ハイド・天之御中主・ミラ
それは、霊斗が去ってから半年後の出来事。
「遊楽調」と呼ばれる世界に、あるはずのないモノが降り立った。
その姿、幻想郷という世界を護るに相応しく、その力、世界の統合者としては十二分。
最強たる化身は、ここに顕現した──。
◇◆◇◆◇
「暇だな〜」
働き者のハイドであるが、積み重ねた100年分の借金の前に、彼は呆然と立ち尽くしていた。このままでは、元の世界に帰れない。
いくら長命な龍人といえども、100年間という年月は長いものなのだ。
何かにつけて、その100年間を短縮してもらう方がおそらくずっと早いだろう。
そんなことを考えていた時だった。
空にドーナツ型の輪っかが現れ、その中心から1人の人間が降りてきた。
ハイドはその姿に対して、初めは龍牙が人里に来たのかと思い、その男の元へ飛翔したが、それは違うとすぐに気づいた。
「……いいところだな」
「貴方は、どちら様ですか?」
「……ほう、面白い。いいだろう、俺の名は龍崎神斗……いや、お前の知らない龍崎神斗だ」
龍牙の名を名乗るその男は二本の刀を空間の狭間から取り出し、切っ先をハイドへと向けた。
「吾。世界の統合者にして、王たる化身。その身に焼き付けるは、五十の力。その一角、始祖龍人に向け給うと存ず」
男は刃を向けたままそう詠唱すると、かつて滅ぼした力を使おうとする。この世界ではレヴィルが旧神と外なる神を滅ぼした。だが、この男は異世界で多くの神々や生命体を滅ぼして来たのだ。
死臭が途端に立ち込め、その中の一つを受けてハイドは嘔吐物を地面にぶちまけた。
「オェェェ」
「ふむ……なるほど、すまなかったな」
男はそう言うと、ハイドの鳩尾を殴った。
「うぐ!」
そのまま怯んだハイドに対して、龍牙は顎を蹴り上げる。
剥き出しになった腹部に、掌底打ち……否、掌底打ちとは到底思えない威力の攻撃。
「グフッ!」
飛ばされていくハイドの背後に転移し、龍牙は地面にハイドを叩きつけた。それは、過去にハイドとこの世界の龍牙が戦った場所──妖怪の山の山頂であった。
「本気を出せ、ハイド。お前には俺の力を理解しておいてもらわなきゃいけないからな」
「ダメージ……それにその死臭、まさか……!!」
「予測は出来たようだな。じゃあ、あとは実践するだけだ」
何かを気づいたようなハイドに対して龍牙はそう言うと、ハイドのように雷を帯びた霧を作り出した。
鎧のような鱗を纏ったハイドはその霧に龍神力で包まれた手を入れると、ハイドは絶句した。
「どういうことですか……? 破壊、創世の力が入っているのに、最高密度である始祖の龍神力がかき消される……?」
「ああ。この龍神力には、始祖龍人の力も含まれているからな。それに、思い出せ。俺の能力は、力を動かす程度の能力だぞ? 龍神力で保護して、俺の龍神力を自在に動かせば、こんなことも可能だ」
「なるほど……」
ハイドは納得しながらも巨大な戟を龍牙に向けて、走り出した。
龍牙はそれに対して、ハイドの攻撃を横に回避し、ハイドのヘルメットのような頭にデコピンをした。
それは、空気の砲弾となってハイドを吹き飛ばす。
「くっ……!」
「どうした? この程度か?」
ハイドは次に、狙撃銃のような物を取り出す。が、銃弾を撃つ、もしくは神を召喚する前にハイドは首を片手で絞められていた。
「はな……せ……!!」
圧倒的な力。龍牙の龍神力の前に、ハイドの視界は真っ黒になった。
◇◆◇◆◇
「……?」
ハイドは、喧騒の中で周りを見渡す。ハイドの視界に映るそれは、離れて久しい蜂蜜処であった。
「よっ。帰って来れたな」
その景色に、なんら変化はない。蜂蜜もほとんど時間の経過が見られない。──ただ一つ、変化があるとするならば。それは、この世界にいないはずの龍神……世界の根底である根本龍ウロボロス、龍崎神斗が居るということだけだ。