第26話 クッコロ登用計画
「して、本日ご来訪の趣旨をお聞かせ願えるかな」
クッコロはちらちらとミリーナを見て頻りとアイコンタクトを取ろうとしたが、ミリーナは慎ましく俯いて控えている。やむを得ない。
「はい。あたし、最近商会を立ち上げたのですが、従業員の確保に難儀しております。縁があって知り合ったこちらのミリーナさんから、同族に旅慣れた有為の人材がたくさんいらっしゃるとお聞きしまして。こうして勧誘に参上したわけです」
率直に話してみることにした。説得の妙案があるわけでもない。また勧誘が不調だったとしても、誰かに迷惑がかかるわけでもなく、ましてや生死にかかわる窮地に陥るでもない。元々、事が上手く運べばめっけもの程度の案件だ。クッコロは気楽に折衝へ臨むことにした。
「ほう。それは我等が同胞に『隷属の呪紋』を施し、過酷な強制労働に従事させるという意味かな?」
猫耳オヤジたちの殺気が膨れ上がる。
(やっぱ、現代日本の雇用契約はイメージしづらいか)
「奴隷契約じゃありませんよ? どうか誤解なさらないでください。うーん、そうですね。印象としては、商人とか職人の徒弟制度をもうすこし緩くした感じかなぁ」
猫耳オヤジの一人がいきなり激昂した。床板を拳骨で叩く。
「俺は騙されんぞ! 甘言を弄しおって。カルムダール殿、やはり殺してしまおう。里の位置を知られたのだ。このまま野に放つことはできん」
ミリーナが腰を浮かす。
「お待ちください! この方に敵対するのは危険です!」
「黙れ未熟者が。命の恩人だか何だか知らぬが、易々と籠絡され、外界の者を里に招き入れるとは。調査員にあるまじき軽率さだ」
「ですが……」
「双方静まれ。お客人、見苦しい所をお見せした。我等は長きにわたって虐げられてきたため、警戒心が殊の外つよいのだ」
クッコロは居心地悪そうに提案した。
「なんかすみません……招かれざる客みたいですし、あたしはそろそろお暇しましょうか?」
「申し訳ないが、そうもいかん。この里の存在を知られたからには、貴殿を拘束させてもらう。ミリーナの恩人に手荒なことをするのは、甚だ不本意なのだが」
「別に言いふらしたりする気はありませんよ。ここへの経路も、よく分かりませんでしたし」
カルムダールは首を振った。
「我等は辛酸を嘗め尽くしてきたのでな。とても猜疑心が強いのだ。口約束を額面通り受け取る事はできぬ」
「ありゃ。困りましたね」
「東方諸国はケット・シーを根絶やしにしようと、常に我等の所在を探っておる。過去十年に限っても、いくつかの隠れ里が見つかり、多くの同胞たちが殺された」
クッコロは首を傾げる。
(はて? 東方の国って、なんでそんなにケット・シーを目の敵にしてるの? 猫耳かわいいのに)
「西方諸国は東方よりは幾分マシだが、あちらは亜人差別が根強い。その上稀少種族のケット・シーは、奴隷として珍重されていると聞く。到底我等の安住の地とはなりえん」
「……」
「移住先として一縷の望みを託したのが、中原の新興国家アルヴァント魔皇国だ。我等は中原に多くの調査員を派遣し、情報収集に努めてきた。貴殿に助けていただいたこのミリーナもまた、調査員の一人だ」
「そうだったんですか」
「我等はミリーナのもたらした情報を吟味した。その結果、貴殿がアルヴァント魔皇国の貴族ではないかと推測しておる」
「違いますよ。あたし貴族じゃありません。まぁ、アルちゃ――魔皇陛下とは、個人的に仲良くさせてもらってますが」
クッコロの言葉に、ケット・シーたちがざわめいた。
「確かに貴殿のあけすけな言動は貴族らしからぬ。だが、このミリーナが貴殿を只人に非ずと申してきかぬのだ」
「買い被りだと思いますけど……」
御簾の奥から強い視線を感じた。
「我等は安住の地を切実に求めているのだ。東方諸国と敵対するアルヴァント魔皇国にはおおいに注目している。その国の最高権力者と交誼を結んでいると聞いては、我等としても等閑に付すわけにはまいらぬ」
クッコロは思案した。
「安住の地とおっしゃいますと、要は東方諸国の追捕の手が及ばない遠い所に移住するってことですよね?」
「そういうことになるな」
「ふむ。もしかしたら協力できることがあるかもしれません」
「安請け合いするほど簡単ではないぞ。部族の老若男女数千人を引き連れて、なん千公里の道程を踏破する難事業となるだろう。現に我等は何世代にもわたって移住の準備と情報収集に努めてきたが、東方諸国の妨害もあり、未だこの山奥で逼塞を余儀なくされておる」
内心ほくそ笑むクッコロ。
(これはチャンスじゃない? 猫耳さんたちの移住に手を貸したら、交換条件でオータムリヴァ商会への協力取り付けられるんじゃない?)
「ともあれ、貴殿の扱いについては尚協議が必要だ。申し訳ないが、その間貴殿を拘束させてもらう」
「カルムダール様!」
ミリーナが気色ばむ。
「控えよミリーナ。クッコロ殿はさしあたり客人として遇する。別室へお連れせよ」
一人で暗躍する時間が欲しかったクッコロとしては渡りに船なので、軟禁にも唯々諾々と従った。
(さてと、どこかいい場所あるかな)
暇なときにせっせと打ち上げた無数の結界玉が、まさに偵察衛星さながらにこの星の大気圏を周回している。クッコロは瞑目すると、情報収集を開始した。
(今の時代の世界情勢って分かんないからなぁ。とりあえずどこかの国の勢力圏だと厄介事に巻き込まれそうだし……かと言って、人跡未踏の辺境だと住むのたいへんそうだし。となると、リムリア大陸と魔大陸は避けた方が無難かな)
どこぞに気候のいい無人島でもないだろうか。
(そういえば……リーダルの沖合に島がいっぱいあって、ネイテール侯爵家の別荘があるって、昔養父上から聞いたことあったな)
旧ネイテール侯爵領都リーダル。現在は、アルヴァント魔皇国の港湾都市エスタリスと呼ばれる街。領地滞在時、勉強漬けの日々を送っていた前世のクッコロには無縁だったが、義姉妹たちはよく舟遊びに興じていた記憶がある。
(調べてみるか)
最寄りの結界玉をマーティス海の上空に急行させる。
(ふーん、けっこう島があるんだ。有人島もちらほらあるね。お、ずっと沖の方にかなり大きい島ある)
結界玉を向かわせ、上空からざっと魔力波走査。
(なかなかよさげな島だわ。人っぽい反応はなしか。密林にちらほら大きい反応あるけど、何の魔物だろコレ)
生態系のバランスなどを勘案すると、闇雲に駆除していいものやら分からない。ある地域の大型魔獣を根絶した事で小型魔獣が大発生し、破局的な厄災となった事例をいくつか帝国軍幼年学校で学んだものだ。
(まぁ移住の邪魔になる個体を間引く感じでいいか。問題はやっぱ政治的な事だよね。どこかの国の領有だと後々面倒事なりそうだし)
位置的にはアルヴァント魔皇国の領有である可能性が高い。
(アルちゃんに確認してみるか)
友人への気安さで、すぐさま念話を放った。
『もしもしアルちゃん。今いいかな?』
『ぬ、クッコロか。今ちょっと取り込み――ぐあ!』
アルヴァントの悲鳴が脳裏に響いた。
『む、何事?』
『いやなに、メーベルトと手合わせしておったのじゃ。そなたからの念話で注意散漫になったところ、良い一撃を食らったまでよ』
『あー……お取込み中ごめんね』
『いや。丁度いい切り上げ時になった。なにしろ三日三晩、不眠不休で戦っておったからの。妾たちはともかく、近侍どもが音を上げておろう』
『主従揃って相変わらずの武闘派ぶりだね』
『そなたもそのうち如何じゃな? メーベルトがそなたと模擬戦したがっておったぞ』
『遠慮しときます……』
『して用件は何じゃ?』
『エスタリスの沖合に島いくつかあるの知ってる?』
『エスタリスの沖というとノルトヴァール諸島じゃな。存じておるぞ』
『アルちゃんとこの領土だったりする?』
しばしの沈黙。
『領有を宣した記憶はないの。三十年ほど昔、我が国の探査船団が調査に赴いたのだが、海賊に襲われて全滅した。外洋海軍の整備にまで手が回らんのでな、そのままうち捨てておる状態じゃ』
『無人島ひとつ貰ってもいいかな?』
『ほう。何か事情がありそうじゃな』
『実は斯々然々で……』
現時点でクッコロが把握しているケット・シー族の事情を、かいつまんで説明する。
『つまりケット・シー族を庇護したいのか? 行きずりの邂逅に何を見出したのか知らぬが、そなたも物好きよの』
『いや、だって猫耳かわいいじゃん』
クッコロは力説した。
『よいのではないか。そなたの転移魔法を以ってすれば造作もなきこと。それに、不当に迫害される亜人を保護するということであれば、妾としても協力するに吝かではない。ノルトヴァール諸島をそなたの領地とし、爵位を贈ろうと思う』
『アルちゃん……またどさくさ紛れにそういう工作を』
『まぁそう言わず、形だけでも受けておけ。東方諸国から匿うのだろう? 妾の翼下はそれなりに有効ぞ』
クッコロは頭の中で算盤を弾いた。
『うーん……わかったよ。アルちゃんのお世話になります』
言質を取ったアルヴァントは、善は急げとばかりに算段を立て始めた。
『よしよし。妾に任せておけ。悪いようにはせぬ。至急紋章院に命じて叙爵の手筈を調えさせる。ノルトヴァール公爵とノルトヴァール辺境伯、どちらがよいかの』
クッコロは狼狽した。
『ちょ、そんな格式の高い爵位はいらないよ? あたし的には、離島の寒村の村長くらいでいいんだけど』
『しかし自治権の裁量は大きいほうがよかろう? また、我が国の貴族たちから不当な干渉をされるのも不本意じゃろう?』
『けどねぇ……あんまり論功行賞の原理原則から逸脱したら、アルちゃん今後やりにくいでしょう?』
『功績が必要ならば、でっち上げればよい。そなたはマーティス海に跋扈する海賊共を退治し、ノルトヴァール諸島の原住民を慰撫して帰順させ、我が国に海外の新領土をもたらす英雄となる――ほれ、十分叙爵に値する勲功ではないか』
『領地の統治とか無理だからね』
『代官を立てて丸投げするのがよいぞ。そなたが保護する予定のケット・シー族にも、族長なり長老なりおるじゃろ。その者にやらせよ』
そんな感じで、ケット・シー族保護に便乗した、アルヴァントのクッコロ登用計画が着々と進行していく。
アルヴァントとの密談が一段落した頃、ミリーナが食事を差し入れにやってきた。
「申し訳ございません、クッコロ様。こんなことになってしまって……」
「ミリーナちゃんも板挟みで辛いとこだね」
「逃げるおつもりなら手引きします」
決然とした表情のミリーナが、クッコロの耳に口を寄せてそう囁いた。おそらく盗聴されているのだろう。
「さっきの評議員の人と話したいことがあるの。なんとか面会の設定お願いできないかな」
「……分かりました」
面談の許可が下りたのは翌日だった。
「我等に話があるそうだな」
上座の御簾が上げられていた。カルムダールらしき大男が、眼光鋭くこちらを見ている。
(猫ちゅうより、もはや虎ね)
カルムダールの隣には、昨日姿のなかった猫耳老婆がちょこんと座っている。
「ぶっちゃけ、あたしと取引しませんか?」
「取引とな」
「ええ。快適で安全な移住先を用意しますので、あたしの事業にご協力願えませんか」
「何度も言うが、口で言うほど容易なことではないぞ」
「論より証拠。現地を視察していただくのが早いでしょう」
クッコロが言うや否や、室内の人々を網羅する魔法陣が床に出現。眩い光にのみ込まれ、消え失せる人々。
「なんだここは!」
「面妖な。幻術の類か」
燦々たる陽光が降り注ぐ白い砂浜。積乱雲の浮かぶ蒼穹。エメラルド色の水平線。後背には見たこともない植物相の豊かな森。
「ここはマーティス海にある島です。名前は知りません。中原アルヴァント魔皇国の港湾都市エスタリスから、南西二百公理ほど沖合にあります。近隣の島嶼をひっくるめてノルトヴァール諸島と言うそうです」
「馬鹿な……今の今までルーヤ山脈の隠れ里におったはずだ!」
カルムダールと猫耳老婆を守護するように密集し、臨戦態勢のケット・シーたち。ミリーナだけが困った顔で、クッコロの傍らに立っている。
「これはまさしく転移の術……よもや再び伝説の時空魔法の遣い手にまみえようとはの。長生きはするもんじゃて」
猫耳老婆が言った。
「オババ様、何か知っているのか」
「娘御や。お前さん、アルネ元帥様所縁の御方かね?」
クッコロは戸惑った。
「おばあちゃん、アルネ元帥知ってるの?」
「ああ。かの御仁はわしらの大恩人。ケット・シー族がこんにち存続しとるのは、全てアルネ元帥様のお慈悲によるものじゃよ」




