第三話『動き出す戦局・前』
──紅魔館──
「……お嬢様、一つご報告が」
「何かしら、咲夜?」
「……人間と妖怪が戦争をするようです」
咲夜は言うのを少し躊躇ったが、レミリアに今後起こるであろう予測を伝えた。
レミリアは玉座で肘をつきながらその報告を聞くと、静かに判断を下した。
「そう。人間陣営に付くと人里に通告なさい」
「……よろしいのですか?」
咲夜はレミリアに対し、疑惑の声をかける。
「私はともかく、お嬢様や美鈴は種族の分類としては『妖怪』です。今回人間側に付くのは、まずいのでは?」
咲夜の心配はもっともである。彼女たちは妖怪として、本来は人間と対立しながら生きていく立場だ。しかし──レミリアの決断は揺るがない。
「妖怪に付いて敗北するくらいなら、私はプライドを捨てて勝者になるわ」
「分かりました。口を出して申し訳ありません」
「構わないわ。あなたの言い分も私としてもよく分かるし」
「ありがたいお言葉。それでは、失礼します」
レミリアは咲夜にそう言うと、咲夜は感謝の言葉を伝え、音もなくレミリアの居る執務室を出た。
その数秒後、レミリアは能力を使って、霊斗に起こった異変を察知する。
『これは……! ヴラド!! 兄さん!!!』
レミリアは吸血鬼特有の超音波で自らの兄……ヴラドを叩き起こす。
ヴラドはレミリアの必死さを感じとり、渋々起きるとレミリアの部屋に自らを召喚した。
「兄さん、問題が起きたわ。今すぐ博麗神社に行って──『霊斗みたいな奴』を抹殺してきて」
「まったく……兄使いの荒い妹だ。……そんな睨むなよ、わかった、行くから睨むなって」
ヴラドはそう言って、博麗神社の目の前へと転移した。
やがて、ヴラドは弱めのグングニルで博麗神社を破壊し、霊斗に似た者……博麗封輝と戦闘することになる。
◇◆◇◆◇
──冥界──
「幽々子様!!」
「あら〜、妖夢、どうしたのかしら、そんなに慌てて?」
「実は、大変なことが……!!」
妖夢はそう言って、人間と妖怪が戦争を起こすことを幽々子に説明した。
「なるほどねぇ〜。紫はどちらに付くのかしら?」
「紫様は今回は『不干渉』だと。被害が甚大になったら止めに入るそうです」
「そう。力のある皆さんはきっと人間側に付くのでしょうけど……どうしましょうね」
幽々子はそう言って、手を顎に当て、顔を傾ける可愛らしい仕草を見せる。
「……そうね。志郎と妖緋を人間たちの陣営につかせなさい。妖夢、貴方はここで待機よ。……大忙しになるわ」
幽々子はそう言って、妖夢に伝達する内容を指示する。彼女が懸念するのは……今回の死人の数だ。
冥界の拡張に、地獄への死霊の運搬の効率化など、やることは盛りだくさんになるだろう。
「さあ、仕事するわよ、妖夢」
「はい!!」
冥界の麗しき主人の隣を、妖夢は誇らしげに歩いて行った。
◇◆◇◆◇
──永遠亭──
「師匠!! 人里の人に聞いたんですが──」
「──へぇ、そんなことが。人間と妖怪が戦争、ねぇ。これは……私たちにとってもチャンスかもしれないわよ」
月の頭脳は弟子である優曇華の報告を聞き、頬を綻ばせた。
「はい? 師匠、どういうことですか?」
「ふふ……月への謝罪を終える絶好のチャンスよ」
そう言って、月の頭脳……永琳は妖しく弟子に微笑みかけた。
「姫様を呼んで。……大騒動になるわよ」
奇しくも、動き出す直前に言い放たれたその言葉は、冥界の令嬢と全く同じものであった。
◇◆◇◆◇
──守矢神社──
「神奈子様!! 大事件ですよ大事件!!」
「なんだい早紀……わたしゃあ眠いんだ……」
妖怪の山の頂上に位置する守矢神社。その神社の名目上の神「八坂神奈子」は、人里から帰った早紀のうるささに顔をしかめながら、耳を傾けた。
「それがですね……人里に行ったら、色んな人が避難の準備を進めていたんです!! 話を聞いてみると……なんと、妖怪と人間が戦争するっていうじゃないですか!!」
大興奮しながら語る早紀に、神奈子はしかめっ面を崩さずに会話に応じた。
「あぁ……その話ね」
「今回上手く戦果を出せば、私たちは人間の信仰が手に入ること間違いなしですよ!!」
「あんた……よく考えてみなさい。今回私たちは中立の立場よ」
「え? なんでですか?」
ああ、この子は昔の早苗にそっくりだ。自分にとって良いことしか起こらないと本気で信じているな、と神奈子は内心呆れ、ため息をついた。
「ヒントその1、多勢に無勢。流石に戦神である私だってこの数の妖怪相手にゃ戦えないぞ。
ヒントその2、今私たちが置かれてる状況。山中の集落には妖怪の住処が至る所にあるんだ。囲まれてる。
ヒントその3、人間側も霊斗を筆頭として強い奴らばかり。今この状態じゃあ敵いっこない。だから私たちは中立の立ち位置だ。いいな?」
ヒントというよりは、もはや説明となったそれを受け、早紀は思わず頷いた。
「……まあ、影ながら準備くらいはしておこうじゃないか」
この周囲の妖怪が減った時に備えてな、と神奈子はポンポンと早紀の頭に手を置いた。
◇◆◇◆◇
──地底──
「さとり様〜!! 大変ですよ!!」
「……分かっています。今、判断を決めかねている所ですが……私たちは、妖怪側につくことにします。地底の全妖怪に伝えなさい!! 私たちをこんな場所に追いやった妖怪たちに『復讐を』と!! 腕に自信がある者は地霊殿に集まるように、とも!!」
地霊殿に設置されているスピーカーを通してさとりのその言葉が伝わった地底……旧地獄の妖怪たちはウォォオ!! という雄叫びをあげた。
さとりのような例外はあれど、彼らはその昔、他の妖怪から忌み嫌われるほどに暴れまわった存在……その戦闘への欲望と、欲望を解き放ったさとりへの希望は、絶大な物となった。
さとりの目的はただ1つ、地上に住む妖怪、人間の双方への復讐。彼女はやがて自分を筆頭にした地下の妖怪達が地上の者たち全てを支配する。そのため、弱った人間、妖怪の両方を叩き潰すことだ。
「でもさとり様、本当にいいんですか? せっかく人間たちと上手くいきそうな所だったのに……」
「お燐。それは一部の人間だけよ。私は今でも人里に行くと、私に向けられる恐怖と忌み嫌う感情を感じるわ」
さとりはそう言って、地霊殿の最奥の部屋へと顔を向けた。
「お燐、手伝ってちょうだい。アレを開放するわよ」
「はいはーい」
静かに、しかし確実に歩みをすすめるさとりについていくように、お燐は軽快に歩いて行った。
◇◆◇◆◇
──天界、及び龍神界──
「ふーん……人間と妖怪が戦争ねぇ」
「ええ。龍神界では既に人間との対立を反対した龍牙様ご夫妻がどこかに御隠れになったために、新たな動きとして『人間残滅』を掲げる龍神様が次の酋長として、名乗りを上げている所ですが」
長々と話す衣玖に対し、衣玖の上司である比那名居 天子は「ふーん」とつまらなさそうに応えた。
「なら、私たちの役割は妖怪側ってことかしら。衣玖、出陣の準備を」
「ハッ」
衣玖は天子の指示に短く答えると、今までとは全く違う天子の振る舞いに違和感を覚えながら、戦いへの準備を整えるのだった。