第十六話『VS夕霧刹那、VS風間太刀』
刹那の水鉄砲が私の頬を掠める。
「あはっ! この程度なんだぁ!」
「そっちこそ、回避してばっかりで一切攻撃に入ってないようだけどねぇ」
刹那はそう言うと、大量の氷を空中に創造し、矢のようにして私に撃ち込んでくる。
私はそれをかわしながら、刹那に少しずつ近寄る。
「ふぅん……少しはやるようだね! でもこれでどうだい?」
刹那はそう言うと、水の剣で私に斬りかかる。
脚を狙った横薙ぎ、胴を狙った袈裟斬り、頭を狙った縦斬り。私はそれら全てを回避し、刹那に蹴りを一発叩き込んだ。
「うぐっ……」
「まだまだだよ!!」
刹那の動きが急に緩慢になる。弱点でも突いたのだろうか? 私はそう思いながら、刹那の顎を蹴り上げる。
「はあっ!!」
そのまま、刹那の腹に回し蹴りを決めた。
「グッ……!!」
刹那は地面に手をつけてブレーキをかけると、こちらを睨みつけてくる。
「負けるかァァァァァァァアア!!」
刹那は猛スピードで私に突進してくる。私はそれを刹那の背に手を着いて空中前回りの要領で飛び越え、空中から溜めた怒りのパワーによる弾幕を発射する。
「ぐっ……ぅう……」
「……あんた、どういうこと? 綺美との戦いでは手を抜いてたわけ?」
「ち……違……」
刹那は地面に倒れ伏すと、血反吐を吐きながらこちらを睨みつけ、やがて静かに口を開き始めた。
「……悠飛がやられた。私たちは本来、残りの千代と3人で生きていることで強い力を発揮できていた」
それは、見た目がまだ幼い彼女が語るには、少し残酷すぎる話だった。
◇◆◇◆◇
「……ふん、あいつは負けたようね」
「あら、急に出てきたかと思ったら」
「全力で相手になってあげるよ。風符『ウィンドソード』」
太刀がそう宣言すると、どこからか現れた剣が風を纏い、おおよそ大剣ほどの長さになる。
私の周囲を鎌鼬達が囲み、太刀は大剣を持ったまま吹き荒ぶ風の中に姿を消した。
「どこにいるのよ! 出てきなさい!」
「出てきたら君は私を殺すじゃないか」
「そうね。でも、出てこなくても殺す算段はついてるわよ!!」
私はそう言いながら、私に鎌を振り下ろそうとする大量の鎌鼬に向けて、スペルを発動する。
「『獄流『マザーシー』!」
「まさか!!」
「そう、そのまさかよ。マザーシーのスペルは、言わば海を作り出すスペル。海の中には、海流はあっても風はないわ。よって、あなたは能力を使えない……違うかしら?」
私がそう言うと、太刀は悔しそうに唇を噛んだ。大量の鎌鼬達が流されていく。
「馬鹿め! そのまま溺れ死んでしまうがいいさ!」
「あ何か勘違いしているようだけど、これは魔術と言っても魔法に近い類よ。よって、私が敵とみなした相手以外には効果はない」
「な……」
太刀は絶句しながらも、戦闘意欲は失っていないようで私に対してウィンドソードで斬りかかってくる。
風の中から急に現れるが、私は自分の感覚を頼りに裏拳を太刀の頬にぶち当てた。
「ぐっ……!」
太刀は悔しそうに呻きながらも再び立ち上がる。もう、呼吸もほとんど出来ないハズ……それなのに、どうして戦闘を止めない?
私がそう思った時だった。
「あー……もう、降参だ降参。悪かったからこのスペルを解いてくれ」
「……分かったわ」
私は太刀の降参の言葉を聞き入れ、マザーシーを解いた。
◇◆◇◆◇
刹那は、自身の身に起こったことを一生懸命に私に伝えてくれた。彼女の話は、時に粛々とした内容で涙さえこぼれそうなこともあれば、深い憤りを感じることもあった。
だが、この話を聞いて、明らかになったことがある。それは、彼女は悪者じゃないということだ。
刹那は、昔の日本に生まれたという。幾日かして、自分が安倍晴明に仕える人形の一人であることを知ったという。
刹那の生業は、妖殺し。安倍晴明の代わりに、同族である妖を殺すというものだ。
最初は辛くて、涙さえ流したという。殺した妖の呪詛の言葉に、恐怖で死にかけたこともあったそうだ。
だが、彼女はとある妖怪に助けられた。
それは安倍千代春。人の名を葛の葉。安倍晴明の実母である。
千代春は、時々安倍晴明の様子を見に来ることがあったが、その中で刹那を見つけたという。
やがて、刹那を可哀想に思った千代春は人に化けて刹那を連れ去った。
その二人を保護したのが、現在の天魔。朝霞悠飛だったのだ。
二人は刹那に朝霞の対となる名前を与えた。千代の対となる刹那。朝霞の対となる夕霧。
こうして、夕霧刹那は二人の大妖怪に育てられた。
幾ばくかした頃、悠飛が大怪我をして帰ってきた。曰く、水神に殺られたと。刹那はそれを、大いに嘆いた。悲しみ、涙ながらに悠飛を叱った。
やがて、悠飛と千代春は同時に水神に襲われた。犯人は水中から襲いかかってきたという。
水中に引きずり込まれ、争った時にはその圧倒的な力に呑み込まれ、敗れたらしい。
刹那は再び大いに悲しみ、そして決意した。安倍晴明から習った数少ない術の一つ。
その身を犠牲に、二人に水虎としての力を与える術。こうして、水虎としての力が抜けていった刹那は、妖力が足りずにすぐに滅んでしまう。
それを知った千代春と悠飛は、刹那に同じ術をかけ、3人でその肉体を融合させた。3人が満足に活動できる時であれば、その身体能力はそれぞれの体に呼応してより強く動く。
だが、一人欠ければその戦闘力は大きく低くなり、二人欠ければ立つのもやっとのようになる、と。
それを聞いた私は身震いした。聞けば千代という人は、現在今回の敵に囚われているらしい。
こんなにも強い妖が、まださらに強くなっていくのだと思うと、怖くて仕方ない。
ありえないとも思ったが、幻想郷にありえないという言葉はないのだ。
自分との絶望的で圧倒的な力の差を痛感する。そして、この私が恐怖を抱くということが私自身も驚愕だった。
「……お願いがあるんだけど」
「言ってみなさい」
「……私の代わりにあいつを倒して、千代を救ってくれ」
「……ばっかじゃないの? 当たり前じゃない」
こうして、私たちは先に行った妖緋たちが向かった雲の上……龍神界へと、追いかけるように向かっていった。