第34話 アル・チャン冒険者登録
オータムリヴァ冒険者ギルドは未だ設立準備中であるため、アルヴァントとお目付け役ディアーヌの冒険者登録は、皇都リスナルで行うことになった。宮城庭園の東屋で待ち合わせ、合流する。
「なんじゃ、その従者も連れてゆくのか?」
「うちのミリーナちゃんは、こう見えても金級冒険者なんだよ。業界の熟練者なのだ」
「ふむ。冒険者の慣習や作法に通じた者も必要か。なるほど、了解した。よろしく頼むぞ、ミリーナとやら」
アルヴァントに声をかけられ、ミリーナはひどく緊張した様子だった。
「よよ、よろしくおにゃがい申し上げたてまちゅりまし……」
「落ち着け。肩の力を抜け。ほれ、深呼吸してみよ」
ディアーヌが蟀谷を押さえている。
「ところで陛下。その御召し物は」
「これか? 以前クッコロに貰ったのじゃ。異国から来た見習い冒険者という設定で振る舞おうと思っての」
水高制服姿のアルヴァント。
「忌憚なく申し上げて、些かはしたないですわ。魔皇陛下ともあろう御方に相応しき衣装とは思えません」
「そう申すな。確かに露出過多じゃが、慣れればなかなか快適ぞ。涼しくて動きやすい。まぁ防御は期待できぬであろうが。そなたこそ、そのようなドレスは脱げ脱げ。舞踏会に行くのではないぞ。クッコロから一着分けてもらうがよい」
「わたくしもそれを着るのですか……」
クッコロが振り向いた。
「ん? ディアーヌさんも着る? いっぱいあるからいいよ。どれ、着せて進ぜましょう」
アルヴァントやミリーナの時もそうだったが、異世界の美少女たちに水高制服を着せるのは、なかなか心躍るものがある。
「クッコロ様……目が怖いですわ」
「観念して着ておけ。これは忍びの視察であろう。妾たちの素性を悟られないことこそが肝要なのじゃ」
「却って人目を惹くような気がするのですが」
結局パーティお揃いでいこうということに一決し、四人そろって水高制服着用となった。準備が整ったところで、リスナル冒険者ギルド近くの路地裏に転移。
(なんか修学旅行でファンタジーなテーマパーク来てるみたいな気分だね、こりゃ)
雑談しながら冒険者ギルドの建物に向かう四人娘。各自の年齢は不問とする。
「膝元ながら、ここに来るのは初めてじゃな。冒険者どもは海千山千の曲者揃いと聞くが、はてさて、どんな輩がおるのやら。楽しみよの」
「わたくしは心配ですわ。陛下はとても目立つのです。ご自身の容姿が抜きん出て端麗なことを、もっと自覚なさるべきですわ」
「妾のことは今よりアル・チャンと呼べ。認識阻害の魔法は昔から得意じゃからの。心配あるまい」
「祖父より聞いたことがございます。陛――アル・チャン様はその昔、傭兵としてリムリア各地を転戦されていたと。その美貌を隠蔽しないことには、汚らわしい荒くれどもの標的になりますものね」
「妾のことよりもディアーヌとミリーナじゃ。そなたらも美形じゃからの。クッコロのように覆面でもしたほうがよいのではないか?」
「このままで結構ですわ。わたくしたちを不埒な目で見る愚か者は、一人残らず八つ裂きにしてやります」
「忍びであることを忘れぬようにの」
「アルちゃんが傭兵ねぇ。そういや前にそんなこと言ってたね」
「五百年も前のことかの。妾がこの地に降り立って間もない頃じゃ。当時はまだ冒険者ギルドが存在してなくての。妾が傭兵稼業から足を洗って何年か後、探索者協会と傭兵組合と魔法ギルドが合併し、冒険者ギルドが設立されたと聞いた」
冒険者ギルド設立には裏事情があり、五世紀前の世界で権勢を強めつつあったゼラール帝国の雷帝ケルセミトス三世や、龍神教団の教皇カールベルトに対抗する目的だったと語られている。
「この合併の発起人で初代グランドマスターとなったのが、リチャード・シャーウッドという男での」
「史上初の熾白金級認定された冒険者でしたかしら。リチャード・シャーウッドって、風変わりなお名前ですわよね」
(熾白金級って、確か冒険者ギルドの最高位ランクだったよね。神金級より上の)
「実は傭兵だった頃に一度、仕事で奴と共闘したことがある。歌の上手い優男での、飲み屋で口説かれたな」
「ほうほう。ここでアルちゃんの恋バナが飛び出すとは」
アルヴァントは肩を竦めた。
「あれも謎めいた男だった。連れの女剣士は、奴の事をリカルドと呼んでおったの」
「リカルド? はて、どこかで聞いたことあるような……」
「楽聖リカルド・セルウォードであろ。千年以上前に異世界から召喚されたと言う伝説的な魔法使いじゃ。古文書には魔導司の一人であったと記述されておる」
(異世界から召喚された魔導司……なんか、あたしと設定かぶってるね)
「リチャード・シャーウッドとリカルド・セルウォード。指摘されて気が付きましたわ。そこはかとなく名前の響きが似ておりますわね。案外同一人物の可能性もあるのでしょうか?」
「物証が乏しいゆえ、推測の域を出んがの。おっと、ここじゃな、冒険者ギルドは」
珍しい民族衣装をまとった見目麗しい少女たちの一団とあって、ギルドのエントランスロビーではかなりの注目を集めた。
「新規登録は十三番から十七番の窓口になります。順番待ちの列にお並びください」
ミリーナがギルド職員に応対。
「ええと、こちらのサブマスター、ランタースさんの推薦状があるんですが」
「拝見します。――なるほど、では別室にて対応させていただきます。こちらへどうぞ」
ギルド職員の案内で奥の個室に通された。
「あたしとクッコロさんは登録済みです。本日登録を希望するのはこちらのお二人――アル・チャンさんとディアーヌさんです」
敬称もさりげなく適宜なものを使い分けるあたり、ミリーナは世故に長けているといえた。感心したアルヴァントが、こっそり念話を寄越した。
『気が利く娘じゃな。よい従者を見つけたの』
「それでは二人分の入会金リムリア小金貨二枚になります」
「こちらです。お納めください」
ミリーナがそそくさと支払いを済ませた。おそらくアルヴァントたちに実技試験の存在を気取られぬための配慮であろう。
(ナイス判断だわ、ミリーナちゃん。アルちゃんたちが暴れたら大惨事だもんね)
自分の事を棚上げして、したり顔のクッコロ。ふと疑問に思ったことをアルヴァントに質問した。
『ねえアルちゃん。リムリア金貨って、大小があるの?』
『小金貨は普通の金貨のことであろ。大金貨は白金貨のことじゃ。巷の通称らしい』
『なるへそ』
「小金貨二枚確かに受領いたしました。後は旧館講堂で新人研修を受講していただきます。受講後、冒険者証をお渡しする流れになります」
「ランタースの推薦状があったとはいえ、拍子抜けするほどすんなり登録できたの。死合いによる選別でもあるかと腕を撫しておったのじゃが」
「いやいや、どこの戦闘民族ですか」
「さて、この後どうするかの。肩慣らしに地下水路の深層にでも潜ってみるか?」
クッコロは腹をさすった。
「あたしお腹すいたな~」
「ふむ。では打ち合わせも兼ねて一杯やるかの。確かエントランスロビーの隅に、酒場らしきものがあったようじゃが」
「あそこ喫茶店とか食堂じゃなかったかな。まぁお酒も提供してるみたいだけど」
「酒を出すなら酒場でよかろう。迷宮攻略の予祝と洒落込もうではないか」
「アルちゃん。攻略じゃなくて調査だからね」
ディアーヌが畏敬の眼差しでクッコロを見た。
「すごいですわ。アル・チャン様に、このように腹蔵なく物申せる御方がいらっしゃるとは」
エントランスロビーの食堂にやってきた四人娘。
(まぁ、さもありなんだよね)
外見上は少女の四人パーティ。衣装の特異さも相俟って、先ほどから注目を浴びまくっている。純朴そうな若手冒険者たちは、頻りにこちらをチラ見。目が合って狼狽したり赤面して俯いたりと初々しい反応。好色そうなベテラン冒険者たちは、下卑た笑みを浮かべて舐めるように見てくる。四人娘の瑞々しい太腿や引き締まった二の腕を品定めする囁きが、方々から聞こえてきた。
ミリーナは油断なく周囲に気を配っているが、アルヴァントとディアーヌは意に介す素振りもない。
「しかしなんじゃ、ざっと見渡したところ、ぱっとしたのがおらんの。【千手拳】クラスの者がごろごろしておるのかと思ったが」
「あのご老人は別格でしょう。メーベルト様と互角に戦うような冒険者が、その辺に居ても困りますわ」
「あの者はメーベルトとやり合える腕を持ちながら、聖銀級で燻ぶっていると聞いた。冒険者ギルドの査定は案外厳しいようじゃな」
アルヴァントがミリーナに訊いた。
「当代リスナルギルドで名の通った冒険者は誰々じゃ?」
「そうですね。やはり筆頭は【千手拳】ラディーグでしょうか。これに次ぐ実力者として、【幻影双剣】や【水聖】という二つ名持ちがおります」
「やはりというか、三十年前とは顔ぶれが変わっておるの」
「アル・チャン様は、三十年前の業界事情にお詳しいんですか?」
アルヴァントは頷いた。
「当時ギルマスだったギルバートを園遊会に招いての、地下水路探索の進捗具合を諮問したことがある。その際活躍著しい冒険者として挙がったのが、くだんの【千手拳】であろ、他に【波動使い】、【氷統】、【魔爪】――この者たちだったと記憶しておる」
「【波動使い】は西方のリグラト王国に拠点を移した後、高齢で引退したと聞きました。【氷統】は神金級に昇格して、今は北方の都市国家ロンバールで活動してるみたいです。【魔爪】は……すみません、勉強不足で聞いたことありません」
意外そうな顔をするアルヴァント。
「何じゃ、ミリーナでも知らんのか? 【魔爪】は猫耳で尻尾が生えておったらしいぞ。妾はてっきりそちの同族かと思ったのじゃが」
「その人、名前は何ていうんですか?」
「さての。気になるなら、後でランタースあたりにでも訊いてみるがよい」
「よぉ。ねえちゃんたち新人か。俺らと一緒に飲みながら、情報交換でもしねえか。お勧めのクエストとか美味しい狩場とか教えてやるぜ?」
(ありゃりゃ、ナンパ来ちゃったよ)
歓談中、ミニスカートのアルヴァントが頻りと左右の脚を組み替えたり、ずり落ちた白ハイソックスを膝まで引き上げたり、その美脚を惜しげもなく晒す仕草をしていた。当人は意図せずやっているのだろうが、血気盛んな冒険者の男どもにはさぞ目の毒だっただろう。
「よく分かりましたね。私たち辺鄙な離島から来たばかりで、冒険者の事よく知らないんですよ。お兄さんたち、強いんですか?」
アルヴァントが上目遣いで訊ねた。クッコロは思わず念話でツッコミを入れてしまった。
『おそれながらアルちゃん、キャラ崩壊してるよ!』
『あのなぁクッコロよ、妾を誰と心得る。見てくれこそいたいけな小娘じゃが、この世界の暦年換算でも千五百年以上生きておるのじゃぞ。演技などお手の物よ』
酔眼の冒険者は胸を張り、冒険者証を得意気に見せびらかした。
「おうよ、俺たちゃこう見えても全員銀級のパーティだ。先輩として、手取り足取りいろいろ教えてやるぜ。なぁみんな」
「おうとも! ぐへへへへ」
「弱い男はお断りですよ?」
アルヴァントが煽ったところ、男たちは我が意を得たりと武勇伝を語り始めた。
「まかせとけ! 強さに関しちゃ、ちったぁ自信あるぜ。うちのパーティはそんじょそこらの奴らとは一味違うぞ。なんたっておめェ、ヴィルボアールやベルベアードはおろか、スミロドンすら討伐したことあるしな!」
(うーん……強さの水準がよく分かんないや)
ヴィルボアールは猪的な魔物、ベルベアードは熊的な魔物、スミロドンは虎的な魔物らしい。
「ふむ。ではひとつ賭けをいたしませんか。この娘と腕相撲して勝てる方がいらしたら、その方の言う事をひとつだけ、私たちは何でもききましょう。腕相撲に負けた方は、金貨一枚いただきます。お一人様一勝負のみ」
そう言ってアルヴァントが背中を押したのは、ディアーヌだった。
「は? え? わたくしですの?」
「おおお! その勝負乗った!」
「俺にも一口かませろや」
冒険者のむさい男どもが蝟集してくる。女冒険者たちは苦々し気に舌打ちしていた。
「なんだ? 何の騒ぎだ」
「あの華奢なねえちゃんと腕相撲して勝ったら、あそこの美少女パーティが何でもひとつ言う事きいてくれるらしいぜ」
「なぬ! 夜の勝負でもいいのか? うおおおー俺も参加させろ!」