第29話 オータムリヴァ島開拓2
五日ほどリスナルで雑用をこなし、オータムリヴァ島へ転移で戻った。
「嵐でダメージ受けるだろなーとは思ったけど、これは……」
土塁は土砂崩れで寸断され、木柵も各所で薙ぎ倒されている。特に被害が大きいのは港の建設予定地で、高潮で水没したようだった。
(高潮か……忘れてたよ。あんなでっかい月二つもあるんだもんね。月っちゅうか、二重惑星の片割れと衛星だっけ)
クッコロは台風一過の青空を見上げた。空の彼方に霞む二つの天体、青の月と赤の月。あれら天体の質量や公転の詳細は知らないが、かなりの潮汐力を発生させていることは容易に想像できた。
「……また造り直しですね」
「そだね。この際だから、いっそ大規模な永久要塞にしちゃおうか。どうせ造るなら。範囲も拡げて、入り江の港と湖畔の村、全部内包するくらいの大きさで」
「皇都並みの都市圏になりますが」
「アルちゃん――魔皇陛下にも指摘されたんだけど、ダンジョンの件公になったら確実に人口増えるだろうから。逐次拡張するよりは最初から大きいほうが、計画的な都市開発できるんじゃない?」
そんな訳で整地を進める。丸眼鏡型の空地は、直径二十八公里弱の円形の空地となった。
(一公里はだいたい1キロメートルくらいだから、外周約88キロメートルくらいか。ほぼ東京23区くらいの面積なっちゃったな。これを壕と城壁で囲うのか……)
現代日本のような重機もなければ、古代の独裁国家のような人足の動員力もない。けれどもクッコロには結界魔法と転移魔法、無駄に無尽蔵な魔力があった。
(城壁は土塁だとダメね。消石灰大量に確保できるなら、セメント作ってコンクリ打設って手もあるけど……転移魔法での造成考えたら石積みのほう工事しやすいかな。おし、石垣にするか。そのほうが情緒もあるしね)
ダンジョンのスタンピードで大型の魔物が襲来しても耐えられる強度。また、高潮や津波から街を守れる高さ。
(……高さ50メートルは欲しいかな。幅も50メートルにしとくか。若干勾配つけるとしても、断面真四角に近い方が構造力学的に堅牢そうだし。街の防衛考慮して、城壁の上は環状の軍用道路にしよう)
些細な思考の端々に、前世での従軍経験が顔をのぞかせるクッコロだった。
(そだ、壕は水引いて物資運搬用の運河として運用するか。有事には堀として機能するだろうし。となると、幅200メートルの深さ20メートルは欲しいかな。ああ、それだと帆船くぐれる橋架けないといけないのか)
城門は様式通り東西南北の四ヶ所でいいだろう。
(堀に水引き入れる前に、橋脚造ったほういいよね。あ、でも結界で堰き止めて工事可能かな? 南門は港だから橋いらないし、北門も湖に接するから橋いらない。東門もさしあたり橋必要ないし、ダンジョンに近い西門にだけ橋架ければいいか。北門と東門は船着き場欲しいかな)
思いついたことを備忘録に記していく。
(外洋航行型の帆船のマストって、けっこう長尺だよね……専用の運搬船作って周回させるのが現実的か。つか、大型帆船寄港できる水深まで入り江の浚渫しないとな。堆積土砂って、そのまま城壁造成に再利用しても大丈夫なのかな。改質の処理したほういいのかしら? 鉄筋入れる訳じゃないし、塩分濃度とか気にしなくてもいいよね。つうか、この星の海水の組成ってどうなってんだろ? 専門家の意見欲しいところだけど、アルちゃんとこにいるかな。うわー……やることいっぱいだな)
クッコロがああでもないこうでもないと思考を巡らせている一方で、ミリーナは素材の仕分けに没頭していた。
「ミリーナちゃん。あたしちょっと石材調達してくるよ」
「お気をつけて。まぁ、クッコロ様なら、大概の事は大丈夫そうですが……」
「今調べたら、こないだのアルラウネクラスの魔物、まだ森の奥に何体かいそうだから、いちおう空地全域に結界張っとくね」
ミリーナはすこしだけ顔を引き攣らせた。
予め結界玉による偵察で目を付けていた、ノルトヴァール諸島の無人島の一つに転移。
(火山島だから、よさげな火成岩いっぱいあるね。切り出して使ってみよう)
按配がよくなければ、最後の手段として宇宙空間の小惑星帯か赤の月あたりから、適当な岩塊を転移で運んでくる計画である。
(赤の月って、かなり離れたここから観測しても魔素濃度ヤバそうだし、魔素被曝で妙な変成岩できてそう……それこそ、ミスリル鉱石とかオリハルコン鉱石ごろごろしてそうだわ)
一瞬、総オリハルコン造りの城壁などと子供じみた妄想をしてしまい、苦笑い。
その時、遠くの空でけたたましい鳴き声が立て続けに響いた。
(あちゃー、この島も魔物の巣窟か。なんだろ、あのでっかい鳥型魔獣。冒険者ギルドの新人研修ん時、図鑑で見た気がするな。ロック鳥かシームルグだっけ? ミリーナちゃんなら分かるかもだけど……それにしても、すごい数だわ)
広大な丘陵を埋め尽くす巨鳥の大群。数千羽どころではない。壮観と言うよりいっそ不気味である。
(すごい糞と屍骸の量……)
クッコロはあまりの悪臭に堪えきれず、結界を展開した。
(この辺り、グアノ鉱床化してそうね。リン鉱石か硝石、採掘できるんじゃない?)
地球にもこんな場所があったはず。ナウル島とか沖大東島だったか。この島の高温多湿な気候からして、窒素質よりは燐酸質グアノの可能性が高そうだ。
(何だっけ、肥料の三要素とかあったよね)
資源化できたら面白そうなどと、早速皮算用を始めるクッコロ。
(けどちょっと待って……リュストガルトの植物の生育にも、リン酸とかカリウムとか窒素って必須の養分なの?)
これまで見た感じ、ほとんどの葉っぱや草がグリーン系統の色をしていたので、きっと葉緑素的なものが存在し、光合成的な働きをしているのだろうと短絡的に考えていた。この世界の植物だって独自の進化を遂げてきたであろうから、地球の植物と同じ肥料が有効かどうかは謎だ。数ある中には魔素に適応して、奇妙奇天烈な進化をしたファンタジー植物だってあるかもしれない。むしろそう考えるのが合理的だ。
(まぁ、リュストガルトと地球ってかなり似た環境だし、生態系も似たような進化する蓋然性はあるよね。住んでる人間も似た感じだし……普通に交配できるんじゃないの?)
自分が唯一無二の被験者となり得ることには思い至らないクッコロ。いくぶん冒涜的な方向に脱線する思考を、慌てて軌道修正した。
(おっと、油売ってる場合じゃないな。石材調達したし戻るか。この島の件は、ひとまず棚上げかな。余裕出来てから再調査しよう)
この島は、後にノルトヴァール伯となったクッコロ・メイプルによって、ロック島と命名された。島に生息するロック鳥にちなむのか、石切場となった岩山にちなむのかは定かでない。
「石材の成形もあらかた済んだし、縄張りしていきますかね」
「結界魔法で切削加工するという発想はありませんでした。画期的な工法ですね。出来る人は限られそうですが……」
(ここいら地盤どうなってんだろ?)
魔力波走査してみたところ、城壁建設予定地の八割ほどの地盤は強固であることが分かったが、二割ほどが軟弱地盤だった。特に北側の湖畔近くは湿地帯らしく、城壁を迂回させるか悩んだ。
(どうせなら、綺麗な円形の街にしたいよね……基礎打つか)
地盤沈下で城壁が崩落しては元も子もない。原木ならば大量にあるので、木杭を打つことにする。
(確か粘土層だと、木杭でも腐朽しづらいって聞いたことあるな。明治に建てられた東京駅の基礎も木杭で、耐久性に問題ないとかテレビで言ってたし)
日本で仕入れた雑学知識が、思わぬところで役に立ちそうだ。
(なるべく油分の多そうな木使うとしても、土中に打つんだからいちおう防腐処理したいよね。転移魔法で含水率下げとくか。エスタリスあたりで防腐塗料なんて売ってるのかな? 皇都にホームセンター――なんてあるわきゃないよね。代替品なりそうな塗料とか、何かないかな。錬金術師あたり、その手の物拵えてそうだけど……待てよ、焼き加工って手があったな。あれで防虫防腐効果得られるはず。適度な火加減よく分からないな。木の表面だけ炭化させるんだろうけど……)
「ミリーナちゃんの里に、火魔法得意な人っている?」
「クッコロ様の御眼鏡に適いそうな者は、ちょっと思い当たりません。あ、オババ様はキャスパリーグという上位種なので、使えると思います。でも、火魔法ならクッコロ様も使えるのでは?」
「使えないこともないけど、あたし精霊系の属性魔法はちょっと苦手で。出力の制御がいまいちなんだよね。オババ様にお仕事振っても大丈夫かな?」
「あたしからは、ちょっと畏れ多くて頼めませんが……クッコロ様のご依頼ということであれば、動いてくださると思います」
隠れ里は隠れ里で、他部族との話し合いや移住の準備に大わらわな様子だった。
「つい先日まで息をひそめて暮らしておったわしらが、今はこうして引越し準備に余念がない。隔世の感があるの。クッコロ様の御来訪が、この契機をもたらしたのじゃ」
いつの間にやら敬称付きになっている。
「ミリーナちゃんの功績も評価してあげてください」
オババ様が微笑む。
「この子を好いてくださるか。ありがたいことじゃ。――ミリーナよ。性根を据えてクッコロ様にお仕えするがよい。この御方は、ケット・シー族の行く末を照らしてくださるじゃろう」
「心得ております」
困惑顔のクッコロ。
「お仕えとかそういうのは程々でいいんで、末永く仲良くしてほしいかな。それはそうと、木杭の焼き加工の件なんですが」
「無論この老骨に出来ることであれば、喜んでお手伝いしますとも。わしらの新しい里の礎となるのじゃろ?」
「ちょっとその、サイズが大きいんで、作業たいへんかもです」
「構いませぬぞえ」
クッコロは里の広場に赴き、『空間収納』から千本もの木杭を取り出した。樹齢幾百年とも知れぬ巨樹から削り出した、直径がクッコロの身長にも及ぶ木杭の束。広場に所狭しと鎮座するさまを見て、さしものオババ様も唖然とした。
「さすがにおっ魂消たわ。長さはどれくらいじゃ。三十ケルディはありそうじゃの」
(そっか、ここじゃケルディだったっけ。こっちの度量衡に慣れてかないと、意思疎通に支障きたすかもね)
石材の準備が調ったところで、いざ施工に入る。
(しまった。算木積みで強度確保しようと思ったけど、よくよく考えたら円形の城壁じゃん。隅角部ないじゃん)
結界の板を土留めとし、堀の掘削を進める。同時進行で、城壁の基礎に着手。
(根石の下に梯子胴木基礎で、不等沈下に対応できるんだっけか。吉右衛門おじいちゃんに感謝だね)
亡き日本の祖父の蔵書の知識に、再三助けられている気がする。雑学といえども、意外な形で結実することもあるから侮れない。やはり知識は力だ。
(土砂は結界で締め固めてっと……栗石をいっぱい裏込めすると水捌けよくなって、耐久性向上するんだったよね確か)
徐々に高さを増してゆく城壁。
(石材ある程度成形しといて正解だったな。素人普請でもそれなりに見えるし。野面積みもパズルみたいで凝りそうだけど、職人芸要求されそうだし。それにしても、50メートルの城壁ってなかなか壮観だね。……崩落しないよねコレ。二段にして中腹に犬走りとか設けたほう、構造的に安定するのかしら? いいや、このまま進めよう)
およそ一月後。類を見ない巨大城壁と運河が落成した。普通に人の手で工事すれば、何十年かかったのか見当もつかない。
(転移魔法と結界魔法様様だね)
実は何ヶ所か崩落しかけたため、結界で城壁全体をコーティングしたのは内緒だ。
(ま、まぁ強度が増したし、結果オーライっちゅうことで……)




