シュガーブラッド
「おはよう僕のマリア。ご飯の時間だよ」
どこか遠くで甘く低い艶やかな声でそう言われたかと思うと口の中にぬるりとしたモノを突っ込まれた。
トロリとしたそれは喉に絡みつき私を否が応でも覚醒させる。
「んぅっ!!」
毎朝襲い来る息苦しさに抗議の声を上げるが止められる気配はない。
それどころか口内で動き始め、私はまたかとその濡れたモノに噛み付いた。
舌に触れ、口内に充満するのは熟成させたワインのような……それでもって甘い蜂蜜のような血の味。
思わず顔を顰めるも兄事、アルフレッドを喜ばせるだけだった。
「ふふ、今日も可愛いね僕のお姫様は。それに僕のモノを朝からその小さなお口でご奉仕するなんて…イケナイ娘だ」
薄っすらと目を開けると目の前には絶世の美形がどこか恍惚とした表情で私を甘く見つめていた。
そして私と目が会うなりトロけるように微笑む。
「おはようマリア。僕のは美味しかったかい?」
甘く睦言を囁くように耳元で言われ甘い痺れが背筋を駆け抜けるが、私は気丈にもそれを顔に出さなかった。
それを顔に出したが最後私の貞操は確実にヤツの手によって破られる事は安易に想像がつく。
全く油断も隙もないお兄様です。
「ほはひょうごあいまふ」
なんとか口を動かして声を出すけれど出てきたのは聞き取りづらい言葉の羅列。
これもいつもの事。
あの…いい加減その指を抜いてくれませんか?苦しいんですけど…と言いたいのに言えないこの状況が辛い。
それもこれもいつの間にか指が2本に増えていて、その指が私の舌を掴んでいるからだ。
きっと滑るだろうに器用にも掴んでくるのがまたいやらしい。
全くなんて過激なお兄様なんだ!
セクハラをも合法にするなんて最強すぎるでしょっ!!
そんな私の悲鳴をよそにお兄様の指がまた動き始めた。
もうすでに血が止まっているというのに口内から引き抜こうとしないお兄様の白く繊細な指に先ほどよりも強く歯を立てた。
「ふふ、痛いよマリア。全く…お兄様のモノに歯を立てちゃダメだよ。優しく舐めてくれないとっていつも言っているでしょう?」
氷のように冷たそうな空色の瞳が優しく細められ空いている方の手で私の頭を撫でるお兄様はとても楽しそうだ。
私から離れる際にさらりとした白金の髪がお兄様の顔に影を作る。
色気を湛えた切れ長の目が意味深に伏せられゆっくりとした動作で身を起こしたお兄様は空いている方の手で私の茶金の髪を指に巻いた。
そしてゆっくりと私の口内から引き抜かれた指にはくっきりと私の歯型と涎が付いていた。
「お兄様…その指をどうなさるおつもりですか?」
「ん?ほら、マリアの涎で濡れてしまったから舐め取ろうかなって思ってね。マリアのモノは全て僕の物だからね」
凄艶に微笑んだお兄様はそのまま指を自らの唇へと運んでいく。
緩慢な動きで形の良い唇を開いたお兄様の舌がもったいぶるかのように出され私に魅せつけるように妖しく動いた。
それにどうしようもなく魅せられた私はゴクリと生唾を飲み込む。
あと少しで私の涎に塗れた指がお兄様の舌で舐め取られるという所で我に返った。
急いでお兄様を止めると枕元に用意しておいたタオルで拭き取った。
その途端に項垂れたお兄様は切なそうに目を伏せた。
長い睫毛が影をつくる。
その下にある空色の瞳は熱を孕み潤んでいた。
ふと、悩ましげに吐かれた溜息は熱く色っぽい。
ゾッとする程に美しく妖艶。
それでも私は臆する事なく口を開いた。
「私の物は私の物ですお兄様。勿論、お兄様の物はお兄様の物。それに…私もいつも言ってますけど、朝起こすのに口の中に指を入れてこないで下さい!息苦しいんですよ!!」
「えーマリアのモノは僕の物だよ。それにこうでもしないと起きないでしょう?吸血鬼なのに血を良しとしない食わず嫌いなお姫様にご飯をあげて起こしてあげてるんだよ?少しくらいは僕にご褒美があってもイイと思わない?」
「そのご褒美が変態的だからダメなんです!もうっ何で分かって下さらないんですか!お兄様の分からず屋!!変態っ!鬼畜っ!色魔っ!!それに、私は食わず嫌いじゃありません!ただ上手く吸血できないから嫌なだけです!」
朝からゼェ…ゼェ…と息を荒げる私にお兄様は爽やかに微笑むと私の頬に手を伸ばし撫でてきた。
何度も指でなぞるように撫でながらその形の良い唇を動かす。
「ふふ、本当に僕のお姫様は可愛いね…。もう食べちゃいたいくらい…。ねぇマリア?上手く吸血できないなら僕が手取り足取り教えてあげようか?いくらでもその小さくて可愛らしい牙を僕に突き立ててくれても構わないよ?ほら…早く僕に噛み付いて?僕をマリアの色で染めて一杯にしてよお姫様」
片手で首元のボタンを外し広げながらベッドに座ったお兄様は軽々と私を持ち上げ膝に乗せた。
お互いに向き合う形で座らされたせいで両足を跨ぐような格好にさせられ羞恥を覚えるが顔には出さない。
最後にさり気なく腰を支えられればもう逃げ場はないも同然だった。
「あ、あのお兄様…?その…きゅ、吸血の練習はまた今度お願い致します」
「ふふ、ダーメ。いくら可愛くおねだりしても今日という今日は逃さないよマリア。それとも僕のお姫様は先にシて欲しいのかな?」
私の耳元で囁くように甘い声で言ったお兄様は私の耳を甘噛みしてから離れた。
そしてペロリと艶めかしく自分の下唇を舐めたお兄様の瞳は吸血衝動特有の赤色に染まっていた。
「ん?怖いの…?」
魅了の力を持つ赤い瞳に私の今にも泣き出しそうな情けない顔が映る。
どこまでも優しく狂気を孕んだ目が慈しむように細められ、髪を弄られた。
そんなお兄様の質問に是の意味を込めて小さく頷けば今度はとろけるような笑みを浮かべた。
「大丈夫…怖くないよ。優しくゆっくりと溶かしてあげるからね。ほら、お兄様を信じて身を委ねて…そう……それでいいよ。ちゃんと怖くないように…痛くないようにドロドロになるまで僕の牙で愛してあげる」
お兄様の手が私の頭を撫でる。
その手は先ほどよりも優しくて擽ったい。
そしてその指が私の頭から頬へ、頬から首筋へとゆっくりと滑っていき私の白いネグリジェの首元を引っ張った。
「ふふ、マリアの肌はゾクゾクしちゃうくらいに白くて綺麗だね。それに…ここにお兄様のモノが埋まるだなんて…考えただけでイッちゃいそうだよ。ほらマリア、ここ…この場所に牙を突き立てると上手くできるからね。覚えておくといいよ」
そう言いながら私の首筋を舐め始めたお兄様の甘い吐息が肌を刺激する。
本能的にヤバイと感じお兄様の体を両手で押し返すがビクともしない。
ヤバイ…マジでヤバイよ……このままだと確実に貞操奪われる!
絶対に吸血した後も止まる気がないであろうお兄様に身の危険を感じ冷や汗が背中を伝った。
「お、お兄様!」
「ん?なぁに?」
「わ、私…お、お兄様の作ったガレットが食べたいです。も、勿論…食べさせて下さいねお兄様。じゃないと私食べませんからね!」
半ば自棄になって叫ぶとお兄様の動きが止まった。
肌には2つの硬い牙が触れている。
後もう少しで血を流していたであろうその場所をお兄様は丹念に舐めると1つキスを落とした。
そしてゆっくりとした動きで顔を上げ、私の顔を凝視した後、くすりと小さく笑った。
「ふふ…どうしたの?今日はいつにも増して僕のお姫様は甘えただね。分かったよ。すぐに用意してくるからお着替えしてお兄様の帰りを待ってるんだよ?その後で食べさせてあげるからね」
いつもの調子に戻ったお兄様はそう言うと私を膝から降ろしドアへと向かう。
その後ろ姿をボーっと眺めていると、ふと今日がハロウィンの日だと思い出した。
「あ……そうだお兄様、trick or treat」
私の突然のtrick or treatにも動じる事なくお兄様は一度振り返り私を視界に入れると口を開いた。
「ふふ……そうだね。じゃあ朝食の後でとびっきり甘いお菓子を食べさせてあげる。だからそれまで楽しみにしているんだよ?」
ドアノブに手を置いたお兄様は、お菓子は後でと意味深に微笑んだ。
その笑みに嫌な予感を感じて固まってしまったのは仕方がないと思う。
そんな私をよそにお兄様は部屋を出て行った。
その甘いお菓子がお兄様の血を含んだジャムクッキーだったと知るのはもう少し先の話。