第二十二話『裏切り』
「さあ、行こう。黄金宮の試練はすでに済んでいる」
魔晴は地面に降りてそう言うと、扉の奥へと歩いて行った。
それに習い、全員が扉の奥へと入っていった。
◇◆◇◆◇
「不思議な空間ね」
「そうですね……なんだか自分という存在が曖昧になるようです」
「気をつけろよ? この空間で自分を見失ったら、出られなくなるぞ?」
優一は過去に紫と一体化した経験がある。そのおかげか、そういったことには少しばかり詳しいのだろう。
優一が桜と蒼の会話にそう解説すると、出口が見えてきた。
「全員いるよな?」
「ああ、問題はなさそうだ」
優一の確認に、磔が肯定する。
それを聞いていた魔晴は、迷うことなくその一歩を踏み出した。
◇◆◇◆◇
「へぇ……ここが敵の本拠地か」
「なんていうか……場違い感はんぱないな」
優一の感嘆の声に、磔が付け加えるように言葉を発した。
魔晴達が見ているのは、山の頂上に立つ巨大な神殿。神殿だけならばその姿は美しかった頃のパルテノン神殿にも似ている。
「ようこそ、俺たちのアジトへ。歓迎するよ」
「お前は……!! なんでお前がここに!!」
急に話しかけられ、その言葉に対して全員が身構える。
その人物は、深紅の鎧を纏っていた。その人物は、深紅の槍を肩から掛けていた。
その人物は……その場にいる全員が知っている者だった。
「なんでお前がここに!!」
「なんでって……俺がこっち側の人間で、こっちの本拠地がここだからだ」
そう男が話した途端、優一はその男の顔を殴っていた。
「バカ野郎海斗!! 俺たちの絆はそんなもんだったのかよ!?」
「ケッ……優一か。テメェはいつもいつも美味しいところばっか持って行きやがって!!」
そう言って男……博麗 海斗は、静かに優一を睨みつけた。
「圧参『終世者』」
優一はスペルを唱え、自身の能力を極限まで強化する。
優一に藍と橙色の翼が生え、その妖力はまるで無尽蔵だ。
優一が飛翔し、空から大量の弾幕を放出する。
「渦符『縦向きの渦潮』」
海斗はそれをスペルを唱えて渦潮を作って防ぐと、その間に優一の高さまで飛翔した。
海斗の槍と優一の剣が交差する。
お互いの武器が弾け飛ぶが、海斗は手甲についている短剣で優一に斬りかかる。
「八式『無限結界』」
優一はそれを無限の硬度を持つ結界で防ぐと、膝蹴りを海斗の腹部に当てた。
「グフッ」
「まだまだアッ!」
優一は海斗が怯んだ隙に、さらに連撃をぶつける。
優一の拳が海斗の腹にめり込み、海斗は血反吐を吐く。
その隙に、優一はかかと落としで海斗を地面に叩き落とした。
「ガハッ!」
海斗は地面から幽鬼のように気だるげに立ち上がると、咆哮を上げた。
「ガァァァァァァ!!」
空から降り立ち、海斗に殴りかかる優一の拳と、それを迎え撃つ海斗の拳がぶつかり合う。
空間がひび割れ、ビキビキと悲鳴をあげる錯覚すらも受けるような衝撃がはしった。彼らは、圧倒的な強者だ。その場にいる全員がそれを感じた。
海斗は短剣を捨て、鎧を脱ぎ去る。
優一も終世を解き、海斗に向かい合った。
海斗の渾身の右ストレートが優一の頬に当たった。
優一はあえてそれを受け切る。そして、海斗に同じように右ストレートで殴った。
海斗も、受け切った。そして、優一に同じように殴る。
優一は受け切り、海斗にたいして殴った。
──惨い。その場にいる全員は、そう思わざるをえなかった。
どちらも殴られたことによる傷痕が身体中に赤く残り、擦り傷がついている。
「ヒック……」
海斗か優一か、どちらかの嗚咽が聞こえる。涙が頬を伝い、ぼたぼたと地面に決して枯れることのないダムのように零れ落ちていく。
「クッソォ!!」
海斗が、涙まみれの顔で拳を振りかぶった。
そして、足が崩れ落ちる。
優一がその拳を一身で受けた。
優一は、優しく海斗を抱擁した。
分かっていた。海斗がこんなことをするはずがないということくらいは。
それでも、何か理由があったのだ。止まれない訳が、あったのだ。
それを優一は聞くことはできなかった。怖かった。
ただ、今は──。
海斗の涙が、止まることなく地面を黒く変えていく。
その涙は、悔しさと悲しみに溢れた涙だった。
優一は、それに対して止めることは許されない。彼の感情を、止めることなど許されないのだ。ただ、今は。
──こうして、抱擁することしかできないのだ。
◇◆◇◆◇
──これは?
──何があった?
海斗は、霊斗の世界から帰ってきた後。その心が、絶望に染められた。
氷河に覆われた世界。これ以降は決して、陽の目を見ることはない空。
その世界は、まるで時間が止まったかのように……ただただ、哀しかった。
「君が……博麗海斗くんだね」
そんな時。その声は、突然に聞こえた。背後から気配も感じさせずにその女はそう言って海斗の名前を呼んだ。
「取引をしよう。君は私に忠誠を誓え。守らなければこの世界は……もれなく壊れちゃうよ。100年間。もし君が私の元で働き続けていたのなら、この世界を解放しよう。ああ、安心したまえ。寿命は経過しない」
その女は、海斗にそんな交渉を持ちかけた。その性質は交渉というよりも脅迫に近いだろう。
だが、海斗に選択肢は残されていない。
「──ああ、良いだろう」
「取引成立だね」
そう言って、女……ルシファー・ドルイギアはほくそ笑んだ。
その端麗な顔は、醜悪な笑顔で満ちていく──。
◇◆◇◆◇
涙ながらに、海斗はそんなことを話してくれた。その後、霊斗の元でスパイとして働き、嘘の情報を流したこと。反乱軍となったシルクや茜を、必死に鎮めていたことも聞いた。
海斗は、ルシファーの場所を聞くと黙って宮殿の方を指差してくれた。
こうして、俺たちは宮殿の中へ乗り込んでいくことになる──。
◇◆◇◆◇
「さあ、行きますよカスミさん」
「ちょっ、ちょっと待ってください……」
そんな会話を交わしながら、黄金宮に封印されていた二人は宮殿へと向かっていった。
自分たちの役割を、自覚していないながらも──その宮殿をまっすぐ見る目には、一切の迷いや曇りはなかった。
何にしても、自分たちの立場は守る。始祖龍人・ハイドはその固い意思を持って宮殿へと入っていった。