小噺②『家』
「……見事。よく見破ったな、絢斗殿」
「何が目的だ……!?」
「もちろん……」
その言葉に、その場にいた全員が警戒を強める。
「修行だよ。私の名は千代春。今は幻想郷で放浪人をしているところさ」
「修行……? まさか」
「そう。私は霊斗の差し金さ」
千代春のその言葉に、全員が安堵の息を吐いた。
「俺たちがお前についていってたらどうなってたんだ?」
「霊斗の弾幕をひたすら回避するハメになったろうさ」
千代春がそう言った途端、周囲の景色が一変した。
「な…….!? 自分だけじゃなく、この人里にも幻術をかけてたのか!?」
「ご名答。君たちになるべく気づかれないように幻術で惑わすには、そうするしかなかったからね」
千代春のその言葉に、聖人はなんて妖力量だ……と言葉を漏らした。
「あと。君たちはここを端の方だと感じたかもしれないけど、ここはこの人里の中心。
阿求邸が中心から少し離れた所にあり、さらにそのずっと先に5時間くらい高速で飛び続けてようやく人里の端が見えるくらいさ」
「そんなにですか!?」
千代春の説明に、良太が驚きの声を上げた。
「さあ、それはともかく! ここが君たちの家だ」
千代春はそう言うと、鍵でこれから磔達の家となる一軒家の扉のロックを解除した。
「何かあったら阿求か霊斗を頼るといい! じゃあの!」
「ご丁寧にありがとうございます! それでは!」
離れながらそう言った千代春に、磔は律儀に返事を返した。
「それにしても……ここが俺たちの新たな家か。おお、家具は粗方揃っているな」
「食器と食料もしっかりありますね」
八人がそれぞれ家を自由に探索していると、磔の目の前に突然霊斗が転移してきた。
「うおっ……って霊斗か。ビックリした」
「家はどうだ? 磔、気に入ったか?」
「ああ! ありがとう!」
「毎朝6時には修練を始めるからな」
「6時!?」
霊斗の言葉に、絢斗と彰は驚きの声を上げた。
「当たり前だろう。自由時間もあるが、一人一人が強くなってもらわなくちゃいけないからな。なーに、すぐ慣れる。食料は足りなくなりそうな時は随時俺が補充しとく。
部屋はリビングが一つ、書斎が一つ、トイレが二つに、何人かで一斉に使えるデカい風呂が一つ。あとは個人部屋が幾つかあるから、睡眠はそれを使ってくれ。じゃあ、俺は霊夢とイチャイチャしてくるから」
霊斗はそう言って、すぐに転移で帰って行った。
毎度のことながら、突然来て突然帰る、嵐のような男だ。
磔はそう思いながらも、自室を確認した。
◇◆◇◆◇
──その夜──
「失礼するよ」
「うわっ……って今度は魔晴か。お前らは玄関から入るってことを知らないのか?」
「悪いけど、むしろ玄関から入るやつのほうが僕の周囲には珍しいくらいだからね。この家の給仕担当は僕がやるよ。朝、夜にご飯を作っておくよ」
「おお、よろしくな!」
魔晴の説明に、建二が嬉しそうな声を上げた。
「あの、お昼ご飯はどうするんですか?」
「昼は霊斗さんが作ってくれるんじゃないかな? 修行ない日は自由にするといいと思うよ。じゃあ、最初の今日はちょっと豪華に作ろうか」
魔晴はそう言うと、リビングに併設してあるキッチンに足を運ぶ。何故かある冷蔵庫から食材を取り出し、これまた何故かあるシンクの上で食材を切っていく。
今日1日を過ごして、磔たちは気づいたことがある。それは、意外とこの家が現代日本に類似している……ということだ。風呂は雰囲気作りのためだろうか、多少古臭いがそれでも生活に困らないくらいの水準は保たれている。
トイレに関しては洋式で、しかも新しい。生活水準は現代日本とほとんど変わらないだろう。この時、磔たちはこの世界に比べ自分たちの世界の科学がそれほど発達していないことを少しだけ恨んだ。
◇◆◇◆◇
「さあ、召し上がれ!」
磔たちが食卓につく。テーブルの上には、かなり豪勢な食事が並べられている。これをかなり短い時間で作ったというのだから、魔晴の手腕がうかがえる。しかも、美味い!
磔たちがバクバクと食事を腹の中にかきこむのを、魔晴は嬉しそうにニコニコと見ていた。
今日の晩御飯は鶏の唐揚げ、水餃子のスープ、白米、冷奴だ。水餃子のスープは野菜たっぷりで、唐揚げにも付け合わせとして野菜がそこそこの量、皿の上に乗っている。
美味い。手が止まらない。
磔たちは結局全て完食し、それぞれのタイミングで風呂に入り、就寝した。
◇◆◇◆◇
──翌朝──
「おい! お前らァ!!」
霊斗の怒号が、家中に響いた。
その声に八人は飛び起き、急いで支給されていたジャージに着替えて地下室に並ぶ。
「今の時間! 6時15分! どういうことだ、6時に修練開始だって言っただろ!? 次からは気をつけろ!」
霊斗の剣幕に、さしもの八人も大人しく頷くを得なかった。
「とりあえず、魔晴の飯を食ってこい。修行はそれからだ」
八人は一斉にリビングに向かう。
朝食はトーストにベーコンと目玉焼きだった。
◇◆◇◆◇
「さて、じゃあ始めるぞ」
「「「ハイ!!」」」
地下室に並び直した八人は、勢いよう返事をした。
「……一応言うけど、そこまで畏まらなくてもいいからな?」
あの怒りを見たら無理だ、と磔は心の中でつっこまずにはいられなかった。
「とりあえず、お前らには回避をマスターしてもらう。回避と防御は片方だけでも事足りるが、両方使えるに越したことはない。とりあえずは重要度の高い回避を覚えてもらうぞ」
霊斗はそう言うと、霊斗の周囲にドッジボール大の霊力の塊を出現させる。
この霊力から逃げろ、ということか。
「ルールは簡単! 能力を使わず、この霊力から30秒逃げ切ればいい! じゃあ、霊力に決して当たるなよ」
霊斗はそう言うと、ホイッスルを口に咥え、吹いた。「ピッ」という音と共に、霊力の塊が動きだ──え?
高速で動く霊力に俺たちは出鼻をくじかれた。
◇◆◇◆◇
「うーん……お前らならイケると思ったんだが……」
あの霊力は、かなり速く動くように設定してある。だが、動きが単調で攻撃の軌道を読めば回避するのは難しくもなんともない。要するに、こいつらは霊力の塊に意識を全部向けてなかったってことか。
他のことを少しでも考えてたら、100パーセントの力は出し切れない。
まあ、嫁を元の世界に残してるんだからしょうがない気もするが……。
「む、むちゃくちゃだ〜!」
「無駄話できる余裕があるなら、あと3セット行くぞ! 霊力の塊をよく見て、動きを最小限にとどめるんだ!」
俺はそう言うと、再び霊力の塊を作り出す。
磔たちは立ち上がり、こちらに向けて構えた。
「ピッ!!」
俺のホイッスルと共に、磔たちがボールに再び弾き飛ばされた。こうなると受け身しか特訓できないんだよなぁ……。
「ボールに対して全神経を集中させろ!」
俺は叱咤の声を飛ばす。
「あと2回! 終わったら打ち合いだ!」
「うぅ……」
「なあ磔、霊斗ってこっちの世界だとあんなに鬼教官なのか?」
「さぁ……俺たちの世界では遠慮してたんじゃないか?」
磔はそう言いながらも、立ち上がる。それにつられてみんなも立ち上がった。
「なあ霊斗、回復する時間はないのか?」
「なに言ってんだ、回復なんて自然に行えるだろう。それに、この間のサリエルみたいなのが現れた時にそんなんじゃすぐに負けるぞ?」
俺は磔にそう言って、霊弾を出現させた。それを俺の周囲に滞空させたまま、俺は口を開く。
「……仕方ないから、お前らにはヒントを与える。細かく動け、リアル版のシューティングゲームだと思えば良い」
「リアル版の……シューティングゲーム……?」
「そうだ。シューティングゲームは無理がある大きな動きで回避をすればまず被弾する。小さな動きで自分の周囲だけに気をつければ、回避に関してはなにも言うことはない」
俺はそう言って、ホイッスルを口に咥えた。
「ピッ!」
「なるほど……こういうことですか」
俺の弾幕に対して、良太はコツを掴んだのかスルスルと動き始める。
それに続くように全員の動きが小さくなり、すぐに回避することができるようになった。
「流石、俺の見込んだ弟子達だ」
やがて3分を迎え、霊弾は動きを止める。
「よくやった! 次は打ち合いだ。それぞれに見合った教師を呼んでやる」
俺はそう言って、磔たちの周囲に何人かの教師を呼んだ。