第二十八話『それぞれのラストバトル③』
快の拳が、夜月の拳とぶつかり合う。それだけで、空間が揺れた。
朔の刀が、和樹の剣とぶつかり合う。時間すらも斬ってしまいそうな剣技は、空間を揺らすほどの拳は、それぞれがかなりの猛者であることを示している。
もう、これほどの打ち合いをかれこれ30分は続けている。
お互いのスペルはほとんど出し合い、手の内も割れている。
あとは、根性と突発性……今この場で勝つのに必要なのは、それだけだ。
「残り1分で決める! 始動『ワンミニッツブースト』!」
快はそう宣言すると、動きが目に見えてよくなる。何よりも大きく上昇しているのが、そのスピードだ。
「気符『ギガシュート』」
突然快の手元に現れた光の槍が、横薙ぎに振るわれる。その2秒後、その槍の弾幕は大きさと威力が桁違いに跳ね上がる。
それを防御するために、和樹は副作用を覚悟してスペルを発動する。
「影符『影壁-超硬質防御壁-』」
和樹と夜月の二人を守るように影の壁が形成される。
ギガシュートはそれを破壊するには至らず、防がれてしまう。限界まで──残り、30秒。
すぐに壁は解かれる。和樹は疲労困憊した様子だ。
「朔さん! 僕の真似をしてください!」
「ハイ!」
「じゃあ、いきますよ! 「気符『二百連ツインパンチ』!!」」
朔と快が、同時にスペルを唱える。
二人は、それぞれの敵に向かってとにかく乱打する。
空間を破壊するほどの拳が、夜月と和樹の胸に命中した。
二人はゴフッという音と共に血反吐を吐き出すと、その場で前のめりに倒れこんだ。
◇◆◇◆◇
「……真っ暗だ」
絢斗がそういった瞬間、絢斗の視界が明転する。
真っ白な世界の眩しさに目を細めながら、絢斗は周りを見渡した。
絢斗は、何もない場所に立っていた。ただ白いだけの、フワフワとした空間だ。
絢斗の視界に映るのは、たくさんのカラフルな球体。それらは何かの映像を映し出しているようで、少し切ない印象を受ける。
『絢斗くん、きこえるー?』
「あ、ルシファーちゃんか。こっちは問題ないぜー!」
『大丈夫みたいだね』
唐突に、世界に響くようにルシファーの声が伝わった。
『絢斗くん、無事かい?』
「あ、魔晴! こっちは大丈夫だ!」
『そうか、それならよかった。とりあえずは、零の姿を探してくれ。もしかしたら球体の中に紛れ込んでいるかもしれないから、一つ一つ注意深く見てくれ』
「りょーかい」
『兄さんをお願いしますー!』
「神姫ちゃん、もちろんだぜ〜!」
絢斗はここはルシファーの深層意識なのだろうか、と考えながら頷き、周囲を探索することにした。
◇◆◇◆◇
探索を行って、絢斗は分かったことを整理していた。
まず、球体はビデオのように決まった映像のみを流していく、ということ。全ての球体の映像を繋げて見れば、おそらく一つの映像が出来上がるのだろう。
次に、映像は全てルシファーの記憶であるだろうということ。
映像の中には鏡を見てそこにルシファーが映っているものもあったし、それ以外の映像にはルシファーが映っていることはなかった。
また、球体に触れることで球体の中へと干渉が可能なことも分かった。
それをしたことでルシファーが痛みを訴え、魔晴に叱られたが。
そんなこんなで、絢斗が歩いていくうちにとあることに気づく。
「ルシファーちゃーん」
『んー? どうした絢斗?』
いつの間にか、ルシファーも絢斗のことを呼び捨てするようになっていた。
「ここって、食われた奴らがいるんだよな?」
『正確には、食われた奴の魂だよ』
「霊斗に教えられたんだけど、魂って合体するんだろ? 俺は大丈夫なのか?」
『ああ、絢斗くんは肉体を持ってそこに居るからね。問題ないよ。零の大きな魂は、他の魂に狙われるだろう。
まあ、零ほどの人物でもあれば魂も余裕で撃退できるだろうが、時間の問題だろうね。零の魂をこう……ギュッって感じで掴めば、あとはこっちで引き上げるよ』
「りょーかい」
零の魂が狙われるのか。ってことは、魂が多く居る所に行けばいいんだな。
魂は冥界に居る間に割と頻繁に接しているから、絢斗は姿形は知っている。妖夢の半霊のような、白い人魂が魂だ。
絢斗が魂の向かう方向に合わせて移動していくと、やがて魂がギュウギュウと集まっている場所にたどり着いた。
中心にいるのであろう魂は、それらを撃退するどころか自分の中に取り込んでいるようだった。
「な!?」
「お、その声は絢斗か。じゃあ、急いだ方がいいかもな」
零らしき声がそう言うと、群がっていた魂は全て消え去り、人型の魂が現れる。薄っすらと零のような見た目をしているが、その実情は零ではなく魂の複合体、といったところだろうか。
「零、帰るぞ」
「は? 何を言っているんだ? なんでこんな良いところを出て行かなきゃならない?」
「な……!?」
絢斗はその言葉に絶句した。零ほどの人間が、外に出たくないほどの何かがこの場所にはあるのだろうか。それとも……零が、外にいる何かに怯えているのか。
零の隣には、神姫にそっくりな少女の姿があった。……否、それは神姫なのだろう。色欲にて顕現した、ルシファーの姿の一つ。ルシファーはどうやら、魂の姿を自分に憑依させることが可能ならしい。
死への恐怖。今の所、思い浮かぶのはそれだけだ。ルシファーに負けた敗北感から、外に出るのを嫌ったのか?
「どうしても俺を連れ出したいってんなら……こいつで勝負だ」
零はそう言うと、スペルカードを一枚取り出した。他の魂で作った模造品といった所だろうか?
絢斗の疑問などつゆ知らず、零は宣言する。
「記憶『剣の世界』」
絢斗が気づいた時には、絢斗と零は何かの建物の屋上にいた。縁から下を見てみると、この建物は長い筒のようになっているらしいことが分かった。
空は晴天。刀を持たない絢斗に対して、零の手元には六本の刀。
不意に、零が絢斗に刀の一本を投げ渡した。ご丁寧なことに、絢斗の愛刀だ。
「ごねられたら面倒くさいからな。正真正銘、コレで決めよう。負けた方は勝った方の言うことを一時間だけ聞く」
絢斗がなぜ一時間? と疑問に思っている間にも、零は既に動き始めていた。
零の黒い刀での横薙ぎの攻撃。絢斗がそれを縦に防ぐと、そのまま零の剣をしゃがんですかし、頭上を剣が通り越したころに低い体勢から居合斬りをする。
零はそれを読んでいたのか、地面を踏みしめてコンクリートの壁を盛り上げる。
「チッ!」
絢斗は居合斬りを解かず、その壁を切り裂く。
コンクリートでできたはずの壁が、真っ二つに切れた。断面の美しさは、かなりのものだ。
絢斗の剣術の修行は『様々な物を斬り続ける』というものだった。
その中で、なんのために剣を振るうのか忘れない。
それが、絢斗の師である妖緋の掲示した授業内容だった。
さらにその合間合間に、月一程度で妖緋と模擬戦を続けた。
剣を振るう時の絢斗は、妖緋曰く『普段とは別人になれる』程度には剣を振るう精神を鍛え上げたらしい。
その証拠だろうか、絢斗の目は普段よりも幾分か険しくなっている。
絢斗は真剣でスペルを使っても、妖緋の木刀の普通の剣によって防がれた。それに悔しさすら感じ、絢斗は影で必死に努力したものだ。
その経験は、悔しさは、努力は。絢斗を強くした。
そんな絢斗を見て、零は気持ちを切り替える。ニヤリと笑みを浮かべ、零は言葉を発した。
「悪いな、お前のことなめてたよ」
「知ってるよ」
絢斗はそう言いながら、零に向かって突撃していく。
上段からの力強い一撃。零はそれを難なく受け止めると、回し蹴りで絢斗を横に吹き飛ばそうとする。
絢斗はそれを先読みしていたのか、零の蹴ろうとした脚に足裏を当て、上に飛び上がる。
「上に飛んだか! だが、空中にいる間は動けないぞ!」
「問題ない!」
絢斗はそう言うと、地面に体全体で突っ込む形で刀を構えた。
それに合わせて、零も刀を構える。
絢斗が、地面に立てひざで着地した。ひざで衝撃を受け止めたのか、少し涙目になっている。
それに対し、零は驚きで目を見開いていた。
「な……!?」
「お前だって、帰らなきゃいけないことはわかってるんだろう? だから、幸運で風を起こした」
零の世界を媒体とした能力、確率変動。それは『風が起こる確率』を極小から、100パーセントへと引き上げた。
それによって、零は自分が不利になるように上空に風を起こした。自分が負けるために。
だが、零が驚いたのはそこじゃない。利用されることは薄々感づいていたのだ。だが零は斬られなかった。
「やるなら、お互いに平等にだ」
「ふ……ふふ……! 久々だ、こんな気分は!」
「本当の強者」と対峙する高揚感を零は感じていた。
決して自分を曲げることのない、自分にも似た在り方を続ける存在。霊斗が遂には辿り着けなかった、最強となるのに必要な鍵を持つ男。
「いいだろう! 紅夜『一閃』」
零のその攻撃を、絢斗は回避した。
今までの剣の、十倍の速さを誇る攻撃だ。
「……なぜ、避けられた? まさか、警戒していたのか? いつから?」
「斬符『五風十雨』。もちろん、最初からだ。零が何もしないわけがないからな」
それは、相手の呼吸を感じることで行動を先読みするスペル……というより、技術と言った方が正しい。
絢斗は、それを常に使った状態を維持していたのだ。それには、想像を絶する体力を必要とする。
「……完敗だ」
「紛い物の魂とは言え、流石の強さだったぜ」
「……そんなことも気づいたのか。もう、打つ手なしだな」
「ああ、あんたも見事だった。斬符『現世斬』」
絢斗は正真正銘の剣のスペルを使い、零を倒した。
◇◆◇◆◇
零の世界にて『魂の集合体』を突破した絢斗はルシファーの深層意識に戻ってきた。
取り込まれた魂が解放され、逃げていく元で空中に横たわる零の魂をギュッと絢斗が握ると、神姫と魔晴の声が響く。
『お疲れ様、絢斗くん!』
『絢斗くん、兄さんは大丈夫ですかー?』
「ああ、むしろ内側の魂を全部食おうとしてたくらいだからな」
『ふふ……兄さんらしいです。今、呼白がお二人を呼びに行っているので少し待っててくださいね』
神姫がそう言った直後、呼白が絢斗の目の前に現れた。
「うおっ……って呼白ちゃんか」
「ええ、お疲れ様でした。見てましたよ。それじゃあ、戻りましょうか」
呼白はそう言うと、ルシファーに手渡されたスペルカードを発動する。
「結符『壁穴』」
呼白の発動したスペルによって、「内側と外側の世界の壁の穴」ができる。
ルシファーたちが今いる世界の外側、アザトースの居る場所を外部世界というなら、絢斗たちが今いるのは内部世界というべき場所だったのだろうか。
絢斗の予想は正解を得ることはないままに、呼白と、零を背負う絢斗は内部世界から穴を通り、外の世界へと脱出した。




