小噺③『新たな修行』
そんなこんなで、かれこれ半年が経過した。こいつらの師匠を紹介していこう。
まず、聖人と磔。こいつらの武器戦闘は俺が面倒をみることにした。
と言っても、元々こいつらは万能型で様々な武器を使いこなす。そこまで幅があるのは、俺くらいしか居なかったからな。この機会に、斧なんかの重武器も使えるようになって欲しいところだ。
絢斗は、妖緋が面倒を見ている。刀なら妖緋が適任だからな。
良太は銃の使い手ということで、春斗に来てもらった。そんな感じで、幻想郷中で磔たちを鍛え上げるという体制が出来上がった。
これはその半年後、とある日の街中での出来事である。
「いや〜今日も特訓辛かった!」
「ああ、全くだ」
磔たちはなくなった救急用具を買うため、ショッピングモールへと出かけていた。
ちなみにあの日、良太と建二がショッピングモールで買った道具は、主に包帯や絆創膏などの救急用具だった。
買い出しに行く度に千代春による幻術の妨害と、悠飛によるスリという二つの試練が待ち受けるため、八人は幻術を見抜けるようになったし、スリにもしっかり対応できるようになった。
スリに遭った初日などは丸一日かけて悠飛を捜索していたものだが。
「それにしてもさ、もう少し優しくしてくれてもいいのにね」
「うーん……修行だし、仕方ないんじゃないか? 俺たちがこの世界に来たのは自分の意思だし」
快のその言葉に、彰が反論した。
その瞬間だった。
「あ、ごめんなさい」
良太が前から来るデカい男とぶつかった。磔なら自然に衝突を回避できるほどに回避の特訓は成果を出していたのだが、その時は出来なかった。いや、男がさせなかったというべきか。
「お? 俺たちにぶつかっといて謝るだけとは、いい度胸じゃねえの?」
「そうだ! 骨折れたぞ金出せ!」
明らかに嘘である。それも、今までなんども体験してきた。
「なにやってるんですか、千代春さん」
「……見事」
「バレてんじゃん千代」
後ろにいた若い男の姿をした悠飛が、デカい男……千代春に嘆くような言葉をかけた。
「……もうっ! 仕方ない、次の手だ!」
千代春はそう言うと、召喚陣で磔たちと自分たちを妖怪の里に転移させた。
◇◆◇◆◇
磔たちが転移したのは、深い森の奥だった。奥は滝のようになっていて、陽の光が射し込んでいる。
なんだろうか……女神や龍神がいそうな、そんな感じの神聖な雰囲気だ。
「で? 何の用だ?」
「霊斗から新たな試練の通達が来てね。君たちには、この男と戦ってもらう」
それは、白髪の若い青年だった。長身で、何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか、よく分からないような表情をしていた。
「風の具現、コノハ。今ここに参り申す」
「うん。じゃあコノハ、やっちゃえ」
「いざゆかん」
コノハはそれだけ言うと、突然前に一歩踏み出してくる。
それは、ほとんど一瞬の出来事だった。
「グアッ!」
建二が悲鳴をあげ、うつ伏せに倒れた。
「なっ……!? 何をやった!」
「殴った」
そう言うと、静止していたコノハは再び動き出す。瞬間的に回し蹴りが彰の側頭部に命中する。
彰はそれを腕で防いでいるが次の瞬間、彰の周囲を妖力でできた鋭い石の礫が取り囲んでいた。
彰は能力で爆発を起こしてそれらを防ぐと、次の瞬間にはコノハに顎を蹴り上げられた。
「来るぞ! 霊弾よりもずっと速い!」
「次、行く」
コノハは短くそう言うと、ハンドガンを放った良太の弾丸を全て避け、良太の顔面に掌底打ちを食らわせた。
「聖人!」
「ああ! 同時に攻撃するぞ!」
磔が名前を叫び、聖人がそれに返す。
聖人と磔の息のあった剣筋がコノハを追い詰める。だが、コノハはそれを高く跳躍して回避すると、気○斬を放つ。
磔と聖人はそれを回避し、全く同じ攻撃をコノハにぶつける。
コノハはそれを腕で弾き、気○斬を二人に当てた。
「斬撃を……生身で!?」
「これが次に君たちが会得する技術だよ」
千代春がそう解説している間に、快のグローブを纏った拳がコノハに逸らされ、手刀が快の首に命中した。
「これも覚えさせた方がいいか」
「そんなのんきな! ってうお!」
謙治がそんなことを言っている間にも、コノハの蹴りが謙治の腹に命中する。
「なんの!」
絢斗の刀の一撃を、コノハは腕で受け止めると、もう片方の手でガラ空きの絢斗の胸に拳を打ち付ける。
「ガハッ」
絢斗がそれによって奥の滝にぶつかる。
「時間」
「1分経ってないわね」
コノハの問いに、懐中時計を見た千代春はそう答える。それだけ、あっという間に過ぎた戦闘であった。
「つ、強すぎる……!」
「なんだ、あの速さ……!?」
「うーん……ここまでの次元には達していないのね。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないか」
たった半年でコノハに攻撃を仕掛けることができるようになっただけ上出来である。コノハの能力は、解き放つ程度の能力。
自分のあらゆる筋肉の力を解き放ち、自分のあらゆる脳の思考力を解き放った。快と類似した能力ではあるうえに、磔たちも使うことができる技術であるがまだ使いこなすことが出来ていない、といったところだろうか。
コノハの肉体はリミッター解除された力に慣れているためか、急速な疲労回復が行われる。
そもそも、永遠亭が造った妖怪であり疾風の力を付与されたコノハは、そもそもの肉体の地力が磔たちと違うというのもある。
「霊斗に届けとかなきゃね」
「あ、私やっとくよー」
悠飛がそう言うと、全員は磔たちの家に帰された。
◇◆◇◆◇
「おーい、起きろー」
「ん……霊斗か……?」
「ああ。お前ら、こりゃまた手痛くされて帰ってきたな」
霊斗が苦笑いをしながらそう言った。……そうだ、コノハは!?
そんな俺の考えを読んだかのように、霊斗は答える。
「ここはお前らの家だ。悠飛に連れて帰られた」
「う……」
まだ頭がじんじんする。
「大丈夫か、お前」
「え……?」
俺の疑問に答えるかのように、霊斗は俺の下半身を指さした。
「無くなってるぞ、下半身」
「う、うわぁァァァァァァァアア!」
◇◆◇◆◇
俺が絶叫を上げたところで、頭が何か固いものにぶつかる。
なんだ、何が起こった……!?
「おい、大丈夫か」
「え?」
霊斗に聞き返され、俺は意識が覚醒した。下半身を見る。しっかりある。
ていうか、外を見るともう朝だ。陽の光が射し込み、チュンチュンという小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「……えっと?」
「何がなんだか分かってない顔だな。お前らはコノハに全員やられて、ここに帰ってきたんだ。それより、コノハの技術は盗んできたか?」
「……なんのことだ?」
俺の疑問に、霊斗はため息を吐いた。なんでだろう、不服だ。
「お前ら、強敵に会ったら技術を盗んでこいって前々から言ってただろう。それに、あの場には千代春と悠飛もいたんだ。何を盗むかは聞いているはずだろ?」
そう言われ、俺は思い出した、そうだ、なんか言ってたようなー……。
「まあ、仕方ないか。磔、お前が最後だ」
周りを見ると、全員が寝ているはずの布団は一つも無かった。
「先に地下室で待ってるぜ」
俺は霊斗にそう言われ、急いで着替えるのだった。