第二十四話『絶望』
ルシファーの黒い剣が、零の黒剣紅夜とぶつかり合う。それと同時に、紅夜は真っ二つに『切れた。』
神姫が糸のような爪の武器で攻撃するが、それは見えない壁のようなものに防がれる。
「存在しない場所には何も入ることはできない……よ?」
「空間断絶系の能力か……!!」
「ご名答」
ルシファーはそう言うと、剣を構えたまま突然ニヤリと笑った。
その瞬間、文字通り世界がグニャリと曲がった。
何かが──起こる!
そう直感的に理解した零は、神姫の前に躍り出た。
「ガハッ!!」
「ゴホッゴホッ!」
「ゲホッ!」
呼白、神姫、零が同時に血反吐を吐いた。零が盾となったため、神姫には零よりも少ないダメージで済んだようだが、その分だけ零は多くのダメージを受けていた。
「お前……!! 何をした……!?」
「なーに、簡単さ。『食べた』空間を『吐き出した』だけだよ。これが私の力、ベルゼブブの『暴食』」
ルシファーは見せつけるように零の問いに答えると、手を横に広げた。
その瞬間、ルシファーの背後から大量の黒い影のような存在が姿を現す。
「……こいつらは?」
「ベルゼブブの能力、暴食。彼らの意思を食いつぶして、私の新たな武器とした。私の操り人形にして、暴食の具現といった所かな」
どこまでもどこまでも全てを食いつぶす姿は、ハイドたち龍人の持つ龍神力を彷彿とさせる。
だが、ルシファーの背後にいるのは同質にして全く別の存在。
ハイドたちがあらゆる力を食いつぶす力を操るとするならば、ルシファーの背後の彼らはあらゆる概念を食いつぶす存在とでも言うべきか。
彼らの食った場所は、跡形も残らず、空間も時間も全てが残らずに消えていってしまう。
「それにしても……君たち、特に零くんは本当に面白いね」
「は?」
「おっと、君の堪忍袋に触れたなら謝ろう。まあ、いいか。『愛』という名の、最強の主人公補正。父親が父親たる証にして、証明。すっごくいいと思うよ」
ルシファーはそう言って、ズイ、と零に顔を突き出した。
「絶望を長らく感じていない顔だ」
だから、零は即座に反応することができなかった。あまりにも、魂すらも、その姿は、魂は、彼の愛する少女に似ていたのだから。
今のルシファーの姿は、匂いは、仕草は、魂は。零を愛し、零に愛される少女……神谷 神姫と丸っ切り同じものだった。
零は、その場に膝から崩れ落ちた。
その様に、封輝と別れ、駆けつけてきた霊斗ですら呆気にとられた。
最初に言葉を発したのは、今のルシファーに同じ姿をした人物。
「兄さんに……!!! 何をしたァァァァァァァアア!!!」
「君のご主人、ちょっと厄介だったからね。魂をいただいちゃった」
少女は、吠えた。絶望まみれの哀しい顔で。外部存在たるその役目を忘れ、一心不乱に、吠えた。絶望そのものともとれる姿をして、吠えた。
まるで、理性を食われたかのように。
「アハッ! 良いねその顔!」
そう言って、ルシファーは快楽に塗れた声で色欲による力を解除した。
ルシファーの色欲はあらゆる物に作用し、魂と姿形を偽装することができる。
霊斗なら、霊夢に。アルマなら、パルスィに。磔なら、豊姫に丸っ切り変化する。
外部存在、根源存在。その二つの力を用いて、誰にも分からずに魂を偽装する。
ハイドならば見破ることができるだろうが、彼は今この場に居ない。なんと間が悪いことだろう。
「ガアッ!!」
神姫が、吠えながら殴った。それは暴食による空間断絶に防がれる。
だが、それでも神姫は殴り続けた。
拳から血が出ようが、腕の骨が折れようが関係ない。
呼白も、同じように空間断絶に対して向かっていった。
その手に持つ刀を、強く振るう。
空間断絶の内部、ルシファーへと干渉しようとするがそれは空間の『流れ』によって防がれた。
今のルシファーは、断絶された空間であり、ない場所に『居る』という状態だ。
あまりにも強力無比なその力は、見る者に絶望を叩きつける。
──絶望。
霊斗には、まだ手段は残っている。
だが、それを行使していいものか、霊斗は決断ができなかった。
そもそも、その手段は決して制御できるような代物ではない。
そんな思考に阻まれて、霊斗はそれを解放できなかった。
その場にいる全員が諦めかけていたその時。状況は、変わった。
「おお、アルマくん! 死んだと思っていたけど、生きていたんだね! よかったよかった!」
そう言って、崩れかけの宮殿に入ってきた二本の角をもつ少年を、ルシファーは歓迎した。
その少年は、アルマだった。今回、霊斗たちの敵である存在。感情の顕現とも言える藍烙でこそ張り合えた相手だ。
その藍烙も、今はここには居ない。アルマに負けたのか、それとも──。
霊斗は、ギュッと唇を噛み締めた。
次の瞬間、驚くべきことが起こる。
「な……ガハッ」
ルシファーが、膝から崩れ落ちる。
アルマの手に握られているのは、ルシファーの胸を貫いた短剣だった。
「テ……メェ……!!」
「規約違反だ。外部存在には手を出さない、そのハズだ」
「な……!! テメェ!! ふざけるなよ!!」
胸を貫かれ、地面に伏してなおルシファーはアルマに対して憤慨した。
アルマが無視して立ち去ろうとしたその時。
「先代魔王!! 説明しろ!!」
ルシファーの言葉がアルマに届いたのか、アルマは歩みを止め、ルシファーの方を向き直る。
「……指令だ。まあ、俺に貫かれるようなヤワな感情の持ち主じゃあ、見限られるってことだな」
アルマはそう言うと、短剣を彼は本来持たないハズの異空間の中にしまいこんだ。
それと同時に、携帯電話のようなものを耳に当てる。
「あー……はい、はい。あい、了解。んじゃ、切りますんで」
アルマは手短に通話を終了すると、ルシファーを貫いた短剣を霊斗に向けた。
「目撃者は全員抹殺せよ。これが俺の次の仕事だ」
◇◆◇◆◇
その力の差は、圧倒的だった。
アルマの短剣を、霊斗は持ち前の技術で受け流していく。
汗ひとつかかない霊斗に対して、アルマは焦りを覚えた。
「おい、これならやれるんじゃないか……!?」
「いや……霊斗では、奴は倒せない。そして、奴がその力を発揮するのはそう遠くない」
ルシファーが海斗の言葉にそう答えると、神殿の中にドカドカと何人かが入ってきた。
「霊斗!! みんな! 無事か! ……ってなんじゃこりゃあ!」
「ははは……あっはっはっはっは!!」
幻真が驚きの声を上げると、共にきた黒狂の背に預けられたアルマが唐突に笑い声を上げた。
それに合わせるように、霊斗と戦うアルマも笑い声を上げる。
二人のアルマが光りだし、光の粒子となって天へと登り……それは、女神の姿を形作る。
「テメェ……!!」
霊斗はその姿に、憤怒を抱いて睨みつけた。