第十四話『VS夕霧刹那』
──醜い。醜悪だ。
私はかつて恋したその男が、心までも崩壊していくのを流れてくる妖力で感じていた。
七つの大罪。色欲と嫉妬。その二つが、なぜあの男を選んだのか。──いや、その理由は分かる。
まったく、あの女神はロクなことをしない。私はそう呟いていた。
七つの大罪……つまりは感情を司る女神。その名もクロック・レイフン。
彼女は創造者であり支配者、そして破壊者でもあるディス・クリエイ・メンスの支配するただの機関でありながら、全てを超える力を身につけてしまった。
神格は全神王よりも高く、真神であるディスより低い、第二級神。
彼女の力であれば、敵対勢力を自分の手に堕とすことなど造作もないのだろう。三級神以下の神々には、どう足掻こうと彼女には勝てない。逃げ惑うことしか、許されていない。
時間の支配者、空間の破壊者。彼女を指すなら、その言葉しかない。
私はため息を吐きながら、その女神に進言する。今回の私たちの真の敵であり、また魔晴たちの敵でもある彼女に。
「レイフン様。私達……朝霞悠飛と夕霧刹那に、出撃のご許可を」
「あなた……傲慢よ」
「それは失礼しました」
「いいわ。ちょうど私の手駒が一つ増えたことだもの。それにあなた達も仲間の敵討ちがしたいでしょう?」
「仰る通りです」
ああ、腹立つ!! 何なのこの女神! 無能のくせに、ディス様と制約を交わしたからって!!
「あら、憤怒の適性もあるわね。いいわ朝霞悠飛、夕霧刹那。貴方達には憤怒と傲慢の感情を差し上げましょう」
「ありがたきお言葉」
刹那と同じことを考えていたらしい。
「但し」
その言葉に、私達はビクリと背筋が伸びる。
「これは、まだ貴方たちの親友を解放するには忠誠度が不十分よ」
それだけ言い残し、レイフンは去っていった。要するに、まだ千代は解放してくれないと。……ふざけるな!!
「悠飛。行くよ」
「うん。ゴメンね、刹那」
私達は動き出す。友を助けるため、幻想郷をこのクソみたいな女神から解放するため。
◇◆◇◆◇
「止まりなさい、貴方たち!」
妖怪の山頂上で、私達は三体の妖怪のうち、代表のような一体にそう言われる。三体とも、圧倒的な力の持ち主だ。
魔晴の話では、この先にある龍神界とやらに霊斗たちを救出するための『鍵』が眠っているという。
そのために武人から式神を手渡された。本来霊斗が作ったそれに、魔晴達が改良を加えたらしい。
私はその式神を妖緋と幻真に手渡すと、そこに朔と黒狂を加えた四人が先に行けるように、私と藍絡、さらに茜が三体の妖怪の前に立ちふさがる。
「……やるわよ! あんたたち先に行きなさい!」
「そんな、綺美さん!」
「うるさい、魂魄! あんた達が行った方が、被害が少なくて済むわ! 早く行きなさい!」
私がそう言うと、狼狽えながらも四人は先に向かっていった。
「ふふん、覚悟はいいようだね。気に入った。その力、我々の新しい力で試してあげよう!」
代表らしき天狗がそう言うと、高く飛翔していった。それを追いかけるように、羽を生やした茜が飛翔する。
「なら、私達はここで貴方たちと対決なわけだ。私の名前は夕霧刹那。よろしくね」
「私は風間太刀。よろしくな」
そう言いながらも、二人は既に臨戦態勢だ。そう思った途端、私の頭のすぐ側を何かが飛んでいった。何だろ、今の。水……?
「さあ、始めましょう? 愉悦と憤怒に塗れた戦いを」
「さあ、始めようじゃないか。我が全てをもってして挑む戦いを。
祭符『鎌鼬の宴』」
藍絡に対して、大量の鎌鼬が襲いかかってきた。藍絡はそれらが襲いかかる暇もなく、一気に蹴り倒していく。
「心配なさそうね。火符『フレイムワークス』!」
私はいくつもの火炎弾を作り出し、それを刹那に向けて撃ち出すが刹那はそれを水鉄砲で撃ち落とす。
「何て威力……!?」
「ほらほら。早くしなよ」
刹那はそう言うと、私の側頭部に銃を突きつけてきた。
私は撃たれた水弾を寸での所で回避すると、後ろ回し蹴りを刹那の顔に叩き込む。
刹那はそれを身を翻してかわすと、2丁拳銃の銃口を私に向けた。
「雷符『シューティングボルト』!」
「水符『光水』」
私のレールガンと、水弾がぶつかり合って消滅する。
レールガンと打ち消し合うって、どんな威力の水よ!!
「あれ、知らないかな」
「何がよ!」
「純水は水を通さないんだよ?」
「なるほどね……」
私は納得しながらも、次のスペルを放つ。
「氷符『アイシクルパーフォル』!」
5メートルを超える氷のドリルが刹那に襲いかかる。刹那はそれを溶かし、逆に私に襲いかからせた。
私はそれを前転で回避し、次のスペルを放とうと刹那の方を向く。
「水虎である私にその技は悪手だったね。私の能力はありとあらゆる水を創造し、操る程度の能力!」
ありとあらゆる水って、氷も含まれるの!? なら、血液や濁流も可能ってこと!? だとしたら、氷や水のスペルは絶対ダメね……。
「ほらほらほらほら! そんなんじゃあやられちゃうよ!」
「クッ……! 光符『ルーメンキャリバー』!!」
私は光の剣を作り出し、手元に残す一本以外を刹那に向けて発射する。
刹那はそれを高水圧の剣を作り出して弾く。
「な!?」
「まだまだだよ!」
そのまま高水圧の剣で私に斬りかかってくるのを、私は光の剣で防ぐ……と、その光の剣が真っ二つに斬られた。
「マズイ!!」
私は横に身を投げだして回避し、再び刹那の方を向く。
「これは非常に不味いわね……」
私の魔術の多くがほとんど通用しない。炎は水で消化されるし、水と氷は相手に操られる。ルーメンキャリバーを真っ二つにするほどの高水圧の剣なら、風の鎧だって通用しないし雷だって純水によって消されてしまう。
しかもよく見れば、刹那の体は水が膜をはるように覆っているから、体の乾燥による弱体化を待つことも不可能。
私のほとんどの手が封じられた。
まだ、いくつか手段は残っているけれど……ここでそれを使ったら本末転倒だ。
万事休すね。……仕方ない。
「藍絡! チェンジ!」
「チッ……仕方ねぇなぁ」
藍絡はそう言うと、私と背中合わせになって半回転し、それぞれの新たな敵を睨みつけた。