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第28話 オータムリヴァ島開拓1


 アルヴァントから「好きなように開発するがよい」とのお墨付きを貰ったので、あれこれと夢想を逞しくするクッコロ。

(とりあえずケット・シー村の場所は、湖近くの平原でいいか。まずは整地だね)

 上空の結界玉で現在地を測位しつつ、作業を開始。せっかく便利な魔法を使えるのだ。最大限活用しない手はないのだが、能率的な作業方法はおいおい模索していくとして、最初は手作業でやってみる。何事も経験だ。

 皇都リスナルの鍛冶屋から、樵用の鉞と牧草刈り用の大鎌をそれぞれ大量購入。身体強化の魔法をかけたクッコロとミリーナの二人は、額に汗して樹木の伐採と雑草の草刈りに精を出す。太陽が中天に差し掛かった頃、休憩を取った。

「ここらでお弁当にしよ。悪いね。炎天下に重労働させちゃって」

 転移魔法で取り寄せた冷たい湧水を、ミリーナの水筒に補給してやる。

「いえそんな。クッコロ様の『身体強化』はすごいです。正直、女二人の細腕でどこまで仕事が捗るのか不安でしたが、これなら昼夜兼行でも作業できそうです」

「そんな真っ黒けな真似はいたしません」

 検証したことはなかったが、魔法の身体強化にも、薬物ドーピングのような精神を興奮状態に導く副作用があるのだろうか。機会があれば『アカシックレコード』先生に訊いてみることにする。

「そういやケット・シー族の総人口ってどれくらいなの?」

 ミリーナはしばし考え込んでから答えた。

「評議員が全部で十六名おりまして、それぞれが部族を率いて、ルーヤ山脈の各所に隠れ里を構えております。人口としてはうちの部族が最大で、千人ほど。あたしは調査員として里を離れていたので、他の部族の状況にあまり詳しくないんですが……推定で総人口八千人ほどになるかと思います」

「八千か。思ったより多いね」

 当座の食糧は、買い付けるなりアルヴァントの支援を仰ぐなりして凌ぐとして、八千人を養っていく農地を島内に確保する必要がある。統治の一丁目一番地は民を飢えさせないことに尽きる。前世の養父、ネイテール宰相からの受け売りだ。

(将来の人口増加を見越しても、土地は十分にあるんじゃないかな。当面は湖畔の村と入り江の港、それを繋ぐ街道って感じに開拓していくか)

「午後からは魔法で整地作業試してみるね。ミリーナちゃんには、素材採取お願いしてもいいかな」

「承りました」


 クッコロは目を閉じて地面に手を当てた。波紋のように魔力波が伝播してゆき、あらゆる物質の位置を把握する。

「んじゃ、行きます」

 村の建設予定地全域が、クッコロの結界で覆われた。興味深そうに目を凝らすミリーナ。次の瞬間、巨樹から苔類に至るまで結界内のあらゆる植物が、転移魔法によって根こそぎ地表から引っこ抜かれ宙に浮いた。濛々たる土煙に覆われる結界内。目前のあり得ない光景に、ミリーナはただただ立ち尽くした。

「……転移魔法って、想像以上に汎用性が高いんですね。昨日のアルラウネの魔石核抜き取りにも驚きましたが、土木作業も思いのままとは。オババ様が時空魔法使いを畏怖する理由が、すこし分かったような気がします」

「埃おさまるまで素材採取無理だねこりゃ。先に港と街道の整地やっちゃうね」


 数刻後、入り江から湖までの原生林に、ブリッジ部分の長い丸眼鏡のような形状の広大な空地がぽっかり出現した。植生は完膚なきまで取り除かれ、土壌がむき出しになっている。

(ごめんなさいね。草木も土地も有効利用するから)

 日本の価値観の影響か、森林破壊にはどうにも良心の呵責を覚える。クッコロはそっと黙祷を捧げた。

「そっちはどう? 素材なるものありそう?」

 草木を熱心に仕分けるミリーナに声をかける。

「人跡未踏の森だけあって、珍しい薬草や茸が豊富ですね。――あ、その辺の葉や茸には素手で触らないで下さい。猛毒なので、触れただけで皮膚が爛れます」

「うひ、毒草なんて集めてるの?」

「錬金術の貴重な素材らしくて、魔道具屋が高値で買ってくれるんですよ。そっちの山菜とか木の実は食べられますよ。きちんとアク抜きすれば美味しいらしいです」

 クッコロは感心した。

「詳しいんだね」

「それなりに冒険者やってましたから。と言っても、この島の植物はあたしも初めて見る物が多いです。皇都かエスタリスの冒険者ギルドで、専門家に鑑定してもらうのがいいでしょう。意外と高値で売れるものがあるかもしれません」

「木はどうしようか。村の建材用にとっとく?」

「原木は天然乾燥に何年かかかるらしいので、売り払って製材された材木を買いましょう。素人の見立てですが、間伐もされていませんし、あまり商品価値の高い原木じゃないような気がします」

「その場合は薪にでも使ってもらうよ」

 樵と冒険者を兼業で営む者以外、嵩張る樹木を進んで扱う者は少ないらしいので、原木素材の持ち込みは歓迎されるらしい。

(人口八千人の材木とか薪の需要ってどれくらいなんだろ? この島だと、暖房の燃料はそんなに必要なさそうだけど……)

 森林も適切に管理していかないと、島中禿山だらけになって土壌が流失しそうだ。

(まいったな。あたし内政とか門外漢なんだけど。門外漢ちゅうか門外乙女ちゅうか。前世の養父様なら得意分野なんだろうけど……ミリーナちゃん間伐の概念知ってる様子だったし、案外ケット・シーの森に関する知見って期待できるんじゃない? アルちゃんの助言通り丸投げするか)

「冒険者ギルドと商業ギルドで、素材持ち込みの線引きってあるの?」

「ほとんど差異はなかったと記憶してます。ただ、どのギルドも基本所属していないと、買い取りは拒否されますね。あと、魔物素材に関しては、やっぱり冒険者ギルドに鑑定の専門家が多いので、高額査定が多いという噂です」

「餅は餅屋ってことか。んじゃアルラウネの蔓とか毒袋は、冒険者ギルドに持ち込み確定だね。つうか、あたし商業ギルドにまだ登録してないや」

「審査がけっこう煩雑らしいので、商会開設するなら早めに登録申請したほうがいいですよ。――あ、でもクッコロ様は、魔皇国の貴族になられる予定なんですよね? じゃあ問題ないのかしら」

 雑談しつつ仕分け作業が進む。

「器用ですね。転移魔法で枝打ちですか」

「玉切りもしとく? 『空間収納』あるから、原木のままでも運搬に支障はないけど」

「でしたら原木が重宝されるかもしれません。原木のほうが乾燥させやすいと、隠れ里の樵から聞いたことがあります」

「寸法の規格とかあるかもだしね。余計なことはしないでおくか。――さて、整地はこんなもんかな。今日はもう上がろうか。ギルドに素材持ち込みがてら、リスナルで夕飯食べてく?」

「そうですね。ダンジョンの報告もなさるのですか?」

「そっちは魔皇陛下にお預けかな」

「未知のダンジョンの発見なんて、確実に冒険者ランク昇格する案件ですね。クッコロ様は(アルボー)級だそうですから、間違いなく(フェルム)級に上がると思います。いえ、もしかすると一足飛びに(キュープラム)級ってことも」

「あたし的には底辺冒険者のほうが、しがらみもなくて居心地よさそうに思うんだけど。そだ、いっそミリーナちゃん見つけたことにする? あたしはミリーナちゃんの荷物持ちってことで」

「勘弁してください」


 あくる日、防衛施設の構築を提案するクッコロ。

「ダンジョンの存在が判明したし、近海に海賊もいるらしいからね」

「安全な開拓のためにも必須ですね。どんな感じになさいます?」

 クッコロは考え込んだ。

(うーん、あたしも前世の軍歴からブランクあるからなぁ……野戦築城の教本になんて書いてあったっけ)

 日本の祖父吉右衛門の蔵書に城の蘊蓄本があった気もするが、火器が発達した地球と魔法の存在するこの世界(リュストガルト)では、そもそも築城の思想が異なる。

「うだうだ考えても物事進まないから、まぁ練習のつもりで造ってみますかね」

 ということで、村と港の建設予定地を包囲する壕を掘り、その土砂を利用して土塁を築いてみた。土塁の上には丸太の柵を巡らす。一連の作業は、全て転移魔法を駆使した。

「これで魔獣の襲撃があっても防げそうですね。少なくとも、住人の避難時間は稼げると思います」

 ミリーナは嬉しそうに語っていたが、クッコロは微妙な顔である。

(なんかテーマパークのアトラクションみたいな砦が出来ちゃったな。いやまぁ、これはこれで牧歌的な味わいがあるんだけど……)

 過日のアルラウネのような魔物が襲来した場合、耐えられるのだろうか。

 遠雷が聞こえ、ミリーナが身震いした。雷が苦手らしい。

「変な風が出てきましたね。嵐の前触れかもしれません」

「む」

 クッコロはすぐさま衛星軌道にいる結界玉に思念をリンクさせ、ノルトヴァール諸島周辺の気象状況を観測した。南の洋上に巨大な積乱雲が渦巻いている。

(どう見ても台風だよねアレ。台風ってか、こっちじゃ何て呼ぶんだろ?)

 地球では、地域によってサイクロンだのハリケーンだの呼称が変わったはずだ。農耕の重要度に比例して気象予測も発達するのだと思うが、リュストガルトの気象用語の貧弱さは、そのままこの世界の農業の未熟さに通ずるような気がした。

(まぁ、あっちとこっちじゃ人口も違うしね。有史以来、人口一億超えの巨大国家なんて存在した記録もないし)

 かのゼラール帝国の最盛期でさえ、総人口五千万人に満たなかったようだ。

「かなりの大嵐になるみたい。何日か皇都に滞在したほうよさそう」

「分かるのですか」

「上空から雲の動き見たからね。この際むこうでの用事やっつけちゃおうか」

「了解しました」



 皇都リスナルでは、商業ギルドへ登録に赴いた。年若い娘二人連れとあって受付では鼻であしらわれかけたが、クッコロが感応の指輪に刻印されたアルヴァントの紋章をさりげなく見せると、受付嬢の態度が急変。商業ギルド長の執務室へと通され、ギルド長ロラン直々の応対となった。どうもアルヴァントが事前に根回ししていたらしい。

「お初にお目にかかる。私はロラン。商業ギルド長を務めておる」

「これはご丁寧に。クッコロ・メイプルと申します」

「陛下の信頼を得ているようだな。私もあやかりたいものだ」

「たまたまですよ」

「貴殿が推進中の事業には、私も興味がある。一枚噛ませていただけぬものか」

 いかにも老獪な商人然としたロランの言葉に警戒したのはミリーナ。クッコロが迂闊に言質を取られぬよう、頻りに合図を寄越す。

「お耳が早いんですね……」

「海千山千の商人たちを束ねる立場なのでな。なにはともあれ向後、昵懇にお付き合い願いたい。ご入用の物などあれば、相談に乗らせていただく」

(気のせいかな……アルちゃんに任せておくと、どんどん話が大きくなっていくような)

 数ヶ月待ちもざらと聞いた商業ギルド登録もトントン拍子で進み、その日のうちに登録手続きを終えた。



 次は素材の換金のため冒険者ギルドへ向かう。

「やっぱ皇都のギルドだけあって賑わってるね。ここに来ると、なんか無性に依頼受注したくなっちゃうな」

 クッコロは、この猥雑な雰囲気が嫌いではなかった。けっこう冒険者が性に合っているのかもしれない。

「あたししばらく依頼受けてないんだけど、罰金とか罰則ってないの?」

「ペナルティありますよ。白金(プラチナ)級以下のランクは、一年間全く依頼受けない場合、一つ下のランクに降格になります。(アルボー)級の場合は、ギルドから除名されますね。霊鉄(ダマスク)級以上のランクは、このルールが適用されない特権があります」

「除名はいやだな。パーティ組んで、一緒に霊鉄(ダマスク)級目指す?」

「クッコロ様がその気になればあっという間ですよ。買い取り窓口、あっちのカウンターみたいです」


 素材を売る旨を係員に告げ、『空間収納』に死蔵されていた大量の魔物素材をカウンターに出したところ、案の定と言うべきか、ちょっとした騒動になった。

「……もう一度冒険者証を提示してくれ。お嬢ちゃんは、(アルボー)級で間違いないんだな?」

「はい」

「これらが盗品だった場合、お嬢ちゃんは捕縛されて獄につながれることになるが――出処は間違いないんだな?」

「あたしが狩ったもので間違いありません」

「しかしこれは……ケルベロスの魔石にアルラウネの魔石だぞ」

(ミスったな。ミリーナちゃんの仕事で、最初から押し通すべきだったかも)

 押し問答が面倒になり、またぞろ感応の指輪の威光を発動しようとしたところ、後方から野太い声がかけられた。

「嬢ちゃん、暴れとるようじゃな」

「あ。ラディーグさん、ご無沙汰してます」

 ラディーグの闖入にざわつく周囲。

「まったく、天真爛漫な娘じゃ。『空間収納』の術は秘匿しておけと、あれほど忠告したろうが。しれっと使いおって」

「あ! そういえば……」

 クッコロは頭を掻いた。

「おう、ギルドの兄ちゃん。この娘の実力は儂が保証する。素材の買い取り受けてやってくれんか」

「分かりました。ラディーグさんがそうおっしゃるなら」


「さっきの男、【千手拳】ですよね?」

 ミリーナは、ラディーグの登場にかなり驚いた様子だった。

「ミリーナちゃんも知ってるんだ。つか、あの人業界の有名人なんだっけか」

「そりゃもう。中原で活動する冒険者で、【千手拳】を知らなければモグリですよ」


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
― 新着の感想 ―
[良い点] 一つの島の資源を好き勝手にして良く、しかも魔法でインフラ系まで何でも出来るって、わくわくですね。 ケット・シー族、結構たくさんいました、八千人。 島の大きさはどのくらいなんだろう、日本の…
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