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第31話 それぞれの事情


 エルフの女ランタースは、かつて冒険者だった。腕利きの風魔法使いとして【旋風】の二つ名で呼ばれ、順調に出世街道を歩んでいたものだ。冒険者デビューから二十年ほどで霊鉄(ダマスク)級まで駆け上がり、魔銅(アダマンタイト)級への昇格も時間の問題と思われた時、悲劇に見舞われた。

 当時パーティを組んでいた仲間たちもそれなりに経験を積んだ熟練者揃いだったが、魔銅(アダマンタイト)級昇格を目前にして、はやる気持ちを抑えきれなかったのだろう。聖銀(ミスリル)級が適正レベルとされる高難易度の依頼に手を出し、パーティはランタースを残して全滅。生き残ったランタースも強力な呪詛を受け、二度と魔法を使えぬ体となった。過去の貯えで違約金を相殺できたため奴隷落ちは免れたが、魔法を失った魔法使いに業界の風は冷たく、稼業から足を洗うほかなかった。

 引退冒険者がギルド職員として優先的に雇用されるのは、この頃定着しつつあった救済措置である。引退後に自暴自棄となり、世間に馴染めず身を持ち崩す元冒険者が多かったため導入された制度らしい。

 とこうギルド職員として、第二のキャリアをスタートさせたランタース。豊富な経験に裏打ちされた堅実な仕事ぶりで、徐々に同僚や現役冒険者の信頼を勝ち得てゆく。特に当時ギルドマスターだったギルバートはランタースの調整力を買っていて、サブマスターに抜擢し、次期ギルドマスターの最右翼と見做されるようになった。

 そんな折、ギルマスのギルバートが不慮の事故で亡くなる。死因に不審な点ありとして、リスナルギルド本部がガサ入れ対象となった。憲兵総監ガルシア将軍と懇意にしていた総務部長ティゴットが、この件を丸く収めて株を上げる。逆にランタースは疑惑の人として、おおきく評判を落とした。ギルマスの地位欲しさに恩義あるギルバートを闇討ちした腐れ外道――出処不明の流言飛語がまことしやかに囁かれ、ランタースは精神を病む一歩手前まで追い詰められる。

 かくして新しいギルドマスターにはティゴットが就任し、ランタースはサブマスターとは名ばかりの閑職に追いやられた。


 ある夜、ランタースは行きつけの酒場で顔馴染みの古参冒険者ダルムと出くわし、看過できない噂を耳にする。

「こりゃあここだけの話なんだが、ギルバートのとっつぁん、ガルシア将軍とティゴットの癒着を内偵してたらしいぞ。連中、借金抱えた冒険者を誑かして戦闘奴隷に落としてよ、エスタリス武神祭の剣奴に送り込んだり、海外の戦地に売り飛ばしたりしてたらしい。真偽は定かじゃねえんだけどよう、かなり阿漕な真似してやがるって話だ」

「……つまり、ギルマスは口封じに消されたってこと?」

 憲兵総監にして皇都防衛軍総司令官、オークの魔将ガルシアは、魔皇国の闇奴隷売買の元締めではないかというとかくの噂が絶えない男だった。

「ティゴットを探るなら気を付けろよ。野郎が目ェかけて用心棒にしてるギランとドランの兄弟は、特に要注意だ。あいつらバカだが、腕だけは立つからな」

「エスタリスから流れてきた霊鉄(ダマスク)級の冒険者だったかしら?」

「ああ。向こうの海賊どもと一悶着やらかして、ガラ躱して来たとかなんとか。飲み屋で武勇伝吹きまくってたらしいぜ」


 脇の甘そうなギラン・ドラン兄弟を密かに調べたところ、前ギルマスのギルバート殺害に彼らが関与した事がほぼ確定した。

(官憲にタレこんだところで、握りつぶされるのがオチね。下手するとこっちが消されかねないわ……)

 かと言って、このまま泣き寝入りはありえない。ギルドへの反逆は、血で贖われるべきなのだ。

(実行犯のバカ兄弟は、早急に消さなきゃね。けど、並みの冒険者じゃ返り討ちか……)

 そこで現役時代に何度か組んだことのある魔銅(アダマンタイト)級の二人組――【幻影双剣】メルダリアと【水聖】バルナスに相談してみた。

「いいぜ。ギルバートのとっつぁんにゃあ随分世話になったからな。敵討ちしてやる」

「あのバカ兄弟、いっつもあたしの事エロい目で見てきやがってさ。うざかったのよ。バラバラに斬り刻んで殺してやるわ」


(雑魚は片付いたけれど、悪党の親玉と黒幕が残っているわね。どうしたもんかしら……)

 魔将ガルシアに対抗できる後ろ盾が、切実に欲しかった。巷間で取沙汰される噂では、サキュバスの魔将カルマリウスあたりがガルシアの政敵らしい。一度接触を試みるべきか。

(けれど、カルマリウス将軍は東方遠征に行ってて、皇都にいないんだっけ)

 ランタースが鬱々と過ごしていたとある日。ギルマスの執務室に呼び出され、やや身構えつつ出頭する。

「お呼びでしょうか」

 内心に燃え盛る敵意が漏れないよう、感情を押し殺して訊いた。

「遅かったな。至急、皇宮へ参内しろ。魔皇陛下が、お前に御用があるらしい」

「魔皇陛下が? 私に? 何の御用でしょうか?」

「知るか! こっちが訊きたいくらいだ。何やらかしたんだお前。くれぐれもギルドに迷惑かけんでくれよ」



 魔皇国は新興の国であるがゆえに、未だ社会の階層化が緩く、かつてこの地を支配したゼラール帝国のように、古い門閥が幅を利かせることも比較的すくない。力さえあれば、種族や性別に関係なくのし上がることができた。かつて人間の行商人出身の宰相や、女冒険者上がりの魔将さえいたという。魔皇アルヴァントはこの辺り柔軟な思考の持ち主だった。

「魔法も使えぬ我々のような非力な人間が、この国で軍権を握る魔族と伍してゆくには、商いの力しかない。商いの作法と真贋を見分ける目を身に付けろ。それが我等の武器となる」

 これはウェンティの祖父、商業ギルド長ロランの常套句だった。

(おじい様が健在なうちに、身の振り方を決めなきゃ)

 弱冠十四歳の少女にして、このおしゃまな発想である。実際、一族におけるウェンティの立場は微妙だった。

 両親は既に亡い。ウェンティが生まれて間もなく、産後の肥立ちが悪かった母が死去。ロランの長男だった父は、隊商を指揮して東方へ向かう途中、盗賊に襲われて落命したそうだ。これが、ウェンティ三歳の頃の出来事。

 父の客死によってウェンティの叔父が惣領となった訳だが、祖父ロランがウェンティを溺愛したため、叔父夫婦は心穏やかでいられなかったらしい。遺児ウェンティは、何かにつけ白眼視されるようになった。

 ロランの庇護の下美しく成長すると、叔父夫婦は頻りと花嫁修業を勧めてきた。政略結婚の駒程度にしか見做していないのだろう。しかし独立不羈の志向が強いウェンティは、商いのスキルを磨きたがった。叔父夫婦はさぞ面白くなかったことだろう。

 ロランの商会だと蝶よ花よと扱われるため、ウェンティは一計を案じ、身分を窶してまんまと下町の魔道具屋のアルバイトに収まった。この店の店主はクリーガーというドワーフの老人で、目利きの名人として名高いらしい。クリーガーの下で鑑定眼を磨くのだとウェンティは意気込んだ。


 アルバイトに通い始めて一月ほど経った頃、クリーガーに休暇を申し渡された。

「ええと、暇を出されるってことは、つまりクビでしょうか?」

「いやいや、儂ぁしばらく旅に出るんでな。西方のリグラト王国で蚤の市があるんじゃよ。仕入れがてら、知り合いたちに挨拶回りしてこようと思ってのう。店の方は、帰ったらまた頼むよ」

「リグラトの蚤の市……面白そうですね」

「面白いぞい。いろんな工房の試作品から、遺跡の盗掘品まで売られとる。大半はガラクタじゃが、時たまとんでもない掘り出し物があったりするからの、蚤の市通いはやめられん」

「いつか行ってみたいです」


 それから数日後のこと。祖父に呼び出され、煌びやかなドレスを着せられた。

「おじい様? パーティでもあるのですか? 私は未成年ですが……」

 十五歳が成人とされているので、まだ社交界デビューもしていない。

「皇宮へ行く。魔皇陛下が、お前に会いたいそうだ」

「へ?」

「黙ってじじに付いてきなさい。決して粗相のないようにな」



 その日の茶会は、ディアーヌにとって二年ぶりの謁見となった。

「久方振りじゃな。その後体調のほうは如何じゃ」

「はい。投薬が効きまして、このように伺候できるほどには回復いたしました。ただ当家の侍医によりますと、完治には遠く、寛解といったところですわ」

「魔力過多の弊害か。厄介なものじゃな、マナファース病とは」

「陛下が気に病まれることはございませんわ。魔力量に比べて、わたくしの器が小さかった。ただそれだけの事です」

「ディアーヌ……」

「神話の霊薬エリクシルのみが、この宿痾を取り除くとされておりますが。はてさて、そのようなものが本当に存在するのやら。ともあれ、次に発作が起きた時は、この命が尽きるときと宣告されました」

 アルヴァントの端麗な顔が苦衷に歪んだ。

「なんとか力になってやりたいが、霊薬エリクシルか……せめて情報を集めさせよう」

「もったいなき御配慮、痛み入ります」

 アルヴァントとは対照的に、 ディアーヌの顔は澄んで何処か晴れやかだった。

「不思議と死は恐ろしくないのです。陛下にお仕えできなくなる事だけが、ただひたすら残念です。早晩散るこの命。ならば最期に一花咲かせるのも一興かと、近頃そればかり考えておりますわ」

「なんじゃ、穏やかでないのう」

「東方に赴いてわたくしの魔石核を起爆させ、陛下の怨敵を死出の道連れにしようかと、そんな夢想を懐いております。そう、かのゼラール救国騎士の故事のように」

「……嫋やかな顔に似ず、苛烈なことを申すの。まぁ夢想にとどめておけ。そなたは文官志望であろう。向こうにはロゼルやグルファンがおる。カルマリウスも援軍に向かった。東方のことは魔将たちに任せるがよい」

「カルマリウス様ですか」

 ディアーヌの表情がすこし翳った。

「何か懸念でもあるのか?」

「カルマリウス様の忠誠心には、何ら疑念の余地はないかと思うのですが。あの方と東方諸国の因縁に、いささか思いを致しました」

 英邁な魔皇は、ディアーヌの懸念など承知の上だろう。けれども、注意喚起せずにはいられなかったのだ。ディアーヌは知っていた――アルヴァントには、綱渡りを楽しむ困った癖があることを。それはきっと、退屈しのぎの戯れなのだろう。長い時を生きる強者は、基本的に倦んでいるのに違いない。

「あの者の曾祖母は、フォルド連邦最後の総統だったかの。懐かしいのう。妾が竜骨山脈で挙兵した頃、大陸東方では、カルマリウスの祖母シャールランテ率いる反帝国武装勢力が、各地を転戦しておった。あの常勝アルネ元帥すら手を焼いた戦上手だったぞ」

 昔から、一癖も二癖もある梟雄たちが鎬を削っていた大陸東方。その東方を『魅了』と調略で纏め上げたといわれるサキュバス族。

「妾はサキュバス族の生き様に相通ずるものを感じ、親近感を懐いておる。大帝に捕らえられたシャールランテを救出し、我が臣下に加えた折などは、嬉しさのあまり小躍りしたものぞ。誤解があるようなのではっきり言うておくが、妾はカルマリウスの造反など、これっぽっちも望んではおらぬからな」

 ディアーヌは頭を垂れた。

「失礼つかまつりました」


「そろそろ本題に入ろうか。今日そなたを呼んだのは、折り入って頼みごとがあっての」

「余命幾許もないわたくしですが、陛下のお役にたてるのであれば。何なりとお申し付けくださいませ」

 アルヴァントは頷いた。

「近々、妾の友人を我が国に招聘することになっての。新たな伯爵家を設立する予定なのじゃ」

「陛下の御友人でございますか。どのような御方か興味深いですわ」

「正直、得体が知れぬ。だが、面白い奴じゃ」

「どのような種族の御出身なのでしょう?」

「人間……だとは思うが、断言できぬ。魔力は巨大すぎてまったく底が掴めぬ」

「陛下をしてそこまで言わしむるとは……そのような人間、存在するのでしょうか」

「或いは亜神の類いやもしれぬ。かなり浮世離れしておるのでな、そなたに補佐役を頼みたいのだ」

「なるほど……体のいい監視役ということでしょうか」

「まぁ否定はせぬ。だが、妾はあ奴を好いておる。妾同様の忠勤を尽くしてやってはもらえまいか」

「陛下の御命令とあらば」

 アルヴァントはほっと息をついた。

「そなたのほかにも二人ばかり、これはと思った人材を見繕っておる。皇城へ呼んでおるゆえ、後ほど紹介いたそう」


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