第十九話『鬼の襲撃』
魔晴の転移によって、私たちは砦のような所に出た。
「あ、刀哉。戦況はどう?」
魔晴の言葉に、刀哉は砦の窓の先に見える戦場を指差した。
「まあ、概ね問題ないな」
刀哉がそう言った途端、呼白と蒼が転移で帰ってきた。
「お疲れ様」
「あれくらいなら、私たち二人だけでも十分ですね」
「ほとんど呼白ちゃん一人でやってたのに……」
蒼が呼白の言葉にそうツッコミを入れた。
それを証明するかのように、蒼の持つ大鎌と刀にはあまり血飛沫はついていないように見える。それに対し、呼白は服が真っ赤に染まり、顔まで血飛沫が少しかかっていた。
「……呼白、お前はまず風呂に入ってこい」
「あ、分かりました。失礼します」
呼白はそう言って、部屋を出て行った。
「……どんな戦闘をしたらあんなになるのよ……」
桜がそう言って、呼白に対して呆れる声を上げた。まったく同感だ。
「それで刀哉、何か変わったことは?」
「特にはないな。餓者髑髏を何体か討伐したくらいだ」
「じゃあ、まだ地底から攻めてくることもあんまりなかったと?」
「いや、ゾンビの集団が餓者髑髏と共に侵攻してきたな。蒼と呼白があっという間に倒したが」
ゾンビ……そう言えばここには、火車の妖怪もいたわね。
私がそんなことを思っていると、話は進んでいたらしく、本題に入った。
「で、結局。これからどうするんだ?」
「そうだね。精鋭メンバーで、間欠泉の穴に入る。中のことは大体知ってるし、メンバーは僕が決めるよ」
そう言って、手元に出現させた紙とペンに魔晴は黄金宮へと入るメンバーを書いていった。
そして、それが魔晴によって公表される。
「地下に行く最初のメンバーを発表します!
僕、優一さん、呼白ちゃん、磔くん、桜ちゃん、蒼ちゃん、城戸ちゃんの七人で行きます。
その他の別世界の方々は、僕らが行ってから10分ごとに七人一組で入ってください。それでは、刀哉、宏大さん、この後は宜しくお願いします」
「ああ、任せて行ってきてくれ!」
「俺と白刃は穴の中に他の妖怪が入らないように守っておこう。白刃、行くぞ」
「はいっ! ……ですが殿、殿は行かなくてよろしいので?」
「なに、適材適所というやつだ。俺たちは攻めに入るより守っていた方が他の奴らが攻めやすいからな」
刀哉が気を使って、先行して穴まで向かっていく。白刃はそれに従い、刀哉の少し後ろを歩いていった。
「……それじゃあ、5分後に最初のチームが出発します」
魔晴はそう言って、手元に魔晴の装備らしきものを幾つも出現させていく。杖にローブ、八卦炉、魔導書……魔法使いになるのにどれかが必要であろう全てが、魔晴の体のどこかに収まった。
腰のベルトに杖をさし、その手にもつ鞄には魔導書と八卦炉が入っている。ローブを着込んだその姿は、まさしく魔法使いと表現するに他ならない。
「さあ、行きましょうか」
「ああ、そうだな」
そう言って、優一さんは魔晴の言葉に頷いた。
◇◆◇◆◇
「お、漸く来たか。中には妖怪も居ないし、そのまま旧地獄へ直行だ。準備できてるか?」
「ああ、もちろんできてるよ」
「それじゃあ、行ってこい!」
そう言って、刀哉は私たちを送り出してくれた。その先にあったのは、私の知る地底への穴より数倍広い、すり鉢状の穴だった。
「じゃあ、僕から行きます!」
そう言って、魔晴は穴の中に飛び込んでいった。私たちもその後に続き、続々と穴の中に入っていく。
私は意を決して、穴の中に飛び込んだ。
◇◆◇◆◇
──旧地獄──
「ふぅ……全員いるか?」
「ええ、総員、問題ないです」
優一さんの問いにみんなが頷き、魔晴が代表して声に出した。
「──そろそろ、来るぜ」
「ええ、そのようですね」
そう言って優一さんの言葉を肯定した魔晴の目線の先には幾つか立っている高い物見櫓と、その奥のひときわ大きな屋敷のバルコニーからこちらを見つめる桃色の髪の少女……古明地さとりだ。
「来たようですね、歓迎してあげてください。勇儀と破月、あなた達には期待してますよ」
「おう、任せときなリーダー」
遠くから、2人の人影がこちらに迫ってくる。それに対して魔晴は魔力の塊を作り出し、優一さんは指をパキパキと鳴らし、呼白は屈伸をした。
「オラァ!」
それは、本当に一瞬の出来事だった。
魔力の塊で出来たシールドが、ギリギリでその拳を防いだ。
「鬼神破月!」
「破月ィ……勝手な行動はよしなって言っただろう?」
「おう、悪りぃな姐さん。そいつは出来ねぇ相談だ!」
そう言うと、破月は無理やりに魔晴のシールドを突き破る。
「先ずは一匹ィ!」
「魔晴!」
「大丈夫、彼女の攻撃は僕には当たりません」
魔晴は自信満々でそう言うと、破月の突き出した拳が当たる寸前に、破月は地中より現れた何かに飲み込まれた。
「今のは召喚魔法『地潜龍』。地に潜む龍です」
「んなこと聞いてないわよ! って前みなさい前!」
魔晴が解説を言っている間にも、地潜龍はその顎を無理やり開かれ、中から額に巨大な角を宿した破月が出てきた。
「……ぶっ殺す!」
「はぁ……」
破月に同調するように、勇儀もため息まじりに襲い掛かってきた。今回はその手に盃はない。つまり……勇儀も本気ということだ。
破月の回し蹴りを魔晴はしゃがんでかわすと、さらに横に転がって破月のかかと落としを回避する。
魔晴はそのまま、先ほどの魔力の塊を魔晴の周囲に幾つも作り出した。
「破月、君は覚えてないだろうけど……これで1035回目の勝負だ。今まで通り、勝たせてもらうよ」
「ガアッ!」
魔晴のその勝利宣言に、破月はそんなものはいらないとばかりに吠えた。
魔晴は破月の攻撃を避け続けると、やがて魔力の塊の一つを発射した。
破月はそれを避けようとするが、何かに足が縺れて塊が命中した。
その瞬間。透明な何重もの糸が破月の腕を、足を、体を、顎を、拘束する。
「あれは……アリスの人形魔法……?」
「ご名答。まあ、アリスの人形よりも糸はその数千倍の強度を誇るけどね。数も同様、どれだけの力があろうと力点に力が無ければ意味のないもの」
私のつぶやきに、魔晴はそう返した。もがき苦しむ破月は、やがて諦めたのか魔晴のことを睨みつけた。
「おっと、余計なこと考えられたら困るからね。暫く眠っていてもらうよ」
魔晴はそう言うと、なんらかの術をかける。すると、破月は先ほどの殺気を撒き散らしていた様子が嘘のように眠りについた。
「さて……」
魔晴がそう言って視線を向ける。その先には、勇儀が呼白とタイマンを張っていた。
勇儀の拳と呼白の拳がぶつかり、空間がビキビキと悲鳴をあげる。
勇儀の後ろ回し蹴りと呼白の腕による防御が交差し、勇儀はさらに呼白の腕を土台にして空高く飛び上がる。
その背後には、何重もの武器が見える。
「術を使うのなんて久しぶりだ! まだまだ終わらせないよ!!」
勇儀がそう言うと同時に、大量の武器が空から降り注いだ。
呼白はそれに対し、武器の着地点を知っているかのようにスタスタと、当然のように歩いて回避する。
「アレは……!!」
磔がそう言って、驚愕の声を上げた。磔はそれを霊斗との模擬戦によって知っている。
空間感知能力の極限化と、超思考能力による武器落下地点への高速演算。
それら二つの合わせ技であり、普段の思考能力と肉体による感覚の強化を極限まで極めていなければ実行不可能な術の一つだ。
磔ですらまだ会得していない、超技術の一角である。
なんで私が知っているのかっていうと……まあ、色々あるのよ。
そんなことを考えている間にも、呼白は勇儀を倒したようだった。殴りつけられるのを拳で逸らし、蹴り技で圧倒していた。
「さあ、行きましょう!」
呼白がそう言って、前に出る。
が……なにこれ。ものっすごい帰りたい。