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第33話 入植


 幻惑香の効果もあり、ケット・シー族隠れ里の強襲作戦は概ね順調に推移していた。主要な作戦目標だった長老らしき者たちも確保し、軟禁している。そんな折、異変の報せがもたらされた。

「広場にて支障発生。三番隊に死傷者多数のもよう」

 毒刃衆総隊長ヴィスロダルと二番隊隊長パルーが顔を見合わせた。

「好事魔多しですな。ケット・シーの古強者でもいたのでしょうか」

「幻惑香が効かん奴は厄介だ。魔力の高い個体だろう。近接戦は回避しろ。毒で仕留めるようガンティルに伝えよ」

 ほどなく櫛の歯引くように続報がきた。

「ガンティル殿討死を確認。現在四番隊トゥーラン殿、六番隊バルマティス殿が交戦中」

「トゥーラン、バルマティス両隊長討死。四番隊と六番隊は壊滅状態」

「敵は一人。なお健在。見えない壁に阻まれ、飛び道具が用をなしません」

 渋面のヴィスロダル。

「たった一人になにをてこずっておるか。毒を散布して制圧すればよかろう」

 パルーが具申した。

「総隊長、私が参りましょうか」

「いや、私が行こう。お主は引き続き館の探索に当たれ」


 広場にやってきたヴィスロダルが目にしたのは異様な光景だった。百人ちかい毒刃衆隊士の首なし死体がそこかしこに転がり、周辺一帯は噎せかえる血の臭いに満たされていた。広場の中央に佇む黒覆面。背格好から少女と推測する。

「なんだ、これは……」

 黒覆面の少女の足元に山をなす隊士たちの首。

 応援に駆け付けた隊士たちが、物陰から毒矢による狙撃を試みている。その隊士たちの頭部が半透明の球体に包まれ、次の瞬間には頭部がきれいさっぱり消滅。血を盛大に噴出させて斃れ伏す。少女の足元に、追加の首がぼとりと転がった。

(風魔法か操糸術の類いか? いやいや、そんな事よりも――あのでたらめな魔力、いったいぜんたい何事だ。猫獣人どもめ、とんでもない切り札を隠していたものだ)

 きわめて危険な存在だ。すみやかに禍根を断たねば、将来重大な脅威となる予感がした。

(だが、現有戦力であれを排除できるのか?)

 ガンティル、トゥーラン、バルマティスといった毒刃衆屈指の猛者すら、なすすべなく殺害されたという。必要とあらば隊士たちを捨て石として見切ることに何ら躊躇を覚えぬヴィスロダルではあったが、この時ばかりは逡巡した。

(勝ち筋が見えん。現時点での交戦は回避すべきか。お叱りは受けるだろうが、ドルティーバ様に報告を届けねば)

 黒覆面がこちらをじっと見ている。目が合った。不覚にも総毛立つ。

「攻撃中止。総員退け」

(……認めざるをえまい。完全に誤算だ。猫獣人にあれほどの化け物がいようとはな)

 彼等の主、ドルティーバすら凌駕しかねない魔力。

(正攻法であれを倒すのは困難だろう。搦め手から毒術をもって攻めるより他あるまい。つまり、我等毒刃衆の出番となる)

 ならばここで徒に戦力を損耗すべきではない。歴戦の武人だけあって、ヴィスロダルの切り替えは早かった。

「パルーに伝令を出せ。人質を放棄し、すみやかに撤収。急げ」



 傷だらけの全身が、優しい光に包まれる。疼痛が溶けるように消えていった。呻吟混じりだった呼吸が安定する。誰かに抱きすくめられた。

「間に合ってよかった……」

 ミリーナは薄く目を開いて、相手を見定めた。今にも泣きだしそうなクッコロの顔が間近にあった。掠れ声で軽口をたたく。

「おかえりなさい。早かったですね」

「おかえりなさい、か。ようやっと身内認定してもらえたのかな?」

「ケット・シーは忘恩の徒じゃありませんよ。まぁ、打算もなかったといえば嘘になりますが」

「本音が聞ける程度には信頼してもらえたって事で、よろこばしいわ。立てる?」


 隠れ里全域を覆う結界を張ったクッコロ。薄く魔力波を拡散させて走査を試みる。

(襲撃者は撤退したみたいね。うわ、あいつら毒ガス散布したんか……まだ空気中に毒素が残留してるな。発生源はっと……井戸か。いちおうサンプル採取しとこ)

 後日アグネートで調べてもらうことにする。

(つうか、悠長に分析してる場合じゃないな。ケット・シーの人たち、けっこう謎毒に被毒してるわね。早めに転移魔法で毒素抽出しちゃうか)

 村中からかき集めた毒素は結界で成形した容器に詰め、空間収納に仕舞った。

「ちょっとそこのお兄さんたち、負傷者広場に搬送して」

 昏睡状態から復活して右往左往するケット・シーの若者たちを捉まえ指示を出す。

「あたしが差配しましょう」

 覚束ない足取りで駆けだそうとしたミリーナを引き留める。

「ミリーナちゃんは休んでて。そこいらの若い衆にやってもらうから」


 野戦病院と化した村の広場。カルムダールとオババ様が、長老たちを引き連れてやってきた。

「クッコロ殿は従軍経験がおありか。見事な手際だな」

「被害状況はどんな感じですか」

「今確認させておるが、評議会館のほうで少なくない犠牲者を出した。かなり周到に計画された襲撃だと思う」

「敵さんにこの隠れ里を把握されたってことですよね。敵の目星はついてます?」

 カルムダールが頷いた。

「バルシャーク侯国、ゴルト・リーア大公国、ブレン・ポルト公国――東方三大勢力のいずれかだろう」

「なるほど」

 クッコロは、襲撃者たちが去った方向を鋭く一瞥。現在結界玉にて、撤収する彼等を抜かりなく追尾中だ。

(後で親玉んとこにかち込んで、苦情言ってやる。ちゅうか、二度とケット・シーに手出ししないよう説得(オハナシ)してやるわ)

 ミリーナが挙手して発言した。

「敵の一人が毒刃衆を名乗っておりました」

 オババ様がうんざりした様子。

「ゴルト・リーアの総参謀長、ドルティーバ子飼いの連中じゃな。あの爺は昔からしつこくてかなわん」

「さすがに欺瞞情報ではないのか? 彼奴らはどう見ても暗部組織の類いだろう。素性をぺらぺら吹聴するとも思えんが」

「死人に口なしの予定だったんじゃろ。規律ある組織にも、粗忽者はおるもんじゃて」

 長老の一人が呟いた。

「この隠れ里も放棄せざるを得んな」

「問題ない。移住の予定が早まるだけのことだ。クッコロ殿」

「あたしはいつでもかまいませんよ。なんなら今すぐにでも」

「怪我人は転移の負荷に耐えられますかの?」

「ん~治療してから転移するのが無難でしょうね。オータムリヴァ島へ跳ぶ前に、回復魔法使いますから大丈夫」

 長老たちが頷き合った。

「よし、皆の者。引越しの準備じゃ。支度の整った者は広場に集合して待機。手の空いておる者は、協力して負傷者の搬送に当たれ」


 広場に約八千人のケット・シー族が勢揃い。

「しからばいざ。参ります」

 広場へ設置した転移門に強化魔法を重ね、どんどん魔力を注入してゆく。密集するケット・シーたちを余さず取り込む巨大な魔法陣が開き、曇天を貫く光の柱が立った。


 一瞬後、ケット・シー族の人々は、南国の陽射しが燦々とふりそそぐオータムリヴァ島の開拓地に立っていた。彼方には、周囲に聳える巨大城壁が望まれる。どよめく人々。

「すごい……まるで魔法だ」

「いや、転移魔法だってカルムダール様が説明してただろ」

「暖かいわ」

「島って聞いたけど、かなり広いな」

「森があったのかの。地味が肥えとる。いい作物が育ちそうじゃ」

「かすかに潮の香りがするな。魚獲れるかな」

 オババ様や長老たちがクッコロに向けて跪き、頭を垂れた。ケット・シー族の老若男女がそれに倣い、次第に伝播してゆく。当のクッコロは、この拝跪礼が自分に向けられたものとは露ほども思わず、ケット・シー族固有の儀式か何かだろうと考え、彼等の文化に敬意を表し一緒になって跪いた。空気が読めるあたし偉い的な得意顔で。

「……クッコロ様? 何やってるんですか」

「え? 立つの?」

 ミリーナに促されて立ち上がる。それに合わせ、カルムダールが朗々と宣言した。

「今日この時をもって、我等ケット・シー族はこの地の民となること、評議会が満場一致で決定した。我等に庇護を与えてくださるのはこの地をしろしめす領主、魔皇国にその人ありと謳われる英傑にして魔皇の右腕、クッコロ・メイプル様である!」

(いやいや、政治宣伝にしたって設定盛り過ぎでしょ)

「我等ケット・シー族が主君を仰ぐのは、かの烈姫――最後のフォルド総統公主シャールランテ将軍以来三百二十年ぶりとなる。前回の宮仕え時代、シャールランテ将軍の母親たるフォルド総統の裏切りにより、ケット・シー族は流浪の憂き目に遭った。この度こそクッコロ様の下で、ケット・シー族は繁栄の時を迎えると確信している。それではクッコロ様よりお言葉を賜る」

(ちょ、聞いてませんが……いきなり振られても。ええと、挨拶挨拶……何か思い出すのよ楓)

 偉そうなスピーチということで、水丘高校の全校集会における校長先生の挨拶を思い出そうとしてみたが、この手のものは馬耳東風で聞き流すものと相場が決まっている。

(そだ、おじいちゃんの挨拶)

 日本の祖父吉右衛門は生前、町内会の氏子総代や剣道連盟の役員などを務める地元のちょっとした名士だった。よく縁側で一人、スピーチの練習をしている姿を思い出した。

(背に腹は代えられないわ。微妙だけど、おじいちゃんの挨拶流用しとくか)

 クッコロはもったいぶって咳払いひとつ。

「えー、ただいまご紹介に与りました秋――クッコロ・メイプルと申します。本日はケット・シー族の歴史的な瞬間に立ち会えましたこと、大慶の至りで御座います。しかしながら私儀、ご覧の通りの若輩者で御座います。皆様のご指導ご鞭撻をたまわりながら、領主の責務に奮励努力してまいる所存で御座います。ケット・シー族の皆様の益々の御健勝と、このオータムリヴァ島が、皆様の安住の地となることを心より祈念致しまして、甚だ簡単ではございますが、ご挨拶に替えさせていただきます。本日は誠におめでとうございます」

 ケット・シーたちの頭上に「?」が乱舞しているような気がしたが、以降クッコロは断固として口を噤んた。



 ケット・シー族移住から程なく、リスナルからの入植第二陣を転移で輸送した。クッコロに代わって政務を取り仕切る代官就任予定のディアーヌ、新設のオータムリヴァ商業ギルド長に就任予定のウェンティ、これまた新設のオータムリヴァ冒険者ギルドのマスター就任予定のランタースら幹部たち。大工や石工、鍛冶屋、煉瓦積み職人、屋根葺き職人といった各種職人の親方と弟子たち。他に文官や学者ら、しめて五百人ほど。

 非公式の視察と称して、ちゃっかりアルヴァントも同行していた。

「クッコロよ……そなた、とんでもない城壁と運河を造ったな。難攻不落だぞ、これは」

「まったくです。これは開発のし甲斐がありますね。皇都に迫る巨大都市が、この地に生まれるかもしれませんわ」

「気候も良いし景勝地でもある。海岸の方を別荘地として、皇都の貴族や豪商どもに分譲したらどうだ? よい商いになると思うぞ。と言うか、妾も離宮を所望したいわ」

「まぁ、運営はディアーヌさんにお任せするよ。好きなように開発しちゃって」

「かしこまりました。何かご要望はございますか」

「アルちゃんの離宮は最優先で一等地に建てたげて。だいぶ財政支援してもらったみたいだし」

「割のいい投資だったからの、気にするでない。ノルトヴァール諸島の開発は、多大な経済効果を我が国にもたらすだろう。互いに利のあることじゃ」

 冷静な所見を述べつつも、ウキウキで離宮の素案をあれこれと文官たちに注文するアルヴァント。

「あとはそうだな、ケット・シーたちに適当にお仕事割り振ってあげてください」

「承知いたしました。領軍の武官は、主にケット・シー族から登用する予定ですわ。彼等は生来身体能力が高いので、鍛え上げれば精鋭となるでしょう。当面は治安維持が主要な業務となります」

「あー、リスナルとかエスタリスで移民の募集かけてるんでしたっけ。あまり筋者とかゴロツキ入れないようにして欲しいかな」

 エルフのランタースが答えた。

「定期航路開設の目途がたっておりませんので、移民についてはまだ先の話でしょう。ただ新発見ダンジョンにつられて、一攫千金狙いの冒険者たちが流れ込んできそうです。領軍の編制は喫緊でしょうね」

「物資や人員、家畜の輸送に関しては、当面の間クッコロ様の転移魔法が頼りですわ。恐縮なのですけれど、週二往復ほどお願いできますでしょうか」

「それくらいならお安い御用です」

 アルヴァントが言った。

「ランタースの言葉で思い出したぞ。ダンジョンを調査せねばの」

 ディアーヌが眉を顰めた。

「陛下……また微行なさるおつもりですの? おやめください。先頃も暗殺未遂があったばかりではございませんか。お立場をお考え下さいませ」

「ディアーヌの小言も祖父に似てきたの。大丈夫じゃ。クッコロもついておる。太古の大魔王メアリや伝説の鬼神フェルドが出たとて、この者ならば軽く拉ぐであろうよ」

「しかしですね……」

「そんなに心配ならば、そなたも付いてくればよかろう。よし、今日は準備に充て、明日からダンジョン攻略に取り掛かるといたそうか」

「あのうアルちゃんや。ダンジョン調査からダンジョン攻略に、趣旨が変わってるんですが……」

「ははははは。細かいことは気にするな、我が友よ」

 ランタースが発言した。

「おそれながら申し上げます。攻略を目指されるのであれば、冒険者としてギルドにご登録いただけるとありがたいのですが。御身分を窶したままのご登録でかまいませんので。私の推薦状をご用意します」

 新設の末端支部が持て余すであろう新発見ダンジョンという案件。しかしオータムリヴァの新ギルマスとしては、リグラト総本部の干渉を排除するため、発言力を高める布石を打っておきたいということらしい。

「妾の見込んだ通り、なかなかやり手じゃなそのほう。そういうことであれば、協力するに否やはない。冒険者登録か……面白くなってきたの」

 退屈を紛らわす格好の玩具を見つけた顔であった。


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