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第27話 無人島探検


 隠れ里に一旦戻り、オババ様との会談が持たれることになった。ぞんざいだったケット・シーたちの態度が、心なしか慇懃になっている。

「そのかみ、わしらケット・シーはフォルド連邦という国に仕えておった。かつて大陸東方に盤踞して栄えた国だ。今はもうないがね。わしらは身体技能を生かして諜報や暗殺を生業とする、まぁ俗に言う暗部を担っておったのじゃ」

 その話は前世でよく耳にした。近衛騎士団の同僚だったナーヴィンも、「ケット・シーの刺客は手強いぞ」と述懐していたものだ。

「今から三百二十年ほども前になるかのう。わしがまだ頑是ない幼女だった頃の事じゃ。当時、ゼラール大帝による大陸統一戦争は最終局面での。わしらの所属するフォルド連邦は、ゼラール帝国軍を率いるアルネ元帥様の前に連戦連敗。滅亡の危機に瀕しておった。フォルド連邦の総統は起死回生の一手として、アルネ元帥様を罠にかけ、暗殺する計略を巡らせた。その謀略の舞台となったのが、当時ケット・シー族の村があったガイルンの谷じゃよ」

「まさに歴史の生き証人ですね。ケット・シー族がそんな長命種とは知りませんでした」

「わしは巫女の家系だったのでな。精霊の加護もあって、上位種キャスパリーグへと進化しおおせた。一般的なケット・シーの定命は、五十年前後といったところじゃ。もっとも、わしらの種族は過酷な境遇にある。老境を迎える前に命を散らす者が多いのじゃ。昔も今も、な」

 化け猫という単語が脳裏にちらついたものの、言葉にするのは差し控えた。

「時の連邦総統は非情な人物での。仕事柄、為政者たちの後ろ暗い秘密を知悉するわしらが目障りだったんじゃろう。宿敵アルネ元帥様もろともケット・シー族を葬り去ろうと画策し、ガイルンの谷に幾重もの罠を仕掛けてアルネ元帥様を誘い出したのじゃ。わしらはまさしく捨て駒じゃった」

 クッコロは若干の違和感を覚えた。あの用心深い名将が、見え透いた陥穽に易々と嵌るとも思えない。彼はケット・シー族の置かれた状況を洞察し、最初からケット・シーたちを救うつもりだったのではないだろうか。

「ガイルンの谷は長閑で豊穣な土地だったが、炎に包まれた最後の日のありさまは、地獄絵図そのものじゃった。日頃偉そうにしていた年寄りたちは右往左往して自暴自棄になり、女子供は肩を寄せ合って泣きじゃくっておった。今でも鮮明に覚えとるよ。わしもここで死ぬのだと子供心に覚悟を定めたその時、アルネ元帥様の転移魔法が発動し、わしらは救われたのじゃ」

 クッコロは考え込んだ。

(やっぱアルネ閣下も使えたんだ、転移魔法。空間収納の遣い手だってラディーグさん言ってたから、もしかしたらって思ったけど……言われてみると、あり得ないくらい神出鬼没だったもんね、あの人。ホント何者なんだろう)

「この事件をきっかけに、わしらはフォルド連邦及びその後継者たる東方諸国と完全に決別することとなった。あれから幾星霜を閲して、ふたたび転移魔法の遣い手たるお前さんに、こうして救いの手を差し伸べられている。不思議な縁を感じざるを得んよ」

 カルムダールが発言した。

「クッコロ殿。儂は貴殿の申し出を受けたいと考えておる。他の里の評議員たちを説得するので、しばしの猶予を頂けないだろうか」

「それはもちろん構いません」

「オババ様にも手伝ってもらうぞ。大長老たるオババ様の口添えがあれば、説得も首尾よくまいろう」

「よかろう。ケット・シー族の存亡に関わるからの。時空魔法の遣い手に敵対するなど愚の骨頂。東方諸国と反目するほうがまだましじゃて」

「ミリーナにはクッコロ殿の饗応役を命ずる。快適にご滞在いただけるよう、心を砕け」

「かしこまりました」

 クッコロが控えめに挙手。

「あのう。皆さんが協議している間、あたし島のほうで地勢の精査とか移住の受け入れ準備とかしたいんですが」

「御随意に。ミリーナ、クッコロ殿に随行し、お世話するよう」

「はい」

(監視役ってことなのかな? まぁミリーナちゃんならいっか。根は善良そうだし。移住当事者の意見も聴取できるしね)

「じゃあ、支度よろしくです。さほど危険はないと思うけど、いちおう念入りに準備お願いね――って、ミリーナちゃん(アウル)級冒険者だったね。ナマ言ってサーセン」



 再び無人島へと転移したクッコロとミリーナ。

「んじゃ、ちょっくら島の探索してくるね」

「単独行動は危険では……って、クッコロ様には要らぬ心配ですね。では、あたしは野営の準備しますね」

 クッコロ一人であれば、夜は青の月(アグネート)の屋敷に宿泊しようと考えていたが、ミリーナ同伴では、機密漏洩に敏感な観星ギルド従者たちが渋い顔をしそうだ。

「野営はしないよ。暗くなったらケット・シーの隠れ里に帰還するから」

 ミリーナは遠い目をした。

「なんて言うか……苦労して長い道のりを踏破する世の中の旅人を嘲笑う便利さですね、転移魔法って」

「便利すぎて運動不足なりそうだけどね。島の探検は運動にちょうどいいや。行こ」

 とりあえず海岸線に沿って歩くことにした。

「かなり広い島ですね。原住民はいないんでしょうか?」

「無人島なのは間違いないよ。周辺の島にはいくつか有人島もあるみたいだけど」

「不思議ですね。こんな大きな島なのに」

 百個ほどの結界玉を島中に放ち、多角的に魔力波走査したので、無人なのは確実だ。

「ここの入り江いいな。浚渫すれば港造れるんじゃない?」

「港湾整備なさるのですか」

 クッコロは頷いた。

「魔皇陛下の指示でね。エスタリスとの間に連絡船就航させたいんだってさ」

 ミリーナは一瞬不安そうな顔を見せた。ケット・シーは迫害され山奥に引き籠っていた種族だ。無理からぬ反応なのかもしれない。

「この島はアルヴァント魔皇国に帰属する予定だから、仮に外国の理不尽な干渉があったとしても、ケット・シーの人たちを守れると思うよ」

「はい」


 入り江に流れ込む川に沿って遡上する二人。途中遭遇する魔物を退治しつつ進む。

「なんか、思ったより魔物多いね。小型とか中型だけど」

「人の手が入っていないようですし、魔素の偏在が起きているのでしょう」

 しばらく進むと湖があった。

「港も捨て難いけど、住むなら水源地の近くがいいよね。土地も比較的平坦だし、この辺の森を切り拓いて村にするか」

 上空の結界玉から周辺一帯を魔力波走査。

(ん? 何だこれ……あの岩山の辺りか?)

 いきなり身体強化を展開して疾走するクッコロに、慌てて追随するミリーナ。

「どうなさいましたクッコロ様。これは――」

 岩山の中腹にぽっかりと口を開ける洞穴。辺りには、気圧されるほど濃密な魔素が漂う。

「魔力溜まり……十中八九迷宮化してますね、コレ」

「この島に人が定住していない原因って、これかな?」

「その可能性は高そうですね。あたしの知る限り、未発見のダンジョンだと思います。冒険者ギルドが把握していたなら、今頃この島には大きな街が出来て賑わってますよ」

 国家やギルドにとって、ダンジョンの適切な管理は喫緊の課題となる。無尽蔵の魔物素材や、冒険者や商人たちの活動による経済波及効果という恩恵の一方、ダンジョンを放置すれば、スタンピードという破局的な災厄を招きうる。

「今のところどこの国の施政権も及んでないからいいけど、公になったら争奪戦になるかもね。飯のタネに困る事はなくなりそうだけど、静かに暮らしたいケット・シー族的には痛し痒しだね……」

「魔皇国の保護を受けられるなら許容範囲だと思いますが。やはりどなたか貴族が封ぜられて、この島を治めることになるのでしょうか?」

「魔皇陛下は、周辺のノルトヴァール諸島ひっくるめてあたしにくれるって言ってたけど」

「クッコロ様が領主なら、我々ケット・シーとしては願ったり叶ったりです。ただ……未発見ダンジョンが存在するとなると、魔皇の直轄領になるかもしれませんね。その場合はエスタリスと同様に、中央から総督が派遣されるはずです」

「あたしとしては、そうなったらなったで全然かまわないんだけど。領主なんて柄じゃないし。ともかく、ダンジョンの件は魔皇陛下に要報告かな」


 早速念話にてアルヴァントに一報を入れる。

『――という訳なんだけど』

『ふうむ、未知のダンジョンか。そなた、強運を持っとるの』

『なんだったら叙爵の件は辞退するよ。直轄領にしてアルちゃん治めてよ』

『そうもゆかぬ。是が非でもそなたにはノルトヴァール公爵になってもらう。名義だけでよいのだ。名を貸してくれ』

『流浪の冒険者がいきなり公爵ねぇ……』

『我が国はまだまだ大陸の新興勢力でな。実力ある者、功績ある者を正当に処遇してゆかねば、人心が離反するのじゃ。これも七面倒くさい政治というやつよ。案ずるな。妾の決定に異を唱える者など、この国にはおらぬ』

『んじゃ、せめて伯爵くらいにしとかない?』

『むう……やむを得ん。顕著な手柄があった場合は、すぐさま陞爵させるぞ。それでよければ、今回は伯爵で手を打とう』

『ありがとう。それでお願いします。ところで、この島の名前なんていうの?』

『ノルトヴァール諸島の原住民どもが何と呼称しておるか知らぬが、公式には名もなき無人島じゃ。クッコロが適当に名付けるがよい』

『アルちゃんの国に帰属するんだから、アルちゃん名前付けてよ。王様でしょ』

『しからば妾が名付けるといたそう。後から文句は受け付けぬぞ。……クッコロ島でどうじゃ。もしくはメイプル島かの』

『自分の名前からの引用はちょっと……いかにも自意識過剰だし』

『そなた、妾にそれを指摘するか。臣下たちの請願で、国号に己の名を冠せざるを得なかった妾に。妾とて恥辱に耐えておるのじゃぞ』

『なんか、ごめん』

『まぁよい。これはどうじゃ? そなたが立ち上げ予定の商会に因んで、オータムリヴァ島』

 この島の気候に四季は存在するのだろうか。緯度的に常夏のような気もするが。

(あまりごねてアルちゃん臍曲げてもなんだし、この辺で妥協しとくか)

『オータムリヴァ島でお願いします』

『決まりじゃな。地理院やら紋章院やら関係各所には、妾のほうで通達を出しておく。それと、後で新発見のダンジョンを視察したい。転移魔法で迎えに来てくれ』

『了解っす』

『抜け駆けで攻略するでないぞ。妾が行くまで潜入は控えよ』


 ひとまず湖の畔まで引き返す。

「ダンジョンに潜るなって釘刺されちゃったよ」

「誰にですか?」

「魔皇陛下」

 溜息をつくミリーナ。

「今更ですが、そんな遠方の人と念話を繋げられるなんて尋常な事じゃありませんよ。てゆうか、本当に魔皇とお知り合いなんですね……」

「後で視察に来るってさ。たぶん政務の憂さ晴らしに、ダンジョンに潜りたいんじゃないのかな。王様稼業はストレス溜まるみたい」

「魔皇に謁見ですか……胃が痛くなりそうです。あたしがいない時に来てほし――うわっ!」

 突如、ミリーナとクッコロの足首に絡み付くツタ。

「何? 魔物?」

 蠢くツタがよじれるように密集し、巨大な人型となった。

「アルラウネ! 初めて見た……」

「こんなのいたら、そりゃ人寄り付かないよね。猫耳さんたち来る前にやっつけとこか」

「いけませんクッコロ様、戦っちゃダメです! アルラウネは討伐難易度レベル40以上。霊鉄(ダマスク)級冒険者がパーティ組んで、ようやく戦える魔物です。逃げましょう」

 業界の専門用語で脅威度を指摘されても、いまいちピンとこない。

「まぁ、あたしの気配感知かいくぐって襲撃してくる時点で、かなり手強いんだろうけど」

「隠形に長けた魔物と聞いたことがあります」

 ミリーナは短剣の二刀流で、次々と纏わりついてくる無数のツタを必死に捌いている。

「戦ってみて、難しそうなら転移魔法で逃げるよ」

「どうしても一戦交えるなら、『麻痺毒』と『幻惑霧』に注意して下さい。それで獲物を弱らせて捕食するそうです」

「分かった」

 魔力波走査でアルラウネの魔石核を探知。

(ミリーナちゃんの話ぶりだとけっこうレアモンスっぽいし、稀少素材とか取れるのかな? ――いかんいかん、妙な色気だしてしくじったら大惨事だよね。暴れてるし、先に制圧しちゃうか)

 そんな訳で転移魔法を発動。クッコロの手に巨大な魔石核が現れるとともに、アルラウネは全身が萎れて沈黙した。

「……は?」

 茫然自失のミリーナが、戦闘態勢のまま固まっていた。


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人格を共有する双子兄妹のお話→ パラレル・クエスト
― 新着の感想 ―
[良い点] >化け猫という単語が脳裏にちらついたものの ひどっ。オババ様の容姿も推して知るべし、なんですかね。まんま化け猫だったら良いなぁ。 アルネ元帥って、確か最初の方で、お屋敷の跡地に行こうとし…
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