第30話 家臣候補たち
(街路造らないと区画が決まらないな。円形都市だから、放射状と同心円状に大通りを配置するか)
転移魔法で大量の土砂が何処かに消え、地面が帯状に掘削されてゆく。ミリーナがクッコロに訊ねた。
「街の中にも水路を造るんですか?」
「えーとね、後で蓋して道路にする予定。道路に沿って地下水路網張り巡らそうかと思ってさ」
下水道の整備は必須だと考えるクッコロ。公衆衛生を軽視すると、せっかく造った都市も何十年後かには疫病の蔓延で放棄することになるだろう。
(汚水を集約する大深度の地下空間を何ヶ所か設けて、あとはリスナルの地下水路からスライム何匹かとっ捕まえてきて放っとけば、スライム浄化槽の一丁上がりだね)
スライムは地下水路の富栄養化、つまりは汚水が増えることで、勝手に増殖していくだろう。三千年以上も昔に、この仕組みを考案したゼラール建国帝ミューズ・フォン・サークライは、やはり非凡と言わざるを得ない。
(あとは辻々に換気塔とか保守点検用のマンホールとか欲しいけど、これは本職連れてきて工事してもらうか)
下水道の目途は立ったが、問題は上水道だ。
(北側の湖から農地まで水引いて灌漑に充てるとして、家まで上水道引くのは難しいかね。浄水とか水質検査の技術が心許ないし……普通に各家で井戸掘ってもらうか)
「ミリーナちゃんの里って、飲料水どうしてたの?」
「水源地の近くだったので、水は潤沢でした。水汲みは女子供の仕事で、あたしも小さい頃はやらされたもんです。あれで足腰が鍛えられました」
「きつそうな仕事だね」
「魔法袋があったので、思ったほど重労働でもなかったですよ」
「へー、そんなのあるんだ」
「昔西方で冒険者活動してた調査員が入手して、里に送ってきたそうです。リグラト王国界隈は魔法具の先進地域ですからね。魔法学院なんかもありますし、魔法具の研究開発が盛んなお国柄らしいです」
クッコロは愁眉を開いた。高度な科学技術こそないが、この世界には魔法があるではないか。
(配水に使えそうな魔法具とか、探せば何か見つかるかな。これも宿題だね)
その日、ミリーナと区画整理について話し合っていたところ、アルヴァントから念話が入った。
「魔皇陛下から午餐のお誘いあったんだけど、ミリーナちゃんも行く?」
「いえいえいえ、滅相もございません」
一度は固辞したミリーナだったが、評議員カルムダールか大長老オババ様あたりに何か言い含められていたのか、あっさり意見を翻した。
「あ、やっぱり御供させてください。あ、でもこの恰好で大丈夫でしょうか」
「あたしいつもこの恰好で会ってるから大丈夫じゃない?」
「相手は魔皇で、午餐会場はリスナルの皇宮ですよね? 普通に考えてドレスコードがあるんじゃないでしょうか……」
「公式な席ならそうかもしれないけど、ごく内輪の食事会って言ってたよ」
「あたしが見下されるのは別に構わないんですが、クッコロ様が軽く見られる恐れがあります。そうすると、今後の折衝でいろいろと不利益を被る心配が」
世慣れていそうなミリーナに指摘されると、そういうものかと思えてくる。
「んじゃ、皇都外廓の古着屋でてきとうに見繕っていこか。内廓の高級な仕立て屋は一見客お断りだろうし、そもそも仕立てる時間なんかないし」
クッコロも幾度か皇都の古着屋街を冷やかしに覘いてみたが、なかなか品揃えは豊富だった。流行遅れで処分された宮廷服だの、没落貴族の質流れ品などが入荷してくるのだろう。
そんな訳でリスナルへやってきた二人。何軒かの古着屋をはしごする。ファッションの審美眼など持ち合わせていない功利主義な娘たちは、縫製の確かさや生地の丈夫さに重点を置いて古着を吟味した。
「いまいち良し悪し分からないね」
「そうですね……」
「これなんかミリーナちゃんに似合いそうじゃない? 値段もそこそこだし」
「装飾過多で動きづらそうですね。てゆうか、これ貴族の服なんじゃ?」
「ミリーナちゃん、ケット・シー族の名家の出って聞いたから、ケット・シーの貴族って解釈もできるんじゃない?」
「あたしなんて山育ちの山猫ですよ」
「ご謙遜を。高い教養持ってるように思うけど。会話も理知的だし」
「てゆうか、従者が貴族の衣装纏ったらまずいような気がします」
ミリーナは接客の店員に訊いた。
「すみません。メイド服って扱ってないんですか?」
「メイド用のお仕着せ服は昨今引き合いが強くてねぇ。仕入れるそばから奴隷商が買い占めていくんですよ」
各貴族家使用人の支給服は、それぞれ貴族家の紋章や識別の魔石が入っているため管理が厳しく、基本的に市場に流れてくることはないらしい。出回っているのは、断絶した家か改易された家の支給服だろうという店員の話だった。
「あとは新品を仕立てるしかありませんねぇ」
さしあたりメイド服が必要なのは今日なので、その選択肢は除外される。
「あたし今着てる服なら予備いっぱいあるから、一着あげようか?」
クッコロが提案した。可愛い猫耳娘の制服姿をちょっと見てみたい、という願望が多少あったことは否定しない。
「なるほど。民族衣装でしたら、ある程度の不調法も容認されそうですね。仮に咎められても、故郷では格式の高い正装だと言い張ればよいのですから」
ミリーナは感心した様子だ。
「アルちゃん、そういうの気にしなさそうだけど」
「魔皇が寛容な御方でも、その周囲がそうとは限りませんからね」
古着屋の近くに靴屋があったのでついでに覘いてみる。
(いつまでも内履きのズックってのもね……舗装してない野山歩き回ると、靴裏すぐ摩耗しちゃうし)
物色していると、ローファー風の革靴を発見。
(へー、サイズいろいろあるのか。アルヴァント魔皇国、なかなか侮れないね)
この世界におけるこの手の日用品は、オーダーメイドがほとんどだと考えていたが、こうしてサイズを取り揃えて既製品が売られているということは、工業規格的なものがあるのだろうか。この国の産業は、思ったより高い水準にあるのかもしれない。
制服に合わせやすそうな謎革製ローファーと、冒険者ぽいブーツをいくつかまとめて購入した。
水高制服に着替えたミリーナを伴って、転移門設置済みの宮城庭園の東屋へ転移。
「動きやすくていい服ですね。戦いやすそうです。もしかして、お国の戦闘服とかでしょうか」
セーラー服の起源は水兵の軍服らしいから、あながち間違いでもない。アニメやマンガでも、セーラー服を着て闘うキャラクターがけっこういた気がする。
「すごく似合ってるよ」
ミリーナの日焼けした健康的な肌に、真っ白な制服と靴下がよく映えた。アルヴァントは卑猥だの破廉恥だの散々な感想を述べていたが、身軽さを身上とするケット・シー的には高評価らしい。
東屋の前で待ち構えていた侍女に案内され、午餐会場へ入る。
「従者の方はこちらでお控えください」
オータムリヴァ商会の部下を連れて行くと伝えたのだが、相伴はさすがにダメらしい。気さくに見えても、アルヴァントは大国の君主。暗殺未遂も頻繁にあると聞く。身辺警護の者も神経を尖らせていることだろう。
(護衛の人の今の気持ち、なんとなく分かるな……)
クッコロはしばし、ベルズ十五世の近衛騎士だった前世へと思いを馳せた。
「おう、参ったか。直に会うのは久しぶりじゃな」
「本日はお招きにあずかりまして」
クッコロはいちおう外聞を憚り、拝跪の姿勢をとった。
「普段通りでよいぞ。この場におる者は皆そなたの事をわきまえておる」
「んじゃお言葉に甘えて」
クッコロが着席し、午餐が始まった。長テーブルの上座、所謂お誕生日席にアルヴァント。アルヴァントの左手にクッコロの席。二人からかなり離れた下座に三人の見知らぬ人物がいた。
「あ、れ? アルちゃん――なんか印象変わった? 迫力が段違いなんですけど……」
「妾の隠形術もだいぶ熟れてきたと思うたのじゃが……さすがに気付くか。実はの、エルダーヴァンパイアからエンシェントヴァンパイアに進化したのじゃ」
「ええと、おめでとうございます?」
アルヴァントの表情は複雑なものだった。
「魔力制御にてこずって、危うく命を落としかけたがな。まぁ戦力の強化は単純に喜ばしい。妾には敵が多いゆえ」
「進化っちゅうても、外見はほとんど変化ないんだね」
「今は魔力を抑え込んでおるからの。翼は生えるわ額に魔眼が開くわで、なかなかの変貌ぶりだったぞ。あのままむくつけき怪物になり果てるのかと、かなり焦ったわ」
「いろいろたいへんだったのね」
「まぁ妾のことは措いておけ。今日はそなたに引き合わせたい者たちがおっての。一席設けさせてもらった」
アルヴァントの目配せで下座の三人が立ち上がり、クッコロへ向けて優雅なカーテシーを行う。
「手前の者から、ディアーヌ、ウェンティ、ランタースじゃ」
ディアーヌは魔皇国宰相ゼノンの孫娘。ウェンティはリスナル商業ギルド長ロランの孫娘。ランタースはリスナル冒険者ギルドのサブマスターと紹介された。
(ランタースさんは外見からしてエルフかな。ウェンティさんは普通の人間ぽいね。ディアーヌさんは……みてくれは人間の女の子だけど、気配が尋常じゃないな。この国の貴族令嬢だから、たぶん魔族なんだろうけど)
クッコロの一瞥を察したのか、アルヴァントが追加情報を開示した。
「ディアーヌはリントヴルム族の姫じゃ。戦士の心得はないが、ドラゴンの一種じゃからの。理不尽に強いぞ」
「陛下や魔将の方々には遠く及びませんわ。そもそもわたくしは文官志望ですので」
「この者たちは能力も野心もひとかどの者なのじゃが、身を置く境涯がやや不遇での。このまま行けばうだつの上がらぬ未来が待っておった。そこへ降って湧いたのが、若き女当主を戴く新たな伯爵家の誕生ときた。この者たちにとってはまさに千載一遇の機会という訳じゃ」
アルヴァントは感触を探るようにクッコロを見た。
「そなたの領地経営にも役立つと思う。この者たちに立身の機会を与えてやってはくれまいか」
「アルちゃんの推薦だったら、あたしは特に異存ないよ」
もともと棚ぼたで貰った領地だ。名ばかりの傀儡領主だとしても一向にかまわない。今後、自ら開発に関与していけば、愛着も湧いてくるのかもしれないが。
三名は床に片膝付き、臣下の礼を執った。
「前途の霧が晴れた心地でございます。ノルトヴァール伯爵閣下の御恩顧に報いるため、わたくしども一同、オータムリヴァ島の開発に心血を注いでまいります」
「まだ伯爵じゃないし。そんな畏まらないで。まぁ今後ともよろしくお願いします」
アルヴァントが手を打った。
「さて、顔合わせも済んだところで食事に致そうかの」
侍女がグラスに食前酒を注いでまわった。
食後の茶を喫し、雑談に花を咲かせている時の事。
「そうじゃ、忘れるところじゃった。クッコロよ、いくつか残念な報告がある。エスタリスとオータムリヴァ島の間に定期便を設けようと考えての。リグラト王国に最新式の魔法船の購入を打診しておるのじゃが、なかなか色よい返事が貰えぬ。彼の国の軍事機密に抵触するらしくてな」
ノルトヴァール諸島の周辺は、潮の流れが複雑な航海の難所や、海棲の大型魔獣の縄張りたる海域が多く、魔皇国の旧式の中小型帆船では就航が難しいという専門家たちの予想だった。
「船乗りも不足しておると聞いた。帆走には熟練の技術が必要らしいからな。よって、定期便は暫く先送りになりそうじゃ」
「物流が細いのは、ちょっと痛手かなぁ」
「エスタリスの商人どもが商船を出してくれれば、この問題は解決するのじゃが……昔からあの街の連中は、我が国に対して面従腹背の気が強い。旧主であるゼラール帝国ネイテール侯爵家の隠然たる影響力が、未だに残存しておるのじゃろう」
クッコロはこっそり苦笑い。
「そういやいたね。海賊の親分やってるネイテール家の子孫さんが」
「ほう。そなた面識があるのか?」
「いや、アルちゃんも会ってるじゃん。ほら、エスタリス港の倉庫街で」
「……ああ、あの時か。思い出したぞ。そなたに斬りかかった男であろう。なかなか気骨がありそうな男だったの」
ディアーヌが立ち上がって発言した。
「陛下。クッコロ様。おそれながら意見具申をお許しください」
「許す。申してみよ」
「ネイテール家子孫を僭称するその海賊の頭目、我らの陣営に引き込み、クッコロ様の手足として使ってみてはいかがでしょうか」