第九話『開戦─幻想英雄大戦─』
──遂に、人間のお互いの足並みは揃った。
目標はただ一つ。敵対、攻撃をする妖怪の残滅。
対する妖怪側も、兵力は万全に揃えた。地底の秘密兵器、世界中に散らばる龍神や大天狗の招集、そして……河童の新兵器開発。
魔晴はそれら全てを知り尽くしている。だが、その上でも不安材料は幾つも有る。
魔晴が知るなかで、この戦争はどの世界でも必ず起これど、原因や過程、結果は様々だった。中には、ほんの些細な喧嘩を当事者だけで穏便に済ませられることもあった。
……だが。どの世界においても、天界が参戦することはなく、参戦派の龍神と上下関係を持っていながら対立することすらあった。
その天界が参戦してきたというイレギュラーに、そして霊斗達を襲った未知の敵に、魔晴は若干の不安を覚えていた。
しかし、いつまでも臆していては何も始まらない。
魔晴は弱気な気持ちを振り切り、力強く手を握った。
「魔晴、あと30秒で戦が始まるわ」
「分かった。残り10秒からカウントダウンをしてくれ」
魔晴の視線の先には、大きな二つの画面と、その画面のなかでもいくつにも分裂したモニター。
「10秒前!」
この戦争を境に、幻想郷は大きな変貌を果たすこととなるだろう。
「9!」
その先に、どんな未来が待つか。
「8!」
それは、全てを見通す力を持ってしても見ることは叶わない。
「7!」
未来は、簡単に変化してしまうのだから。
「6!」
だが。
「5!」
変わる先に対して、臆していれば何も始まらない。
「4!」
無謀、無知、無力こそが未来を拓くのだから。
「3!」
そんな思いを持ってして、彼らは戦う。
「2!」
全ては、未来のために。自分たちの未来のために──。
「1!」
──戦が、始まる。
「ゴオオオオオン!!」
鐘が、紅魔の鐘が、鳴った。
それを皮切りに、全てが動き始める。
『全軍! 突撃ィ!!』
ギルガメッシュの、ジャンヌダルクの、アーサー王の、声が──被った。
刀哉と白刃の見据える先で、地底より這い上がってきたまさしく化物と呼ばれる者たちが、赤い甲冑の騎馬隊やメソポタミアの騎兵とぶつかる。
次々と蹂躙されていく兵。
止まることのない進撃。
「白刃! 俺たちも出るぞ!!」
「御意!!」
二頭の駿馬が、戦場を駆け抜けた。
◇◆◇◆◇
──妖怪の山前線──
「第一次チャージ砲、発射っ!!」
パチュリーの言葉と共に、紅魔館から一筋の光線が迸る。
それは山の中腹を焼き払い、天狗の小隊の幾つかを全壊、大多数を半壊に追い込んだ。
──しかし。この程度で倒せるなら、魔法を使える人間に彼らは蹂躙されきっているであろう。
彼らはこういったこともあるだろうと、今回は個人戦の鍛錬も受けている。
「上から来るぞ! 気をつけろ!」
どこぞのクソゲーの言葉のように聞こえるが、その言葉の通りに天狗達に上から襲撃される。
「クソッタレェ!!」
槍や銃で狙おうにも、天狗達の不規則かつ素早い動きに対応しきれず、天狗の多さも相まって兵士がその数をどんどん減らしていく。
「怯むな!! ランスロット卿!」
「ああ! 『アロンダイト』!!」
「『カリバーン』!!」
円卓でも最強と評される二人の、息のあった宝具の一撃。
「『エクス・カリバー』!!」
「『乖離剣』!!」
「『聖戦の導き』」
さらに、3人の英雄の武器から放たれる光が、風が、力が、天狗を薙ぎ払っていく。
「いける! これなら──やれるぞ!!」
誰かがそういった。安堵と一瞬の油断。それが、戦局を大きく分けることは百も承知のはずなのに。思わず、彼らはそうしてしまった。そうせざるをえなかった。
「落符『天の落し物[弾]』」
──そして。世界は、赤く染まっていく。突然、多くの兵士が血飛沫を上げて倒れる。その血飛沫の原因、空から降り注ぐ銃弾を切りさばいた名だたる戦士達も、空を見つめる。
「おいおい……これが俺たちの敵か?」
空中から向けられた大量の扉。そこから、およそ1万を超える銃口が向けられていた。
「──あれは!!」
黒狂はそれを見て、真っ先に駆け出した。
「活躍!!」
「あれ? 黒狂!! お前はそっち側で呼ばれたのか。じゃあ……敵同士だ」
先ほど1万を超える兵士を死に追いやった全ての銃口が、黒狂に向けられた。その持ち主、すでに憤怒と暴食を解放した春夏秋冬 活躍は、ニイッと笑ってみせると、上げていた手を振り下ろした。
「──殺れ」
「らああっ!! 三刀嵐『吹かれ回る雨水の刃』」
黒狂は自身のスペルでその銃弾をほとんど斬り伏せるが、斬りきれなかった幾つかの弾が黒狂の体を貫く。
「ガアッ!」
吠える黒狂。それに対し、追撃を加えようとする活躍に、20歳ほどの青年が制止をかけた。
「活躍、いったいいつまで遊んでいるんだ。そろそろ──アレを落とす時間だ」
「おお、そうか! 黒狂、また──生きて帰れたらな」
活躍はあくまで明るくそう言うと、青年と共に、遠くに転移する。
「──ヤバい!! みんな!! 紅魔館からも退避して!! 今すぐ!」
武人が式神を介して、周囲全体に伝える。
「魔晴さん、こんな兵器、想定外だ……!!」
「ああ、全くだ! まさか、味方を巻き込むほど大規模な爆弾……それも、あの爆弾を持ち出すなんて!!」
魔晴は転移魔法陣を創り出すが、全員分は間に合わない。せめて、屋敷の中にいる人の分だけでも……。
屋敷丸々に対する、転移魔法陣──だが、間に合わない。
「クッソォ!!!!」
魔晴は、自分の座っていた席にある机に拳を叩きつけた。
次の瞬間。世界は白い光に包まれ──。
そして。キャメロット軍、フランス軍、メソポタミア軍、玉兎兵総勢30万人が──蒸発した。
その兵器は、過去に世界中でアメリカだけが日本に対してのみ唯一投下した──原子爆弾、通称原爆だった。
◇◆◇◆◇
──紅魔館──
「な……何よあれよ……!?」
「味方ごと巻き添えにして爆発したのか……!?」
レミリアとヴラドの目が、驚愕に見開かれる。桜は唇を噛み、拳をギュッと握る。藍烙は今にも泣きそうになり、綺美が嗚咽を漏らした。
「幻真! 黒狂! 朔!」
桜が、この戦線に立った彼らの名を呼ぶ。今までなんども同じ戦いをくぐり抜けてきた者たちだ。
「なるほどな。だからロキはわざわざ兵士達を送り込むように仕向けたのか」
「何を一人で納得してるのよ!! 三十万の軍勢が!! 一撃で! 消滅したのよ!?」
どこか静かに納得したようなヴラドの声に、憤りを感じたレミリアは胸ぐらを掴んだ。ヴラドとて感情を掴めないわけではないが、それよりも自分の抱いていた疑問に答えが出たことの方が感情としては大きかった。
そんな中、大多数の兵士の死に焦るレミリアの耳に、拡声器による言葉が伝達された。
『あー、あー。……マイテスマイテス。俺はファウル・プルト。先ほどの原爆を戦場に落とした男だ。
今すぐ、この戦いを降参しろ。そうすれば攻撃をやめよう。もし、しない場合は……さっきの二十倍の火力の物を落とす』
「パチェ! さっきのやつ、取り込める!?」
「ダメね。エネルギーの移動スピードが速すぎる上に、吸収する前に本体が壊されちゃうわ」
「万事休す……ってところかしら」
「残り3秒前だ!」
みんなが、レミリアの方を向く。この戦いで降参することは即ち、幻想郷の人間の歴史に終止符を打つということだ。
「ごめん……みんな。私と一緒に、死ぬ覚悟はあるかしら」
「だが、打開策はあるのか?」
「あの!!」
突然叫んだ少女……妖緋に、皆の視線が集まる。
「打開策なら、あります!!」
注目されて怖気づきながらも、妖緋がそう叫んだ。
「咲夜! 時間停止を!!」
一時的に、咲夜の能力により彼らは時間停止世界に移動した。