は、あたしも慣れてなくて」

「誰か光源の魔法使える?」

「妾が受け持とう」

 洞窟内の空気組成は未知数だ。酸素が薄いかもしれないし、謎の可燃性ガスが局所的に充満しているかもしれない。

(念のため探知結界張っとくか。パーティの半径50メートルくらいでいいかな。結界玉も待機させとこ)


 薄暗い洞窟に分け入って程なく、ゴブリンやコボルトの小集団と遭遇し、戦闘となった。鎧袖一触でこれらを蹴散らす。

「このゴブリンとかさっきのコボルトって、討伐しちゃってよかったの? アルちゃんとこの国民じゃないん?」

「土着の野良魔族であろ。妾とて、あまねく世界の魔族を統べている訳ではない。そもそも妾の加護を得ておれば、このように原始的な生活を営むはずなかろう」

「捕虜にして後で慰撫するとかしなくていいの?」

「無用の仁愛じゃな。妾が慈悲をかけるのは、魔皇国の臣民に限定される。人間とて陣営が異なれば、同族同士のべつ幕無しに殺し合っておるではないか」

「なるほど。じゃあ魔獣同様倒しちゃって問題ないんだね」

「うむ。どんどん狩るがよい」


 会敵する魔物を殲滅しながら、しばらく進んだ。

「この辺りは、あまり強い気配を感じぬの。雑魚ばかりで拍子抜けじゃ」

「魔石核は摘出しなくていいんでしょうか」

 遺棄された魔物の死体を、後ろ髪引かれる感じで振り返るミリーナ。

「安物の素材にしかならんであろ。時間の無駄じゃ」

「アルちゃんや、ミリーナ先輩はパーティリーダーですよ。意見を尊重せにゃ」

「む。これはしたり。クッコロの申す通りじゃ。許してたもれ、ミリーナ先輩」

「あわわわ、もったいないお言葉です」

 苦言を呈されても不快な顔どころか、むしろ嬉しそうにしているあたり、アルヴァントもこうした遣り取りを楽しんでいるのだろう。

「陛下、クッコロ様、前方に何かの構造物があります」


「門扉じゃな、どう見ても」

「ですわね」

 むきだしの岩肌に突如現れた人工の壁。精緻な彫刻といわくありげな宝玉の象嵌が施された、両開きの金属扉。

「かなり古い時代のものに見えますわ」

「初めて見る紋章じゃの。ゼラール帝国の国章に似ておるような気もするが」

(あれは……)

 門扉に刻印された紋章に見覚えがあった。前世――クッコロ・ネイテールの左眼に嵌め込まれていた魔晶石。あの魔晶石に、まさに同じ紋章が刻まれていたのをはっきりと憶えている。

(あれは確か、建国帝ミューズ・フォン・サークライ様の紋章。どういうこと……)

 千々に乱れるクッコロをよそに、アルヴァントらは門扉を調べ始めた。

「やはりというべきか、強力な魔法で施錠されておるようじゃな。術式解析してみたが、高度過ぎてさっぱり分からぬ」

「陛下が匙をお投げあそばされるほどであれば、わたくしどもの手には負えませんわね。――破壊致しますか?」

「やめておけ。どんな悪辣な罠が仕込まれておるか知れたものではない」

「何か解錠の方法があるのでしょうが。合言葉とか、鍵となるアイテムとか」

 アルヴァントが門扉を睨んで腕組みした。

「これ見よがしと申すか、横の台座にお誂え向きの穴が開いておるの。これが鍵穴であろうか?」

 ミリーナが賛同した。

「いかにもそれっぽいですね。となると、鍵はけっこうな長物になりますかね? この穴の大きさからして」

「ありがちなのは剣かの。吟遊詩人どもの好みそうな叙事詩(サーガ)張りのベタな展開じゃが」

「案外正鵠を射ているのかもしれませんわ。このギミックを拵えた古代人が、そういう諧謔を好んでいたのかもしれませんし」

 クッコロはこの時、既視感にとらわれていた。

(日本にいた頃、これと似たようなシチュエーションあったっけなぁ。翔子や久保っちと最果て遺跡オンラインで遊んでて、どこかのダンジョンでレイドボスドロップの剣台座に刺したら新エリア解放されて……って、思い出に浸ってる場合じゃないな)

 実のところ、ミューズ・フォン・サークライ所縁の剣ならば所持している。例の神剣シリーズだ。

(物は試しだし、やってみよっか)

 クッコロは空間収納から無作為に神剣一振を取り出した。執事長ローエルが張った付箋には、『神剣ミュルグレス』と書かれている。持ち上げようとした瞬間、手に衝撃が走って弾かれた。

(やっぱ触れないか……)

「ミリーナちゃん。ちょっとこの剣、そこの台座の穴に刺してみてくれる?」

「うわ! な、なんですかこの剣は……すごいもの持ってますね」

 アルヴァントが物問いたげにクッコロを見た。

「ほう。神剣か……以前、妾も一振貰ったの。というか、いったい何振所有しておるのじゃ」

「う~ん、公言していいものかちょっと判断つかないので、今のとこ内緒ってことで……」

「内緒という割に、ほいほい出してくるではないか。グラムはよかったのか? 妾が貰っても」

「うん」


「それではいきます」

 ミリーナは震える手でミュルグレスを台座の穴に差し込んだ。神剣から滲み出る神気が、かなり堪えるらしい。

 神剣が台座に納まった瞬間、門扉に複雑怪奇な魔法陣が浮かび上がり、明滅しながら開き始めた。唖然とする四人娘。

「開いたな……」

「開きましたね」

「今更な気もするが、何者じゃそなたは」

 クッコロ自身回答に困る質問だ。困った時は、頭を掻いて笑って誤魔化す。

「そ、そんなことより、開いたよほら。いざ入門!」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
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