第二十三話『救出』
優一たちが宮殿に入ると、俺たちの目の前には机に突っ伏してゲームをする美しい少女と、檻に入れられた零達が目に入った。
「ん……やっぱり、彼じゃ力不足だったか〜」
まあ、彼の活躍は見事だったから良いけどね、と付け加えるように少女はそう言うと、机の上で使っていた携帯ゲーム機を手放した。
「う〜〜ん。あ、彼の世界を既に解放してること言い忘れてた。まっ、いっか」
少女はそう言って椅子から降り、上に伸びをする。
その動きに全員が拍子抜けしていると、少女は既に動き始めていた。
「一人目」
その声を聞くことなく、蒼は胸を貫かれ、足から崩れ落ちた。
少女の手は血塗れであり、それが何より蒼が殺されたことを示している。
「おっと、これは失礼。自己紹介を忘れていたね。私の名前は……訳あって幼児化しているけれど、熾天使にして堕天使、さらには最強の魔王も兼ねる歴代最強のルシファー。『ルシファー・ドルイギア』。どうぞ、お見知りおきを」
少女はそう言うと、一歩踏み出した。
「二人目」
そうして、桜もまた胸を貫かれる。
「残念だけれど、不老不死の力は効果なんてないよ」
ルシファーはそう言うと、身構える磔のすぐ背後を取って胸を貫いた。
「三人目」
「な……ガフッ!」
このままじゃ、全員殺られる。そう判断した魔晴は、マスタースパークを霊斗達に向けて撃ち放った。
ルシファーは、それほどまでに驚異的な力を持っていた。
「な……!?」
「何やってるんだ魔晴!?」
優一と呼白は、驚きの声を上げる。
その隙に、ルシファーは隙ができた優一に近づき、鳩尾に拳を叩き込む。
「グフッ……」
「四人目。脆い、脆すぎるよ」
そう言った次の瞬間には、魔晴は首を折られて死んでいた。
「五人目。……おや?」
続けてルシファーは呼白に近寄るが、呼白はルシファーの攻撃を弾いた。
「へぇ……面白いわね、あなたの世界の私!」
「……あなたは、この世界の私ということね」
呼白とルシファーは会話を交わしながら、互角の戦いを繰り広げていく。
そのうち、面倒くさくなってきたのか二人は身長が高くなっていき、やがて二人の美女へと変貌した。
「開放『蒼き空の柱』」
「収縮『1→0の境』」
呼白が発動した霊力爆破スペルを、ルシファーはあらゆる物を0へと戻すスペルを発動して防ぐ。
呼白の手にいつの間にか現れた刀と、ルシファーの手に現れた白い刀が交差する。
超絶技術の競り合い、全く同じ存在の終わることなき争い。
それは、魔晴の放ったマスタースパークの跡地から現れた物によって終わりを告げる。
「なあ零、お前、本当はあの手錠壊せただろ?」
「まあな。だが、この方が面白いだろ?」
零はそう言うと、ルシファーに向かって刀を投げつける。が、その刀は突然現れた霊斗によく似た男によって防がれる。
「……勝負だ、クソ親父」
「……封輝、俺は……」
「御託はいい。ついてこい」
迷う霊斗に博麗封輝はそう指図すると、パルテノン神殿の屋根を突き破って外に出た。
霊斗はそれに追従するように屋根にあいた穴をくぐり抜け、大空へと飛翔する。
「クソ親父、こんどこそアンタに俺の力を認めさせる!」
封輝はそう叫ぶと、服の裾から大量の触手を発生させて霊斗に向け一斉に打ち出した。
「ぅおおおお!!」
封輝は叫びながら、触手に抵抗しようとする霊斗の体を縛り付ける。
動けなくなった霊斗の体を、触手は楽しむように殴っていった。
霊斗の体を何本もの触手が貫き、霊斗の内臓を潰していく。
霊斗は血反吐を吐くが、それでも笑っていた。
封輝は攻撃を止め、霊斗の方に目を見開く。その目には、興奮と怒りが孕まれていた。
「何がおかしい!」
「いや……強くなったなと思ってな」
「そ、そうだろうがよ……アンタに勝つために、認めさせるために精一杯修行してきたんだ!!」
「バカだなぁ……」
封輝の言葉に、霊斗は嬉しそうにため息を吐いた。
怒りに満ちた顔は、霊斗の四肢の締め付けを強くし、霊斗の四肢はやがて握りつぶされた。
霊斗は能力でダメになった体を切り落とし、再生しながら封輝に向かっていく。
そして──霊斗は、封輝を包み込んだ。
「俺はお前を1秒たりとも認めなかったことはないぞ、バカ息子。なんたって……お前は俺の息子だからな」
封輝は自分を包み込むその温もりを感じ、覚りの力で霊斗の心が本当であると感じ、涙を一筋流した。
「……アンタに……認められたかったんだ……」
「バーカ。お前は俺の息子だ。認めてないわけないだろ」
そう言って、親子はギュッと抱きしめあった。しかし、封輝はその体が光の粒子となって消滅していく。
そもそも、封輝は言わば成仏をしていない悪霊のようなものだったのだ。
願いが叶えられれば、悪霊はその世界に生きる意味を無くし、消滅していくのが道理というものだ。
「封輝……お別れの時間か?」
「みたいだな。また、創世記の世界にも会いに来てくれよ」
「ああ……もちろんだ」
封輝は霊斗の惜しむようなその返事を聞き届けると、安らかに成仏していった。
◇◆◇◆◇
ルシファーと呼白の戦いは、やがてルシファーが押され始める結果となった。零の援助があるからだ。
均衡だった力が、お互いに少しずつ弱まっていく。が、ルシファーの消耗の仕方は呼白よりもずっと早い。
「チィッ……」
ルシファーは舌打ちをすると、黒い剣を手元に出現させる。
「……これは?」
「あなたにはないであろう力。操り人形でない私の、自らの力よ」
ルシファーはそういうと、黒く禍々しい魔力を放つ剣をブンと一振りした。その瞬間、その剣の延長線上にあった神殿の壁が崩れ落ちる。
力による切断ではなく、剣の素材による切断。力が一切かからずとも、触れるだけで切れるような剣であった。
「あれは……ヤバいな」
「そうですね、父さん」
零の言葉に、呼白は頷いた。
呼白や零たちは確かに強い。それも、霊斗がどう足掻いても敵わないほどには。
だが、呼白自身と言っても差し支えないような相手……いや、彼女の力はそれ以上である。
大罪の力は『普通に戦って最強』程度の知識と身体能力では、勝ち目のないものなのだ。
「……傲慢のルシファー。今ここに、憤怒のサタン、暴食のベルゼブブとして顕現せん。我が主、根源より来たりし神カオスよ。我に力を」
黒い剣の禍々しさが、ルシファーの剣を持つ手を伝ってルシファーの手を覆い隠した。
旧神が一角、カオス。そしてそれに導かれし大罪の力。
その力は、あらゆる力を凌駕した。
◇◆◇◆◇
一方。第二陣として黄金宮目前まで迫っていた黒素黒狂は、確かな異変を感じ取っていた。
その背には、感情を司りし魔王であるアルマも背負われている。
「アルマ! そんなにヤバい状況なのか!?」
「ええ! 急いでください!」
その言葉に無理やり突き動かされ、宏大、黒狂、絢斗たちなどのメンバーは黄金宮の扉へと入っていった。
──アルマの不敵で嗜虐的な笑みに気づくこともなく……。